僕の不適切な存在証明

Ikiron

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15話

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 「ねえ、コレ何?」

そう言ってラミャエルはアヨウにその小さな手鏡のような装置を差し出して見せた。ラミャエルにとっては未知の物品のようだがアヨウにとっては見間違えるわけもない、アヨウが肌身離さず持ち歩いていた彼の端末だ。

 「どうして、君がこれを?」

とっくにフレムに始末されていたと思っていたアヨウはラミャエルに質問を投げかける。彼女はその質問に答える代わりに端末の端にあるスイッチを押すと再び端末をアヨウに差し出して見せた。

 「ここを押すと光って絵が出る、絵を触ると字が出る、でもそれだけ。何コレ?」

彼女は端末のロック解除の操作をしようとしているようだった。おそらく色々いじっていて偶然たどり着いたのだろう。しかしながら、パスワードが解らないためロックの解除には至っていないようだ。

アヨウの脳裏に一つの考えが浮かんだ、彼女をうまく誘導して警察に電話をさせることができれば自分は助かるかもしれないと。

 「使い方を知りたいかい?」

 「うん」

 「じゃあ、このことをみんなに秘密にできるかい?」

 「うん!」

まずはうまくいった、アヨウはそう思った。彼女がアヨウの端末を持っていることを周りの人間には秘密にしてもらわなければならない。ここで目的が達成できなくても端末が見つからなければ次のチャンスがある。

 「いいかい?まず絵を出したら俺が言うとおりに字を出すんだ、まず……」

アヨウはラミャエルにロック解除のパスワードを教えた。ラミャエルがパスワードを入力すると端末はロック状態から通常状態へと移行した。

 「あ!絵が変わった」

 「いいね、じゃあ御本を読んでみようか?」

 「字読めない……」

アヨウはラミャエルの興味を引こうとしたが失敗した。どうやら彼女は数字がなんとか読める程度の学力しかないらしい。ひょっとしたらここのカイメラの女性の教育状況は男性のそれよりも遥かに悪いのかもしれない。しかし、端末が文字しか読めないものとみなされたらラミャエルは興味を失って大人たちに渡してしまうかもしれない。読書アプリには余計な機能がない上に音も出ないので最適だったのだが……何とか別のもので関心を持たせなければ。

 「じゃ……じゃあビデオ見ようか?」

 「見れるの?」

ラミャエルが嬉しそうな反応をした。フレムはビデオが彼らの唯一の楽しみだと言っていたが、動画なら興味を引けそうだ。

 「もちろん。その赤い三角を触ってごらん」

アヨウはそう言って動画配信サイトのアプリを起動するように誘導した。

 「これ?」

 「そう!あっ!その前に音を消さないと」

 「音聞きたい」

 「えっ……いや音が出たらみんなにばれちゃうよ?そうしたらそれ取られちゃうよ?」

 「……わかった」

ラミャエルの反応に一瞬肝を冷やすアヨウだが、何とか納得してもらえたようだ。そして今の反応を見る限り彼女にはこういったものを触らせてはもらえないらしい。きっとフレムが持っているものを触ることも禁止されているのだろう。彼女くらいの年齢ならどこの家庭でも珍しくないことだが、ここだと別の意図を感じてしまう。それがきっとユハが女に変身していた理由の一つなのだろう。

 「音を消すにはね……そこを押して……そう!それでさっきの三角を触って……その小さな絵を触って」

ラミャエルがアヨウに促されるままに端末を操作すると画面には動画配信サイトの動画が無音で再生された。

 「あ!ビデオだ!!」

 「その小さな絵一つ一つがビデオなんだよ」

 「こんなに沢山?」

 「そうだよ」

 「スゴーイ!!」

ラミャエルはぴょんぴょんと飛び跳ねながら全身で喜びを表現した。大変ほほえましい光景だが、アヨウからしたらこの騒ぎを聞きつけられないかと気が気でなかった。だが、十分に彼女の興味は引けただろう、アヨウはそろそろ本題に入ることにした。

