転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ

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34 / 65
3巻

3-1

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   幼児と進化、そして服


 の世界から来た幼女、名前はリゼ、それが今の私である。
 ここは荒くれ紳士がつどう傭兵団の拠点。縁あって、私はこの場所で暮らす事になった。
 かたわらには大切な相棒のラナグ。彼は食いしん坊な神獣さんだ。この世界に来てすぐに出会い、美味しいものを求めて意気投合、今では大の仲良しになった。
 けれど一緒にいればいるほど、この大きな犬さんも、一介の傭兵団であるはずのアルラギア隊の皆さんも、人間離れした力量の方々ばかりだと知らされる。
 しかもこの過剰戦力気味な保護者達は、そろいもそろって私をやたらと幼女扱いするのだった。事実幼女なのだから当然といえば当然なのだけど、こちらとしては困惑ものである。日本で暮らしていた頃の私は大人だったのだから。
 しかしそう説明しても、過保護の傾向はまだまだ緩まない。幼女というのも大変なものだと思いながら、私は元気一杯この異世界の空の下で生きている。
 この世界に来てから、不思議な子達ともたくさん出会った。三名の精霊と、木に宿る妖精さんが一名。皆まだ生まれたばかりの存在だけれど、色々な出来事があって一緒に暮らすようになった。
 ここはアルラギア隊の生活拠点、ホームと呼ばれる場所。そして私の暮らしている場所。とはいってもしばらく出かけていたから、帰ってきたのは数日振りだ。私達は昨晩遅くに獣人村から帰ってきたばかりである。
 私が神獣ラナグや三精霊とともに元気よくホームを駆け抜けていると、隊の皆さんが声をかけてくれた。泣く子も黙る荒くれ傭兵団、アルラギア隊の面々である。

「「「おう、リゼちゃんお帰り」」」
「昨日の夜帰って来たって? あ、隊長達もおつかれさまです」

 アルラギア隊長も私と共に獣人村から帰ってきたばかり。後ろからゆっくり歩いてやってくる。私がこれまで見た限りでは、隊長さんは人類最強クラスのお人である。けれど普段は普通の傭兵隊長。気の良い、そしてちょっと過保護なお兄さん、あるいはおじさんである。
 獣人村からはロザハルト副長も一緒に帰ってきている。副長さんも変わった人で、大国の王家の血筋だというのに、好き好んで傭兵部隊の副長になった人物である。
 副長さんはいつものさわやか王子様スマイルで周りの隊員達に挨拶だけして、どこかへ行ってしまった。彼はアルラギア隊を代表する男前の一人だが、裏方的な仕事が好きなのかよく姿を消す。
 私は帰還のご挨拶を続けるのだが、ふと隊員さんの一人が妙な事を口走った。

「なあリゼちゃん、古代獣王の復活に立ち会ったってうわさが出回ってるが、本当かい? しかも……その獣王の花嫁になったって」
「ませんません。なってませんよ。たまたま復活には立ち会いましたが、それだけです」

 その恐ろしいうわさばなしに対して、私は被せ気味に答えた。

「お、そうか、なんだー、なんだよ嘘か、突飛な話でびっくりしてたんだよ」 
「だな、お前なんてリゼちゃんがお嫁に行っちまうって、うろたえまくってたもんなぁ」
「俺がうろたえてた? はっはっは、否定はしない! いやむしろうろたえてこそしかるべきだろ。いくらなんでも話が急すぎるし」
「まあ、リゼちゃん五歳だしな」

 うわさばなしの否定は簡単に受け入れてもらえた。安堵する私。どうもこの世界の方々は思い込むと一直線な方も多く、そのせいで妙な展開になる事もしばしばなのだ。
 昨日までの獣人村での出来事は、獣王復活事件だなんて大仰な名称で呼ばれているそうな。一部ではちょっとした大騒ぎだとか。しかし私は思うのだ。
 それよりもっともっと大切な事。私達にとって、いや人類にとって大切なのは……そう、お食事である。
 美味しいお食事。とくに今回は神獣ラナグがずっと望んでいた炎竜肉が獣人村では待っていたのだ。この神格の高い特別な食材のおかげで、我らのハラペコ神獣さんもいくらかは空腹から解放されたようだ。ラナグはホクホク顔だ。すぐ傍で彼の顔を見ていると私も嬉しくなってくる。
 こうして帰還の挨拶をしていると遠くから誰かが走ってきた。コックさんだ。彼の手にはお弁当箱が握られている。

