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第三章
第三章 8
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「いっ……!」
思いっきり髪を引っ張られた高遠は後頭部を押さえてわずかに美琴寄りに体を向ける。頭を目掛けて包丁が振り落とされた。今回ばかりは高遠も犯人の手に掛かったかと、美琴は目を瞑った。
バサ、と音を立てて髪の毛が切られる。
「わー!」
高遠の安否など確認せず、手に残った一房を掴んで美琴は出口に向かって走り出す。これは高遠の遺品になるかもしれない。
「た、高遠の犠牲は無駄にしないから!」
そう言い放つと背後から「早瀬……! コノヤロー!」と高遠の元気な叫び声が聞こえた。ちゃんと生きているみたいだ。美琴は無視して階段を駆け上がった。十倉の狙いは自分の犯行を暴いた高遠だ。逃げ出した美琴を追ってくる様子は無い。事の顛末を刑事に説明しても、要領を得ない美琴の証言では信じてもらえなさそうだ。そこまで読んでいるのかもしれないし、ただの逆恨みかもしれない。
とりあえず長沢に助けを求めようと美琴は母屋に走った。リビングを覗くも無人だ。それから玄関に行くと靴が一足もない。こんな時に限ってどこかに出かけているらしい。美琴は「チッ」と舌打ちし、そのまま玄関を出て階段に向かった。
村に降りると、丁度、村人たちが輪になって集まっていた。中に伊織もいる。慌てて駆け寄る美琴を見て、山中が「どうしました?」と声を掛ける。
「た、高遠を助けて下さい!」
「は?」
「地下で、と、十倉さんに、包丁で襲われてるんです。今頃……、刺されてるかも」
まず先に走りだしたのは伊織だった。十倉の行動を近くでずっと見てきたから、どういう経緯で襲いかかったのか瞬時に理解したのだろう。美琴も走りだし、山中も付いてくる。伊織は足が速く、いつしかかなりの距離が出来ていた。次第に足が遅くなる美琴に山中も「先に行きますね」と言って抜いた。
階段を登り切る頃にはもうほとんど歩いている状態だった。百段以上ありそうな階段を一往復はさすがに堪える。最初こそは高遠を心配していたが相手は中年の女性だ。刃物相手でも何とかやっているだろう、逃げる間際も元気そうだったし、なんて安易なことを考え始めていた。
ようやくの思いで美琴が地下に行くと、十倉は山中に手錠を掛けられていた。高遠は距離を置いて十倉を見下ろしている。生きている姿を見て胸を撫で下ろした。美琴は一文無しなので高遠がいなければこの村から出ることすら出来ない。
「良かった! 無事で!」
心配していた風に装うと高遠に睨みつけられる。当然だ。
「無事じゃない! 人をまた盾にしやがって」
高遠は怒鳴りつけるとグーで美琴の頭を殴る。げんこつを食らった美琴はそのまましゃがみ込んで頭を押さえる。確かに無事では済まなかったようで、高遠の頬には切り傷があった。だが無事ではないところはそこぐらいだ。何を大げさに、と心中で悪態を吐き、美琴は立ち上がる。
「大丈夫?」
「お前とは今日限りで縁を切る」
「何でよ!」
高遠がそう言うのも無理はない。美琴が引っ張った際に切られた髪の毛は短くなって肩に掛っている。さっぱりして男らしさが増したように思うけれど、これ以上、モテる要素が増えるのは美琴にとって嬉しくない。
美琴はちらりと足元に目を向ける。十倉は手錠を掛けられたままぐったりとその場に座り込んでいた。
「それにしても山中さんを呼ぶの早かったな」
「なんかみんな集まってた」
「道が開通したんです」
隣に立つ伊織がそう説明する。
「なるほど」
「それにしてもよく刃物相手に無事でしたね」
襲われていると聞いて真っ先に走りだしただけに伊織はかなり高遠を心配しているようだ。自分のせいでこれ以上の犠牲者を出したくなかったのだろう。美琴達が襲われたのは伊織から真実を聞いて地下を調査したからだ。
「小さい頃から柔道をやっていた」
「へぇ……、そうなんですか。それで、その髪を切っちゃって大丈夫だったんですか?」
