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1巻

14話 敵の色

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「いてて…」

 目が覚めた時には朝になっていた。
 ゼインさんに殴られ、丸々一夜気絶していたらしい。

「起きたか、すまなかったな。急に気を抜くものだから…つい、な」

 そこまでやるつもりではなかった、とゼインさんが申し訳なさそうに声をかける。

「鍛え直さねばな…」

 ボソリと呟かれた言葉は起きたばかりからヒヤリとさせてくる。

「鍛え直す必要なんてないってとこ今日の戦闘で見せますよ!」
「そうか、残念だ」

 ゼインさんは本当に残念そうに笑う。

「そろそろ目撃地の近くだ。トレントの森を抜けたらすぐに小さな村があるはずだ一気に行くぞ」

 荷物をまとめ終わったゼインさんが立ち上がる。
 ラヴァさんも一夜で熱を落ち着いたみたいで、昨夜のようにフラフラせずゼインさんについて行く。

 ボク達はトレントの森を一気に駆けた。
 森の奥に入っていくにつれトレントが大人しかったからだ。他の小動物系モンスターも姿が見えない。

「あの時みたいだ…」
「あの時?」

 ボクがポツリとつぶやくと隣を走るラヴァさんが小首を傾げる。
 目を合わせると恥ずかしくなりそうなので視線は前に向いたまま答える。

「ミノタウロスから助けてもらった時です。ダンジョンの中で出口向かうほどコボルドの姿が見えませんでした」
「ミノタウロスとコボルドくらい離れていれば怖いかもね…。でもトレントを大人しくさせるなんてどんなモンスターなんだろう」

 ミノタウロスと戦闘経験のあるラヴァさんが言うには下位と中位の壁らしい。
 本能的な恐怖のような生物としての差が隠れる、逃げる判断をさせるのだとか。

「でも、トレントって中位ですよね…ゼインさんやラヴァさんが強すぎて弱く見えてますけど…」
「素直に考えるなら上位種の何かが森にいることになるね。森にそんなモンスターは生まれたことないから、誰かが狩り逃したか連れてきたか…」

 そんな話をしながら森を直進する。ゼインさんクラスが小隊を組んで倒す上位種との戦闘なんて考えたくもない。

 そんなことを考えていたら左手側の空が急に曇った。
 黒雲が空を飲み込んだ瞬間、落雷。

 太い雷が空を走るわけでなく、大地めがけて降る。

「なんで急に!?」
「あの雷は…」
「うん、トゥルエノだね。結構本気」

 ボクが慌てる中、二人は冷静に雷の落ちた方向を見やる。

「『雷獣』が自然の摂理を無視してまで天候を変えたんだ。あの方角に今回のターゲットがいる」

 先頭を走るゼインさんが落雷に進路を変える。
 その間にも黒雲では雷が今にも降り注ぎそうな重低音を鳴らし続ける。

「そこまで距離はない。黄色と上位種の戦闘だ何が起きてもおかしくないぞ」

 少し走るだけで雷が落ちた場所は見えた。
 そこには見知った少女と、それを背に乗せる立派な体格の白虎、そしてそれよりも一回り大きい体を燃やしながら地面を這うモンスターがいた。

「サラマンダー!? 活火山の近くの熱量からしか生まれないモンスターがなんで森なんかに!」

 ゼインさんが声を荒らげる。

「火事や揺れる炎…サラマンダーがいたのならそれだけで済んで幸運だったね」

 二人は戦ったこともあるのか、都市近くの森の先に出没したイレギュラーに驚く。

 サラマンダーは活火山の圧倒的熱量によって生まれることがある上位種だ。もちろん溶岩から生まれ落ちる彼らの体には濃い赤が流れる。
 溶岩によって生成される体はエネルギーに耐えれるだけの防御力を持ち。そのトカゲのような見た目からは想像もできない硬さを誇るらしい。
 使える力も溶岩のエネルギーをフルに使った身体強化に高火力の炎。
 ドラゴンは不老を持ち半永久に生きるため、生き死にがあるだけドラゴンの中では下位存在と数えられるが、その能力は紛れもなく上位だ。

