死者は嘘を吐かない

早瀬美弦

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第三章

第三章 5

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 その日の夕飯はカップラーメンが配られ各自部屋で食べた。みんなで食卓を囲むなど出来る状況ではなかったのだろう。暗い中、出来ることは限られているのに、美琴が眠りに就くまで高遠が寝ている気配はなかった。
「おい、起きろ。行くぞ」
「へ、どこへ?」
 揺すられて美琴は目を覚ます。外は日が昇り始めて間もないのか薄暗い。一体、何時なのか。濡れたタオルを手渡され、それで顔を拭くように指示された。もしかしたら高遠は寝ていないのかもしれない。
 身支度を整えると二人はそっと外へ出る。こそこそとしていて泥棒になった気分だ。真夏なのに朝方はひやりとした風が足元を通り抜け、半袖だと肌寒い。チチチ、と囀りが聞こえる。老人の朝は早く、もう畑作業をしている人が数人いた。
 中腹まで降りると「明也くんのところへ行く」と高遠が小さい声で告げた。
「明也くんのところ……」
 しっかり覚醒していない美琴は寝ぼけながら復唱する。
「九年前の火災で半身麻痺になった少年がいるのは確かだった。全身重度の火傷で助かったのは奇跡だったらしい」
 前を歩いているので高遠の表情は分からない。一体、どんな手段を使ったのか、カルテの情報を入手したようだ。イブキ様の火傷が本当なら、彼はどこへ消えてしまったのだろうか。新しい事実が分かったが、謎も一緒に増えてしまった。
「じゃあ、イブキ様は本当にいたんだ」
「あぁ、イブキ様は存在する」
 高遠ははっきりと肯定した。
「後は明也くんのところで話す」
 追求しようと思ったが、こうと決めた高遠は梃子でも動かない。信用されていないのも話してくれない理由の一つなので、仕方なく黙って階段を下りた。
 昨日、嵌められた件についてはかなり根に持っている。今思えば、高遠は何をするにも美琴を連れて歩いていた。それは美琴が付いてくるのもあるが、監視を込めていたのだろう。別行動をとるときは何かしら裏がある。良い教訓になった。
 今日も空は雲ひとつ無く晴天を予感させ、陽が昇り始めた空は赤々としてどこか不気味だった。土砂崩れも突貫工事で進められて今日には終わる予定だ。プロに任せればすぐに解決する事件らしいが、高遠はそれまでに真実をはっきりさせるつもりなのか。足早に階段を下りるとまっすぐ山中の家へ向かった。
 あらかじめ山中に話をしていたようで、二人が到着すると自動的に戸が開いた。
「おはようございます。早朝からすみません。明也くんの様子はいかがですか」
「少し話を聞かせてもらいました。全ては高遠先生の前で話すと言っています。昨晩は寝てないようですね」
「なるほど」
 家の中に入り美琴と高遠は明也のいる部屋に案内された。山中の自宅は交番と一体化していて、奥へ行くと小さな部屋がありそこに明也が座っていた。昨日、連れられて行った時と全く同じ格好をしている。中に入るとテーブルを見つめていた明也が顔を上げて高遠の姿を確認する。明也の正面に高遠が座り、その横に美琴が並ぶ。山中は部屋の隅で三人の様子を見張っていた。
「単刀直入に聞こう。君がイブキ様だね」
 高遠がそう切り出すと、山中が「え!」と大声を出す。話の邪魔はしないつもりだったのか、「すみません」と詫び、口を押さえる。美琴も驚いて高遠を見た。
「いつ、気づいたんですか」
「確信を持ったのは昨日。薄々は、君と会ったときから、かな。イブキ様と言えば、天気を当てるのが得意だと聞いた。木佐萬神社は雨乞いなどの気象に関する儀式をよくやっていたらしいね。天気予報では雨など一切言っていなかったのに、君は一昨日の大雨を言い当てている。氾濫や土砂崩れも分かってたのかな。倉の中にやたらと保存食があった。俺達が来た時、君はよろず町へ買出しに行ったと十倉さんから聞いている。それはこの日のためだったんだね」
 明也はゆっくりと首を縦に振る。
「今回の事件、君はどう関わった? 君が犯人じゃないのは分かっているけれど、アリバイが無いから庇いきれない。このままでは、君が犯人になってしまう。もしかして、お母さんから、何か……」
「あんな女、俺の母親じゃない」