伊織は高遠から目を逸らした。もう見ていられないと言った表情に美琴は疑問を覚える。高遠は理由が分かっているのか、短くなった髪の毛に触れる。伊織の質問に答えようとしたとき、座りこんでいた十倉がハッと顔を上げる。
「明也! 無事だったのね。さぁ、母さんの無実を証明して頂戴」
十倉の呼びかけに、伊織が振り返る。これまで明也を演じ続けていた彼は、彼女の前で初めて仮面を外す。見ているこちらが震えるほど冷たい視線で見下ろしている。
「俺はお前の息子じゃない」
十倉は不思議そうに首を傾げる。
「何を言っているの、明也。あなたはもう、イブキ様の身代わりになんてならなくていいのよ。あの時、九年前に私が解放してあげたじゃない。ああ、可愛そうな明也。小さい頃からイブキ様の代わりになるよう育てられていたのがまだ抜けないのね。大丈夫よ。お母さんがあなたをイブキ様の使命から解放してあげる」
彼女は見下ろしている青年が自分の息子だと信じてやまない。イブキ様の代わりというのが、何を指しているのか理解していないようだ。
身代わりには二通りある。死亡または何かしらの事故でこれまで通りの生活が送れなくなるか、もしくは本人の希望により、他人に代わってその人物に成りきる場合。
そしてもう一つは最初からその人物に成り代わって、全ての災いを引き受ける。
伊乃里様に助言した霊能者の言葉通り、他所から嫁入りさせた女との間に生まれた伊織には霊能者の力が発現され、この村の娘だった十倉の息子、明也には才能が無かった。生まれてすぐに明也を引き取った伊乃里様はその処遇を考えあぐねた。無理を言って引き取った以上、明也を十倉の下に返すわけにはいかない。ただでさえ過去のイブキ様のせいで悪評が流れ、改善に取り組んできたのに自分の息子のせいでその努力が水に泡になる。どうにかしてでも明也の存在を隠し通さなければならなかった。
そうして行き着いた先が身代わりだった。万が一、明也に何かあっても、伊織が無事ならそれでいい。伊織さえ居ればイブキ様の力は守られると考えたのだろう。
「俺の名前は天宮伊織だ。明也じゃない」
伊織の言葉を最初は理解できていなかったようで、十倉は不思議そうな顔をしていた。何度も頭の中でリフレインさせているうちに、本当の意味が分かったようで目を見開く。
「明也はずっと俺の代わりにイブキ様を演じ続けてきた。一年前、良太とすり替えて殺したイブキ様こそが明也だったんだ。アンタは自分の息子を手に掛けたんだよ」
「こ……、これまで」
十倉の体がブルブルと震える。
「これまで私を騙していたの!?」
「アンタが俺を明也だと勘違いしてただけだ」
獣のような咆哮が響き渡る。目を剥き出しにして伊織を睨みつけ、歯を食いしばる。
「ふざけないでよ! 家族そろって私をバカにして! なんなのよ、アンタ達。私からそんなに幸せ奪って楽しいわけ!? この悪魔! 人でなし!」
わあああ、と叫んで地面に突っ伏する。伊織に向かって吐き出される暴言はこれまでの恨みつらみが込められていた。彼が悪いわけではないのに、向ける先がそこしかなく伊織は黙って聞き続けている。伊織も十倉に言いたいことは沢山あるだろうが、これからの彼女の行く末を考えれば文句など出てこない。自分の思うように事は進んだのだから。
「これまで散々手をかけて育ててやったっていうのに、恩を仇で返しやがって……。このクズ! どうして明也が死んで、アンタなんかが生きてるのよ! 明也を返して!」
「……明也を殺したのはアンタだろ。俺じゃない」
伊織が「俺は……」と呟いて、口を閉じる。
「どうして明也は私に教えてくれなかったの。ちゃんと言ってくれれば、私はイブキ様から解放してあげたのに……。どうして……」
十倉は遂に泣きじゃくり始めた。全ては自分の行いの報いなのに、それを頑なに認めず他人の所為にする。聞くに堪えない戯言だ。十倉を見つめていた高遠が、ふと視線を伊織に向けた。いや、伊織の背中に向けていた。
泣き声がぴたりと止み、戸倉は何か思いついたように顔を上げて山中を見た。ぎらぎらとした目に山中が一歩たじろぐ。ここまで白状しておきながら、まだ言い逃れしようとしているのか。彼女の意地汚さが露見する。
