死者は嘘を吐かない

早瀬美弦

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第一章

第一章 1

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 時刻が四時半を回って、ようやく村に到着した。美琴は大きく息を吐いて顔を上げる。景色は開けたけれど、鬱蒼としていた道のりとそう大差はない。この村は四方を山に囲まれている。入り口から全景が見渡せるほど村は小さい。半分を田んぼが占めているので、人口は五十人にも満たないだろう。青々としている稲はオレンジ色の夕日に照らされて光っていた。風景を見つめていた美琴はその異様さに首を傾げた。
 今、二人が立っている村の入り口から、対面の山まで一本の大きい道が通っている。その道を中心に左手に川があり、右手は深い森だ。川側には広大な田んぼがあり、村民の住居は反対に固められていた。これほどまできっちりと分けられた村を美琴は見たことが無い。
 一際大きい屋敷が正面に構えている。距離は多少あるがここからでもその屋敷の大きさは分かる。この村の権力者の家だろうか。小高い丘に建てられているのもあり、村を見下ろしているようだ。あまり趣味がいいとは思えない。
「あぁ、アンタら、ここは木佐萬村。よろず町へ行きたいなら、道、間違ってるよ。この時間じゃ、歩いていくのも大変だろうし、送ってやろうか」
 いきなり声を掛けられ、二人は同時に見る。すぐ傍にある家の裏手から警察官が出てきた。この村に来る人の大半は道に迷ってなのか、どうも誤解されている。かなり真面目な人物らしくこんな暑い中でもボタンは一番上までしっかりと留められている。彼が出てきた家は駐在所も兼ねていて、玄関には看板が立てられていた。
「いや、この村に用があってやってきました」
 勘違いを高遠はきっぱり否定する。客人など珍しいのか、警官は目を瞬かせる。二十から三十世帯ぐらいしかないこの村に客なんて滅多に来ないのだろう。
「この村に客なんて一年ぶりだ……。アンタ、一体、何しに?」
「イブキ様に会いに来ました」
「…………イブキ様に?」
 警官の顔から愛想の良い笑顔が消えた。高遠をまじまじと見つめて、それからごくりと息を飲む。その音は少し距離を置いている美琴にまで聞こえた。
「アンタ、まさか、霊能者か?」
 その問いに高遠は頷いた。
「こ、ここで待っていてください!」
 返事を聞くなり警官は全速で駐在所に戻って自転車に乗り込んだ。今にも転びそうな警官の後姿を見ながら、美琴は不思議そうに顔を横に向ける。
「えー、何で分かったの?」
 美琴の問いには答えなかった。
 あの警官が聞いた通り高遠は霊能者だ。人に非ざる「霊」が視える。彼はその声も聞こえるし、時には祓ったりもする。しかもその能力を売りにして生計を立てているので霊能者と聞かれて頷いたのは間違いない。だが、当の本人視えるから霊の存在は認めているけれど、祟りなど全く信じていない。その割りに呪いは信じているから不思議だ。
 良くも悪くも人に影響を与えるのは生きている人だけだと高遠は言う。この世に未練を残して霊になった存在は、理性も何もなく恨み辛みを吐き出すだけで会話は不可能だ。それらは一方的に感情を訴えるだけなので、どこで何が視えようとも高遠は無視しているし、わざわざ浄化させてやるお人よしでもない。金を貰える依頼になると別だが。
 霊能者は人や場所などに憑いた霊は視えるが、自分自身に憑いた霊は視えない。高遠は、占い師と一緒だ、と言ったけれど、美琴は占い師に知り合いがいないので真意は分からない。ただ霊能者同士が顔を合わせたとしても、簡単に見抜けるものではないらしい。