 明也ははっきりと言う。その目には憎悪が込められていて、美琴はたじろいだ。明也を見ていた時間はたかだか数日だが、これほどまで自分を出したのは初めてだ。意思の強い瞳を高遠は目を逸らさずに見つめていた。
 そして高遠は最有力候補だった明也を犯人ではない、と断言した。では一体、犯人は誰なのか。
「俺の母親は九年前の火事で殺された」
「殺された?」
「……アンタ、もう分かってるんだろ。俺を自分の子供と勘違いしたあの女は、地下から俺を助け出すと母屋に火を放って俺の家族を殺したんだ。それからずっと勘違いしたまま、俺は十倉明也として生かされ続けた。俺が本物だと知っているのは、昨年亡くなった石橋先生だけだ」
 明也は拳を握り締める。ようやく真実が言えた開放感と、閉じ込め続けた憎しみが溢れ出したようだ。どこか不安げで挙動不審だった頃と打って変わって、彼ははきはきと話している。これが本物のイブキ様なのか。
「じゃぁ、君の身代わりだった明也くんは、今、どこに」
「腐敗した死体が明也だ」
「なんでそれを先に言わなかった」
「だって人を簡単に殺せる女が傍にいるんだぞ。言えば俺が殺されただろう。九年間、いつ殺されるか分からない不安に駆られ続けてきた。俺はあの女が怖い」
 高遠はどこか納得できない顔をして彼を見ている。しかし怖いと思っているのは本当のようで彼の腕が少し震えていた。
「アンタ、本物だろ」
「本物かどうかさておき、そう言った類のものは視える」
「じゃあ、あの女に何が憑いているのか、視えているな」
 高遠は頷く。
「今回の事件の犯人は、十倉さんだ。彼女に殺された霊が何体も憑いている」
 彼も高遠の言葉に頷いた。
「俺も物心がつくころから、ああいうのが視えた。裏山にいる怨念や、人を惑わす怪しげな影。目が合うと追いかけてきて当分の間は傍にいてぶつぶつ呟かれる。小さい頃はそれが怖くて外に出たくなかった。俺の能力に気づいたババ様は、護衛も兼ねて俺を地下で生活させた。まぁ、地下にも居たから、あまり気が休まらなかったけど……」
「ババ様というのは君のお婆さんか。先々代伊乃里様だね」
 彼は頷き話を続けた。
「俺は地上にはほとんど出れなくて、明也は俺の代わりだった。アイツは地上での生活を全て俺に語ってくれた。父の不義で生まれた子だっていうのは家族全員知ってたから嫌な思いだってしてきたはずだ。そんなそぶり一切見せなかった。いつもにこにこと笑っていて、楽しそうだった。俺、最初はそんなアイツが憎くて仕方なかった。同じ父の子なのに、嫌なものも見えず、陽の光もほとんど入ってこない地下に閉じ込められることもなく、イブキ様の子として周りからちやほやされている明也が、羨ましくて、憎かった」
 彼がそう思う気持ちは十分に理解できた。暗いところに閉じ込められ、外の楽しさを語られても聞き手側は不愉快なだけだ。相手の厚意が純粋であればあるほど、感情はどんどんと闇へ落ちていく。
「気になることがある」
 拳を握りしめてテーブルを睨み付けている彼に、高遠は話しかけた。彼は顔を上げ「え?」と不思議そうに高遠を見る。
「勘違いしているとはいえ、君をあれほど溺愛している十倉さんが、自分の子供をそう簡単に手放すとは思えない。この事件の発端はそこじゃないのか?」
「それもババ様が仕組んだことだ。出来てしまったものは仕方ないからって、明也はうちに無理矢理引き取られた。生まれたばかりだとどちらに霊能者の力があるか分からない。二人もいればどちらかに力が発現するかもしれないと見込んだんだろう。……最初からババ様はこの力しか興味なかったんだ。優しくしてくれたのも、色々と教えてくれたのも、全部……、この忌まわしい力を持ってる俺だからしてくれたことだった。明也に力があれば、地下にいたのは俺ではない」
「どうして君のお祖母さんはそこまでイブキ様の力に拘ってたんだ」
「それは神に仕えることもやめて、この力だけで家を存続させてきたからだろう。イブキ様のお力は素晴らしいものだって言ってた。どんどんと力が失われていくのは必要とされていないからなのに、ババ様はそんな簡単なことにも気付かず、ある霊能者に力を取り戻すにはどうしたらいいのか相談した。……そしたら、村から婚約者を選ぶのではなく、余所から嫁がせた方がいいと言われてその通りにした」
「……ではそれが君のお母さんなんだね」
 彼は小さく首を縦に振った。
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