「山中さん。本当はアイツが全てやったことなの。私は母親だから……、アイツをかばってやろうと思ってただけなの。全部アイツが、アイツが明也も良太を殺したのよ」
この場にいる誰も良太が死体で見つかったなど言っていない。伊織も明也を殺した犯人が十倉と良太だと言っただけで、あの夜に殺された人物は明かしていない。彼女の口からその言葉が漏れた以上、事件に関与しているのは明白だ。あの日の晩、十倉と良太以外にこの地下の通路を使っていない。警察がやってくればこの道を使った痕跡も見つけるだろうし、おそらく十倉の合羽からは良太の血液反応が出る。伊織にも厳しい取り調べが待っているが、彼はもう全てを話す意志がある。嘘偽りを言わなければ、彼が無実なのも刑事に伝わるだろう。
「十倉さん。本当のことを言ってほしい。あなたはこの村みんなの期待を裏切ったんだよ」
「……よく言うわよ。私がこの村から追い出されたとき、誰も庇ってくれなかった」
「それはイブキ様が……」
「そうよ……、全部、イブキ様のせいなのよ。私は何も悪くない。私は何もしていない」
山中は呆れたように大きく息を吐いた。これ以上、十倉に何を言っても彼女には響かない。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「あとはプロに任せよう」
高遠はそう言って上を見上げた。十倉はまだ山中に自分が無実だと訴えている。山中はゆっくり首を横に振った。
地下室の存在は天宮家の人間しか知らないとはずだが、どうして十倉はその存在を知っていたのだろうか。いくら婚約者でも使用していない部屋を知る手段などなかったのではないか。いくら真夜中とは言え、正面から母屋に入ることは目撃される危険があるし、夜間は門を閉め、駐車場もシャッターがあるので閉めていただろう。その当時については分からない部分が多く当て推量だが、一階には伊乃里様が寝ていて庭には砂利が敷き詰められたから不審者が通れば気付いたはずだ。そう考えると十倉は祠側から地下室に侵入したと推測できる。
十倉がもし地下室を知らなければ、悲劇は起こらなかったかもしれない。けれどそもそもの原因は……。
思いっきり髪を引っ張られた高遠は後頭部を押さえてわずかに美琴寄りに体を向ける。頭を目掛けて包丁が振り落とされた。今回ばかりは高遠も犯人の手に掛かったかと、美琴は目を瞑った。
バサ、と音を立てて髪の毛が切られる。
「わー!」
高遠の安否など確認せず、手に残った一房を掴んで美琴は出口に向かって走り出す。これは高遠の遺品になるかもしれない。
「た、高遠の犠牲は無駄にしないから!」
そう言い放つと背後から「早瀬……! コノヤロー!」と高遠の元気な叫び声が聞こえた。ちゃんと生きているみたいだ。美琴は無視して階段を駆け上がった。十倉の狙いは自分の犯行を暴いた高遠だ。逃げ出した美琴を追ってくる様子は無い。事の顛末を刑事に説明しても、要領を得ない美琴の証言では信じてもらえなさそうだ。そこまで読んでいるのかもしれないし、ただの逆恨みかもしれない。
とりあえず長沢に助けを求めようと美琴は母屋に走った。リビングを覗くも無人だ。それから玄関に行くと靴が一足もない。こんな時に限ってどこかに出かけているらしい。美琴は「チッ」と舌打ちし、そのまま玄関を出て階段に向かった。
村に降りると、丁度、村人たちが輪になって集まっていた。中に伊織もいる。慌てて駆け寄る美琴を見て、山中が「どうしました?」と声を掛ける。
「た、高遠を助けて下さい!」
「は?」
「地下で、と、十倉さんに、包丁で襲われてるんです。今頃……、刺されてるかも」
まず先に走りだしたのは伊織だった。十倉の行動を近くでずっと見てきたから、どういう経緯で襲いかかったのか瞬時に理解したのだろう。美琴も走りだし、山中も付いてくる。伊織は足が速く、いつしかかなりの距離が出来ていた。次第に足が遅くなる美琴に山中も「先に行きますね」と言って抜いた。
