僕の不適切な存在証明

Ikiron

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18話

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ラミャエルは廃別荘の庭にいた、いや正確には庭と山道の境界の部分にいた。カイメラの女児である彼女が自由に動くことを許されているのはここまで。彼女はしゃがみながらその境界をじっと見つめている。彼女に定められた世界とその外の境界を。

彼女の手にはバッテリーの切れた端末が握られていた。スイッチを押してみるが再び動き出すようなことはない。彼女はまた境界を見つめる。彼女はアヨウの言葉を思い出していた。

 「電源か変換器があればいいが、それは町にしかない」

立ち上がり足を一歩踏み出そうとする。大人たちに言われたことが思い出される、女は外に出ると死ぬのだと。彼女は躊躇して後ずさりしかけるが、頭を振って恐怖を振り払うと意を決して一歩を踏み出した。



 「ユハ!ねえ、ラミャエルを見なかった?ラミャエルがいなくなってしまったの」

 「いつ居なくなったの!?最後に見たのは!?」

 「解らない、たぶん交代の前まではいたと思う。アジュダハも心当たりがないって、ねえ、ユハどうしたら……」

カイメラは夜回りがある関係上交代制で昼間寝ている、その交代のタイミングは最も隙の生まれるときだ。ゆえにラミャエルを見逃したのだろう。だとしてラミャエルは何処に行ったのだ?廃別荘近辺にいるのなら既に男たちに見つかっている筈。

ふとユハはラミャエルがアヨウの所で泣いていたことを思い出した。あれくらいの子供が泣き出すのは珍しいことではないが、あの時のラミャエルとアヨウは何か様子がおかしかった。

 (もしかしてラミャエルがいなくなったことと何か関係があるのか?)

ユハはそう直観すると、矢も楯もたまらず廃別荘へ向けて走り出した。

 「ユハ!」

ユラヌスが声をかけるが、わき目もふらず廃別荘へ向かう。

 「アヨウは何処!?」

廃別荘へ着くや否やアヨウの居所を尋ねるユハ

 「お前の部屋でおとなしくしてると思うが、こんな時になんだ」

廃別荘ではラミャエル捜索の為、全員が慌ただしくしているなか、スモクが答えた。

 「アヨウが何か知ってるかもしれない」



ユハの部屋で半ば軟禁状態のアヨウにもラミャエル捜索の喧騒は伝わってきた。

 (何かあったのだろうか?)

それが自分に関係のないことであることを祈りつつ、何もできないのでただ静かに無聊をかこつだけであったが、その静寂は部屋の扉が勢いよく開けられたことで破られた。

乱暴にあけ放たれた扉から、ユハやスモク、アジュダハを含んだ男のカイメラたちが入ってくる。まるで抗議のデモ隊のように狭い部屋に男たちがひしめき合う様子に、アヨウは自分にとって良くないことが起きたのだと察した。

 「ユハ、これは一体?」

 「ラミャエルがいなくなった、何か知ってるでしょ?教えて」

 「騒がしいと思ったら、そんなことが……しかし、何か、といわれても」

難局を乗り切ろうと、何とか話題をそらそうとするが、ここに来たばかりのアヨウにはフレムほどの老練さはなく、明らかに同様の色が見て取れた。

 「ラミャエルと話してたでしょ?何を話してたの?正直に答えて」

その動揺を見逃さなかったユハは、語気を強くして問い詰める。ユハに同調するように周囲の男たちからの圧迫感が増すと、もはや隠し通せぬと悟ったのか、アヨウはつらつらと本当のことを話し出した。

 「あの子は……俺の端末を隠し持っていた。あの子は遊び道具だと思ったようだが、尋ねられたので使い方を教えた」

 「てめぇ、ラミャエルに外のこと教えたのかよ」

スモクが明らかに殺気の籠った声で言い放つ。女に外部の情報を与えるのはカイメラにとって重大な掟違反だ、それは彼女たちを危険にさらすと信じられている。そして言葉だけでは気が収まらなかったのかスモクはアヨウへズイとにじり寄るが、ユハはそれを制してアヨウへの詰問を続けた。

 「そのことを知ったうえで何で黙ってたの?」

 「それは……それは、何とかして……助けを呼ぼうとしたからだ」

周囲に殺気だった沈黙が流れる。生命の危機にアヨウの心臓は早鐘のように鳴り背筋は脂汗でじっとりと濡れた。針のむしろの中にいるような静寂に耐え切れずアヨウが口を開く。

 「だ、だが……脱出はもうあきらめている!本当だ!あの子にも諦めるように言ったんだ!端末はバッテリーが切れていて、使えない。町に行かなければどうにもならないから諦めろと!」

何とか弁明を試みるアヨウへ、もう黙っていろと言わんとするかのようなスモクの裏拳が振るわれた。今までで最も強烈な一撃がアヨウを襲いアヨウの意識はそこで途切れた。

 「畜生!俺のせいだ!俺、ラミャエルがコイツと話してたの知ってたのに……クソ!クソ!」

ユハは自責の念にかられるスモクを無視してこの場の最高意思決定者であるアジュダハに向き直る。

 「アジュダハ、どうする?きっとラミャエルは町に向かったよ。今頃警察に捕まってるかも」

アジュダハはユハからの問いかけにすぐには答えず、目をつむり暫く考えると、静かに口を開いた。

 「我々はラミャエルを失うわけにはいかない。どんな犠牲を払ったとしても必ずラミャエルを取り戻すぞ!」

アジュダハの宣言に男たちは決意を固くし、部屋を出た。あるものは身支度をし、あるものは眠っているものを起こしに行った。みな表情は硬く覚悟や悲壮感が感じられた。もし外の警察と衝突した場合帰ってこれない者も出るかもしれない。これはそういう決断だった。