「おかえりぃ! リゼちゃん師匠。いや美味うまかったぞ、特製の炎竜弁当。驚天動地の感動が俺の脳髄を襲ったよ」

 開口一番食べ物の話なのは、流石さすがはコックさんである。
 脳髄も大変な事になっているようだけど、とにかく私は帰還の挨拶を交わした。
 彼の言う炎竜弁当は私達が獣人村で調理したものだ。コックさんの元へも送り届けてもらっておいたのだが、喜んでいただけてよかった。
 お弁当の中身はバタードラゴンカレーと、スパイシードラゴン唐揚げ。密閉できる容器がなかったから、カレーは大容量のポーションビンに詰めて送ったのだが、問題なかっただろうか?
 漏れはないと思う。日本だとスープ用の魔法ビンがあって便利だけど、ある意味では、今回のポーションビンも魔法のビンには違いない。密閉性が高くがんじょうだ。今後の参考にコックさんに使用感を聞いてみた。

「ああビンな。あれもなかなか良いアイデアだと思うぜ。ポーションビンにスープを入れちゃいけないなんて法はないからな。今度アイテム班に頼んで、持ち運び用の高級スープ容器として改良してみてもらおうか」
「ふむふむ、それなら保温性も高めてもらえないか聞いてみたいですね」

 改良を頼めるのなら是非ともお願いしたい。
 ポーションビンは激しい戦闘でも壊れないくらいがんじょうだし、こぼれない。やや高額なのが難点だけれど、ともかくコックさんとの話は盛り上がった。
 ちなみにアイテム班というのは、アルラギア隊の中にあるチームの一つである。
 私と交流があるのは倉庫番のデルダン爺くらいだろうか? 彼のいる大倉庫の近くが彼らのエリア。装備品の修理や改造、戦闘用のアイテム作成が主な仕事のようだ。日用雑貨を作っている印象はないけれど、機会があれば訪ねてみたい。さてそれはそれとして。

「はい、これもどうぞ、お土産です」

 獣人村で炎竜はたくさんれた。お弁当とは別に、今度は素材そのままのおすそ分けである。
 とてもレアな魔物なのだと聞いていたが最終的には全部で何体になっただろうか。私とラナグの戦利品としてもらっただけでも三体分以上にはなったはずだ。おもむろに素材を差し出すと……

「! おィえ#&ふぃ@じおさす」

 コックさんの口からは、まるで文字化けのような言葉がこぼれた。なんて言っているのか分からない。

「ええと、なんですって?」
「も、もらって良いのか?」
「ええ、こんなには食べませんから。どうぞ召し上がってください」
「めちゃくちゃな高級品だぞ、リゼちゃん師匠。というか、買おうったって買えるもんじゃあない! 流石さすがにもらうわけには……」

 と言いかけたコックさん。けれど言い終える前に、その肩が後ろからガシリと掴まれる。

「コック通信長。仕事中に席を外さないでくださいよ」
「ですよ。あんな遠くまで繋ぐなんて僕らじゃできないんですから。戻ってきてください」

 コックさんの両肩を掴んでいるのは見知らぬ二名の隊員さんである。

「はっなんだお前達。俺は今忙しいんだ。アレぐらいは俺じゃなくてもできるはずだ。頑張ればできる」
「あのですねコック通信長。あなたは今リゼちゃんと食い物の話をしてただけですよね? 見てましたよ? 食材なんか隊費でいっぱい買えてるんですから、今は戻ってください。ああええと、リゼちゃん。ゴメンネ、ちょっとコックさんは借りてくね」
「待て待て、お前らには炎竜肉の貴重さが分かってない。普通の食材と一緒にするんじゃないって、あ~~」

