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番外編
番外編 ノーマの腕輪3
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「ノーマ殿!!」
「ダイジュ監督官!!」
レイルに付き添われてダイジュがノーマを迎えに来てくれた。あらかた事の次第は聞いていたようで、ノーマが何も言わなくても無事で良かったと気遣ってくれた。
ダイジュ曰くこのことはここにいる者だけではなく、神官長や神殿長、はたまた大神官に至るまで報告済みであるという。
「なんだかおおごとになってしまって……」
「いえ、あなたのせいではありません。これまでこのような悪習を放置してきた我らが悪いのです」
申し訳なさげに俯くノーマをダイジュが慰めた。
「それにしても……今回ばかりは皇子の執着に助けられましたね」
「…………はぁ」
アンバーのくれた腕輪のもたらした騒ぎにノーマは辟易していたが、実際はこの腕輪のおかげでうやむやにならずに済んだといえる。
もし腕輪がなかったら、————例えセイドリックの証言があったとしても、ノーマへの性的暴行があったことを訴えてもこの話は一笑に付され問題にもならなかっただろう。
「まあこれで神兵が自由にこちらの部屋に出入りすることはなくなるだろうし、これだけ派手な騒ぎになれば、神殿内であなたに性的暴行を働こうなんて思う輩もいなくなりますよ」
実際これまでも似たようなことはあったのだ。ノーマとしてもそうであればありがたい。
「さて、ここからまたひと仕事です」
「……?」
「皇子がお待ちですよ」
「は?」
さきほどセイドリックは皇子宮には上から報告してもらうと言っていたが……。
(まさかもうアンバー様まで伝わってしまっているなんて)
こういうときだけなんでそんなに早く報告がいくのかと、あまりの展開の早さにめまいしつつ、ダイジュに急かされるようにして神殿側に向かうと、廊下の先ですでに神官長が皇子宮の使いらしき者と待っていた。
「あ、あの神官長……」
神官長と目が合うや否や、ノーマは申し訳ありませんと頭を下げた。しかし神官長はそれよりも例の腕輪を見せるように指示し、ノーマは袖をまくりアンバーから貰った腕輪を恐る恐る見せた。
神官長はその腕輪を食い入るように見つめ例の紋様を確認すると、はぁーっと深いため息をついた。
「…………それが例の……。とりあえずお小言はすべて終わってからです。行きますよ。ノーマ」
「…………はい」
「では皆様こちらへ」
もう皇子がお待ちですからと神殿から皇子宮まで使いの者に急ぎ足で急かさせるように案内されると、すぐさま謁見の間らしき部屋に通された。
「アンブリーテス皇子の命により、ノーマ様、神官長、監督官をお連れしました」
案内役がノックをし、そう声をかけると、入るようすぐさま中から返事があった。案内役が重厚な扉を開け、ノーマたちに中に入るよう促す。
「ほら、ノーマ殿、入りますよ」
「は、はい」
(アンバー様は、今回のことどう思っていらっしゃるだろうか)
皇子としてのアンバーとの謁見。今までこんなふうに会うことなどなかったので、ノーマはひどく緊張していた。
ダイジュの影に隠れてそろっと入室すると、皇子姿のアンバーが豪奢な椅子に腰を掛けているのが見えた。その姿に緊張がピークになったのか、ノーマの胸がドキンと大きく跳ね、手先がすっと冷たくなった。
「ノーマ!」
だがアンバーはノーマの姿を捉えるやいなや、椅子から跳ねるように立ち上がり、足早に近づきノーマを抱きしめた。
「心配した。何もなかったというのは本当か。どこか怪我でもしてやいまいか」
心配そうに覗き込むアンバーの顔を見て、先ほどまで緊張はどこへやら。姿は立派でもいつものアンバーだ。安堵したノーマは、ハッと今の状況に気がつき、アンバーの腕の中からなんとか逃れようと必死でもがいた。
「ア、アンバー様! 大丈夫です! 今回はまだ何もされてません!」
「……それならばよいが」
アンバーが心配げにノーマの顔を撫で、ごく自然な動作で唇を重ねようとしたところで、ノーマがアンバーの体を押さえ激しく抵抗した。
「ちょ、ちょっと、アンバー様!! 神官長やダイジュ監督官も見ておられるので!!」
「…………多少は構わぬ」
