死者は嘘を吐かない

早瀬美弦

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第二章

第二章 4

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 山中がここに戻ってきたのはそれから三十分後だった。かなり暗い顔をした山中は美琴の姿に気づかず、そのまま高遠の前まで行く。
「大変なことになりました」
「どうしたんですか?」
「村と隣のよろず町を繋いでいる唯一の県道が土砂で塞がれていると……。電気もやられてるし、電話もダメでした。よろず町とは何とか無線で連絡は取れましたが……」
「じゃあ、他の警察の方が来れないんですね」
「……えぇ」
 暗い顔をしている理由はそれだけでない。県道が通れないなら食料も村の中で何とかするしかない。
「今日から作業をするそうですが、二、三日は掛かる見込みだとか」
「なるほど……、大変なことになりましたね」
 高遠はがりがりと後頭部を掻く。
「とりあえず状況を写真に残して、ビニールシートでもかぶせましょうか」
「そうですね」
 山中の意見に賛成した高遠は邪魔をしないように死体から遠ざかった。昨晩の大雨で痕跡はほとんど消えてしまっている。ごろごろとした大きい石が周りにはたくさん転がっていた。まだはっきりとした死因は分かっていないし、仰向けに寝転がっているが外傷らしい外傷はパッと見ただけでは分からなかった。
「ねえ、通行止めになったってことは、帰れないんだよね?」
 美琴は高遠にこそっと耳打ちをする。こんな面倒なことが起こる前に帰りたかったのが本音だが、巻き込まれてしまった以上、例え道が塞がれていなかったとしても数日は足止めを食らっていた。高遠はちらりと山中を見てから美琴の腕を引っ張ってその場から離れる。
「そうだな。面倒になった」
 珍しく高遠が重たい溜息を吐く。呆れて溜息は多いけれど、悩んだ末の溜息はあまりない。
「まぁ、仕方ないな。とりあえずこちらのアリバイだけでも証明しておかないとな」
「どういうこと?」
「あれは他殺だ。そうなったとき、真っ先に疑われるのは俺らみたいな不審者だ」
 こんな山の中でわざわざ全裸になって自殺する奇特な人はいないと高遠は言いたいのか。しかし死因が分からない以上、決めつけるなんて警察官の山中でも無理だ。けれど高遠は確信があって他殺だと言っている。
「犯人分かったんだ?」
「あぁ、だから早く帰りたかったんだが、道が塞がれているなら仕方ない。極力関わらないようにしよう」
 高遠は本物の霊能者だ。
「誰?」
 高遠はちらりと写真を撮っている山中を見た。
「…………お前、過去に自分が何をしたのか覚えていないのか? 口が裂けても犯人は言わない」
 美琴は「何で!」と叫ぶ。その声に山中が振り返ったので美琴は口を押えて高遠を睨み付けた。
 昔、犯人が分かったと美琴にその情報を漏らして、みんなの前で暴露された。それ以来、高遠は何があっても犯人の名を美琴に伝えない。
「ねぇ、僕も知ってる人?」
 高遠はどう答えようか眉間に皺を寄せて思案してから、首を縦に振る。
「厄介な事件になるだろうな」
 高遠は本物の霊能者だから、殺された人の霊が視える。