 哀れ、コックさんは叫びながら連れ去られていった。
 どうやら今のお二人も、コックさんと同じ通信術士の方々のようだ。私は初めて彼らの顔を見た。大抵それぞれ専用の部屋にこもっているから、会う機会そのものが少ないのだ。
 そして実のところコックさんは……この通信術士チームのおさであるらしい。
 基本は一人で自分のキッチン(実際は隊における通信網・情報の集積地)にいるばかりだけれども、それなりに立場のある人なのだ。コックさんなんて呼ばれているのに、正式には通信術士長という役職らしい。
 さてコックさんは連れ去られた訳だが、お土産はしっかり手に握っていた。ちゃんと渡せて一安心。美味しく食べていただきたい。
 彼を見送った私はホームを歩き、自室のすぐ隣、日当たりの良い家庭菜園の庭へと向かった。

「り、りりり、リゼちゃん。おかえり」
「はい。ただいま帰りました」

 そこにはまた別の隊員さんの姿があった。あたふたしながらもご挨拶してくれたのは、ホーム内の施設や結界を管理している方である。建築術士チームの一員だ。
 このチームのおさはブックさんだけれど、今はまだ一人だけ獣人村に残っていて、村を囲う防壁造りの技術指導を続けている。
 建築術士チームの皆さんは、私の住環境についてなにかと気にかけて面倒を見てくれる。
 私の留守中にはこうして菜園の様子までも見ていてくれたほどだ。
 見まわすと、どう考えても出発する前より菜園が綺麗になっていた。ありがたい事山のごとく、感謝する事火のごとし。彼らにもお土産を渡さねばならない。私は炎竜肉ギフトセットを彼にもお渡しする。

「これどうぞ。菜園をありがとうございました。あの、もしかして雑草取りまでしてくれたのですか? とても綺麗になっていますけど」
「あややあ、全然全然。抜きたかったから。ちょうど雑草抜きたかったから抜いちゃったんだ。ごめんね勝手に抜いて」

 やはり、たいへん挙動不審な人物である。ブックさんからは「そういう人達だから気にしないでくださいね」なんて言われているものの、なんだかこちらの方が緊張してくるほどである。

「お、おおおおかえりぃぃ」

 少し離れた場所の草陰からまた別の声が聞こえてきた。こちらも建築術士の方で、通称レッドデーモンさん。大変に恐ろしい風貌をしていて、そんなあだ名で呼ばれているけれどとても優しい人である。
 このお二人、なんでもブックさん情報によれば、可愛い存在に対する免疫がないのだとか…… 
 私個人が可愛い存在かどうかは別にしても、そもそも幼児というのは多少なりとも可愛いさを持っているものである。それがこの二人にとっては、ちょっとした劇物になるようだ。
 つまり、私と会うたびに二人は大変挙動不審になる。
 なにせこれまでのアルラギア隊の生活環境では、おじさんか、せいぜい美形のお兄さんがいるくらいだったのだ。とくにこのお二人は内勤専門で外に出ないから女子とまったく接点がない。子供との接し方も掴めていないらしかった。
 ともかく私はこの数日の間菜園を見ていてもらったお礼に、お二方にもお土産を渡す。
 やはり炎竜肉だ。口に合うか分からないけれど、他にはめぼしい戦利品もないから必然的にこれになる。手渡すと、レッドデーモンさんの顔がますます赤くなった。

「お、俺にくれるのかい……?」

 それから、実に小さな声で「ぁ、りがとぅ」などと呟き、走り去ってしまった。

「ま、待てレッドデーモン、俺を置いて一人で行くんじゃない!」

 こうして二人はどこかへと行ってしまった。あとに残されたのは、私が出かける前よりもむしろ綺麗に整備されてしまっている菜園である。流石さすがにホームの設備を管理しているお二人だった。
 静かになった菜園をゆっくりと見て回る。
 菜園の中心には千年桃の木が植えてある。その木に宿る妖精ピチオさんが、くーくーと寝息をたてながら枝にしがみついていた。カブトムシさながらのスタイルだ。まだ妖精としては年若く、手足が短い幼児体型をしている。たいへん可愛らしい寝顔をプニリとつついてみるけれど、起きる気配はない。私はラナグにたずねた。