こう見えて美琴も村では祈祷師として持て囃されていた。しかし高遠のような能力は全く無い。高遠が美琴の村に来たのも美琴の家が有名だったからで、美琴自身に何も力がないと分かると早速帰ろうとした。それを無理やり引き留め、都会の話を聞き、旅に出た理由を半強制的に語らせてついていくことを決めた。自由奔放で自分のやりたいように育った美琴を連れての旅はかなり過酷で、少々のことでは動じない高遠も驚きを隠せない非常識に翻弄されている。そのせいかここ最近、美琴と一緒に居るのがまさに呪いなのではないか、と口にする。
 立って自転車を漕ぐ警官の姿は、正面に見据える屋敷に続く階段の前で一旦止まった。自転車から降りると階段を五分かけて駆け上がり屋敷に入っていくところまで見えた。
「はあ、あれがイブキ様のおうちかぁ。おっきいな」
「この村の地主でもあるらしい。早瀬の家も似たようなもんだっただろう」
「そだっけ?」
 三年も帰らないと自分の家すら忘れてしまうのか、美琴は首を傾げていた。高遠は慣れたのか、呆れた顔すらせず美琴のボケをスルーした。
 結局、二人はその場に三十分も待たされた。こんなことは旅をしているとしょっちゅうあり、下手すると半日以上待たされる。警官が交渉してくれたおかげか、それとも霊能者に縁のある村なのか、一人の女性を連れて戻ってきた。四十半ばの中年の女性は二人を見てにこりと微笑む。霊能者と名乗り、初対面でこんな笑顔は見れない。そもそも二人に会ってくれる自体、かなり珍しい。
「イブキ様の付き人をしております十倉と申します」
 そう言って差し出された手を高遠は握る。
「高遠です。お忙しいところ、貴重なお時間を頂きましてありがとうございます」
「……もしかして、高遠先生ですか?」
 十倉は目を見開いて高遠の顔を凝視した。高遠の名前はこの世界でそこそこ有名だ。本人は、先生、と呼ばれるのに慣れていないのか、曖昧な返事をして濁している。十倉は高遠の手をぎゅっと握りしめて「お会いできて光栄です」と感激した。
「まさか高遠先生自らイブキ様に会っていただけるなんて思ってもいませんでした。機会があれば、こちらからお伺いしようと思っておりました」
 十倉の言葉が本当かどうかは分からない。それでもこうやって歓迎されるのは初めてで、高遠の戸惑いも見て取れた。完璧に自己紹介するタイミングを失ってしまった美琴は半歩後ろで二人のやり取りをぽかんと見つめている。
「わざわざ遠いところからありがとうございます」
 十倉は深々と高遠に頭を下げた。
「いえ……、たまたま仕事で近くに用がありましたから、イブキ様がどのような方なのか、一度、この目で見てみたいと思っていました。今日は突然の訪問で大変失礼いたしました」
「いえいえ、高遠先生はとてもお忙しい方だと耳にしております。このような地方にまで出向かれるんですか?」
 先生、と呼ばれているのが面白おかしくて、美琴は笑いを堪えるのが精一杯だった。口を押さえて俯いていると、ようやく十倉も美琴の存在に気付いたのか、「あちらは……」と高遠に尋ねている。
「あ! 早瀬美琴です。よろしくお願いしまーす!」
「ただの雑用です」
「あ、酷い! せめて助手ぐらいにしてよ!」
 お前が助手など勤まるのか? と、高遠の目が訴えているけれど、その気持ちは美琴に通じない。これまで迷惑を掛けられた回数は数えきれないほど、助けられた回数は一度たりともない。美琴が気を回そうとすればするほど空回って高遠に害が及ぶ。そう考えると常々、高遠が「呪いはお前自身じゃないのか」と美琴に向かって言うが、あながち間違っていないのかもしれない。それに高遠は美琴を雑用と紹介したが、雑用すらこなせるのか疑わしい。
「早瀬さんですね。よろしくお願いします」
 十倉は美琴に向かってにこりと笑った。それに合わせて美琴もにこにこと微笑む。