 山で見つかった二つの死体に高遠と山中で丁寧にシートを掛けた。ずれないように杭を打ち、流れる汗を腕で拭う。高遠は立ち上がると膨らんでいるシートを見つめて、小さく息を吐いた。
「死因は後頭部にあった傷、ですかね」
 山中が助けを求めるように高遠を見た。
「……おそらく」
 パッと見ただけでは分からなかったが、高遠は作業をしている短時間で観察していたようだ。触ったりすればいつ殺されたのか計算できるはずだが、関わりたくないらしいので高遠は手伝うだけで何もしなかった。
「あぁ、もう。この村には医者がいないし、なんせ私もこの村で生まれ育ちましたが、こんな事件初めてでどうすればいいのか……」
 山中はほとほと困って遂に弱音を漏らした。確かにこんな長閑な田舎で殺人事件が起こるなんて誰が予想していただろうか。
「山中さん、この方に見覚えは?」
「いや……、若い子なんてよろず町から来るヘルパーの子か明也くんぐらいしかいませんからねえ」
「つまりこの村の人ではないと」
「そうなりますな」
「山中さん、カメラを借りてもよろしいですか?」
「えぇ、どうぞ」
 高遠はカメラを受け取り、画面を見つめる。まだ形の残っている死体は、十六、七の若者だ。
「若いのに気の毒だ……」
 山中は痛々しそうにその写真を覗き込む。
「それにしても通行止めで刑事さんも来れないとなったら大変ですね」
 山中は「そうですね」と答えて俯く。山中一人で事件解決はかなり難しい。高遠も犯人が分かっているからと言ってむやみやたらに助言できない。証拠もないのに犯人と言われて、誰が罪を認めるだろうか。二、三日すれば刑事がやってくるなら、このまま放っておくのも手だ。犯人の逮捕について、高遠はさほど興味がない。
「ねえ、いつまでここにいるの? 早く戻ろうよ」
 この場に飽きた美琴が高遠の肩を掴んで前後に揺らした。手を払い高遠は美琴をにらみ付ける。
「煩いから部屋で大人しくしてろ」
「え、やだよ」
 犯人は美琴も知っている人なら、天宮家にいる人の可能性が高い。そんなところに一人でいるなんて想像するだけで背筋が凍る。
「とりあえずこの場から離れましょうか」
「えぇ、分かりました」
 山中は二人を見て苦笑いだ。そんな表情をされると高遠まで美琴と同類に思われたようで、あからさまに嫌そうな顔をする。歩く非常識と一緒にされては堪らない、といったところか。美琴も霊能者なんていう胡乱な人物の仲間だとは思われたくない。
 三人が母屋に戻ると、丁度、十倉と明也が玄関に立っていた。長沢も一緒に付き添っていたようで十倉の反対側に回って明也を支えている。明也は十倉が持って行ったバスタオルを肩に掛けて、服は雨でぐっしょりと濡れていた。洞窟の前で倒れていた時は意識が無さそうだったが、とりあえず意識は戻ったみたいだ。振り返って三人の姿を確認すると明也は少しだけ表情を明るくした。
「無事そうで何よりです。どうしてあんな洞窟に……」
 高遠が質問を終える前に「どうしてそんなことを聞くんです!」と十倉に怒鳴られ言葉が詰まった。昨晩からずっと行方不明で探すのを手伝った相手にその言い分はないだろう。美琴はムッと怒りを露にした。
「明也はあんな寒いところで死にかけていたんですよ! 今はそんなことを聞いている場合じゃないでしょう」
 迷惑を掛けておきながら、礼の一つもない親に何も言われたくない。自分はかなりの非常識のくせに他人の無礼は許せない美琴が一歩前に出ようとしたら高遠に手で制された。
「すみません」
「……いえ、こちらこそすみませんでした」
 やんわりと十倉を手で押しのけ、明也が口を開いた。
「高遠先生や早瀬さんにも手伝っていただいたとお聞きしております。自分の軽率な行動で皆さんにご迷惑をお掛けしてしまい本当に申し訳ありませんでした」
 明也は深々と頭を下げる。それが分かっているだけでも十分だ。まだ彼も若いので、てっきり開き直ったり不貞腐れたりするのかと勝手に決めつけていた。
「さぁ、明也。部屋に行って今日は休みなさい。ああ、もう、こういう時に石橋先生が居てくれたら心強かったのに……。通行止めなら病院にも連れていけない」
 玄関で立ち止まっている明也の腕を引っ張って十倉は家の中に入った。その姿を見送ってから、美琴はきっと高遠を睨み付ける。
「何でさっきの止めたの。なんか変だよ。あんな怒るなんて」
「それは先入観だろう。一人息子があの雨の中、一晩中あんなところにいたってなったら、母親として心配するのは当然だ」
「ええー、そうかなー。息子を大事にしない母親だって世の中にはいっぱいいるけど」
「十倉さんを見る限り、彼女は息子を大事にする母親なんだろう。とりあえず俺らは下手に近寄らないほうがよさそうだな。それにまだ十倉さん達には死体が見つかったと知らせていないからな。あの反応は普通だ」
「あ、そっか」
 美琴は納得して手を叩く。死体が見つかったと報告する前に怒鳴られたのをすっかり忘れていた。
「なんか凄い声が聞こえましたが、あれは十倉さん……?」
 声を掛けられ振り返ると山中が門から姿を現した。
「えぇ、自分が怒らせてしまったみたいです」
「いやいや、十倉さんは明也くんのことになると過保護ですから。まあ、心配しすぎて過敏になってるのかもしれんねぇ」
 山中は困った顔で天井を見上げた。先ほどのように明也のことで他人に怒ったりするのは初めてではないらしい。
「一人息子で可愛いんですよ。多めに見てあげてください」
「こちらも不躾でしたから、次から気を付けます」
「すみませんねぇ。で、高遠先生、これからどちらへ?」
「本当だったら今日帰る予定だったんですが、通行止めで帰れませんので、村の様子でも見て回ろうかと。昨日の雨でそれなりの被害は出ているんですよね」
 あのやりとりでさすがの高遠も家にも居づらくなったから外で時間を潰すつもりなのだろう。昨日のように家でじっとしているより退屈は紛らわせる。
「じゃあ、一緒に下まで行きましょう。自分もみんなに聞き込み調査などしなければいけませんから」
 山中はかなり責任感が強いらしい。これまで何度か事件に遭遇していろんな警官と会った。村人に丸め込まれて揉み消そうとしたり、混乱して場を乱したり、管轄外だと言って何もしなかったり……、意欲的に動く人も多かったけれど一番先に矛先が向かうのは余所者の美琴と高遠だった。山中が一緒に下りるとわざわざ言葉にした理由はやはり疑っているからか。
 高遠と山中が並んで下りる後姿を見つめながら美琴も階段を下りた。昨晩からほとんど眠れず、朝っぱらから山を登ったり階段を駆け上がったりなど運動をしたせいで眠たくなってきた。あくびをかみ殺しながら二人の後を追っていると無残になった田んぼが見えてきた。昨日の日中まではピンと立っていた稲も今やぐったり倒れて水に浸かってしまっている。こうなった稲はほとんど使い物にならないだろう。田んぼの様子を見に来た老人が「あぁ……」と呻いて肩を落とした。山中は老人に近づき、慰めるように肩を叩いた。
 今朝はイブキ様と明也を探すのに集中していたので気づかなかったが、真ん中の道路から川側に家を建てるなとイブキ様が予言した通りになっている。今は河川が整備されているから氾濫など滅多に起こらないけれど、驫木川と言う名が付くぐらいだ。さぞかし荒れやすい川だったのだろう。この近辺はよく雨が降ると長沢も言っていた。
「そう言えば、昨日はみなさん、何時ぐらいから公民館に移動されたんですか? 我々が来たときにはもう村の方々は集まっていたようですが」
「驫木川の氾濫警戒水域を超えたのが七時ですから、それから村を回って皆さんに伝えました。なので、八時半前にはもうほとんど避難されてました。年配ばかりなので結構時間がかかりましたね」
 人数が少ないとは言え、基本的に歩く速度が遅い老人があの豪雨の中で移動するのだ。山中もかなり骨が折れただろう。
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