僕の不適切な存在証明

Ikiron

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9話

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 「ねえ、できたよ」

ユハが完成させた植物のスクラップを見せて言った。

 「ん?どれどれ……」

アヨウは口の中にあるハンバーガーをかみ砕いて飲み込むと、ユハの差し出したノートを受け取った。ユハがアヨウの部屋に忍び込んだ一見以来、時折二人はこうしてともに昼食を食べながら例のカフェテラスでお互いの研究について語り合う仲になっていた。

 「ふむふむ……ここに書いてあるのはどんな意味があるの?」

ノートを見てアヨウが尋ねる。ノートに張り付けられた葉には矢印が向けられており、そこにはなにやら記号のようなものがかかれていた。

「これ?これは、えっとこっちのページのこれと、葉っぱの線が似てるからおんなじ種類じゃないかって意味」

ユハが興奮気味に答えた。よほど楽しいのか、当初の印象より幼げな口調に感じる。

 「なるほど、葉脈の形に類似性を発見したってわけだね。確かにどっちも葉脈が密に走っている。それじゃあこいつらの葉脈がこの形になってる意味は何だろう?何が都合がいいと思う?」

アヨウは少し発展的なことを尋ねた。現状のまま観察を続けるのもよいが、少し変化を与えてみるのもいいだろう。

 「それは……えーと……あ!確かえと、ヨウミャク?がこうなってる草は地面の魔力が少ないところによく生えてたから……きっと魔力を運ぶのに便利だから!」

流石に観察力があるなとアヨウは思った。唐突な質問にこういった答えが空で言えるのは生半ではない。

 「なるほど、面白い仮説だね。それじゃあ葉脈が密になってるこの草を、魔力が沢山ある土に植えたらどうなるかな?」

ならばと、アヨウはもっと発展的な提案をすることにした。

 「え?もっと育つ?とか?」

流石のユハもこの質問には答えかねたようで歯切れの悪い答えが返ってくる。

 「ふむふむ面白いね。それじゃあこの草を魔力が豊富な土に植えてみるっていう実験をしてみて、もっと育てばこの葉脈が魔力を運ぶのに便利だからってことが確かめられるわけだ」

 「実験……そういうのも実験なの?アヨウみたいに難しい機械を使ってるわけじゃないのに」

ユハは心底驚いたようだった。どうも自分のやっていることはアヨウらがやっていることとは数段劣るという認識が強いようだ。科学というのはアヨウやボーガンのような大学で勉強している者のやることという固定観念があるように思える。それは非常に残念なことだ、ユハとの会話や彼の作成したノートを見るに彼には知識こそ欠けているが論理的な思考能力は十二分にあると思われる、ここいらで本当の科学について教えてもいいだろう。そうすればきっとそんなコンプレックスは払拭することができるに違いない。

 「もちろん!立派な実験だよ。科学者っていうのはこんな風にまず、”きっとこうだ”っていう仮説を立てて、その通りになるか実験して確認する。そんな風にして研究をしているんだよ」

 「カセツのとおりにならなかったら?」

 「その時は何でそうなったかを考えて新しい仮説を立てる。そしてそれを証明できる実験をする。それの繰り返しさ。中々大変だけど、面白いものだよ。ユハもやってみるといい」

 「うん!僕もさっきの実験やってみるよ!」

ユハのその心底嬉しそうな声を聞いてアヨウは思わず目を細める。彼のように意欲を持った人間のサポートができるのはアヨウにとっても嬉しいことだ。

 「ところで、アヨウはここではどんな研究をしているの?」

自分の研究の課題が決まったところでユハが尋ねた。そういえば話したことはなかったとアヨウは気が付いた。

 「うーん、そうだな。ユハは細胞って知ってる?」

アヨウの問いかけにユハは首を振った。

 「細胞は、生き物の材料みたいなもので、とてもとても小さな泡みたいなものなんだ。
当然人間も細胞が集まってできているのだけど、俺の研究はその人間の細胞がどんな風に働いているのかを調べているって感じかな?」

アヨウはユハの知識の範囲で理解できるように説明した。今の説明はかなり大雑把で本当はもっと狭い分野を専門としているのだが、彼に対してはこの程度でいいだろう。

 「研究でどんなことが分かったの?」

そんなアヨウの配慮を知ってか知らずか、好奇心旺盛なユハは更に突っ込んだ質問をした。

 「はっきりしたことはまだだけど、病気の原因とか、直し方が解ったらいいなって思ってる」

現段階ではまだ色々とアイデアをまとめている最中なのだ、そんな茫洋とした状態で人に話しては人に理解できるようなことは言えないだろう。知識のないユハに対してはなおさらだ。

 「お医者さんみたいな?」

 「お医者さんを助けるかな」

アヨウの分野は確かに医学だが、臨床ではなく研究を選択している。そのためアヨウは所謂お医者様ではない。

 「あ、アヨウ」

 「ん?」

何か?とユハの方に向き直ると、ユハは紙ナプキンでアヨウの唇に付いたケチャップをぬぐった。

 「ケチャップついてた」

あの一見以来かなり親密になった二人だったが、今のユハの行動はあまりにも親密過ぎたこれではまるで二人が……

 「ユハ……その……なんていうかこういう所でそういうことをするのはあまり良くない」

流石にまずいと思いアヨウはユハを諫めた。今のユハはヒメーリアンの少女の姿をしている、そんなユハがタルタリアンの男性であるアヨウと仲睦まじくしている様子は方々にあらぬ誤解を与えかねない。ついこないだもそんなことがあったばかりではないか。

 「なんで?」

 「そりゃ人の目があるし、いや隠れてやればいいというわけでもないが……」

公共のスペースでべたべたしているのもよろしくはないが、人目を忍んでそんなことをしていればむしろやましいことをしているといっているようなものだ。それにユハは本当は男性だ、ストレートのアヨウにはそういう間柄になる気はサラサラなかった。最も女性であったとしても国で待っている恋人を裏切るつもりはないが。

 「そもそも、君はどうしてそんなすが……」

アヨウは以前から疑問に思っていることを問いただそうとして辞めた。差別や偏見を向けられるカイメラであることを隠すのはまだしも、何故性別まで偽るのか?理由はアヨウには計り知れないが、少なくともあって数日の人間が不躾に聞いていいことではない。ましてやここはパブリックスペースだ。

「いやなんでもない忘れてくれ」

余計なことを言いそうになったと、アヨウは後悔した。

 「よくわからないけど、ごめんなさい」

 「いやこっちこそごめん」

さっきまでの楽し気な雰囲気とは打って変わって、深刻な空気になってしまう。アヨウがユハに感じる疑問は彼の姿のことだけではない。ユハの年頃は見たところ14,5歳といったところだ、この年齢の子供は普通中学に通っているものだが、ユハは毎日この大学にきてアヨウにあったり草花のスクラップを作成したりしている。とても学校に通っているようには見えない。そもそもユハは同年代の子供に比べて知識が無さすぎる、彼は細胞さえ知らなかった。とてもきちんとした教育を受けているとは思えない。いったい彼の両親は何をしているのだろう?何故教育を受けさせないのだろうか?

 「なあ、ユハ」

自分のような無関係のものが気安く踏み込むべきではないかもしれないと思いながら、アヨウは言わずにはいられないことがあった。

 「なに?」

 「もし、君が何か大変な事情を抱えていて、それで助けを求めているなら、人に助けを求めてもいいんだよ。少なくとも俺は君の味方のつもりだ」

 「……うん……有難う」

アヨウの只ならぬ雰囲気にユハは戸惑いながら答えた。
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