「ネスはここに残れ! 私とお嬢は討伐にかかる! 『雷獣』とお嬢の範囲に入るなよ!」

 ボクに指示を飛ばし、ラヴァさんを戦闘に参加させる判断をする。
 普通3人なんかで倒すべきモンスターでは無い。安全マージンが取れない。

 ボクは足がすくんで動けなかった。
 言われた通りボクが参加しても足でまといだろう死体がひとつ増えるだけだ。
 力がないことが悔しい。

 自分の無力さに涙が流れそうだった。
 目の前ではマグマと深紅の炎、轟雷が突風を生み出している。

 戦闘を眺め、自分の無力さを嘆くことより周りを見た事で少年は気がついた。

 森を走り抜け大幅に進路を左方向に変更したことによって

「この近くの村って…まさか、おじいちゃん! おばあちゃん!」

 さらに森の奥に走る。戦闘に参加できないのならここにいる意味なんてない。

(ボクのできることをする!)

 大人しいトレントなら突っ切っても問題ない迂回しなくていいのなら最速で村につける。

「無事でいてよ…」

 走ること数分ボクを育てた小さな村がすぐに見える。村では近くで起きる火柱や落雷に怯え、避難の準備をしていた。

「おじいちゃん! おばあちゃん!」
「おぉネス、なしてこんなとこおるんだ」
「都市の依頼で森の調査に来てたんだ! そんなことはいいから、早く避難しよう!」

 少し離れたところで圧倒的な力同士の轟音が響く。彼らが少し移動すればものの数十秒で近くの村まで着くだろう。

「みんなも! 早く離れるんだ!」

 荷物をまとめてから避難しようとする人たちを無理やり逃がそうとする。

「んん~…ダメですよ。その方達は色を抽出されるのですから」

 突如背後に現れた影がボクに語り掛けてくる。

「ミノタウロスじゃ上手くいかなかったのでわざわざサラマンダーを従えてまで実験しているのに…。邪魔されちゃ敵いませんよ」

 背中が冷たい。

 ラヴァやゼインさんみたいに圧倒的なさを感じている訳では無い。
 もっと人として、根本的に怖い。

「攻撃しないのはいい判断ですよ。キミは気に入っているのでいつか実験に使いたいですからね。今は殺したくないのですよ」

 ボクも標的にされている。その事実が背筋を凍らせる。

「分かったのなら大人しくしていてくださいね」

 村の人達に影が視線を向ける。

「…何も、させない!」

 村の人に危害が加わると感じた瞬間短剣を腰から振り抜く。
 影には当たりもしなかったが一撃を敵に振れたおかげて気持ちも吹っ切れた。

 短剣を体の前に逆手で構え影を見すえる。

 改めて見ても情報が少ない、深めに被ったフードは顔を伺わせない。フードが認識を阻害しているのか、ただそこに人がいることしか分からない。
 おそらく光をねじ曲げて色の認識を阻害しているのだろう。
 そのローブが不気味さを一掃加速させる。
 長いローブからは獲物が見えず、どんな戦い方をするのかも分からない。

「あぁ…戦うことを選ぶんですね。なら今捕まえて後で実験に使うとしましょうか」

 これから戦おうというのに影はため息混じりにのっそりと動く。
 完全にボクを舐めている。
 舐められたってチャンスになるならいい。構えた姿勢を崩さず相手の動きを見る。

「そういえば色を手に入れたんですよね。おめでとうございます。ですが私なら生きるか死ぬか博打をせずに無色に色を与えられる」

 突然影が語る。

「無色なんて生きづらいでしょう。ワタクシの実験が成功すれば誰も苦しむ人はいなくなりますよ」

「ただ…少しばかり犠牲が付き物ですがね。まぁ仕方ないですよね。偉大な研究には相応の犠牲は付き物です。どうです成功の暁には貴方の望む色を提供しますよ」

「ボクはバーミリオン家のクレア・ネスだ!犠牲の上に成り立つものなんていらない!」

 体に熱を込める。自身が動けなくなるギリギリの熱量を込めて戦闘態勢に入る。

「交渉決裂ですか…死体は回収させていただきますよ」

 そう影が言い放ち指を鳴らした瞬間森に待機してたであろう猛牛が飛び込んできて、影と僕の間に姿を現した。

「バーミリオンのご令嬢に倒されてから改良を加えまして赤と黒をギリギリまで増やしてみました。前のより全てが一段ランクアップしております。ぜひご堪能ください。」

 そう言いながら影はお辞儀するとミノタウロスの影に溶け込んだかのように消えてしまった。

 ボクの目の前で初対面の時よりも赤黒い冒険者の恐怖の対象が咆哮した。
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