「前回あげた肥料をまだ消化中なのかな?」
『むぅん。肥料として土に埋めた邪竜の骨はすでに消えているな。まあこの様子なら、もうじき目は覚めそうだが……しかしいくらクイックの魔法で時間経過を早めたとはいえ、かなりの消化速度に思える』

 ピチオさんは今、邪竜の骨を消化吸収中である。以前に私達が拾ってきたものだ。眠ったほうが早く吸収できるからと言って、それ以来ずっと眠っている。埋めたのは巨大な邪竜四分の一カット分の素材で、全て吸収するには数年かかると言っていたけど、あのときこんもりと山になっていた土は、いまやすっかり平らになっている。
 目覚めは近い? そう思って見ていると……

『むにゃむにゃ』

 そう言いながらピチオさんがもぞもぞと動き始めた。おおこれは……そしてパチリと目が開いた。

『リゼちゃん、おかえり』
「はい、ただいま」

 そんな言葉を交わすけれど、やはり寝ぼけまなこのピチオさんであった。半目になり、すぐにまた目を閉じる。寝ぼけているのだろうか。

『むにゃむにゃ。僕、骨全部消化したよ。偉い?』
「はい、偉いねピチオさん。偉いよ、とっても偉いよ」

 目を閉じたまま手をばたつかせ、寝ぼけながら語りかけてくるピチオさん。寝ている子供ほど可愛いものはない。偉いよ偉いよと褒めて、撫でる。するとピチオさんはむにゃむにゃとまた話し始めた。

『わーい、ほんと? でも今ならもっと食べられる。なんか埋めて埋めて……むにゃむにゃ』

 追加の肥料ゴハンを埋めるように求められてしまった。
 ふむ良かろう。埋めるものならばたくさんあるのだ。私はラナグの許可を得て、炎竜その他をモリモリと埋め始めた。今回もまた大地に直で魔物素材を埋めていくワイルドスタイルである。
 こんなダイレクトな肥料のやりかたで根をいためたりしないのだろうかとも思うけれど、これが木本人からの要望なのでしかたがない。立派な木になるのですよピチオさん。
 邪竜の骨のときには小山ができるほど山盛りだったけれど、今回はあれほどではなく控えめだ。炎竜素材はいずれまた我が家の神獣ラナグが食べたがるだろうから、ある程度はとっておきたいという事もある。
 しかしピチオさんにはもう一つ別なお土産がある。ピチオさんの好物、魔石だ。
 私は亜空間収納を開いて手を差し入れて、『小ビンの悪魔』の魔石を取り出した。これは、バイダラ卿というおじさんにいていた、古代の悪魔の魔石である。
 魔石とは魔力の結晶のようなものであり、魔物が倒された後に残る不思議な石だ。
 今回の魔石はレアものだ。ただし見た目がまがまがしい。これでもピチオさんの肥料になるのだろうかと不安になってくるような雰囲気もあった。石を覗き込むと中にあやしい黒光りが見える。いかにも人の意識を吸い込むかのようだ。
 実際のところこの魔石、もし魔導具の材料として使われた場合には、魅了系の魔力を劇的に増幅させる効果が見込めるそうだ。魅了。使い道はありそうだが、なんとなく物騒である。
 変な扱い方をしてしまってあとで問題になっても困りものだ。この手の事はラナグ先生が詳しかろうと思って、確認をしておく。

『そうだな、たしかにあやうい代物だが、むしろ石の力を完全に無効化させるなら、肥料としてピチオにやるのは良い選択だろう。完全に浄化されて消え失せるからな』

 ラナグはそう教えてくれる。

『そもそもな、リゼ。我ら神獣や精霊や妖精は世に滞留しているいびつな魔力を浄化したり、反転させたりするのが主な役目なのだ。その中でも千年桃という種族はとくに浄化の能力が高い』

 ほうほう、そういうものですか。そんな会話をしつつ、結局私達はこの魔石を埋める事とした。『小ビンの悪魔』の魔石と、それからさらに今回の獣人村への旅で大量に手に入れた雑多な炎系モンスターの魔石もジャラジャラと埋める。