階段を登り切る頃にはもうほとんど歩いている状態だった。百段以上ありそうな階段を一往復はさすがに堪える。最初こそは高遠を心配していたが相手は中年の女性だ。刃物相手でも何とかやっているだろう、逃げる間際も元気そうだったし、なんて安易なことを考え始めていた。
ようやくの思いで美琴が地下に行くと、十倉は山中に手錠を掛けられていた。高遠は距離を置いて十倉を見下ろしている。生きている姿を見て胸を撫で下ろした。美琴は一文無しなので高遠がいなければこの村から出ることすら出来ない。
「良かった! 無事で!」
心配していた風に装うと高遠に睨みつけられる。当然だ。
「無事じゃない! 人をまた盾にしやがって」
高遠は怒鳴りつけるとグーで美琴の頭を殴る。げんこつを食らった美琴はそのまましゃがみ込んで頭を押さえる。確かに無事では済まなかったようで、高遠の頬には切り傷があった。だが無事ではないところはそこぐらいだ。何を大げさに、と心中で悪態を吐き、美琴は立ち上がる。
「大丈夫?」
「お前とは今日限りで縁を切る」
「何でよ!」
高遠がそう言うのも無理はない。美琴が引っ張った際に切られた髪の毛は短くなって肩に掛っている。さっぱりして男らしさが増したように思うけれど、これ以上、モテる要素が増えるのは美琴にとって嬉しくない。
美琴はちらりと足元に目を向ける。十倉は手錠を掛けられたままぐったりとその場に座り込んでいた。
「それにしても山中さんを呼ぶの早かったな」
「なんかみんな集まってた」
「道が開通したんです」
隣に立つ伊織がそう説明する。
「なるほど」
「それにしてもよく刃物相手に無事でしたね」
襲われていると聞いて真っ先に走りだしただけに伊織はかなり高遠を心配しているようだ。自分のせいでこれ以上の犠牲者を出したくなかったのだろう。美琴達が襲われたのは伊織から真実を聞いて地下を調査したからだ。
「小さい頃から柔道をやっていた」
「へぇ……、そうなんですか。それで、その髪を切っちゃって大丈夫だったんですか?」
伊織は高遠から目を逸らした。もう見ていられないと言った表情に美琴は疑問を覚える。高遠は理由が分かっているのか、短くなった髪の毛に触れる。伊織の質問に答えようとしたとき、座りこんでいた十倉がハッと顔を上げる。
「明也! 無事だったのね。さぁ、母さんの無実を証明して頂戴」
十倉の呼びかけに、伊織が振り返る。これまで明也を演じ続けていた彼は、彼女の前で初めて仮面を外す。見ているこちらが震えるほど冷たい視線で見下ろしている。
「俺はお前の息子じゃない」
十倉は不思議そうに首を傾げる。
「何を言っているの、明也。あなたはもう、イブキ様の身代わりになんてならなくていいのよ。あの時、九年前に私が解放してあげたじゃない。ああ、可愛そうな明也。小さい頃からイブキ様の代わりになるよう育てられていたのがまだ抜けないのね。大丈夫よ。お母さんがあなたをイブキ様の使命から解放してあげる」
彼女は見下ろしている青年が自分の息子だと信じてやまない。イブキ様の代わりというのが、何を指しているのか理解していないようだ。
身代わりには二通りある。死亡または何かしらの事故でこれまで通りの生活が送れなくなるか、もしくは本人の希望により、他人に代わってその人物に成りきる場合。
そしてもう一つは最初からその人物に成り代わって、全ての災いを引き受ける。
伊乃里様に助言した霊能者の言葉通り、他所から嫁入りさせた女との間に生まれた伊織には霊能者の力が発現され、この村の娘だった十倉の息子、明也には才能が無かった。生まれてすぐに明也を引き取った伊乃里様はその処遇を考えあぐねた。無理を言って引き取った以上、明也を十倉の下に返すわけにはいかない。ただでさえ過去のイブキ様のせいで悪評が流れ、改善に取り組んできたのに自分の息子のせいでその努力が水に泡になる。どうにかしてでも明也の存在を隠し通さなければならなかった。
そうして行き着いた先が身代わりだった。万が一、明也に何かあっても、伊織が無事ならそれでいい。伊織さえ居ればイブキ様の力は守られると考えたのだろう。
「俺の名前は天宮伊織だ。明也じゃない」
伊織の言葉を最初は理解できていなかったようで、十倉は不思議そうな顔をしていた。何度も頭の中でリフレインさせているうちに、本当の意味が分かったようで目を見開く。
