僕の不適切な存在証明

Ikiron

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17話

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ラミャエルは不満を感じていた。世の中は不公平だ。面白そうなことが沢山あるのに自分はやらせてもらえない。同世代の男の子が魔法で戦う練習をしたり外に出て行ったりしているとき自分は女の子だからってやらせてもらえなかった。

何で、と聞いたら女の子は危険なことをしてはいけないから、とか、女は外に出ると死ぬとか。本当にそう?

唯一面白いことをさせてくれるのは変わり者の兄のユハだけ。だけどそれももう一人の兄のアジュダハに禁止されてしまった。面白いことがなくなってしまった。

そんなこといつものことだけど、ある日偶然変なものを拾った。連れられてきた男が落とした”光る手鏡”みたいなもの。確かフレムも似たようなものを持っていた気がする。

それは最初光るだけだったけど、きっと何かある。だから大人たちの目を盗んで持ち主のアヨウの使い方を聞いてみた。そしたら”光る手鏡”には物凄い沢山のビデオが入っていて、それは皆と繰り返し見たフレムのビデオとは比べ物にならなかった。見つかるときっと取り上げられてしまうから、これは自分だけの秘密。

だけど”光る手鏡”はある日突然動かなくなってしまった。アヨウに言われたようにしてみても真っ黒なままで動かない。また面白いものがなくなってしまうの?

そんなのは嫌だ、コレがない毎日なんてもう考えられない。見たかったビデオはまだあるのに。きっとこれを持っていたアヨウなら何とか治す方法を知っているに違いない。きっとアヨウに聞けば元通りにしてくれる。



部屋を出て行ったユハと入れ替わりに入ってきたラミャエルはアヨウに端末を見せると教わった通りのスリープ解除の手順をして見せた。しかし端末の画面は真っ黒なままで全く反応しない。

 「つかなくなった。治して」

その様子を見てアヨウはクククと力なく笑うと、何かに達観したように静かに答えた。

 「もうお終いだ、ラミャエル。バッテリー切れだよ。それはもう、どうしようもない」

ラミャエルにはアヨウの言っていることが理解できなかったが、アヨウが端末を治す気がないことは伝わってきた。その態度にラミャエルはむっとし、アヨウに端末を突きつけながら語気を荒げながらなおも要求する。

 「治して!!」

そんなラミャエルを見てもアヨウの態度は変わらない、力なく苦笑するだけだ。

 「それは出来ないんだ、ラミャエル」

そう言われたラミャエルは今にも泣きそうに顔を歪める

 「どうして!!」

声を更に震わせながらラミャエルは聞く。目には既に涙がたまっていた。

 「ここには必要なものが無いんだよ、電源か変換器があればいいが、それは町にしかない。だから無理だよ。俺たち二人ともここから出ていくことはできないだろ?」

あくまで諦めろというアヨウにラミャエルはついに泣き出してしまった。そのまま、逃げるように部屋から出て行ってしまう。

そんなラミャエルとは入れ替わりにユハが部屋に入ってきた。手にはお湯の入った桶と洗ったタオルを持っている。

 「ラミャエルどうしたの?なんだか泣いてたみたいだけど」

ユハは妹のことが少し心配になった。あれぐらいの年頃の子供は泣くのが珍しいことではないが、なんだか気になる感じだ。

 「何、彼女お転婆なところがあるから、女の子らしくしなさいと言っただけさ」

ユハの問いかけ対してアヨウは皮肉っぽく答える。

 (とでも言えばいいのかな?ここでは)

アヨウは心の中で早くもここに順応し始めた自分を嘲笑った。



ユハは久しぶりに大学に来ていた、仕事の休みがもらえたのだ。アヨウを拉致して以来、ユハはアジュダハとの約束のとおり夜回りに従事している。そのためここへ来るのは数日ぶりのことで、変装の為に少女の姿になるのも久しいことだ。

以前とは違って純粋に余暇のために大学に来たのだが、以前にもましてユハは楽しむことができなかった。

アヨウがフレムに片目を潰された一件以来アヨウの待遇は改善し、それに伴いアヨウの態度も軟化していった。それ自体は喜ばしいことだが、ユハはその変化に裏寒いものを感じていた。アヨウの穏やかで人を疑わない真直ぐな性格が、自分を自分だと思っていないような皮肉めいたものに変わってしまったように見えた。その様子がまるでフレムのそれのようで、アヨウがフレムのようになってしまうのではないかとユハは不安にならずにはいられなかった。