 「アジュダハ、ラミャエル探している間ここの守りはどうするの?」

ユハがアジュダハに尋ねた

 「半数はここの守りに充てるつもりでいる」

 「誰がそれをまとめるの?」

 「それはスモクに任せようと考えている」

 「いや、俺も行かせてくれ」

ユハとアジュダハの会話にスモクが割って入った。

 「このままじゃ収まりがつかねえ、頼むよ」

 「解った、ユハもスモクも私に続け、ここの守りは別のものにまかせよう。あと、最悪ここを破棄しなければならないことを覚悟しておけ」

ユハとスモクは無言で頷いた。住処を捨てる覚悟、これはそれほどに危機的な状況なのだ。

 「ねえ」

家を出ようとするユハをハラエルが呼び止めた。

 「こんな時に何?」

彼女は一瞬躊躇したように黙るが、やがて意を決したように静かに口を開いた。

 「ユハ、私たぶん」



廃別荘を出たラミャエルは山道を抜け麓の町に来ていた。幼い少女が山道を一人で下ることができたのは、カイメラの強い魔力の為であろうか。彼女は言われていたように死んでしまうことはなく、手には端末だけを抱え、住宅地を歩く。

周囲は明るく、常に山林の暗がりで暮らしていた彼女にとっては全てが新鮮で、あたりをキョロキョロ見渡しながら道を進む。

すると、ラミャエルは庭でドローンを飛ばしているヒメーリアンの少年を見つけた。当初の目的を忘れ、このもの珍しいものを見入っていると、少年の方も彼女のことに気が付いた。

 「何?」

ラミャエルは何と答えたらよいかわからず、ただ黙ってみている。それは彼からしたらみすぼらしい恰好をした少女に睨みつけられているように見えた。それを不気味に感じた少年はドローンを回収すると家に入ってしまう。

ラミャエルはもっと見ていたかったのにと、名残惜し気に家を眺めていると、家の中から大人の女性が出てきた。きっと少年の母親だろう。

 「ハアイ……私たちのおうちに何か用かしら?」

ラミャエルは女性に話しかけられた拍子に当初の目的を思い出した。そして以前アヨウに対してしたように端末を彼女へ突きつけて尋ねる。

 「動かなくなった、治して」

 「え……ごめんなさい、修理の仕方なんてわからないわ」

突然の要望に女性は心底困った様子だ

 「デンゲンかヘンカンキある?」

 「え?」

女性は更に奇妙な要望に困惑を深めた。そしてふとラミャエルに意識を向けるとその姿
の異常さに気が付いた。彼女は自分たちヒメーリアンのような尖った耳と金色の髪をしているが、一方でタルタリアンのような角と尻尾が生えていた。それはまるでヒメーリアンとタルタリアンが混ざったような姿で……

 「あなた、まさか……」



アヨウは人気の失せた廃別荘で目を覚ました。周囲は明るくどれくらい時間が経ったかわからないが今は昼間のようだ。手足を動かそうとしたが、再び縄で縛られていて動かせない。

 「これで何もかも台無しって訳か……」

きっと自分はこの後始末されてしまうのだろう。良かれと思って行った行動が何もかも裏目に出た。そもそもユハを助けようとしたことさえ正しいことではなかったかもしれない。彼がここから助け出されることを望んでいたとは限らないのに。

アヨウの心に諦めの念が満ちて行った。もはや確実に訪れる死を静かに待つだけだ。アヨウは最後に恋人のミオと話したいと思ったが、自分は彼女に合わせる顔が無いということを思い出した。今まで勤めて考えないようにしてきたがこの期に及んでもう取り繕うことはできなかった。自分は彼女を裏切ってしまったのだ、たとえそれが不可抗力でも。

 「何だ……自分の帰る場所はもうとっくの昔になくなっていたのか」

アヨウは力なく笑い、そう独り言つ。

 「帰る場所って?」

独り言に返事が返ってきたのだが、アヨウは動揺しない。もう覚悟は決まっていた。

 「ユハ」

アヨウは声の主に向き合う。ユハは最後に見た時とは打って変わって傷だらけのボロボロになっていた。衣服は破れ肌からは血が噴き出しており、彼の左の角は痛々しくも折れて欠けていた。左手で何かを引きずっていたが、それは変わり果てた姿のアジュダハだった。彼の首からはどくどくと血が流れており、瀕死の重傷のようだ。

 「酷いありさまだな」

 「君の方こそ」

こんな状況だというのに口から出たのは穏やかな言葉だった。それは皮肉のようでも、互いにねぎらっているようでもあった。

 「ユハ、君は俺を……」

殺しに来たんだな、と、アヨウは言いかけるが、ユハはそれを遮っていう。

 「アヨウ、僕は君にさよならを言いに来た」
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