「構います!!」
戯れ合う二人の様子を見て、神官長は驚いたように「……これは、思っていた以上に仲がよろしいのだな」と呟くと、ダイジュは「……そのようで」と呆れて頭を押さえた。
アンバーはあまりにも抵抗するノーマを、やれやれといった感じでひょいと抱き上げた。そして先程まで自身が座っていた豪奢な椅子に座り直すと、ノーマを膝の上に乗せ、やや睨むように神官長とダイジュに向き合った。
「————それで。この責任をどう問えばよいか」
さきほどまでのノーマとの戯れとは違い、強い威圧感を感じ神官長はゴクリと息を呑んだ。
「……大変申し訳ございません。まさかその者が皇子の紋様を持つとは夢にも思わず」
「では、持っていなかったら俺に報告もしなかったか」
「…………!」
「神官長も知っておろうが、ノーマはもともと俺の元で過ごさせるはずだったのを神殿が無理矢理引っ張っていったのだ。紋のあるなしの話ではない」
「……! は、大変申し訳ございません」
「ダイジュ、今回の出来事はお前の部屋から帰る途中の出来事であったな。それについて言うことはないか」
「! アンバー様!! ダイジュ監督官に非はございません!!」
それまでアンバーの膝の上で、顔を真っ赤にし俯いていたノーマが、“ダイジュ”と聞いた途端パッと顔を上げ、アンバーの言葉を遮った。
皇子の言葉を遮るなどと周囲の者はギョッとしたが、アンバーは構うことなく「ノーマ」と静かにと優しくたしなめると、ダイジュに目をやった。
ダイジュは膝を付き、アンバーに向かって深々と頭を下げた。
「は、ノーマ殿を危険に晒し大変申し訳ございません。不徳の致すところでございます。……以前より神殿内で神兵による神官への陵辱行為が蔓延っておりました。それを不文律として放置していた我らにも非がございます。いかなる処分でもお受けいたします」
「以前から蔓延っていたとな。それを神官長は知っていたか」
「…………はい。若い者たちの間でそのようなことがあることは、存じておりました。ただ、それは同意があった者同士だからゆえの…………」
「だが、今回は同意ではないであろう。これまでにも、同じようなことがあったのではないか?」
「………………私のもとには報告は届いておりません」
「だが実際に起きている。それに他にも強姦未遂があったな。しかも神殿内で。ダイジュ」
「…………はい。ノーマ殿が以前に神殿の書庫で文官に襲われかかっていた際、私が出くわしております」
「…………! 本当か! なぜ報告しない!? ダイジュ監督官!」
「申し訳ありません、神官長殿。相手が文官であり、まだ未遂でありましたもので、それに……」
「それに?」
「…………いえ」
問題児扱いだったノーマが襲われたと報告したとしてもたいして問題にもならなかったでしょうと言いかけて、さすがに皇子の手前、これ以上事を荒立てるようなことを言ってはならぬとダイジュは言葉を飲み込んだ。
「…………神官長、俺はこれまでこの神の国の皇子として神殿を信頼してきた。しかし秩序の乱れた神殿にノーマを預けて良いものか、今は悩んでいる。やはりあのとき、いくら素質があったとしても手放すなど愚かだったと後悔している」
「…………皇子!」
この世界で神官といえば、貴族などと同等の地位を持つ。治癒力がある者であればそれが平民であれど、誰でも神官になる資格があるため、見習いを希望する者は多い。しかし最近では治癒の能力自体珍しくなり、しかも安定した強い力を持つ者は少ない。
多くの者は見習いから昇格することができず、病院や治療院などでその微々たる力を役立てることになる。
だから異例とはいえ、人を失神させるほど強い治癒力を持つノーマは、神殿側にとってぜひとも手に入れたい人材だった。
「…………今回のことは、全面的に神兵側に非があるのは分かっている。ゆえに責任はサハル=ディファにとらせるつもりでいる。犯人についても処分は任せるつもりだ。サハル=ディファなら俺の意を汲んでくれるだろう。だが、それでは俺の神殿への不信は拭いきれぬ」
「………………」
「ノーマが神官へ昇格したら、皇子宮に渡してもらう。それまではダイジュ、お前に警護役をお願いしよう。だからといってノーマが神官の位を得た後、何も神殿への務めを果たさぬわけではない。この皇子宮から神殿へ出向かせる。それならば良いだろう」