 (こんなはずじゃ……なかったのに)

アヨウの拉致に成功して以来何もかも良い方向に進むと思っていたのに、むしろ悪い方向へ向かっている、そんな気がしてならない。

 「おや?君はアヨウと一緒にいた、確か……」

ユハが心ここにあらずといった感じで、ふらついていると、白衣を着たヒメーリアンの老人に話しかけられた。アヨウと研究をしているボーガン教授だ。

 「はい、ユハです。こんにちはボーガン教授」

ユハはアヨウの名を出されて動揺したが、何とか平静を装い、挨拶をする。

 「おお、そうだった。すまんね、昔から人の名を覚えるのは苦手でね。それで、あれからアヨウとは仲良くやっているかね?確か君の家に遊びに行くと言っていたが」

 「え?は、はい。その時には良くしてもらいました」

ボーガンの質問に正直に答える訳にもいかず、ユハはとっさに嘘をついた。ボーガンはアヨウと同様ユハに良くしてくれた人間で、そんな人間に嘘をついてだますことにユハは罪悪感を感じた。それは、以前のユハなら考えられないことだった。外部の人間は須らく悪人で、自分たちを脅かす危険な存在だと信じていたユハは、外部の人間をだましたり殺したりすることを悪いことだと感じたことがなかった。彼らと出会いかかわったことが、自分の中にあった外への憎しみを奪っていた。

そして同時に、ユハ達カイメラがどれほど呪われた存在なのかも自覚させられた。自分がどんなに努力しても、生まれた時から罪に塗れた自分ではここでアヨウたちと過ごすことはできないのだ、人を殺して生きているカイメラでは。

 「どうした?浮かない顔をしているが。アヨウと喧嘩でもしたかね?」

ボーガンが心配そうに尋ねる、ユハの浮かない様子を見て何か察したようだ。

 「そんなことは……いえ、そんな感じです」

ユハは否定しようとしたが、やめた。

 「やれやれ……彼も子供っぽいところがあるからな。今度会ったら私からも言っておこう」

そう言うと、とボーガンはそのままどこかに歩み去ろうとする。その光景に何故か名残惜しいものを感じたユハはボーガンを呼び止めた。

 「あ!あの!僕最近色々なことが上手くいってなくて……アヨウのことだけじゃなくて、その……実験とか色々で……何をやってもうまくいかない感じで……このままじゃどこにも行けないって……辛くて……」

思いのたけを吐き出している最中でユハは思わず泣き出してしまった。とりとめのない言葉がさらに取り留めなくなってしまう。しかしそんな少年の様子から老人は何かを察したのか黙って聞くと、優しい声で答える。

 「ユハ、私は研究ばかりしてきた人間だ、だから人生については多くは語れないが……そうだな、研究で行き詰った時はいつも始まりに立ち返ることにしている」

 「始まりに立ち返る?」

 「そう、始まりに戻ってまた一から進み始める。そうすれば今まで見落としていたことも見えてくる、進むべき道もな」

 「最初に戻る……」

ユハはボーガンの言葉を反芻し暫く考えると。

「わかりました。有難うございますボーガン教授」

そういって一礼するとユハは駆け出して行った。その様子をボーガンは優しく見送った。



ユハは廃別荘までの山道を速足で駆け上っていた。暗くなるまではまだ早く、急ぐ必要はないのだが走らずにはいられなかった。道中ユハの胸には大学でボーガンと話したことが去来する。

 「そう、始まりに戻ってまた一から進み始める。そうすれば今まで見落としていたことも見えてくる、進むべき道もな」

 (僕たちにとっての始まりはきっと……もう間に合わないかもしれないけど)

ユハが暫く進んでいると意外に人物の人影に足を止めた。

 「母さん!」

母が、いや女性であるユラヌスが住処からここまで離れるのは異常なことだ。特にユラヌスは一族の掟に従順、そんな母が掟破りまがいのことをしている。その光景はユハに只ならぬものを感じさせた。

 「どうしたの?こんな遠くまで」

問われたユラヌスは涙を流しながら聞き返す。

 「ユハ!ねえ、ラミャエルを見なかった?ラミャエルがいなくなってしまったの」
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