僕の不適切な存在証明

Ikiron

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16話

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 「どう考えてもやりすぎだ!!」

スモクの激が飛んだ。カイメラたちが暮している廃別荘のリビングルームでは男達が机を囲み会議をしていた、その様子を大人の女たちは離れているところにあるソファーに腰かけてみている。

スモクの激を受けてフレムはキョトンとしたとぼけた表情をしているのに対して、ユハは酷く怯えた様子だ、彼はこういった場で糾弾されるのに慣れていないのだ。

そしてその様子をアジュダハは神妙な面持ちで聞いていた。

 「アヨウは家族にするんじゃなかったのかよ!!このまんまじゃアイツ死ぬぞ!!」

スモクの言った″死″という言葉に対してユハは体をびくりと震わせた。

時刻は夜中、懐中電灯の僅かな明かりの中カイメラたちの会議が行われる。本日の議題はアヨウの処遇に関してだ。フレムとユハはアヨウを家族に迎え入れる″教育″を任されていたが、そこでは度を越えた折檻が行われていたことを問題視したスモクが今宵二人を糾弾している。

 「アイツは反抗的なんだ」

フレムがとぼけたように言う

 「それにしたって加減ってモンがあんだろうがよ!子供が出来るまでに死ぬか駄目になるかでもされちゃあ元も子もねーだろ!!種の役割すら果たしてねーぞ!!」

フレムの態度にスモクは更に激高する。

 「でも本当に反抗的なんだ」

フレムなおもとぼけるように言う。フレムは強健で暴力的なカイメラたちと暮らす中で己の意志や感情を素直には出さない人間になっていた。

 「フレム」

聞きに徹していたアジュダハが初めて口を開いた。

 「アヨウはどのように反抗的だったのだ?」

 「ああ、俺を不愉快な気持ちにさせるようなことを言うのさ」

 「具体的には?」

 「はっきりとは覚えてないが今の俺の状況を悪く言うような事をさ、それで俺腹が立っちまって」

フレムははぐらかすようなことを言った。こういう所で巧く立ち回れる技術が彼をカイメラたちのコミュニティで生き残らせてきた。

 「だからって……」

 「スモク」

なおも糾弾を続けようとするスモクをアジュダハは制す。

 「ユハ、フレムの言っていることは本当か?」

自分に話が降られユハはなおもびくりと体を震わせた。ユハは怯えながらも何とか弁明を試みる。

 「そ……それは……僕……その……アヨウが言ったことで、すごく嫌な気持ちになったことはあったけど……でも……っその……スモクが言うみたいに…殺したいなんて思ってなくて……」

 「後先考えずにムカついたからボコたって訳かよ」

 「うう……」

スモクの指摘にさらにユハは萎縮した。

 「スモク、アヨウの状況は?」

 「ひでーもんさ、もうぼっこぼこ。アイツが意外と頑丈でなけりゃとっくの昔に死んでただろうぜ。アンタも見たろ、アジュダハ。いい加減にしといた方がいいんじゃねーの?」

皆の報告を聞いたアジュダハは一度目を閉じ思案すると、意を決して話始めた。

 「奴が我々を侮辱する発言をするのなら問題だ、それは恭順の姿勢とは真反対だからな。奴がそのような態度を取り続ける限り我々は制裁を加え続ける必要があるだろう。まずは奴の叛意を削ぐ必要がある。捕えた男に先ずは暴力を行使するのもそれが理由だ」

アジュダハの言葉にフレムは一瞬うれしそうな表情を浮かべた。スモクは何か言いかけるがアジュダハはそれを無視して言葉を続ける。

「しかし、未だ我らは赤子を授かっていないことを失念してはいけない。奴を最終的に処分することになったとしてもそれ以前に殺してしまうのは本末転倒だ。ここは一時様子を見よう」

 「つまり?」

アジュダハの言葉にスモクが念押しする。

 「調教は一時中断だ、奴が回復するのを待つ。慈悲を見せれば意外と従順になるかもしれん」

 「俺としてはそろそろ″選ばせて″やってもいいと思うんだけど?もうこんだけボコしたんだしうまくいくんじゃねーの?」

 「それは早計だ、やはり奴にはまだ反抗心が残っているように見受けられる。今縄を解けば抜け出してしまうだろう。もう少し疲弊するのを待った方がいい、肉体的ではなく精神的にな」

 「りょーかい」

スモクは安堵の表情を見せた、アジュダハを説得してアヨウを死なせてしまうようなことは回避できたからだ。

 「今の決定でよろしいかな?」

アジュダハが脇で会議を聞いていたカイメラの女性たちに承認を求めた。コミュニティの意思決定は長である女性の承認が必要だからだ。これはカイメラが女系でしか血統をつないでいけないことに起因する。たたし、慣習として女性が男性の提案を拒否することはなくそれを追認するだけになっている。