 「もっと面白いこともできるよ」

 「ビデオより面白いこと?やりたい!!」

アヨウの目論見通りラミャエルは興味を持ってくれた。後は警察に電話をかけされるだけだ。不可能かと思われた脱出がにわかに現実味を帯びてきた。

 「そこの緑色のボタンを触って」

 「こう?」

 「そう!それで今から言うように字を触って……」

 「オイ!!ラミャエル、そいつに触るとあぶねーぞ!」

突如響いた怒号にラミャエルは端末を隠してどこかへ走り去ってしまった。端末を失う憂き目は免れたとはいえ、千載一遇のチャンスを逃してしまったことにアヨウは落胆した。

ラミャエルが去ると部屋の中に先ほどの声の主が入ってきた。オレンジ色の短髪と短い角を持ったユハと同じくらいの年頃のカイメラの少年だ。

 「おい、あんたあいつに妙な事吹き込んでねーだろうな?」

少年はアヨウにそう凄んだ。

 「……俺みたいなのが言うことはみんな妙なことだろ……」

正直に答える訳にもいかない上に、さっきの件ですっかり落胆していたアヨウは半ばやけになって適当なことを返す。

 「ぷ、なんだそれ?確かにそうかもしれねーが……あんた面白いな」

どうにでもしてくれと言わんばかり捨て鉢な言動を彼はむしろ気に入ったようだ。

 「俺はスモク、ここでは夜回りの長をやってる。あんたアヨウってんだろ?」

 「ああ……お前も俺を殴りに来たのか?」

 「まさか!その逆だって!俺は手当に来たの!」

そう言うとスモクは手に持った水の入ったバケツとタオルを見せた。

 「うっわ、血でガッチガチ、ひでーことしやがるぜ。ったく……もうちょっとやりようってのがよぉ」

愚痴を漏らしながらスモクはアヨウの汚れた傷口を濡れタオルで洗った。血と泥と埃で汚されたアヨウの体が少しづつきれいになっていく。

 「歯も折れてんな。これもフレムがやったのか?」

 「それはユハがやった」

 「げ!マジか……やっぱアイツいかれてんなぁ!あんなんに好かれるなんて、あんたも苦労するねぇ」

「ユハはここでは嫌われているのか?」

 「嫌われてるっつーか、アイツ変わり者だろ?だから友達いねーの。気い使って遊びに誘っても断って草集め始めるし、扱いに困るんだわ……ん?」

ふとスモクはアヨウのスープが全く手を付けられていないことに気が付いた。

 「食わねーの?」

 「いや、これは……」

 「変な気使うなよ。不味いんだろ?外の奴らからしたらここの飯は食えたもんじゃないよな。まぁ、いつかは慣れてもらわなきゃ困るけど、今日の所は……ホレ」

スモクはポケットから食べかけのチョコバーを取り出しアヨウに差し出した。

 「食いかけの食いかけだが、あんたにやるよ。飲まず食わずじゃ、あんたの″お勤め″にも障るだろ?」

アヨウはスモクに差し出されたチョコバーに一心でむしゃぶりついた。両手を縛られているのでスモクの手から直にもらう形になった。口の中にチョコーレートの甘味とナッツの風味が広がり、アヨウのボロボロの体にしみこんでいく。常ならば甘すぎるためあまり好きでなかったソレが、今では何よりも美味しいと感じる。アヨウは差し出されたそれを瞬く間に平らげ、スモクの手に付いたチョコレートを舐めさえした。あまりのおいしさに涙さえ出てくる。

 「ありがとう」

 「礼はいいよ。アンタみたいなのがいねーと俺たちは滅びちまうからな」

掛け値なしの感謝を述べるアヨウに対してスモクはニカっとした人のよさそうな笑みを浮かべた。アヨウはここに連れてこられて初めて人に親切にしてもらえたと感じた。

 「スモク、こんなところにいたのか。もう夜回りの時間だぞ」

そうこうしていると大人のカイメラ男性たちがスモクを呼びに来た。彼はこれから用事がある様だ。

 「っとぉ……忘れてたぜ。ところでアヨウは今日も″お勤め″なの?」

 「ああ」

 「フーン……じゃあなアヨウ!お互い仕事頑張ろうな!それじゃ行ってくる」

 「おう、気を付けてな」

そう言うとスモクはどこかへ行ってしまった。

スモクと入れ替わりに入ってきた男たちはアヨウの体を担いでまたどこかに運んでいく。きっとまた無理やり性交させられるのだろう。アヨウの″お勤め”とはそういうことに違いない。それはアヨウにとっては耐え難く悍ましいことだったが、さっきまでのアヨウと違って絶望はしていなかった。ラミャエルの端末はまだ見つかっていない。それはまだ脱出のチャンスがあることを意味していた。
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