戦後レジームからの脱却は成し遂げられるのか

tairanomasakado

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戦後レジームからの脱却は成し遂げられるのか

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「戦後レジームからの脱却って、白川さんはどういうことだと捉えてますか。」
昼飯を食べている最中に、真顔で話しかけてくる立花の問いに、そんなこと真面目に考えたこと無かった白川は、言葉に詰まった。
『そんなこと、ランチ中に話すことか?』
と、白川は少しイラっとした。

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白川俊彦は、今年入社した新人である。
知能指数は結構高いし、国内では超有名な私立大学を卒業したこともあって、就活では『何社の大企業から内定をもらえるだろうか』と、高を括っていた。
多少吃音を抱えてはいるが、自分は社交的であると自負していた。
ただし、女性と交際した経験は無い。

果して現実は厳しく、長期間あまたの面接先を渡り歩いたが、結局彼は、希望業種ではない中堅IT企業に入社せざるを得なかった。

彼が希望していた大企業には、ついに採用通知を受け取れなかった。商社マンとして、海外勤務する夢もついえた。
社会学部というのも災いしたようである。何か浮世離れした白川の受け答えに、大手商社の面接官は、この若者が会社の希望通りに行動してくれるとは思えなかったのである。

『俺は挫折組だ。』と、白川は拗ねた。
とにかく700人規模のIT企業に入社したが、回りの同期が馬鹿に見えて仕方なかった。

しかし、新人研修では白川は楽しかった。

社会に入れば厳しい競争社会が待ち受けていると、学生時代からずっと想像していたが、新人研修は和気あいあいとした雰囲気で進められた。
プログラム言語の習得も、すらすら理解できた。
課題を難なくこなしていく白川に、女子社員たちから頼りにされるのは正直嬉しかった。

こうして白川は、現場で使える人材として認められ、立花が既に参画しているプロジェクトに配属されることになった。

立花晴彦は8年先輩である。
二流私立大学卒であるが、受験勉強は全くしなかった類の人物である。

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立花は、こういった社会問題を吹っ掛けてくるのが好きなようである。

白川はしばらく考えてから、こんなものでいいだろうと、当たり障りのないように答えた。
「戦後レジームですか。そりゃあ、戦後の古い体制を改めて、新しい日本社会を作っていくということじゃないですかね。」
この白川の一見優等生的な答えに、立花はさらに質問を投げかけた。
「ああ、では戦後の古い体制とは何かね。新しい社会とはどういうものかね。」
白川はいらいらして、逆質問をした。
「では、立花さんはどう考えているのですか。」
立花はすぐに答えた。
「戦後レジームからの脱却とは、未だに続いている戦後占領政策、植民地政策を終わりにして、我が国が常に自国民のことを最優先にして施策を行なうこと、まあそんなところかな。」
「ちょっと待ってくださいよ。日本は植民地だと言うのですか。」
「そうだ、今の金融のスキーム、外交、軍事面を見ても、植民地と言わざるを得ないね。」
白川ははっとして、何も言い返さなかった。

「君は新人にしては、とても優秀だね。その辺のおっさんどもより、よっぽど社会を理解している。」
褒められているのか、バカにされているのか、白川は良い方に捉えた。

こうして、二人は毎日喧嘩することもなく、昼食を共にできているのである。

立花は仕事も良くできた。IT関連のみならず、業務内容に関してもよく知っていた。日商簿記二級を取得しているとのことだ。
それなので、白川は立花から学ぶことが多かった。
特に業務内容に関しては、白川は知らないことばかりだったので、非常に立花からの恩恵を被った。
立花は、惜しげもなく教えてくれた。
立花に感化されて、白川も日商簿記三級を取得した。
「今の仕事内容では、三級レベルで十分だよ。白川さんは頭がいいね。お祝いしよう。」
そう言って、立花は飲みに連れて行ってくれた。立花のおごりだった。