これは根底に男尊女卑の思想があるというよりは、集団の意思決定には外部の知識が必要だが、危険な外部に接触するのは子を生す能力のない、つまり死んでもかまわない男性のみであるべきという思想に由来する。つまり危険な外と関与する政という野蛮な些事は消耗品である男がやるべき、ということだ。社会的リソースに乏しい彼らには男女平等の概念はない。

 「ええ、いいわ」

ユハとアジュダハの母ユラヌスは一族の伝統通りアジュダハの決定を追認した。女性からの承認を得るとアジュダハは次の議題に入ろうとする。

 「では……」

 「なあ」

アジュダハを遮ってフレムが声を上げた。

 「話が終わったなら出て行っていいかな?」

フレムが途中退出を要求した。彼は男性ではあるがカイメラではないので本来ここに出席する権利はない。しかし今回の場合は当事者であるために特別に出席していた。

 「そうだな、もう行っていいぞ、フレム」

アジュダハがそういうとフレムはそのまま部屋を出て行ってしまった。その様子を見ていたスモクはフレムが部屋を出ていくのを見届けると声を潜めて会話を始めた。

 「なあ、アイツヤバくないか?」

 「アイツがヤバいとは?」

アジュダハがスモクの曖昧な言葉を聞き返した。

 「反抗的なのはフレムの方だって話さ。前からみょーな感じだったが、ここ最近どう考えてもおかしいだろ?だってアイツアヨウの調教の件自分からやりたいって言ったんだぜ?他の″種″の時はかかわろうともしないくせに。」

 「協力的なのは良いことだろう?」

 「良からぬこと企んでないかって疑ってんの、案の定このざまだぜ?」

 「確かに、以前ならこのような問題は起こしていなかっただろう」

 「だろ!だからさ……」

そんなカイメラたちの陰口のような会話をフレムはリビングの扉越しに聞いていた。彼は一部始終を聞き終わると、小さく舌打ちしポケットからしなびた煙草を取り出した。それに魔力で火をともすと、煙を燻らせながら己の寝所へ向かった。



会議の翌日、フレムはアヨウの閉じ込められている部屋に来ていた。いつものように調教をするためではない、彼の朝食の皿を回収するために来ていた。今日の彼はいつもと違い火のついた煙草をくわえていた。ストレスを感じると喫煙をするのは彼の悪癖だ。

フレムは朝食の皿を見るとアヨウはいつものようには全く手を付けていなかった。フレムは驚きはしなかった、自分にも覚えがあることだからだ。

 「お前飯食わないんだってな?」

フレムの言葉をアヨウは無視した。それに苛立ちを感じたフレムはスープの中身をアヨウにぶちまけるふりをする。驚いて大げさに反応して見せるアヨウにフレムは力なく嘲笑して見せる。

 「ハッ、ハハハ……やらねえよ……」

アヨウはそのふざけた態度に怒りを感じたのかフレムを睨みつけるような目で見上げた。その反抗的な眼差しにフレムは苛立ちを感じたが、会議で調教は一時停止となった以上、何時ものように暴力をふるうことはできない。会議での決定を反故にしてしまったら、最悪フレムは殺され、医学生のアヨウが彼の後釜に収まることになるだろう。フレムが苛立ちを押し殺して、そのまま用を済ませて立ち去ろうかと思ったとき。彼の脳裏に一つの考えが浮かんできた。フレムは口角をグイと持ち上げて笑った。

 「何だぁその反抗的な目はぁ」

怒ったような言葉とは裏腹にフレムの声にはゆがんだ喜びがこもっていた。フレムは口元で煙を上げるタバコを手に取るとそれをアヨウの右目に押し当てる。アヨウはとっさのことで反応できず目を塞ぐことすらままならずまともに食らってしまう。

 「がっ……ああ…あああああああ!!」

敏感な感覚器官を焼かれた激痛にアヨウ悲鳴を上げた。彼の悲鳴が廃別荘中に響き渡った。

 「どうした!!」

 「大丈夫!!」

異常事態を察したスモクとユハがアヨウの部屋に飛び込んできた。彼らの目に映ったのは火の消えた煙草を咥えているフレムと右目から焦げ臭いにおいをさせながら苦痛にうめいているアヨウだった。事情を察したスモクは即座にアヨウに駆け寄る。

