死者は嘘を吐かない

早瀬美弦

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第三章

第三章 6

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「婚約者がいたと言うのに、父はババ様に歯向かうことなくあっさり母を受け入れた。父は別にあの女を好いていたわけでもないし、自分が誰と結婚しようが構わなかったんだ。イブキ様の生まれ変わりとも言われたババ様の息子なのに、全く力を受け継がなかったから家の中ではほとんどいない存在だった。きっと父は自分自身もどうでもよかった。ババ様はこの村や隣のよろず町の人から慕われていたけれど、家の中はめちゃくちゃだったんだと思う。力を持った俺には優しかったから、ババ様の本当の姿を知らない。それに父とはあまり会わせてくれなかったし、父も俺と会おうとしなかった」
 そう語る彼の顔は淡々としていた。父との記憶があまりないので、悲しいとも思わないのだろう。高遠は黙って話に耳を傾けていた。
「婚約を解消されたのに、あの女は父を諦めきれず、父に迫って母と同時期に妊娠した。それを知ったババ様はあの女を他県に追い出し、子供だけを引き取った。この村に戻らなければこれまでの行いは許す、と言って。当然、あの女は反対したけれど、親にも頭を下げられ条件を飲むしかなくなった」
 十倉が子供を手放した経緯はよく分かった。高遠は「そうだったのか」と頷いて親指で唇を撫でる。考え込んでいるときの癖だ。
「……けれど十倉さんはこの村に戻ってきた」
「自分の子供を取り戻しにきた、とアイツは俺を見てそう言った。好きでもない男と強制的に結婚させられ、最愛だった人を他の女に奪い取られ、あの女は俺以外の全てを憎んでいた。自分の意思などなく、ババ様の操り人形だった父も憎んでた。あの時の目は一生忘れられない。俺を見て嬉しそうに微笑んだ同じ顔で、母屋に火を放って、裏山から燃えていく様を見ていた。俺もそれを見ていることしかできなかった。あの顔が狂気だと気付いたら、一気に怖くなった。俺が明也ではないと分かれば、あの女は絶対に俺を殺していた。そこまで執念があるのに、自分の子供は判別できなかった。地下に閉じ込められているのが自分の子だと信じて疑わなかった」
 まさか嫡子が地下にいるなど思わなかったのだろう。いくら母親と言えど、生まれてすぐに引き離された我が子の十年後の姿なんて想像できなかったはずだ。もしかしたら彼に残る愛しかった人の面影に惑わされたのかもしれない。
「火事があったのは九年前。君が九歳の時だ。九年間も時間を置いた理由は?」
「憎いなら全てを奪えばいいと、誰かに唆されたみたいだ。俺は詳しいことまで聞かなかったから知らないけど、何か凄い力を持っている人だ、とか言っていた」
「……凄い力を持っている誰か、か」
 高遠は独りごちる。
「確か十倉さんには結婚した男性との間に一人子供がいるはずだ。その子は?」
「そいつが明也の代わりにこれまでイブキ様を演じていた良太だ。山で見つかったもう一つの死体。良太は二年前にうちへ来て、去年までは俺と同じように地下で暮らしていた。うちは人の出入りが多いから、人を隠すのは地下じゃないと無理だ」
「地下か……」
「そこは裏山の祠に通じている。祖先が天然の洞窟と地下を繋げたんだ。都合の悪い人間を閉じ込めておくために」
「なるほど」
「そこを通れば、裏山まで大体十分。あの女のアリバイはそれで消えるはずだ」
「やっぱりあったんじゃん! 裏道!」
 ずっと黙って聞いていた美琴がついに大声を出す。それに驚いた彼はびくりと体を震わせて美琴を見た。高遠はすかさず美琴の頭を叩いて黙らせる。まるで壊れたラジオだ。
「あの夜、君はどうして裏山へ行ったんだ? しかもあんな大雨の中」
