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1巻

22話 護る色

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 そこからの戦いは防戦一方だった。
 お互いに攻め手にかける。
 サラマンダーは近づこうとする少年を熱風で近づけない。
 少年は飛んでくる炎をかき消し、サラマンダーの炎を寄せ付けない。

「埒が明かない…」

 色の最大値も分からないのだから無駄うちは避けたい。
 色の量で押されれば圧倒的にサラマンダーが有利になってしまう。

 それまでに決着を付けたいが熱風が生身のボクを寄せ付けず膠着状態を繰り返す。

「ボクの色を纏えればかき消して近づけるのに…」

 戦いが膠着する理由はボクにある。サラマンダーの炎は消すのに攻撃する術を持たないから戦況が動かなくなる。
 
 かといって透明をまとう訳にもいかない。色はイメージと遺伝子情報が揃って力を発揮する。強い妄想だけでは真の力は発揮されず、経験と自信が伴って初めて最大値を発揮できる。

 つまり、今のボクはミノタウロスの体を抉った経験と自信がある。だからこそボクの色はサラマンダーへも致命傷を与えられる自信がある。

 同時に生身のボクの身体をボロボロのレザーアーマー関係なく消しとってしまう自信もあるのだ。
 サラマンダーやミノタウロスに劣るに決まっている身体を耐性があるとはいえ、ボクの体が耐えるイメージができない。

「ボクが負けてサラマンダーが好き勝手するのが最悪なパターン…、消せるうちは守りに徹するべき…なはず」

 自分でもこの戦い方があっているのか分からない。

(ラヴァさんを護るためにも、ここにいないゼインさん達を待つためにも時間稼ぎは有効なはず…)

 もし一回でも消しそこ寝れば、色をまとえていないボクはそれだけで負けてしまう。
 一回も失敗はできないのに、時間をできる限り引き伸ばす。炎を使ってないのに、周囲の熱もあって神経が焼き切れそうな思いだ、

「ギィヤァオオオァァァ!!」
「!?」

 炎の球を吐いて寄せ付けまいとしていたサラマンダーが体を起こす。狙える者がいないのを知ってか、黒く筋の入った結晶が見える。吐き出した炎を全てかき消されるのを嫌がっているかのようだ。

 炎が消せるボクは、サラマンダーにとって今倒しておきたい天敵のはず。色の最大量で押されるよりも、なにか動きがある方が可能性が生まれる。

 炎の球を吐くのをやめて体を起こしたサラマンダーを正面に構え何が来てもかき消せるように短剣を構える。

(むやみには突っ込めない…正面以外は消せないし、ゼロ距離の熱風だけでも負ける…)

 少年の負け筋はいくらでもある。かき消すのを失敗する、近づきすぎて熱風にさらされる、色の最大量を枯渇させられるなど物理技以外はほぼ負けが決まっている。

 短剣を構え、負け筋を消そうと思考をめぐらせる少年に対してサラマンダーは雑に体を叩きつけ熱風の衝撃波で広範囲を攻撃した。

「ぐっ…かは…息が…」

 空気を消すイメージが持てない少年は、何度正面だけでも消そうとしても上手くいかない。少年を包む熱風は肌を喉を焼いて通り抜けていく。

「「ぐっ!?」」

 熱風で焼けた体が衝撃波で森の方へと飛ばされる。木は手前側は熱風で炭のようになっていて、叩きつけられた衝撃で何本か簡単に折れる。少年が飛ばされ転がった所までは防風林になって届いていなかった。

「ぐっ…かはっ…はぁはぁ」

 焼けた喉に叩きつけられた体、さっき癒された時の炎を使うイメージをしても、自分の透明がそれすらもかき消してしまう。
 しかし、ほんの微かに喉と肌が楽になる。打ち付けられた背中はどうにもならなかったが、それでも酸素を取り込むとまだ戦えるような気がした。

「ここからはワタシが戦う、もうキミは逃げて…死んじゃうよ?」

 真後ろに飛ばされたため転がった先にはラヴァがいた。今のほんの僅かな回復はラヴァが休んでる間に溜めた色によるものだった。

 サラマンダーは森に入って来ない。視界を制限して天敵のボクからの奇襲を防ぐためだろう。色を無駄に使いたくないのかボクが飛んだ方向をじっと見つめ逃がさないように意識だけ向けている。