 「見せてみろ!!」

スモクに遅れて事情を察したユハは激高しフレムに掴みかかった。そのまま拳に一族で最強の魔力を込めフレムに殴り掛からんとする。ユハは完全にフレムを殺す気だ。

 「待て!殺すな!」

スモクはユハを制した。

 「何で!!」

合点がいかないユハは今度はスモクに掴みかかろうとする。

 「止めろ!!」

一色即発の状態の二人を遅れてやってきたアジュダハが制した。彼は部屋の状態を見やるとスモクに状況の確認をした。

 「スモク、アヨウの状態は?」

 「右目が完全に潰れてる。種としては問題ねーが、他のことさせるのに支障があるかもしれん」

 「なるほど……フレム、一応理由を聞いておこうか?調教は暫く止めると昨日決定したはずだが?」

 「こいつがあまりにも腹立たしいんでつい」

フレムのとぼけた態度にアジュダハは裏拳を一発お見舞いした。カイメラの力に吹き飛ばされてフレムは床に倒れ込んだ。彼の唇は裂け、口からは血が流れ落ちた。

 「ねえ、殺そうよ。コイツの子供はもういるでしょ?だったら……」

 「駄目だ、コイツにしかできない仕事がある」

 「それはアヨウにやらせればいいでしょ!」

 「片目になってしまっては仕事をするのに支障をきたすこともある、例えば目立ちすぎて警察に覚えられるなどだ。仕事を完全にこなせる外部の人間は必要だ。」

アジュダハにフレムの殺害を懇願するユハだったが、スモクの時と同様にそれは否決された。アヨウが駄目になれば自分は安泰、とってかわられて始末されることはない。フレムの行動はそれを計算した上での行動だった。フレムは口から血を流しつつもニヤリと笑った。

 「お前という男を見誤っていたようだ」

少なからずフレムを信用していたアジュダハの声には後悔の色がうかがえた。そしてフゥと一息吐いて気持ちを整えると。スモクとユハに次の指示を出す。

 「スモク、フレムを縛って別室へ閉じ込めておけ。ユハ、アヨウをお前の部屋で手当てしてやりなさい」

 「縄はどうすればいいの?」

ユハの質問にアジュダハはアヨウを見ると。彼は力なくうなだれ苦痛にうめいていた。逃げ出す元気は無さそうだ。

 「足はほどいてやれ、手はそのままでいい。あと服も着せてやれ」

ユハうなずくとアヨウを立たせ自室へ向かった。

 「さあ、行こうアヨウ」

アヨウとユハが去った部屋からはスモクとアジュダハの声が聞こえてくる。

 「なあ、これからどうする?ああは言ったがこいつがこれからも素直にいうことを聞くとは思えねーぞ」

 「とは言え、すぐに新しい男を調達することは難しい。とくに昨今ではIT化の影響で行方不明事件の発覚が早い傾向にある、対処を誤れば最悪我らの住処が外部にばれてしまう」

 「そういうのに詳しいのもフレムって訳かよ……たっく……どうすりゃ……」



自室にアヨウを連れてきたユハは目に負った傷に布を巻いてやった。包帯はないので適当な布の切れ端だ。ズボンは履かせてやったが、腕が縛られていて上は着せられないので、肩にシャツをかけた状態になっている。

 「これで大丈夫……かな……?」

ユハが処置を終えるとアヨウの右目に巻かれた布に血が滲みだした。彼の残った左目は虚ろな光をともしている。

 「アヨウごめんね、こんなつもりじゃなかった」

ユハの慚悔にアヨウは反応しなかった。二人の間に重苦しい沈黙が流れる。アヨウの体は明らかにやつれており、潰された右目以外もボロボロで、傷と汚れにまみれていた。そのうちの何割かは自分の手によるものだと思うとユハは後悔の念を禁じえなかった。

 「……あ、そうだ。体拭いてあげるよ。水とタオル持ってくるね」

せめて何かやってあげようと、ユハは水とタオルを取るために立ち上がると。

 「水は……どこから……?」

と、アヨウがぼそぼそと言葉を発した。

 「え?近くの沢からだけど」

 「一度沸騰……泡が出るまで温めないと……細菌感染で……傷に良くない」

今までの沈黙とは打って変わって突然話始めたアヨウにユハは少なからず驚いたが、アヨウが心を開いてくれたように感じ思わず破顔する。

 「あ!……うんわかった!水は温めてから使うね!」

 「タオルも……石鹸で洗うか……同じようにしないと……いけない」

 「うん、うん!わかった石鹸だね!そうするよ。さすがお医者さんだ!」

 「こんなものは……」

アヨウは「こんなものは医療の知識でも何でもない」と、そう言いかけたところで飲み込んだ、代わりに。

 「お願いできるかい?」

とユハに言った。

 「うん!」

喜び勇んで部屋を出ていくユハと入れ替わりにラミャエルが部屋に入ってきた。きっと入るタイミングをうかがっていたのだろう。

 「どうしたんだい?」

アヨウは目的を尋ねたが、大方の予想はついていた。きっとアヨウの端末のことだろう。予想通りにラミャエルは端末を取り出すと、以前教えたようにスリープの解除を試みるが画面は真っ暗のままで起動しなかった。

 「つかなくなった。治して」

その様子を見てアヨウはクククと力なく笑うと、何かに達観したように静かに答えた。

 「もうお終いだ、ラミャエル。バッテリー切れだよ。それはもう、どうしようもない」
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