「…………は。それならば」
神官長は不承不承頷いた。
神官長自身、ノーマの能力は認めているものの、以前いた街での出来事などからして皇子の伴侶には相応しくないと考えていた。
しかしこれほど皇子の執着が激しいのであれば、もう頷くしかない。しかもどうやらダイジュの様子からもしや皇子と裏でつながっているのではと、自分としたことが疑心暗鬼に陥ってきた。
これでは自分の分が悪い。もう神官長も諦めざるを得なかった。
そんな神官長の隣では、半ば呆れたようにダイジュがこの様子を眺めていた。
(皇子はノーマ殿のことに必死すぎますね)
眉目秀麗で聡明叡智と名高い皇子が、たかが見習いの神官ひとりのために必死になっている姿がおかしくて仕方がない。
まあダイジュがこんな状況で呑気にしていられるのも内情を知っているからであり、当の神官長は気が気でないだろう。
神に仕える者が、神の子供である皇子に疎まれでもしたら、それこそ立場がなくなってしまう。
皇子もそれを分かっていて無理を言っているのだ。
(そもそも神官側も被害をうけた側だというのに、こうしてやり込まれる神官長殿も神官長殿ですね)
まああえて言うまい。ダイジュはこっそりと笑った。
————後日、この事件があってから、神官側と神兵側を隔てる扉を抜けるには、申請が必要となった。
神兵を恋人にもつ一部の神官からは反発もあったが、そもそも見習い以外は自由に外へ出られる。
恋人と過ごしたければ街にでも出れば良いではないかと神官長に言われ、みな渋々納得したようだった。
ノーマはというと、やっと他の見習いと同様に相部屋になれたはずが、ダイジュの部屋の近くの個室に移動になり、またひとりで過ごすことになった。そしてタルとはそこでお別れとなった。
ノーマからしてみれば、勉強に集中できるしとくに異存はない。しかしただひとつ残念なことが。
アンバーと密会をするための“ダイジュの夜のお使い”が、夜にお使いなんて危ないという理由でできなくなってしまったのだ。
「まあ皇子の自業自得ですね。あれだけ神官長殿を煽ったのですから、文句は言えません。皇子の大事なノーマ殿に何かあってはいけませんから。試験に合格するまでは我慢してください」
残り半年。
ノーマは神官の昇格試験のため、必死に勉強することになったのは言うまでもない。
「ダイジュ監督官!!」
レイルに付き添われてダイジュがノーマを迎えに来てくれた。あらかた事の次第は聞いていたようで、ノーマが何も言わなくても無事で良かったと気遣ってくれた。
ダイジュ曰くこのことはここにいる者だけではなく、神官長や神殿長、はたまた大神官に至るまで報告済みであるという。
「なんだかおおごとになってしまって……」
「いえ、あなたのせいではありません。これまでこのような悪習を放置してきた我らが悪いのです」
申し訳なさげに俯くノーマをダイジュが慰めた。
「それにしても……今回ばかりは皇子の執着に助けられましたね」
「…………はぁ」
アンバーのくれた腕輪のもたらした騒ぎにノーマは辟易していたが、実際はこの腕輪のおかげでうやむやにならずに済んだといえる。
もし腕輪がなかったら、————例えセイドリックの証言があったとしても、ノーマへの性的暴行があったことを訴えてもこの話は一笑に付され問題にもならなかっただろう。
「まあこれで神兵が自由にこちらの部屋に出入りすることはなくなるだろうし、これだけ派手な騒ぎになれば、神殿内であなたに性的暴行を働こうなんて思う輩もいなくなりますよ」
実際これまでも似たようなことはあったのだ。ノーマとしてもそうであればありがたい。
「さて、ここからまたひと仕事です」
「……?」
「皇子がお待ちですよ」
「は?」
さきほどセイドリックは皇子宮には上から報告してもらうと言っていたが……。
(まさかもうアンバー様まで伝わってしまっているなんて)
こういうときだけなんでそんなに早く報告がいくのかと、あまりの展開の早さにめまいしつつ、ダイジュに急かされるようにして神殿側に向かうと、廊下の先ですでに神官長が皇子宮の使いらしき者と待っていた。
「あ、あの神官長……」
神官長と目が合うや否や、ノーマは申し訳ありませんと頭を下げた。しかし神官長はそれよりも例の腕輪を見せるように指示し、ノーマは袖をまくりアンバーから貰った腕輪を恐る恐る見せた。