「少しでも逃げてくださいって…。なんでまだこんな近くにいるんですか…」
「ワタシが護る人達の中にはキミも入ってる。キミを死なせたらワタシはバーミリオンじゃなくなる。」

 自分より前に立って傷つくボクを支えて震えるラヴァさんは、いつもの凛々しい姿ではなく年相応な少女にみえる。

「ここからはワタシが戦う。増援までの時間稼ぎにはなるはず…」

 長剣を手に取り立ち上がろうとするラヴァさんの腕を掴む。

「ボクに回復した少しの色まで使って戦えるわけないじゃないですか…。」

 ラヴァさんの顔色はさっきよりも悪い。なけなしの色まで振り絞ってボクを回復した時点で、色の枯渇で酷い貧血のような症状に襲われているだろう。

 それでも長剣を握りしめ、誰よりも前に立とうとする。そんな勇敢な少女をボクは護らなければならない。
 装備もほとんど吹き飛ばされボロボロの体を起こしながら呟く。

「ボクはラヴァさんみたいに誰もを護れるような人間じゃないです。でも…ボクだって、この手が届く人くらいは護りたい…」

 ボクの体はとっくに戦闘不能な程ボロボロだろう。全身からもう動けないと言われている。それでも立ち上がらなければいけない理由がある。

「ラヴァさんが護ってきたものを、代わりに護ることなんてボクには出来ないけど…!みんなを護る貴方は、ボクが護りたい…」

 今までの決意とは違って、懇願するように言葉を紡ぐ。今まで確かな決意を宿して訴えていた瞳は、今は涙がこぼれそうだった。
 腕を掴む手には力がこもってしまう。

 無色から運良く力を手に入れて、恩返しにと憧れた彼女の真似をしようとした。むしろバーミリオンの赤を、人を護るために使わなければいけないと思っていた。

 今思えば、あの川辺での決意は少女ひとりに向けたものだった。あの時からボクの気持ちはもう既に決まっていたのかもしれない。

「ラヴァさん…ボクはあなたの事が、好きです。誰よりも凛々しく、優しいそんな貴女の赤が…好きです。」

 胸の奥から言葉が止まらない。ただ貴方を護りたいと、ボクに戦わせてくれと言いたかっただけなのに。
 溢れた思いは戦闘と色の枯渇もしかけて、フラフラな思考のせいでとめどなく言葉になる。

 少女は顔を髪と同じ色に染める。言葉が紡がれる度にみるみる熱が上がる。驚いて言葉も出せず少年が紡ぐ言葉に耳を傾けてしまう。

「ボクは誰よりも前に立って戦う貴女の前に立ちたい。貴女を護れる場所に立ちたい。」

 握られた腕がどんどん熱くなる。触れられているせいかこの気持ちのせいか、または両方か。ラヴァにはもう判断できなかった。

「分かった…ワタシはみんなを護るから、貴方が私を護って?」

 護ってと、その言葉を聞いた瞬間力がどこからともなく湧いてくる。

 ボロボロで立ち上がる力もなかった体を起こす。レザーのアーマーはサラマンダーの業火で焼けきりほぼ生身。体には所々火傷のあとが残り痛々しさを物語る。
 
「ラヴァさんの剣…借りてもいいですか…?リーチもですけど、一緒に戦うために」

 ラヴァはこくりと柄を少年に向ける。

「でもワタシもすぐ近くにいるから」

 今度は「逃げて」なんて言わないでと赤い瞳がそう告げてくる。

「じゃあラヴァさんを護るためには…倒さなきゃですね」

 満身創痍の少年はさっきまでの時間稼ぎの戦い方なんてすっかり忘れていた。
 ラヴァさんが戦わないためには誰かが来るよりも前に、目の前の敵を倒す必要がある。
 ボク以外が戦い始めればこの人は前に立たずにはいられない。

「すぐ後ろにいるから」
「見ててください…今度こそ護りきりますから」

 フラフラだった二人は吹き飛ばされてできた森の隙間を力強く進んだ。
 
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