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第二章
第二章 5
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一方、天宮家も明也が外へ出るまで全員の所在は確認済みだ。七時過ぎに十倉が食事のため離れをのぞいたときはイブキ様もいたらしい。その時も具合が悪そうで食事など到底出来なさそうな雰囲気だったらしいが、一応、食事を置いて離れを出て美琴と高遠を呼びに来た。その後、八時過ぎに長沢が離れへ行き、イブキ様の姿を見ている。
「明也くんが見つかり、色々とトラブルがあったせいで、すっかり失念してましたがイブキ様はまだ見つかってないですね」
「そう言われればそうですね……。しかしもう、村の中はほとんど探しましたよ。土砂崩れだって昨晩から起こっていたと言うし、何かに巻き込まれたか……」
あの死体のどちらか、と考えるのが妥当だろう。しかしイブキ様には全身に火傷の痕が残っているはずだが、二つの死体のうち、一つは綺麗な体をしていた。それにもう一つの死体は明らかに死後半年以上が経過しているので、昨日までぴんぴんしていたイブキ様とは到底考えられない。
高遠は「うーん」と唸って唇を撫でる。
「……アンタ、偉い人か?」
知らないうちに村人がぞろぞろと集まってきて美琴たちを取り囲んでいた。老人に話しかけられた高遠は「いえ、違います」と即答した。
「霊能者の先生だって。去年も来たでしょ。すみませんね、高遠先生」
「……いえ、そもそも先生と呼ばれるほどの人間じゃありませんから、やめて頂けますか」
先生と呼ばれるのがよっぽど嫌なのか、高遠がはっきりと言う。それでも山中には「いやいや、とっても偉い方だと十倉さんからお聞きしました」と食い下がられた。否定するのが面倒なのか高遠はそれ以上、何も言わず話題を逸らした。
「去年も霊能者がこの村に来たんですか?」
「えぇ、そうです」
「またイブキ様の儀式をするんだろ?」
老人が高遠を見つめてそう言う。
「…………え? どういうことですか?」
話がよく分からなくなり、高遠は山中に助けを求める。困惑した顔をする山中は「ええと」と言って、頭をがりがり掻いた。
「実はですね。去年、イブキ様が亡くなられて、蘇る儀式をしたんですよ。だから私も含めて、高遠先生が来られたのはそのためかな、と。違ったんですかね」
「そんな儀式、俺は知りません。そもそも俺たちも死んだ人が蘇ったって聞いてこの村にやってきたんです」
高遠の返答に周りがざわついた。
「一つ、気になっているんですが、儀式は本当に成功したんでしょうか?」
「……この村の医師だった石橋先生の見立てによると確かにイブキ様の息は止まっていたらしいです。けれどイブキ様は次の日にはもう起き上がってました。顔の火傷も残っていたし、声は出せないから……」
山中はそれ以上、言葉を紡げなかった。昨日、渡辺から聞いた話と相違はない。そのまま続けようとしたが、高遠が投げかけた疑問は下手すれば村人全員を敵に回してしまう。周囲に視線を配り、状況が悪くなっているのに気付いたのか、高遠は「まぁ、分かりませんよね」と誤魔化すように答えて沈黙する。
「そもそも十倉さんが我々を騙すような真似をするわけない」
一人が大声でそう言った。それにつられるよう他の村人も「そうだそうだ」と大声を出す。霊能者の真偽に夢中になってしまった結果、立場が一気に悪くなってしまった。目先の欲に囚われ、たまに墓穴を掘る。美琴はしめしめと笑い、それを隠すように口元を両手で押さえた。
「元々、十倉さんはこの村の出身で、伊澄様の婚約者だったんだ。……なのに、伊乃里様に追い出されて……、可哀想に。本当だったらイブキ様の面倒なんて見たくもないはずなのに、火事でみんな死んでイブキ様が一人だと分かったら、引き取ると言ってこれまでずっと面倒を見てきたんだよ」
「そうだよ。優しい十倉さんが我々を騙すなんてあり得ない」
「元はと言えば、伊澄様の評判が悪いから、こんな奇妙なことが起こるんだよ」
「ちょ、ちょっと、みんな。変なこと言うなよ」