神官長はその腕輪を食い入るように見つめ例の紋様を確認すると、はぁーっと深いため息をついた。
「…………それが例の……。とりあえずお小言はすべて終わってからです。行きますよ。ノーマ」
「…………はい」
「では皆様こちらへ」
もう皇子がお待ちですからと神殿から皇子宮まで使いの者に急ぎ足で急かさせるように案内されると、すぐさま謁見の間らしき部屋に通された。
「アンブリーテス皇子の命により、ノーマ様、神官長、監督官をお連れしました」
案内役がノックをし、そう声をかけると、入るようすぐさま中から返事があった。案内役が重厚な扉を開け、ノーマたちに中に入るよう促す。
「ほら、ノーマ殿、入りますよ」
「は、はい」
(アンバー様は、今回のことどう思っていらっしゃるだろうか)
皇子としてのアンバーとの謁見。今までこんなふうに会うことなどなかったので、ノーマはひどく緊張していた。
ダイジュの影に隠れてそろっと入室すると、皇子姿のアンバーが豪奢な椅子に腰を掛けているのが見えた。その姿に緊張がピークになったのか、ノーマの胸がドキンと大きく跳ね、手先がすっと冷たくなった。
「ノーマ!」
だがアンバーはノーマの姿を捉えるやいなや、椅子から跳ねるように立ち上がり、足早に近づきノーマを抱きしめた。
「心配した。何もなかったというのは本当か。どこか怪我でもしてやいまいか」
心配そうに覗き込むアンバーの顔を見て、先ほどまで緊張はどこへやら。姿は立派でもいつものアンバーだ。安堵したノーマは、ハッと今の状況に気がつき、アンバーの腕の中からなんとか逃れようと必死でもがいた。
「ア、アンバー様! 大丈夫です! 今回はまだ何もされてません!」
「……それならばよいが」
アンバーが心配げにノーマの顔を撫で、ごく自然な動作で唇を重ねようとしたところで、ノーマがアンバーの体を押さえ激しく抵抗した。
「ちょ、ちょっと、アンバー様!! 神官長やダイジュ監督官も見ておられるので!!」
「…………多少は構わぬ」
「構います!!」
戯れ合う二人の様子を見て、神官長は驚いたように「……これは、思っていた以上に仲がよろしいのだな」と呟くと、ダイジュは「……そのようで」と呆れて頭を押さえた。
アンバーはあまりにも抵抗するノーマを、やれやれといった感じでひょいと抱き上げた。そして先程まで自身が座っていた豪奢な椅子に座り直すと、ノーマを膝の上に乗せ、やや睨むように神官長とダイジュに向き合った。
「————それで。この責任をどう問えばよいか」
さきほどまでのノーマとの戯れとは違い、強い威圧感を感じ神官長はゴクリと息を呑んだ。
「……大変申し訳ございません。まさかその者が皇子の紋様を持つとは夢にも思わず」
「では、持っていなかったら俺に報告もしなかったか」
「…………!」
「神官長も知っておろうが、ノーマはもともと俺の元で過ごさせるはずだったのを神殿が無理矢理引っ張っていったのだ。紋のあるなしの話ではない」
「……! は、大変申し訳ございません」
「ダイジュ、今回の出来事はお前の部屋から帰る途中の出来事であったな。それについて言うことはないか」
「! アンバー様!! ダイジュ監督官に非はございません!!」
それまでアンバーの膝の上で、顔を真っ赤にし俯いていたノーマが、“ダイジュ”と聞いた途端パッと顔を上げ、アンバーの言葉を遮った。
皇子の言葉を遮るなどと周囲の者はギョッとしたが、アンバーは構うことなく「ノーマ」と静かにと優しくたしなめると、ダイジュに目をやった。
ダイジュは膝を付き、アンバーに向かって深々と頭を下げた。
「は、ノーマ殿を危険に晒し大変申し訳ございません。不徳の致すところでございます。……以前より神殿内で神兵による神官への陵辱行為が蔓延っておりました。それを不文律として放置していた我らにも非がございます。いかなる処分でもお受けいたします」
「以前から蔓延っていたとな。それを神官長は知っていたか」
「…………はい。若い者たちの間でそのようなことがあることは、存じておりました。ただ、それは同意があった者同士だからゆえの…………」
「だが、今回は同意ではないであろう。これまでにも、同じようなことがあったのではないか?」
「………………私のもとには報告は届いておりません」
「だが実際に起きている。それに他にも強姦未遂があったな。しかも神殿内で。ダイジュ」