「どうですかピチオさん?」
『うん、好き。むにゃむにゃ』 

 寝ぼけながらも教えてくれるピチオさん。

『ぴゅいっ!』
『クワ、ピヨリ』
『くまぁ』 

 そんな作業を我が家の三精霊も、元気一杯お手伝いしてくれる。というかこの大量の魔石、実際に拾い集めてくれたのは主に彼らである。獣人村の周辺や炎竜のいた坑道で、三精霊達は魔物を倒しながら魔石集めを積極的にやってくれていた。
 とくにふうもんさんは、『お留守番のピチオさんに、好物の魔石ゴハンをたくさんあげるんだい!』というような事を言いながら、精を出していた。
 こうして今も、小さな体を一生懸命に動かして、魔石を埋める作業を手伝ってくれている。
 子鴨フェニックスのジョセフィーヌさんがクチバシで地面をホリホリ。水グマのタロさんと、風の子風衛門さんがトテトテと歩き回っては、魔石をじゃらじゃらいてペチペチと埋めていく。
 もの凄く可愛い。ほのぼのとした気分にさせられつつ、どんどんと土に埋めていく。

『むにゃむにゃ。ぐーぐー』

 ピチオさんは変わらず、寝ているような、起きそうなようなままだった。
 一通りピチオさん周りの事が終わってから、私達は数日前に種をいておいたナスや薬味ネギを確認しにいく事にした。
 すると、これが見事に芽を出している。
 これらの種は町で買ってきた普通の品種だから、日本のお野菜とそんなに変わらないはずだ。このまま元気に育ってくれると嬉しい。やがて周囲は少しずつ暗くなり畑仕事はひと段落。幼児の一日は短い。すぐに就寝時間となった。
 そんな日の、翌朝の事である。


 私は頬になにかが当たるのを感じて目を覚ました。トンボの羽?
 ガラス細工のように繊細で、液体のように滑らかな感触だった。

『あの、リゼさんおはようございます。僕、起きましたよ』

 目を開けると、目の前にいたのはピチオさんである。彼もパチクリと目を開けていて、こちらを覗き込んでいた。昨日とは違ってもはやムニャムニャはしていない。

「おはようピチオさん。起きたんだね……ええと、なんだか少し大きくなった?」
『え、ほんとですか? だとしたら嬉しいです。いただいた邪竜の骨も全部食べましたし。それから、昨日くれた強烈な魔石も、たくさんの魔石も、みんな浄化吸収できました! 思ったよりもかなり早かったですかね? まあそれで起きてみたらですね、羽が立派になっていたんです。それに今までは木から離れては飛べなかったのですけど、今はほら、ここまで来れました』

 いやはや子妖精の成長は早いなと感嘆する。食べる量も凄かったが成長も早い。
 もっとも驚くべきは移動範囲だろうか。そもそも千年桃という種族自体が、木からはあまり離れられないものだと思っていた。それがいまや自由に羽を広げて私の部屋の中にまで来れるように。

「凄いねピチオさん。こんなところまで一人で来れるようになって偉いね~」
『えああぁ、ちょ、ちょっとリゼさん。喜んでもらえて嬉しいですけど、前が見えません!』

 なんだか成長に感動を覚えてしまって思わず抱きかかえると、じたばた。小さなピチオさんは私の腕の中からそっと抜け出してピョコリと顔を覗かせた。それから腕もピョコリ。
 見れば腕もいくらか長くなっている。それから足も。もっともっとちんちくりんな姿だったのに、こんなに早く育ってしまうとは。

『リゼさんリゼさん、それからですね』

 そう言って、今度はピチオさんが私の手を引っ張る。連れられて菜園に出てみると、そこには立派な大ナスがあちらこちらにみのっていた。

「ほう、これはまた見事なナス」

 昨日はまだ芽が出たばかりだったはずのナス。それがひと晩でメキメキと成長したばかりか……メラメラと燃えていた。これは本当にナスなのかと疑わざるを得ない状態であった。