白川は後輩に対しても、さん付けで読んでくれる。誰にでもそうだった。
立花のポリシーのようだ。

「しかしあの岸田のスカタンはどうしようもないな。」
と、立花は昼食を食べながら、いつものようにぼやいた。
「国民のことはそっちのけで、米国の子分のように振る舞っている。いや、子分じゃないな。子分なら親分が面倒を見てくれる。いい金づるだ。むしり取られるのだ。しかしその金はもちろん岸田の金じゃない。国民の金だ。なんであいつが、自分の手柄のようにどや顔してるんだ。忌々しい。」
立花は吐き捨てるように言ったが、この点に関しては白川も同感だった。

外国にばかりいい顔している首相だが、9兆円の肩代わりは流石に酷い。
そんな金を外国に出すのなら、減税すべきだし、社会保険料の減額や災害支援など、もっと国民のために使うべきだ。
と、白川も日本国民のために働いていない日本政府に憤慨した。そしてお金の点では、確かに日本がまるで植民地のようだと感じた。それは、日本が戦後レジームから脱却できていないということなのではないか。
『立花さんの言うことには一理ある。いや、その通りかも知れない。』

立花のぼやきは続く。
「白川さんの言う通りですよ。これだから戦争は止められない。戦争屋が儲かるばかりで、その尻拭いは日本がやらされる。日本人が働いて稼いだはずの金が、戦争屋の懐に入ると言う仕組みだ。」

白川は褒められたはずなのだが、気分が悪くなった。
この後、来るべき戦後復興支援の名目で、いくら増税されるのだろうか。嫌気がさした。
将来が、どんよりと暗くなった。

ある日のこと、立花は遅れて出勤してきた。
時刻はもう10時前だった。

「いや、ひどい目に遭いました。」
立花は息を切らしていた。走ってきたようだ。白川は聞いた。
「どうかしましたか。」
立花は小声になった。
「白川さんだから信頼して話すのだけれど、痴漢に間違えられたのですよ。もちろん何もやってませんよ。突然そばにいた女が、私に向かって叫んだのです。」
白川はびっくりして、その後どうなったのですかと聞いた。
「いや、白川さんのためにも話しますと、こういう時は絶対相手の言うことを聞いてはいけません。駅員室なんかにのこのこ付いていったら、間違いなく逮捕されます。女が痴漢だと言えば、それが通ってしまうのです。走って逃げるしかないのです。それで、色々遠回りをして出勤してきたわけです。このビルに入る時も用心をして、正面玄関からは入りませんでしたよ。」
ああ、それで立花は息を切らしているのだなと、白川は合点がいった。

「そんな話は聞いたことがあります。女がわざと『この人痴漢です』と騒ぐのですね。」
「ええ、無茶苦茶な世の中です。簡単に人の人生を壊すことができる。いや、間違えられたのではなくて、はめられたのかも知れない。」
「え、はめた者の心当たりがあるのですか。」
「それは分かりません。あの女も誰かに頼まれたのでしょうが...」
それ以上憶測を重ねても無駄なので、二人は会話をやめて仕事に戻った。

「だけどしばらくは、乗る時刻を変えるか、いや、ルートそのものを変えなきゃいけないか、通勤ルートを変えるのは極力避けたいのですがね。」
立花は、休憩中に雑談まじりにそんなことを言った。通勤ルートを変えると、事故に遭った時に労災が適用されなくなるので、もしもの時に厄介だと立花は言った。
「開き直って、車両を変えるだけにしてみようか。いや、ちょっと危険か。」
立花は珍しく逡巡していた。
やはり、痴漢容疑はショックだったのだ。
それは当然である。無実の罪でも、痴漢の容疑がかかってしまえば、人生が台無しになる。

痴漢事件から派生して、話は少し違う方向に進んだ。
「身の安全と言えば、あの奈良の事件の、シークレットサービスの対応をどう思います?」
と、立花が問いかけてきた。
「奈良の事件と言いますと?」
白川は、不意を突かれてすぐには思い出せなかった。
「あ、忘れてるはずないですよね、元首相の選挙応援先での暗殺事件のことですよ。」
『ああ、あの事件か。』と、白川はすぐに応じられなかったことを悔やんだ。
「そうですね。僕もおかしいと思いました。聴衆がすごく近くにいたのに、シークレットサービスがやけに離れていたなと思いました。」
「そうでしょう。その通りですよ。シークレットサービスなら要人を押し倒してでも、上に覆いかぶさって要人を守らなければいけない。あんな配置じゃ、守れませんよ。」