「…………はい。ノーマ殿が以前に神殿の書庫で文官に襲われかかっていた際、私が出くわしております」
「…………! 本当か! なぜ報告しない!? ダイジュ監督官!」
「申し訳ありません、神官長殿。相手が文官であり、まだ未遂でありましたもので、それに……」
「それに?」
「…………いえ」
問題児扱いだったノーマが襲われたと報告したとしてもたいして問題にもならなかったでしょうと言いかけて、さすがに皇子の手前、これ以上事を荒立てるようなことを言ってはならぬとダイジュは言葉を飲み込んだ。
「…………神官長、俺はこれまでこの神の国の皇子として神殿を信頼してきた。しかし秩序の乱れた神殿にノーマを預けて良いものか、今は悩んでいる。やはりあのとき、いくら素質があったとしても手放すなど愚かだったと後悔している」
「…………皇子!」
この世界で神官といえば、貴族などと同等の地位を持つ。治癒力がある者であればそれが平民であれど、誰でも神官になる資格があるため、見習いを希望する者は多い。しかし最近では治癒の能力自体珍しくなり、しかも安定した強い力を持つ者は少ない。
多くの者は見習いから昇格することができず、病院や治療院などでその微々たる力を役立てることになる。
だから異例とはいえ、人を失神させるほど強い治癒力を持つノーマは、神殿側にとってぜひとも手に入れたい人材だった。
「…………今回のことは、全面的に神兵側に非があるのは分かっている。ゆえに責任はサハル=ディファにとらせるつもりでいる。犯人についても処分は任せるつもりだ。サハル=ディファなら俺の意を汲んでくれるだろう。だが、それでは俺の神殿への不信は拭いきれぬ」
「………………」
「ノーマが神官へ昇格したら、皇子宮に渡してもらう。それまではダイジュ、お前に警護役をお願いしよう。だからといってノーマが神官の位を得た後、何も神殿への務めを果たさぬわけではない。この皇子宮から神殿へ出向かせる。それならば良いだろう」
「…………は。それならば」
神官長は不承不承頷いた。
神官長自身、ノーマの能力は認めているものの、以前いた街での出来事などからして皇子の伴侶には相応しくないと考えていた。
しかしこれほど皇子の執着が激しいのであれば、もう頷くしかない。しかもどうやらダイジュの様子からもしや皇子と裏でつながっているのではと、自分としたことが疑心暗鬼に陥ってきた。
これでは自分の分が悪い。もう神官長も諦めざるを得なかった。
そんな神官長の隣では、半ば呆れたようにダイジュがこの様子を眺めていた。
(皇子はノーマ殿のことに必死すぎますね)
眉目秀麗で聡明叡智と名高い皇子が、たかが見習いの神官ひとりのために必死になっている姿がおかしくて仕方がない。
まあダイジュがこんな状況で呑気にしていられるのも内情を知っているからであり、当の神官長は気が気でないだろう。
神に仕える者が、神の子供である皇子に疎まれでもしたら、それこそ立場がなくなってしまう。
皇子もそれを分かっていて無理を言っているのだ。
(そもそも神官側も被害をうけた側だというのに、こうしてやり込まれる神官長殿も神官長殿ですね)
まああえて言うまい。ダイジュはこっそりと笑った。
————後日、この事件があってから、神官側と神兵側を隔てる扉を抜けるには、申請が必要となった。
神兵を恋人にもつ一部の神官からは反発もあったが、そもそも見習い以外は自由に外へ出られる。
恋人と過ごしたければ街にでも出れば良いではないかと神官長に言われ、みな渋々納得したようだった。
ノーマはというと、やっと他の見習いと同様に相部屋になれたはずが、ダイジュの部屋の近くの個室に移動になり、またひとりで過ごすことになった。そしてタルとはそこでお別れとなった。
ノーマからしてみれば、勉強に集中できるしとくに異存はない。しかしただひとつ残念なことが。
アンバーと密会をするための“ダイジュの夜のお使い”が、夜にお使いなんて危ないという理由でできなくなってしまったのだ。
「まあ皇子の自業自得ですね。あれだけ神官長殿を煽ったのですから、文句は言えません。皇子の大事なノーマ殿に何かあってはいけませんから。試験に合格するまでは我慢してください」
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