「明也はずっと俺の代わりにイブキ様を演じ続けてきた。一年前、良太とすり替えて殺したイブキ様こそが明也だったんだ。アンタは自分の息子を手に掛けたんだよ」
「こ……、これまで」
十倉の体がブルブルと震える。
「これまで私を騙していたの!?」
「アンタが俺を明也だと勘違いしてただけだ」
獣のような咆哮が響き渡る。目を剥き出しにして伊織を睨みつけ、歯を食いしばる。
「ふざけないでよ! 家族そろって私をバカにして! なんなのよ、アンタ達。私からそんなに幸せ奪って楽しいわけ!? この悪魔! 人でなし!」
わあああ、と叫んで地面に突っ伏する。伊織に向かって吐き出される暴言はこれまでの恨みつらみが込められていた。彼が悪いわけではないのに、向ける先がそこしかなく伊織は黙って聞き続けている。伊織も十倉に言いたいことは沢山あるだろうが、これからの彼女の行く末を考えれば文句など出てこない。自分の思うように事は進んだのだから。
「これまで散々手をかけて育ててやったっていうのに、恩を仇で返しやがって……。このクズ! どうして明也が死んで、アンタなんかが生きてるのよ! 明也を返して!」
「……明也を殺したのはアンタだろ。俺じゃない」
伊織が「俺は……」と呟いて、口を閉じる。
「どうして明也は私に教えてくれなかったの。ちゃんと言ってくれれば、私はイブキ様から解放してあげたのに……。どうして……」
十倉は遂に泣きじゃくり始めた。全ては自分の行いの報いなのに、それを頑なに認めず他人の所為にする。聞くに堪えない戯言だ。十倉を見つめていた高遠が、ふと視線を伊織に向けた。いや、伊織の背中に向けていた。
泣き声がぴたりと止み、戸倉は何か思いついたように顔を上げて山中を見た。ぎらぎらとした目に山中が一歩たじろぐ。ここまで白状しておきながら、まだ言い逃れしようとしているのか。彼女の意地汚さが露見する。
「山中さん。本当はアイツが全てやったことなの。私は母親だから……、アイツをかばってやろうと思ってただけなの。全部アイツが、アイツが明也も良太を殺したのよ」
この場にいる誰も良太が死体で見つかったなど言っていない。伊織も明也を殺した犯人が十倉と良太だと言っただけで、あの夜に殺された人物は明かしていない。彼女の口からその言葉が漏れた以上、事件に関与しているのは明白だ。あの日の晩、十倉と良太以外にこの地下の通路を使っていない。警察がやってくればこの道を使った痕跡も見つけるだろうし、おそらく十倉の合羽からは良太の血液反応が出る。伊織にも厳しい取り調べが待っているが、彼はもう全てを話す意志がある。嘘偽りを言わなければ、彼が無実なのも刑事に伝わるだろう。
「十倉さん。本当のことを言ってほしい。あなたはこの村みんなの期待を裏切ったんだよ」
「……よく言うわよ。私がこの村から追い出されたとき、誰も庇ってくれなかった」
「それはイブキ様が……」
「そうよ……、全部、イブキ様のせいなのよ。私は何も悪くない。私は何もしていない」
山中は呆れたように大きく息を吐いた。これ以上、十倉に何を言っても彼女には響かない。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「あとはプロに任せよう」
高遠はそう言って上を見上げた。十倉はまだ山中に自分が無実だと訴えている。山中はゆっくり首を横に振った。
地下室の存在は天宮家の人間しか知らないとはずだが、どうして十倉はその存在を知っていたのだろうか。いくら婚約者でも使用していない部屋を知る手段などなかったのではないか。いくら真夜中とは言え、正面から母屋に入ることは目撃される危険があるし、夜間は門を閉め、駐車場もシャッターがあるので閉めていただろう。その当時については分からない部分が多く当て推量だが、一階には伊乃里様が寝ていて庭には砂利が敷き詰められたから不審者が通れば気付いたはずだ。そう考えると十倉は祠側から地下室に侵入したと推測できる。
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