二人の意見は一致したので、話に花が咲いた。
そして、元首相の献花には多くの人が行列をなして訪れたので、国民もまだまだ捨てたものではないと、コメンテーターよろしく評論をした。
アベガー、アベガーと、デモなどで喚く連中は多くいるように見えるけれど、あれはバイトのようなのがたくさんいるのだと、立花は言い放った。
しかしながら、二人とも元首相の献花には訪れてなかったのだった。

ある日、普段温厚な立花が、怒った調子で喋っていた。
「あなたね、修正してくれと簡単に言うけれど、ここは仕様の根幹の部分ではないですか。どれだけの修正が必要か分かっているのですか。それに本当にこの修正でいいのですか。他の部分への影響もありますけど、ちゃんと検証したのですか。」
立花はかなりの権幕でまくし立てた。あいては元請けのP.M.だ。
P.M.とはプロジェクトマネージャーのことだ。本来ならシステムの全体像を理解できていなければならない。

「あなたね、システム開発のいろは分かってるんですか。納期が納期がって、納期が大切ならこんな後工程になって、こんな根幹部分の修正なんて作っちゃだめでしょ。あなた方の設計ミスとしか言いようがないですね。」
立花は相変わらず怒った調子で、まくし立てている。
白川もその通りだと思っている。

だいたい、この元請けのP.M.は、全く中身のない人だ。
納期、納期と呪文のように唱えるが、ボトルネック工程を分かっていないので、急がせなくてもよいところにまでプレッシャーをかけて、メンバーにストレスと疲労を与えている。
それでいて、ユーザーが必要としていないような機能を、元請けの開発チームに作らせて、無駄なコストを発生させている。

だから、多くのプロジェクトメンバーは、このP.M.を嫌っている。
噂では、彼のスキルに関してはダメダメで、ExcelやWordもろくに使えないと言うことだ。
要するに、口先だけの食わせ物だということだ。しかしIT業界には、こういう食わせ物がしばしば存在する。それは誰にとっても不幸なことである。
立花も、このP.M.の言うことをそのまま聞いていたら、損失を被らされると察知して強く言い返したのであった。
「あなた、こんなアホなことやってたら、プロジェクト倒れますよ。」
立花の言葉に、P.M.は何も言い返せなかった。

このP.M.だけでなく、多くのプロジェクトのメンバーは、立花ほどの見識を持っている人はほとんどいないと白川は肌で感じていた。
マスコミの垂れ流すプロパガンダを信じている『その辺のおっさんども』が多い。
テレビや新聞の言っていることは、正しいと信じ切っているのだ。
この『その辺のおっさんども』は、与えられた仕事さえできれば良いと思っている。
そしてその、与えられた仕事を、できるだけ小さくしようと腐心している。
自分の頭で考えようとしない、思考停止状態に陥っている人がとても多い。

次の日、立花はこのプロジェクトからいきなり外された。
プロジェクトの風紀を、著しく乱したという理由だった。P.M.を侮辱したという理由も付けられた。
白川は理不尽だと憤慨した。そんな理由、ユーザーにとって何の価値があるのだろうかと憤慨した。
立花の代わりという人が、白川のリーダーとして配属されたが、立花とは比べ物にならない低スペックの人材で、白川はこの人をまともに相手にしなかった。

やがて、プロジェクトの納期が間近になったが、完成には程遠い状態であることが明るみになった。
ユーザーと元請けの間には激しいバトルが繰り広げられた。
それは損害賠償問題へと発展した。

白川はこのプロジェクトに、日本国の縮図を重ね合わせてしまった。
『こんなダメプロジェクトに、我が国の将来を重ねてどうする。』
と、白川はこの嫌な妄想を打ち消そうとした。
しかしながら、そもそもこの30年間、日本人の国民所得は上がっていないのだ。こんな国は極めて珍しい。
それでもこの国は、こんな調子で続いて行くのだろう、と白川はぼんやりとした希望と絶望を感じていた。
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