高遠を糾弾すると言うより、十倉の良さを知ってもらうために村人が話し出してしまった。山中は必死にそれを止めようとするが、「聞かせてください」と高遠が言い出したので止めるに止められなくなった。老人の話好きは色々と教えてくれるから助かる。それに色々と話してくれれば、この事件について見えてくるものがある。
「伊澄様は他の女にも手を出して愛人との子を家に匿ってるとか、噂があったんだよ。なまじ顔が良いだけに、隣町の娘もイブキ様に言い寄ったりしていたらしい。先代だけじゃなくて、伊乃里様も自分の能力をひけらかして隣町の町長を言いなりにしていたらしいし、これまでもイブキ様は色んなことをしていたらしいよ。前の火事だって自分の子孫が悪事に手を出して嘆いた初代イブキ様の祟りなんじゃないかって、村では噂していたぐらいだ」
十倉は、イブキ様は畏れ敬われていたけれど恨まれていなかった、と言っていたけれど、村人の話でそのイメージは一変した。この様子ではイブキ様を恨んでいる人だって少なくなさそうだが、内容は憶測が多いので全ては信じられない。悪名高いイブキ様に比べて、十倉を褒める人は多かった。
「十倉さんは小さい頃から優しくていい子だった。両親の手伝いを率先して、顔を合わせれば元気に挨拶をしたし、何より頭が良くて美人だ」
「村の自慢だったねぇ」
高遠の存在を忘れたのか、昔話に花が咲き始める。このまま退散してしまおうかと思った矢先、山中がこそこそと近寄ってきて「どう思いますか?」と尋ねる。
「何がですか?」
「山の中で見つかった死体ですよ。明らかに……、他殺ですよね」
「素人の見立てですが、それしか考えられないですね」
「……そうですよね。事故って線も正直言って薄いと思いますし」
山中はぶつぶつ呟きながら高遠に背を向けた。事件が起こって一人では対処しきれない気持ちは十分に理解できるけれど、下手に助言して当てにされても困る。
そんな高遠の気持ちを他所に美琴は俯いている山中にこっそり近寄って独り言を盗み聞く。困った、困った、と同じ言葉を繰り返している。にやりと笑って、その顔を覗き込んだ。これは先ほどの意趣返しだ。
「それでしたら、高遠に任せればばっちりですよ!」
「はぁ!?」
美琴の無責任な発言に高遠は大声を出す。それを聞いた山中は目を見開き「本当ですか!」と喜びを露わにする。満面の笑みで振り返った山中を見た高遠は愕然とし、話の内容などほとんど聞いていなかったけれど、どんな話をしていたのかこれまでの経緯で理解しているのだろう。
「高遠は無駄に頭が良いですから、任せておけば大丈夫ですよ! ネ!」
「ね、じゃねえ……、よ」
人前でなかったら怒鳴り散らしていたに違いない。しかし山中の目を見ていたら断るにも断れなくなったのか、高遠は何度か口を動かして言いたいことを飲み込んだ。どうせ二、三日で通行止めは解除されるわけだし、適当にやっておけば何とかなるだろう。
「…………出来る限り、協力しますよ」
「ありがとうございます!」
「ただ俺は専門家でもないですから、あくまでも素人意見だと言うのは忘れないでください」
「分かってますって!」
そう元気に答えたけれど、確実に分かっていない。高遠は「じゃあ、ちょっと裏山に行ってきます」と言って美琴の腕を引っ張った。その力が思った以上に強かったので「痛いよ!」と文句を言うが、高遠の力は弱まらなかった。
「……何で、俺が犯人捜しなんか」
引き受けたくなかったのか、山を登りながら高遠が愚痴りだす。それを後ろで聞いていた美琴はあっけらかんと「いいじゃん」なんて言い高遠を余計に苛立たせた。巻き込んだ張本人のくせに他人事だ。
「犯人知ってるんだし、簡単でしょう? 僕、誰が犯人なのか早く知りたいし」
「ふざけるな」
「これまでも何度か解決したじゃん。うちの事件も解決したの、高遠だしさ」
美琴も決して根拠がなく言っているわけではない。霊能者を探して各地へ飛び回っていると、こんな事件に巻き込まれることがしばしばあった。その度、余所者の高遠は真っ先に疑われる。その疑いを晴らすために解決して警察から感謝されたり、霊能者の家から疎まれたりなど経験してきた。
