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第2章

『スーパーアイドル』

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「キアラー、さっき貰った今日の衣装のやつ知らなーい?」
 「もうアキラちゃん、また下着姿のまま歩き回ってー!衣装の飾りは自分で持っていったでしょ!?」

 『アキラ』と呼ばれた少女は「あ、そうだった」と言い残して再び着替え室に戻っていった。その姿を見て、一足早く本番用の衣装に着替えていた同じ歳くらいの少女は呆れ顔で大きな溜め息を吐いた。

 アキラが下着姿のままで部屋の中を歩き回るのはいつものことだ。もうそれを直そうとか、もう少し女の子らしく、などという説得はできないとキアラは諦めていた。
 だけど、せめて控室とか他所にいる時だけは何とかならないものか……
 キアラは自分の小さな頭を抱えて俯いてしまった。

 ここはあるテレビ局の控室、これから放送される音楽番組の生放送に出演するため、【kira☆kira】の2人が衣装に着替えているところだ。
 控室とは控えめにいったが、ここは局のVIPルームである。名前を出すのも憚れる大物をもてなすこの部屋に、小柄な少女が2人、とても広々と、まるで自分たちの部屋であるかのように使っている。
 【kira☆kira】のアキラとキアラと言えば、今や知らぬ人はいないほどの超人気アイドルユニットとして世間を賑わせている。もはや国内のみにあらず、世界に飛び出している2人は、テレビ局とっても数字が取れる大事な演者だ。接待も当然ワンランク上の対応なのは必然だろう。

 彼女たちとってそれは当たり前で、VIPルームだからとか、他のアイドルより待遇がいいとか、そんなことに気兼ねもしていない。
 目下、彼女たち、いやキアラが気にしているのは、相方パートナーであるアキラの自由奔放と言える性格であった。

 (どうすればアキラちゃんはもう少し女子らしくなるんでしょうか?)

 心の中で自問するキアラ。

 『月島アキラ』
 目が覚めるような紅い髪をサイドポニーでまとめたお転婆娘は、笑うと八重歯が顔を出す。その小悪魔のような微笑みが、多くのファンを魅了しているのだが、その性格は「曲がったことが嫌い」「とにかく白黒はっきりさせないと気が済まない」小悪魔のような笑みとは正反対の、熱血少年漫画の主人公のような性格をしている。
 そのため女性らしさというものはなく、アキラの魅力は『規格外の可愛い外見と、それとは正反対の性格のギャップ』であると言える。
 その魅力を知ってしまえば、もはや脱出不可能なスパイラルに囚われてしまうのである。

 対して、フカフカのクッションにちょこんと座って頭を抱えている『星野キアラ』は、アキラとは違って、女の子らしさに溢れている。
 ピンク色の髪は上品に、可愛らしく、セミロングほどの長さで整えられている。基本的に誰にでも敬語を使い、相手を尊敬こと忘れない。
 アキラと違っても自分の意見を押し付けることはなく、1人で走り気味のアキラを、いつもフォローしている。
 アキラ以外で何か悩みがあるとすれば、幼い頃からの夢見ていた『素敵なお嫁さんになりたい』という願いだろう。
 しかし、スーパーアイドルになってしまったため、その願いはなかなか叶えられそうにないということぐらいか……
 どこぞの雑誌では『お嫁さんにしたい有名人』で、毎年Best3に入るほど、自分の「お嫁さんにしたい」と思う者は星の数ほどいるというのに、キアラがときめく様な出会いは未だに訪れていない。
 もっとも、常に多方面からの熱烈なアプローチは尽きないため、普通の出会いではキアラの心を動かせるとは思えないが……

 「――ジャーン!!」

 自分の口で効果音を出しながら、衣装部屋から飛び出したアキラが決めポーズを決める。
 フリフリのミニスカートがついた薄い黄色のワンピースは、細部こそ違えどキアラとお揃いのデザインとなっている。
 その無邪気なアキラの姿にキアラは先程までの憂鬱はなくなり、ついつい見惚れてしまった。

「うん、今日もアキラちゃんは可愛いよ!」
「ふふん、当然だろ!?」

 「じゃあ次は私だね」とキアラがソファーから立ち上がると、さも当然のようにアキラも衣装部屋の中へとついて来る。

「どれがいいかな~?」
「ねえ、アキラちゃん?今日も好きなアクセサリーとかワンポイントとか選ばせないつもりじゃないよね?」
「そりゃ~、キアラを世界一可愛くするのは、アタシの仕事だから」

