僕の不適切な存在証明

Ikiron

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12話

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 「両手を上げさせろ、服を脱がせない」

 「下も脱がすのか?」

 「そうだ、脱がしたら縛っておけよ。もうすぐ目を覚ますかもしれん」

 「わかってる」

 「そんなことより端末は見つかったのか?見つからないと厄介だぞ」

 「いや、財布ならあったが」

 「金だけ抜き取ってそれ以外は燃やしてしまえ」

 「そんなことより端末はどこだ?必ず持っているはずだ、ポケットの中とか?」

 「ないよ。忘れたんじゃないのか、コイツ?」

人の話す声で意識を取り戻したアヨウは自分が暗い部屋に居ることに気付いた。全くの暗闇ではなく、明かりは存在しているが部屋全体を照らすほどではない。疎らな光源がスポットライトのように部屋の一部を照らしていてそこだけが妙に明るい。懐中電灯か何かの明かりだろうか?息を吸い込むとかび臭い匂いと埃を吸い込んでしまい思わずせき込んでしまう。アヨウは自分が埃だらけのフローリングに横たえられていることに気が付いた。

 「……ここは……」

アヨウは起き上がろうとしたところで自分の手足が縛られていることに気が付いた。それでも何とか身をくねらせて体を起こす。まだぼんやりした頭で何とかして現状を把握しようとする。いったい何がどうなっている?

 「お目覚めかな?花婿殿‼」

起き抜けにかけられた言葉にハッとして振り返ると頬に強烈な一撃を食らい床に倒れ込んだ。頬に鋭い痛みが走るとともに顔や体に埃や塵が触れる不快な感触がした。そこで初めてアヨウは自分が一糸まとわない姿であることに気が付いた。

倒れ込んだままのアヨウに対して声をかけた人物は執拗に蹴りを食らわせた。事情を理解していないアヨウはただ耐えることしかできない。

 「フレム!その変にしておけ!」

突如かけられた声に制止されアヨウへの暴行が止まる。何もかもわからない混乱状態のなかこの声の持ち主だけはわかった。

 「ユハ……」

普段アヨウと会うときとは違いユハは本来の姿であるカイメラの少年の格好をしていた。衣服もいつもの白いワンピースではなく使い古されたよれよれのパーカーを着ている。最初は暗がりでよくわからなかったが周りにはユハ以外にも人がいることが分かった。

アヨウは家畜になったかのように彼らの前に全裸で横たわっていた。その様はアヨウに激しい羞恥心を味合わせた。

目が慣れてくるとそのほとんどがカイメラの男であることに気が付いた、ただ一名フレムと呼ばれたヒメーリアンの男を除けば。

ここに至ってアヨウはこれまでの顛末を思い出す。確かユハの教育状況を何とかしようとして彼の家に遊びに行ったはず。ならばここはあの時連れてこられた廃屋なのか?

 「大丈夫?痛くなかった?」

ユハは心配そうに声をかけ、アヨウの身を起こす。ユハの自分を気遣う様子にアヨウは気を許してしまいそうになるが、ユハが自分にやったことを思い出し警戒心を強めた。

 「そんなことよりここは何処なんだ?」

 「ここは僕たちが暮す家だよ?昨日連れてきたでしょ?」

 「昨日……?」

アヨウはユハの家に連れられてから一晩立っているという事実に愕然とした。それはナラカに帰国するために予約した飛行機の出発からもう日にちがないことを意味していたからだ。アヨウの胸に一週間前の恋人との会話が浮かぶ。現在の苦境があの時の幸福な感覚を強烈に想起させ、アヨウの心に望郷の念を強く起こさせた。

 「どうしてこんなことを?」

アヨウは尋ねずにはいられなかった。なぜ自分がこんな目に遭わなければならない?自分はユハの助けになろうとしただけなのに。ユハはその問いかけに至って平坦な調子で答える。

 「アヨウ、君にどうしてもやってもらいたいことがあるんだ」

 「やってもらいたいことがあるって、何だそれは!クっ……この縄を解いてくれ‼」

 「駄目だよ。そうしたら君は出て行ってしまうだろ?」

 「当たり前だ!俺は帰らないと……なあ頼むユハ俺を帰してくれ」

 「どうしてそんなに出ていきたいの?」

 「俺には国で待っている恋人がいるんだ、だから……」

アヨウが懇願をユハが聞いた次の瞬間アヨウはユハに強烈な平手打ちを食らわされた。それは先ほどまでフレムから受けていた暴行よりもはるかに強力な力がこもっていた。アヨウの体は数メートル吹き飛ばされ、その時の衝撃で意識を失いかけた。

 「あ……か……」

口内は血の味が滲み、耳鳴りが響いた。

 「そう……恋人がいたんだ」

ユハはそうつぶやくとアヨウに歩み寄り倒れたままの彼を抱き起した。そのままアヨウを抱擁すると、耳元で囁くように告げた。

 「アヨウにはね、僕たちの家族になってもらいたいんだ」

 「え……?」

ユハは困惑しているアヨウを拘束するようにより強く抱きしめると耳打ちするように告げた。

 「今日から君が帰る場所はここだよ。だから恋人のことは忘れて」

ユハはそういうとアヨウから身を放し、平手を受けて腫れた頬を愛おし気に撫でた。
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