未練を残してこの世に留まった霊は、恨みを持った人間に取り憑く。中には例外もあるが、殺された人は犯人の姿を見ている。自分の人生を絶った相手を恨まないはずがなく、霊は傍に寄り添って恨み辛みを吐き出し続ける。それが視えるから高遠は、犯人が予め分かっている。しかしそれでは推理にならない。罪を認めさせるためには相応の証拠が必要だ。非常に面倒臭い。人が誰かを殺す理由は複雑怪奇で、沢山出てくる情報から真実をかき集めて論理を組み立てても、頑なに認めない人もいる。
ただ犯人が分かっているのはかなりのアドバンテージだ。かと言って探偵役を押し付けられるのは不服だ。
昨日は運よくアリバイもあり、村人が霊能者にとても寛容だったので高遠は疑われていない。そのまま穏便に済ませたかったのが本音だろう。美琴が余計なことを言ったせいで、捜査に協力しなければいけなくなった。
「とりあえず明也くんが見つかった洞窟に行く」
「へ、何で」
「彼が事件に関与しているのは分かりきっているが、十倉さんの様子を見ていたら迂闊に近づけない。何か証拠とか、残ってるかもしれない。早めに行くべきだ」
今朝、明也が見つかった時に十倉が一度そこへ行っている。その間に証拠を消している可能性もあるが、長沢が同行していたのでそれはかなり低い。こういう地道な作業から始めないと解決には近づけない。
雨が止んでから十時間ぐらい経ったけれど、地盤はかなり緩んでいる。こんな道を土砂降りの中、登っていくのはかなり大変だっただろう。しかも夜に。明也はどうして山に登ったりしたのか。謎しかない。
本人から話が聞ければ一番だが、明也もそう簡単に話してくれないだろう。下手に話しかけて十倉を刺激するのも避けたいし、村人から聞き出そうとして敵に回られるのも厄介だ。小さな村では結束が固いから、一度敵だと判断されるとなかなか誤解が解けない。
高遠が色々考えている背中を見つめながら、美琴はせっせと山道を登った。今朝同様、スニーカーにはたっぷりと泥がくっついている。
「ギャー!」
岩に足を掛けたところで見事に滑って転んだ。坂道だったので美琴は二メートルほど転がり落ち、顔も服も泥まみれになった。高遠は額に手を当てて大きくため息を吐き思案している。
「ヒィィィイイ! 虫! 高遠! 虫ィイ!」
転がり落ちた先は木の根元だったのでそこにいた先住民に迷惑をかけたのだろう。腕を這う多足類の虫を見て更に悲鳴を上げる。証拠を消される前にさっさと洞窟へ行きたい。このまま泥だらけの美琴を放っていくのも可能だが、喚かれて大泣きされた後、薄情者だの美琴はぐちぐちと言い出す。高遠はもう一度ため息を吐くと道を戻ってきて、泥だらけの美琴を引っ張って起こした。
「……腹も減ったことだし、戻るか」
「うん……」
美琴はぐずぐずと泣きながら山を下りた。泣きたいのはどちらかと言えばこんなのに巻き込まれた高遠のほうだったかもしれない。
ぐちゃぐちゃになった美琴を見て長沢は小さい悲鳴を上げて、すぐに風呂の用意をしてくれた。と言っても停電しているので水浴びだ。大の大人がいつまでも泣き続けていると、痺れを切らした高遠に頭を叩かれ美琴は風呂に入る。転んで打った肘や膝は青く痣が出来ていた。
「あぁ、もう最悪だよぉ」
腕には虫が這った感触が今でも残っている。田舎暮らしで昆虫類は身近な存在だったけれど、それは美琴が唯一苦手にしているものだ。どう足掻いても仲良くなれない。特に足がたくさん生えている物は想像するだけで全身が粟立つ。
ごしごしとタオルで腕を擦り体に染みついたあの足の感触を消し去る。思い出すだけで発狂しそうだ。小さい頃は仲良く遊んでいたけれど、いつしか姿を見るだけで叫ぶようになった。気が済むまで体を洗い、虫と遭遇したことをすっかり忘れて風呂から出ると廊下で高遠と十倉が顔を合わせていた。心の狭い美琴は今朝の非礼を忘れていない。姿を見るとむっとする。
「本来でしたら今日には帰る予定だったんですが、山中さんの話によるとこの村を繋ぐ唯一の県道が昨晩から土砂崩れで通行止めらしいんです」
「あら……、そんなことが起こっていたんですか」
「なので大変恐縮ですが、通行止めが解除されるまで泊めていただけないでしょうか」