 そう言われて鏡の前に立たされたキアラは、アキラの着せ替え人形のように、次から次へと新しいアクセサリー、そしていつの間にか違う衣装まで着させられていた。

 これは別に今に始まったことではなく、キアラの衣裳を選ぶことがアキラのこだわり(本人は義務だと思っている)で、もはや日常の一コマとなった今では、キアラの方も慣れたものだった。

「よしッ! これに決めた!」
「いつもありがとうアキラちゃん」

 別に頼んだわけでもないが、しっかりお礼を言うところがキアラの人の良さが現れている。

「それじゃあ私、ちょっと御手洗いにいってくるね」
「オッケー、一緒について行こうか?」
「もう!1人で行けるよ!」

 さすがに今回は生放送ということもあり、アキラによるキアラの衣装選び(?)にも気合いが入っていたようだ。
 真剣に衣装を選んでくれているアキラに中々言い出すことができず、途中からずっと我慢していた御手洗いにやっと抜け出すことができた。

「お疲れ様です!今日はよろしくお願いします!」
「はい、お疲れ様です。こちらこそよろしくお願いします」

 【kira ☆ kira】が使用しているVIPルームは収録スタジオと同じフロアにある。他の出演者の控室も同じフロアにあるため、こうして通路を歩いていると他の出演者やスタッフとすれ違い、社交辞令の挨拶を交わさなければならなかった。
 キアラは何度か挨拶を交わしたり、少し話をするのを繰り返して、なかなかトイレへ行くことができずにいた。
 
「ふぅ……」

 何とかトイレの前までたどり着いたキアラは、安堵したのか少し目線を下ろしてしまい……

「あっ……!?」

 丁度、反対側の男性トイレから出てきた人物と、出会い頭にぶつかってしまった。

「――ごめんなさい!」

 ぶつかった拍子で尻餅をつく形になったキアラは、謝りながらその人を見上げる。
 そこには、焼きただれた顔にホッケーマスクを被ったような、この世のものとは思えないほどの恐ろしい顔の男がキアラを見下ろしていた。

「――う、ぇぇぇ……」

 言葉にならない恐怖が口から漏れ出し、金縛りにあったように固まってしまう。脚に力が入らず、キアラはその場にへたり込むことしかできなかった。
 そしてずっと我慢していたものが、力が抜けると同時に解放されてしまう。座り込んでいた場所からゆっくりと透明な液体が広がっていった。

「…………ッ……ック……」

 怖さと恥ずかしさ、色々な感情が頭の中に広がり、涙が止めどなく溢れる。
 こんな姿を誰かに見られてしまったら、あっという間に噂になり、今まで積み上げてきたものがすべて崩れ去ってしまう……
 アキラちゃんと2人で、これまで苦楽を共にして頑張ってきたのに……
 そして夢だった素敵なお嫁さんにももうなれない……
 キアラにとってはそれが1番の心残りだった。

 これから素敵な人との出会いがあって、2人はすぐに恋に落ちて、でも許されない禁断の恋で、2人はかけ落ちしてどこか田舎で人知れずひっそりと暮らしはじめて、そのうち子供が2人できて、1人は女の子でもう1人は男の子、子供たちは両親の愛情を一身に受けてとてもいい子に育って、それで…… それで……

(あぁ、もうこんな素敵な出会いもできないのかな…… 一生『お漏らしアイドル』と、罵られて生きていくのかな……)

 涙で霞んだ視界での中で、キアラにぶつかったサイコキラーは慌てふためいた様子で、また男性トイレに戻って行っていった。

(これが噂に聞く『放置プレイ』というやつですか? フッ、フフフフフフ……)

 キアラの思考もどこかおかしくなってきたところで、いよいよ目の前が暗くなっていく。

(もうどうなってもいいや……)

 そう思ってしまった時だった。

「――ごめん!」

 そう声が聞こえたと思えば、頭の上から何か大量の液体を浴びせかけられて、視界がゆっくりとクリアになっていく。

「――水……?」

 全身びしょ濡れになったキアラは、もう何がなんだか訳がわからず混乱してしまう。しかし、自分に浴びせられたのは、どうやら大量の水だとわかると、なんとなく何が起こったのか理解し始めた。

「――誰か来てくださーい!」

 怖い顔の男の人が大声で助けを呼び始める。

(あれ…… この声、もしかして……)

 まだ力が入らない脚をなんとか支えながら、その場から立ち上がろうと試るキアラに、ホラーマスクの男が、そっと優しく肩を支えて起こしあげた。

「こんな事をして本当にごめんなさい、全て僕のせいにして、これからする話に合わせてください」
「……ぅ……ック……」

 すぐにSOSを聞きつけたスタッフが数人、何事かと駆け付ける。そして、ずぶ濡れのキアラを見て驚愕の表情を浮かべていた。

「一体どうされたんですか!?」
「……あ……ッ…………」

 「ありがとうございます、心配ないです」と返事をしようとするも、それは声にならず。ただ嗚咽が止まらずに溢れるばかりだった。
 代わりに答えたのはキアラの肩を支えているホラーマスクの男だった。