 大概、こんな村にいる霊能者は他人の干渉を嫌う。美琴自身はオープンだったけれど、村人や親族は違った。高遠が用件を告げると塩を撒いて追い出そうとした。しかし、美琴が空気を読まずに歓迎してしまったため、高遠は容易く中に入れた。後々、親族から大目玉をくらったけれど、村に客、ましてや自分に客など初めてで美琴は純粋に高遠の来訪が嬉しかった。
 しかしそれは美琴がイレギュラーなだけで、他は違う。これまで幾度か山に囲まれた村や、孤島の村に行ったけれど、大半が高遠を敵視し初めは話すら聞いてくれなかった。高遠は根気強く追い出されようとも塩を撒かれようとも嫌がらせをされようとも毎日毎日しつこく通い詰めて、相手が折れるのを待った。二週間から一ヶ月ぐらい続くと、相手も諦めてくれるのか、話だけなら、と言って霊能者に会わせてくれる。けれどガードが固い霊能者に限って偽物だったりする。
 決して高遠は霊能者の真相を暴こうとしているわけではない。偽物と分かっても、「あなた、偽物ですね」なんて言わないし、村人に告げ口もしない。だが偽物相手に時間を割く余裕はないので、分かった途端に淡々と会話を終わらせようとするので相手に気付かれて騒動になったこともしばしばあるし、高遠が美琴に真実を教えてしまい「あなた偽物なんですかー?」と尋ねて追い出されたこともあった。
「立ち話もなんですし、行きましょうか」
「はい」
 十倉と高遠が並んで歩き、美琴はその後ろを追う。基本的に十倉が高遠に質問をして、当たり障りない返事をする。一見、会話は弾んでいるようだが、高遠のうんざりした顔が横から伺える。仕事の内容までずかずかと踏み込んでくる十倉の人柄が何となく見えた。
 山の日暮れは早い。到着した時からオレンジに染まっていた空は今や真っ赤だ。カラスの鳴き声が響き、風は少し冷たかった。今日も猛暑日だったが、夜は寝やすそうだ。慣れない場所に来るときょろきょろとする美琴であるが、田舎の風景は見慣れているので今日はよそ見をしていなかった。
 屋敷の下にある階段に到着した。思っていたより段差があり、顔を上げないと頂上は見えなかった。これからこの階段を上ると思うとうんざりする。階段の横手には車が通れる程度の道がつづら折りになっていた。車でも屋敷まで行けるようだ。
 高遠は十倉と歩調を合わせて階段を上がり、美琴は徐々に遅れた。毎日、この階段を上っているのか、十倉の表情に苦しさはない。高遠も同様だ。一人、ヒーヒー言いながら足を持ち上げ、とろとろとしている。そんな美琴に高遠は一瞥すらない。喚き散らす体力もなくなり、黙々と終点を目指す。
 百段以上はあったのではないか。十分掛けて上り終えた美琴は、振り返って目下の階段を見た。それから歩いた道を目で追っていく。まだ五時過ぎなのに、村人は家の中に引っ込んだのか人気はない。
「行くぞ」
 高遠に呼ばれて美琴は目前の屋敷を仰ぐ。立派な門に囲まれ、清潔感溢れる母屋は二階建てだ。庭の奥には納屋と離れらしき小さい建物がある。門をくぐって右手には車が三台ほど停められる駐車場があった。やはりこんな土地には車が必須らしく、コンパクトカーが一台と軽自動車が一台停まっていた。
 築年数をあまり感じさせない母屋に比べて、離れは昔からあるような木造住宅だった。納屋もかなり歴史を感じられる。白い壁はヒビが入っていて、鉄製の扉は見るからに重たそうだ。
 門から母屋まで砂利を避けるように踏み石が敷かれている。その上を歩き、案内されるまま中へ入った。木の匂いが鼻を突く。フローリングの床はピカピカに磨かれていて、真っ白の壁紙も汚れはない。十人ぐらい入れそうな広い玄関に、靴は一つしかなかった。
「イブキ様に会っていただく前に、少々、お話しがございます」
「分かりました」

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