通行止めだから仕方ないと言っても、今朝のやり取りを思い出すとこの家に泊まるのはかなり気が引けた。いっそ山中に頼んだら喜んで引き受けてくれそうだけれど、これまで厄介になっていたこの家を避けるのも感じが悪い。誰が犯人か分からない以上、常に警戒しておかないと自分が狙われない確証などどこにもない。
「えぇ、こちらからそう言おうと思っていたところでした。高遠先生、今朝は取り乱してしまいすみませんでした」
「いえ、こちらも不躾で申し訳ありませんでした。決して明也くんを疑っていたわけではなかったんですけど、あんな聞き方をすれば誤解を与えてしまいますね」
高遠は何も悪くなかったように思うが、素直に詫びた。わざわざ謝るようなことでもないし、美琴は理解できていなかったけれど、相手があまりにもあっさり謝ってきたのでこちらも怒らせたことに対して謝らなければならない。それが大人の対応、と言うものだろう。精神年齢が低い美琴にはさっぱり理解できないだろうが。
「とんでもありません。あの後、冷静になって考えてみたら、高遠先生にはとっても失礼なことをしてしまいました」
「気になさらないでください」
「……そう言えば、裏山で亡くなっていた方は、イブキ様、だったんでしょうか?」
「どうでしょう。若い人でしたが、火傷の痕もありませんでしたし、別人の可能性もありますね」
「私も後で確認してみます」
落ち着いてくるとイブキ様の安否も気になったようだ。
「明也くんの具合はいかがですか?」
「問題ないとは思うんですが……、ただかなり疲労していたので今は部屋で休ませています。少し怪我をしているようですから、わたしも明也に付きっ切りになると思うんです。なので何かあれば長沢さんにお願いします」
「分かりました」
十倉は頭を下げると再び階段を上がっていく。噂通りの過保護だ。扉の隙間からこちらを覗いているのに気づいたのか、高遠は呆れた顔で美琴を見る。
「何やってるんだ、お前は」
「だってなんか出て行きにくかったんだもん」
「へえ、お前にも気まずさとかあるんだな」
「あるよ! 失礼な奴だな!」
高遠は何も言わずに美琴に背を向け、そのまま家を出て行ってしまった。帰ってきたのは日が暮れて家の中が真っ暗になってからだった。
「明也くんが見つかり、色々とトラブルがあったせいで、すっかり失念してましたがイブキ様はまだ見つかってないですね」
「そう言われればそうですね……。しかしもう、村の中はほとんど探しましたよ。土砂崩れだって昨晩から起こっていたと言うし、何かに巻き込まれたか……」
あの死体のどちらか、と考えるのが妥当だろう。しかしイブキ様には全身に火傷の痕が残っているはずだが、二つの死体のうち、一つは綺麗な体をしていた。それにもう一つの死体は明らかに死後半年以上が経過しているので、昨日までぴんぴんしていたイブキ様とは到底考えられない。
高遠は「うーん」と唸って唇を撫でる。
「……アンタ、偉い人か?」
知らないうちに村人がぞろぞろと集まってきて美琴たちを取り囲んでいた。老人に話しかけられた高遠は「いえ、違います」と即答した。
「霊能者の先生だって。去年も来たでしょ。すみませんね、高遠先生」
「……いえ、そもそも先生と呼ばれるほどの人間じゃありませんから、やめて頂けますか」
先生と呼ばれるのがよっぽど嫌なのか、高遠がはっきりと言う。それでも山中には「いやいや、とっても偉い方だと十倉さんからお聞きしました」と食い下がられた。否定するのが面倒なのか高遠はそれ以上、何も言わず話題を逸らした。
「去年も霊能者がこの村に来たんですか?」
「えぇ、そうです」
「またイブキ様の儀式をするんだろ?」
老人が高遠を見つめてそう言う。
「…………え? どういうことですか?」
話がよく分からなくなり、高遠は山中に助けを求める。困惑した顔をする山中は「ええと」と言って、頭をがりがり掻いた。
「実はですね。去年、イブキ様が亡くなられて、蘇る儀式をしたんですよ。だから私も含めて、高遠先生が来られたのはそのためかな、と。違ったんですかね」
「そんな儀式、俺は知りません。そもそも俺たちも死んだ人が蘇ったって聞いてこの村にやってきたんです」
高遠の返答に周りがざわついた。
「一つ、気になっているんですが、儀式は本当に成功したんでしょうか?」