「これってやはり……。ピチオさんがなにかしてくれたのですかね」
『えっと、よく分かりません。寝てたので』

 明らかになにかしていると思うけれども、自覚はないようだった。
 少し前にも、彼が寝ている間にトマトの変化事件があった。
 あのときは邪竜の骨と吸血鬼の魔石を肥料にした直後に、マイクロトマトからブラッディードラゴントマトへ変化するという品種改良であった。そして炎竜を埋めた今回は、ナスは白い炎をまとい、勢いさかんにメラメラと燃えている。どう考えてもピチオさんが関係しているのは明白だが……ふうむ、私は神獣ラナグにもこのナスがなにか分かるかとたずねてみた。

『いや知らぬなあ。奇妙な新種、リゼの菜園の固有種ではないか? しかもそれ以前にな……』

 一瞬間をおいて彼は言った。まず千年桃という種族に、植物を品種改良する力はないのだと。

『ううむこうなると、どうやらまずピチオ自身が、千年桃とは少し違う品種なのかもしれぬな。ここまでの浄化吸収力と、周囲の植物への影響力からすると……別の上位種にでも変化しているのか、初めから特殊個体なのか』

 その言葉に、ピチオさん本人が、え、ボクって千年桃じゃないの!? みたいな顔をして首をかしげる。
 それでも三精霊達から『なんだか凄いねっ』『格好良いですね』『くまぁ』などと言われて、はしゃぎながら周囲を飛びまわられると、なんとなしに嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
 ではピチオさんとはなんなのか。それについてはしばし観察と考察が必要かもしれなかった。
 とりあえずはこの丸ナスのチェックから始めてみる必要がある。
 一つ収穫して切ってみると、中は溶岩のようにドロドロとしつつ輝いていた。触れてみると、そこまで熱くはない。お皿に盛られたグラタン程度である。味は……

「毒見の専門家を呼びましょうか」

 私は自分で食べてみる前に、一流の毒見役を頼る事とした。アルラギア隊長である。呼びに行ってみると、彼は今日も今日とてヒマそうにしていて、すぐに来てくれた。

「なんだ? これか? 食って良いのか?」
「どうぞどうぞ、毒があるかもしれませんし、どんな植物なのかはまるで分からないのですが」
「そうか、まあ食ってみれば分かるだろう」

 流石さすがおおざっな隊長さんである。では早速食べていただこうと思うが、では味付けは?
 ナスといえば元来、煮びたしにしたり、トロリと焼きナスにして食べるのが相場と決まっている。が、しかしこのナスは初めから燃えているのだ。
 どのようにして調理するのが美味しいのだろうかと思案しているうちに、アルラギア隊長は生のまま燃えている丸ナスを口に入れた。火もついたままの踊り食いだ。

 流石さすがあくじき大王、頼りになる隊長さんである。
 もぐもぐと口を動かして隊長さんは私に言った。

「味は旨みもあるが、まあ激辛だな。こないだ食った炎竜肉に、さらにいくつかのスパイスを混ぜ合わせて濃縮させたような味がする。このまま食うには不向きだ、辛すぎる。あまりの辛さに、今なら炎竜と同じように口から火を吐ける気がする。それから他には……かなり高レベルの魅了や、精神系の状態異常を回復させたり、跳ね除けたりする力がある。まあ、そんな味だな」
「味で分かるものですか」
「分かる」

 分かるらしい。隊長さんは見事なレビューを述べ終えると、これまた見事なファイヤブレスを実際に吐き出した。ドラゴンのごとき白と赤の激しい炎が、天高く昇って青空すらも焦がすようであった。


 このナスを食べると本当に炎を吐けるらしい。効能も色々あるらしい。
 ちなみに生のまま地面に置いてみると、ナスはたちまち激しく燃え上がり、しばらくそのまま燃え続けていた。これでも結界に似た効果があるとアルラギア隊長は言う。
 うーん、食材としてはやや特殊である。野菜として使うよりは調味料だろうか? とうばんじゃんやカレーのルーのような役割にしてやると良いのかもしれない。 

『ワフッ! ともかくリゼ、なかなか良さそうな食材に育ったようだな。炎竜肉のあのピリピリが味わえるのだろう? 我は好きだぞあの味。なあリゼ。我は好きだぞ。からが好きだぞ』