「俺はあの二人が明也を殺したと白日の下に曝したかった。俺が警察に話をすれば簡単だったかもしれないけど、突拍子もなくそんなことを言われて信じるとも思えない。それにみんなはあの女を信用しきっているし、俺は傍から離れられなかった。だからあなた達を利用するしかなかった」
 彼は小さい声で「ごめんなさい」と謝った。
「そもそも良太は明也を殺す計画のために呼ばれた。あの女はこの家を乗っ取りたかったんだ」
「実質的には十倉さんがあの家の代表だろう」
「天宮家に纏わる全てを消したかったのかもしれない。まぁ、一人残ってはいるけど」
 彼は自嘲気味に笑う。
「夜のうちに掘り起こしておいて、翌朝、崩れている場所がないか探すと言って山に入って、死体が見つかったと騒ぐつもりでいた。死体が見つかればただでは済まないし、あなた達を巻き込むことが出来る。すればあれが明也だと分かるのに時間は掛からなかっただろう。日中に出れば怪しまれるし、かと言ってあの雨の量では避難する必要も出てくる。あの時間が一番丁度良かった。大雨の中、何をしていたか聞かれても、外の様子を見に行っていたと言えば済む話だし、裏山に何があるのか知っているのは俺とあの女と良太だけだ。誰にも気づかれないよう注意して出たはずだったが、掘り返している最中、良太にいきなり頭を殴られた。アイツは秘密を守り通すために、俺を殺そうとした。……そして、あの女まで追ってきて、俺の上に乗っている良太を石で殴り殺した」
 そう言って彼は首元まで締めたチャックを下ろした。視線をその細い首に奪われる。くっきりと青い痣がそこには残っていた。
「情けないことに俺はあの女が良太を殴り殺しているときに気を失って気付いたら祠にいた。自分が無実だという証拠なんて、これか、襲われた時に打った背中と殴られた頭の傷ぐらいしかない。それでも信じてもらえるかどうか分からないけど」
「そうか。彼女が着ていたカッパは俺が持っているし、良太の外傷は後頭部の傷しかなかった。それが直接的な死因だと素人目にも分かったから、警察もすぐに分かるだろう。首を絞められ、襲いかかられた君にそんなことが出来るとは思えない。夕飯を食べ終わるまで、君の首にそんな痣はなかったとちゃんと俺が証言する。……後は十倉さんが自分で罪を認めてくれればそれでこの事件も終わる」
「良かった。あなたが来てくれて」
「うちにイブキ様を調査するように依頼したのは君だったのか。てっきりイブキ様の力を世に広めたい十倉さんからの依頼かと思っていた」
「半信半疑だった。高遠って霊能者が、霊能者について調べているのは噂で知っていたけれど、本物かどうか分からないって言われていたから。あの女の本性を暴いてほしかったんだ。明也の死を、明るみにしたかった。俺はアイツらが捕まれば良かったのに、まさか、あの女が自分の息子まで手に掛けるとは思っていなかった。迷惑を掛けてすみませんでした」
 彼は深々と頭を下げる。それにしても酷く他人任せな話だ。高遠は眉間に皺を寄せて彼を見つめている。本人も自分がどれほど身勝手な行動を取ったか分かっているからか、全てを話したのにどこか陰鬱な表情をしていた。
「君は自分の代わりに外へ出ている明也くんが憎いと言った。でも君は明也くんのためにここまで行動を起こした。それはどうして?」
「火事が起こった日、明也は母屋と離れを繋ぐ廊下で見つかった。わざわざ燃え盛っている火の中を通って、明也は俺を助けようとしたんだ。明也は幼いながらに自分の役割を十分すぎるほど理解していた。あの女と良太が明也を殺す計画を立てているのだって知ってすぐに教えたけど、俺が無事ならそれでいいと言って……」
「……そうか」
 高遠はもういい、と言うように言葉を被せた。
「俺が知っている話は全部話した」
「ありがとう。最後に名前を教えてほしい」
「天宮伊織だ。うちは跡継ぎに必ず「伊」を付ける。伊吹様に倣って。けど俺は、今、初めて人にこの名前を名乗った」
 そう言う彼の表情はとても悲しそうだった。


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