「……この村の医師だった石橋先生の見立てによると確かにイブキ様の息は止まっていたらしいです。けれどイブキ様は次の日にはもう起き上がってました。顔の火傷も残っていたし、声は出せないから……」
山中はそれ以上、言葉を紡げなかった。昨日、渡辺から聞いた話と相違はない。そのまま続けようとしたが、高遠が投げかけた疑問は下手すれば村人全員を敵に回してしまう。周囲に視線を配り、状況が悪くなっているのに気付いたのか、高遠は「まぁ、分かりませんよね」と誤魔化すように答えて沈黙する。
「そもそも十倉さんが我々を騙すような真似をするわけない」
一人が大声でそう言った。それにつられるよう他の村人も「そうだそうだ」と大声を出す。霊能者の真偽に夢中になってしまった結果、立場が一気に悪くなってしまった。目先の欲に囚われ、たまに墓穴を掘る。美琴はしめしめと笑い、それを隠すように口元を両手で押さえた。
「元々、十倉さんはこの村の出身で、伊澄様の婚約者だったんだ。……なのに、伊乃里様に追い出されて……、可哀想に。本当だったらイブキ様の面倒なんて見たくもないはずなのに、火事でみんな死んでイブキ様が一人だと分かったら、引き取ると言ってこれまでずっと面倒を見てきたんだよ」
「そうだよ。優しい十倉さんが我々を騙すなんてあり得ない」
「元はと言えば、伊澄様の評判が悪いから、こんな奇妙なことが起こるんだよ」
「ちょ、ちょっと、みんな。変なこと言うなよ」
高遠を糾弾すると言うより、十倉の良さを知ってもらうために村人が話し出してしまった。山中は必死にそれを止めようとするが、「聞かせてください」と高遠が言い出したので止めるに止められなくなった。老人の話好きは色々と教えてくれるから助かる。それに色々と話してくれれば、この事件について見えてくるものがある。
「伊澄様は他の女にも手を出して愛人との子を家に匿ってるとか、噂があったんだよ。なまじ顔が良いだけに、隣町の娘もイブキ様に言い寄ったりしていたらしい。先代だけじゃなくて、伊乃里様も自分の能力をひけらかして隣町の町長を言いなりにしていたらしいし、これまでもイブキ様は色んなことをしていたらしいよ。前の火事だって自分の子孫が悪事に手を出して嘆いた初代イブキ様の祟りなんじゃないかって、村では噂していたぐらいだ」
十倉は、イブキ様は畏れ敬われていたけれど恨まれていなかった、と言っていたけれど、村人の話でそのイメージは一変した。この様子ではイブキ様を恨んでいる人だって少なくなさそうだが、内容は憶測が多いので全ては信じられない。悪名高いイブキ様に比べて、十倉を褒める人は多かった。
「十倉さんは小さい頃から優しくていい子だった。両親の手伝いを率先して、顔を合わせれば元気に挨拶をしたし、何より頭が良くて美人だ」
「村の自慢だったねぇ」
高遠の存在を忘れたのか、昔話に花が咲き始める。このまま退散してしまおうかと思った矢先、山中がこそこそと近寄ってきて「どう思いますか?」と尋ねる。
「何がですか?」
「山の中で見つかった死体ですよ。明らかに……、他殺ですよね」
「素人の見立てですが、それしか考えられないですね」
「……そうですよね。事故って線も正直言って薄いと思いますし」
山中はぶつぶつ呟きながら高遠に背を向けた。事件が起こって一人では対処しきれない気持ちは十分に理解できるけれど、下手に助言して当てにされても困る。
そんな高遠の気持ちを他所に美琴は俯いている山中にこっそり近寄って独り言を盗み聞く。困った、困った、と同じ言葉を繰り返している。にやりと笑って、その顔を覗き込んだ。これは先ほどの意趣返しだ。
「それでしたら、高遠に任せればばっちりですよ!」
「はぁ!?」
美琴の無責任な発言に高遠は大声を出す。それを聞いた山中は目を見開き「本当ですか!」と喜びを露わにする。満面の笑みで振り返った山中を見た高遠は愕然とし、話の内容などほとんど聞いていなかったけれど、どんな話をしていたのかこれまでの経緯で理解しているのだろう。
「高遠は無駄に頭が良いですから、任せておけば大丈夫ですよ! ネ!」
「ね、じゃねえ……、よ」
人前でなかったら怒鳴り散らしていたに違いない。しかし山中の目を見ていたら断るにも断れなくなったのか、高遠は何度か口を動かして言いたいことを飲み込んだ。どうせ二、三日で通行止めは解除されるわけだし、適当にやっておけば何とかなるだろう。