 ラナグはじっとこちらを見つめている。私はそのもふもふの頭に手を置いた。

「はいはいラナグ。これでなにか作ろうね」
『むむ、約束だぞリゼ。このナスで美味しいのを作ってくれ。我がもっとハラペコのときにな』

 今は炎竜料理をたくさん食べたばかりだから、お腹は比較的落ち着いているらしい。
 どんなものでも口に入れる隊長さんと違って、美味しいものだけ食べたいグルメな神獣さんだ。

『リゼと一緒にいるとドンドンドンドンだな。レア食材も新種食材も、異界の調理法もどんどん、ドンドンドドンだな。我は嬉しい。嬉しいぞリゼ。大好きだ。いやまて、むろんの事、食材など関係なしにしてもリゼは大好きだがな。我を神獣扱いせぬところも、あとはそう、発想が妙で楽しい。なあリゼ、楽しいな!』

 そう言ってワフワフと回転するラナグの様はわんちゃんそのものだった。けれど、ときおり真まっすぐにこちらを見つめる瞳は人間的で、大きな太い二本の前足を広げ私をフワリと抱き寄せる仕草は、神獣のものだった。いずれにせよ今日もラナグの愛情表現は直球ストレートボンバーである。獣人村のバルゥ君もストレートすぎるほどストレートだが、あれともまた違う鮮烈さをもって私を襲う。
 たいへん日本人気質で淑女な私としては、こんな様子に未だ慣れない面もあるのだが、かといっていつまでもそう言っているのも失礼であろう。
 私はたじろぎながらもゆうしゃくしゃくのしゃくな顔をして、「ありがとうラナグ」なんて言いながら、そのモフを抱きしめてみる。
 これぞ淑女の対応である。どうだ見たかとドヤ顔をする。がしかしここで予想だにしないラナグの反撃があった。

『なんだリゼ、そんな可愛い顔をして』
「うわちょっと待ってラナグ、なんでかじるの!」

 驚くべき事に、ラナグの大きなお口で頭からまるっとかじられそうになる。甘噛みだけれども、私視点から見ると大変な事である。

『ああすまぬすまぬ、あまりに可愛くてな』

 そう言って謝る彼に、私を食べてはいけませんと猛抗議をしておいた。
 そうこうしていると今度はピチオさんである。リゼさんリゼさんと言って呼ばれる。
 なんでも、本体の木がむずむずするそうだ。私は自分の体勢を立て直しつつ、どこかが害虫にでもやられたかと木の様子を見てみる。
 枝、葉、幹、根っこ……とくに問題はなさそうだが……一つ気になるのは花である。ピチオさんの木ではなく、ここの周囲にある草木に花がついているのだ。昨日まで、いや今朝まではこのような花は見なかった。しかも心なしかキラキラしているし……どこかで見た景色に似ていた。

「ラナグ、これって……」
『むむ……桃源郷? のような雰囲気が……』

 私の思っていたのと同じ事をラナグは口にした。
 桃源郷を見たのは神聖帝国に行ったときだ。あそこの丘の千年桃さん達のボスが、一瞬だけ私達を招待してくれた花の園があったのだ。あれよりはずっと控えめな花の咲き具合だけれども、雰囲気や空気感が似ている。
 この世界における桃源郷とは、ざっくり言えば、特別な霊木が作り出す楽園みたいなものだ。
 今、わずかずつではあるけれど、ピチオさんはそんなものを形成し始めているのかもしれない。

『我もこれのでき始めには初めてお目にかかるな』

 ラナグ曰く、これは今のところ放っておいても問題はないそうだ。けれど……私は、隊長さんの顔を覗き込んだ。
 なにせこの場所は、ホームに間借りをしているのだ。借りている場所に、勝手に桃源郷を造っては問題があるかもしれないではないか。そう思ってアルラギア隊長に聞いてみるのだが。

「構わんぞ」

 見事なあっさり具合で返事が来た。

「というよりなリゼ、ここなら外部の人間からは見えんから、訳の分からんものを造るなら、ここにしておいてくれ。もしできるならホームの外ではつつしんでほしいところだな」

 やや余計な追加のセリフも来る。つつしみのない娘あつかいには異論があったけれど、ともかく許可はいただけた。いつもの事ながら、隊長さんは太っ腹な快男児である。


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