 「バケツに水を入れて歩いていたら、彼女と出会い頭にぶつかってしまって、バケツの水を掛けてしまったんです。どうか彼女を控室まで送ってあげてくれませんか?」
「わ、わかりました!」
「もし関係者の方々に状況をお話しする場合は、全て僕の責任とお伝えください」

 ホラーマスクの男はキアラがしてしまったことを一言も話さず、そればかりか全部自分が悪いかのようにスタッフに説明した。

「……ッ ……ちが…ッ…」

 キアラは「違うんです、この方は何も悪くないんです」と説明したかったが、やはり出てくるのは嗚咽だけで、上手く言葉を出すことができなかった。

 スタッフ2人掛かりで丁重に抱えられたキアラは、そのまま控え室の方へと案内されて行く。
 顔だけ振り返って見たあのホラーマスクの男は、掃除用具を取り出し、黙々と床の水溜りを掃除している姿だった。

「キアラッ!?」

 スタッフに連れられて控え室に戻るころには、キアラはいつもの落ち着きを取り戻していたが、いつも通りでではないキアラの姿を見たアキラが驚愕した表情で駆け寄ってきた。

「どうした!?何があったんだ!?  一体誰にやられたんだ!?」
「――ぅうん…… たいした事ないよ、ちょっとドジしちゃっただけだから……」

 いくらパートナーといえど、お漏らしをしてしまったことなど話せるはずもなく、キアラはとにかく何もなかったとアキラに説明したが、アキラはキアラの説明を聞けば聞くほど納得のいかない様子だった。

「絶対に許さねぇ! キアラにこんなことしたやつはいったいどこのどいつだッ!?」
「あの、アキラさん……」

 アキラの気迫にキアラを連れてきたスタッフが、ついに口を開いてしまう……

「その…… 【Godly Place】のユウさんが、キアラさんとぶつかった拍子に水をと……」
「違うのアキラちゃん!これには理由があっ――」
「許さねぇ……!絶対に許さねぇからなユウ……!」
「ちょっと!アキラちゃん!?」
「さっ、キアラは風邪引く前にシャワー浴びないと!」
「何か変なこと考えてないよね?大丈夫だよねアキラちゃん!?」

 キアラはアキラに背中を押されながら、その目に輝く鋭い光を見逃さなかった。

「大丈夫、心配いらないって!あとは全部アタシに任せとけば大丈夫!」
「え、アキラちゃん!?」

 脱衣室に押し込まれたキアラは、びしょ濡れの服を脱ぎ、急いで備え付けてあるバスローブに身を包む。

(私がぶつかってしまったあの人は、ユウさんだったんだ……)

 初めてユウさんを見た日のことをキアラは今でも鮮明に覚えている。
 優しく、耳心地の良い歌声。心の中に届いて、泉が湧くように心が満たされていく感覚……
 今日はいつも被っていた『ムンクの叫び』のような仮面マスクではなく、『ホッケーマスクを被ったサイコキラー』のような仮面マスクだったからキアラはすぐに気付くことが出来なかった。
 いつか会って話したいと思っていた人、まさかその人に口を訊くより先に、私の1番恥ずかしい姿を見られてしまったなんて……!!
 キアラは胸が張り裂けそうなほど恥ずかしくなって、誰もいない脱衣室でガバッとしゃがみ込んで顔を隠した。

 「――はっ……!?今はそんなこと考えてる場合じゃない!」
(アキラちゃんが何かとんでもないことをしちゃう前に止めないと!)

 キアラはバスローブがはだけていることなど気にも止めず、急いで部屋に飛び出すが……

「――アキラちゃん!?」

 しかし時すでに遅し、VIPルームのどこにもアキラの姿は見当たらなかった。
 キアラは寒気がするような嫌な予感がして、急いで部屋を飛び出し、【Godly Place】の控え室に向かった。

「――キアラに……なこと……だろ!?」


 まだ【Godly Place】の控え室に辿り着いつていないのにも関わらず、アキラの怒鳴り声が途切れ途切れ耳に届いてくる。
 嫌な予感が見事に的中し、キアラは扉をノックすることも忘れて【Godly Place】の控え室に勢いよく飛び込んだ。

 キアラがそこで見たものは、アキラと【Godly Place】のボーカルのミュア、そして【Godly Place】のプロデューサー兼マネージャーの水戸沙都子の3人の前で、床に正座をさせられているユウの姿だった。
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