「…………出来る限り、協力しますよ」
「ありがとうございます!」
「ただ俺は専門家でもないですから、あくまでも素人意見だと言うのは忘れないでください」
「分かってますって!」
そう元気に答えたけれど、確実に分かっていない。高遠は「じゃあ、ちょっと裏山に行ってきます」と言って美琴の腕を引っ張った。その力が思った以上に強かったので「痛いよ!」と文句を言うが、高遠の力は弱まらなかった。
「……何で、俺が犯人捜しなんか」
引き受けたくなかったのか、山を登りながら高遠が愚痴りだす。それを後ろで聞いていた美琴はあっけらかんと「いいじゃん」なんて言い高遠を余計に苛立たせた。巻き込んだ張本人のくせに他人事だ。
「犯人知ってるんだし、簡単でしょう? 僕、誰が犯人なのか早く知りたいし」
「ふざけるな」
「これまでも何度か解決したじゃん。うちの事件も解決したの、高遠だしさ」
美琴も決して根拠がなく言っているわけではない。霊能者を探して各地へ飛び回っていると、こんな事件に巻き込まれることがしばしばあった。その度、余所者の高遠は真っ先に疑われる。その疑いを晴らすために解決して警察から感謝されたり、霊能者の家から疎まれたりなど経験してきた。
未練を残してこの世に留まった霊は、恨みを持った人間に取り憑く。中には例外もあるが、殺された人は犯人の姿を見ている。自分の人生を絶った相手を恨まないはずがなく、霊は傍に寄り添って恨み辛みを吐き出し続ける。それが視えるから高遠は、犯人が予め分かっている。しかしそれでは推理にならない。罪を認めさせるためには相応の証拠が必要だ。非常に面倒臭い。人が誰かを殺す理由は複雑怪奇で、沢山出てくる情報から真実をかき集めて論理を組み立てても、頑なに認めない人もいる。
ただ犯人が分かっているのはかなりのアドバンテージだ。かと言って探偵役を押し付けられるのは不服だ。
昨日は運よくアリバイもあり、村人が霊能者にとても寛容だったので高遠は疑われていない。そのまま穏便に済ませたかったのが本音だろう。美琴が余計なことを言ったせいで、捜査に協力しなければいけなくなった。
「とりあえず明也くんが見つかった洞窟に行く」
「へ、何で」
「彼が事件に関与しているのは分かりきっているが、十倉さんの様子を見ていたら迂闊に近づけない。何か証拠とか、残ってるかもしれない。早めに行くべきだ」
今朝、明也が見つかった時に十倉が一度そこへ行っている。その間に証拠を消している可能性もあるが、長沢が同行していたのでそれはかなり低い。こういう地道な作業から始めないと解決には近づけない。
雨が止んでから十時間ぐらい経ったけれど、地盤はかなり緩んでいる。こんな道を土砂降りの中、登っていくのはかなり大変だっただろう。しかも夜に。明也はどうして山に登ったりしたのか。謎しかない。
本人から話が聞ければ一番だが、明也もそう簡単に話してくれないだろう。下手に話しかけて十倉を刺激するのも避けたいし、村人から聞き出そうとして敵に回られるのも厄介だ。小さな村では結束が固いから、一度敵だと判断されるとなかなか誤解が解けない。
高遠が色々考えている背中を見つめながら、美琴はせっせと山道を登った。今朝同様、スニーカーにはたっぷりと泥がくっついている。
「ギャー!」
岩に足を掛けたところで見事に滑って転んだ。坂道だったので美琴は二メートルほど転がり落ち、顔も服も泥まみれになった。高遠は額に手を当てて大きくため息を吐き思案している。
「ヒィィィイイ! 虫! 高遠! 虫ィイ!」
転がり落ちた先は木の根元だったのでそこにいた先住民に迷惑をかけたのだろう。腕を這う多足類の虫を見て更に悲鳴を上げる。証拠を消される前にさっさと洞窟へ行きたい。このまま泥だらけの美琴を放っていくのも可能だが、喚かれて大泣きされた後、薄情者だの美琴はぐちぐちと言い出す。高遠はもう一度ため息を吐くと道を戻ってきて、泥だらけの美琴を引っ張って起こした。
「……腹も減ったことだし、戻るか」
「うん……」
美琴はぐずぐずと泣きながら山を下りた。泣きたいのはどちらかと言えばこんなのに巻き込まれた高遠のほうだったかもしれない。
ぐちゃぐちゃになった美琴を見て長沢は小さい悲鳴を上げて、すぐに風呂の用意をしてくれた。と言っても停電しているので水浴びだ。大の大人がいつまでも泣き続けていると、痺れを切らした高遠に頭を叩かれ美琴は風呂に入る。転んで打った肘や膝は青く痣が出来ていた。
「あぁ、もう最悪だよぉ」
腕には虫が這った感触が今でも残っている。田舎暮らしで昆虫類は身近な存在だったけれど、それは美琴が唯一苦手にしているものだ。どう足掻いても仲良くなれない。特に足がたくさん生えている物は想像するだけで全身が粟立つ。
ごしごしとタオルで腕を擦り体に染みついたあの足の感触を消し去る。思い出すだけで発狂しそうだ。小さい頃は仲良く遊んでいたけれど、いつしか姿を見るだけで叫ぶようになった。気が済むまで体を洗い、虫と遭遇したことをすっかり忘れて風呂から出ると廊下で高遠と十倉が顔を合わせていた。心の狭い美琴は今朝の非礼を忘れていない。姿を見るとむっとする。
「本来でしたら今日には帰る予定だったんですが、山中さんの話によるとこの村を繋ぐ唯一の県道が昨晩から土砂崩れで通行止めらしいんです」
「あら……、そんなことが起こっていたんですか」
「なので大変恐縮ですが、通行止めが解除されるまで泊めていただけないでしょうか」
通行止めだから仕方ないと言っても、今朝のやり取りを思い出すとこの家に泊まるのはかなり気が引けた。いっそ山中に頼んだら喜んで引き受けてくれそうだけれど、これまで厄介になっていたこの家を避けるのも感じが悪い。誰が犯人か分からない以上、常に警戒しておかないと自分が狙われない確証などどこにもない。
「えぇ、こちらからそう言おうと思っていたところでした。高遠先生、今朝は取り乱してしまいすみませんでした」
「いえ、こちらも不躾で申し訳ありませんでした。決して明也くんを疑っていたわけではなかったんですけど、あんな聞き方をすれば誤解を与えてしまいますね」
高遠は何も悪くなかったように思うが、素直に詫びた。わざわざ謝るようなことでもないし、美琴は理解できていなかったけれど、相手があまりにもあっさり謝ってきたのでこちらも怒らせたことに対して謝らなければならない。それが大人の対応、と言うものだろう。精神年齢が低い美琴にはさっぱり理解できないだろうが。
「とんでもありません。あの後、冷静になって考えてみたら、高遠先生にはとっても失礼なことをしてしまいました」
「気になさらないでください」
「……そう言えば、裏山で亡くなっていた方は、イブキ様、だったんでしょうか?」
「どうでしょう。若い人でしたが、火傷の痕もありませんでしたし、別人の可能性もありますね」
「私も後で確認してみます」
落ち着いてくるとイブキ様の安否も気になったようだ。
「明也くんの具合はいかがですか?」
「問題ないとは思うんですが……、ただかなり疲労していたので今は部屋で休ませています。少し怪我をしているようですから、わたしも明也に付きっ切りになると思うんです。なので何かあれば長沢さんにお願いします」
「分かりました」
十倉は頭を下げると再び階段を上がっていく。噂通りの過保護だ。扉の隙間からこちらを覗いているのに気づいたのか、高遠は呆れた顔で美琴を見る。
「何やってるんだ、お前は」
「だってなんか出て行きにくかったんだもん」
「へえ、お前にも気まずさとかあるんだな」
「あるよ! 失礼な奴だな!」
高遠は何も言わずに美琴に背を向け、そのまま家を出て行ってしまった。帰ってきたのは日が暮れて家の中が真っ暗になってからだった。
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十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
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王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
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