降嫁した断罪王子は屈強獣辺境伯に溺愛される

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40 ラミネットから見た聖女ハルカ

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「ははっ! たしかにな」

 なるほど。本音はこっちかと、ガーディアスは豪快に笑った。
 城の謎の地下室の次は、庭で誰も知らない洞窟でも見つけそうだ。
 
 「まあ俺もアレの行動を縛るつもりはないが、側にいれるなら安心だ。お前の提案通り、ローレントに仕事の一部を任せてみようと思う。またサシとどうするか相談し、俺に報告してくれ」
「承知いたしました」

 ラミネットが安堵の表情で頭を下げた。そして棚に目を戻すと書類整理を再開し、棚からドサッと書類の束を取り出した。
 ガーディアスも同様に、先ほど投げ捨てたペンを拾い上げると、またさきほどまで目を通した続きに目をやる。

「……そういえばお前はハルカに会ったことはあるのか」
「ハルカ嬢ですか? ええございます」
「どんな女だ」

 パサッと書類が箱に落ちる音の後に、うーんとラミネットの悩む声がする。
 
「……そうですね。明るく天真爛漫、と申しますか、年の割にいささか幼さの残る少女でしたね」

 その声のトーンから察するに、ローレントとは違い、ラミネットは彼女にあまり良い印象があるわけではなさそうだ。
 
「ローレントが惚れる要素は、聖女の力だけか」
「そうですね……。異世界の少女というふれこみで、その風変わりさに興味を惹かれたのかもしれません。ただ、ローレント様も、どこまで本気だったのかわかりません」

 その言葉にガーディアスが驚いて顔を上げた。するとラミネットも手を止めて、こちらを向いた。

「……そうなのか? アレはその娘を愛していると言っていたが」
「愛……。まあそうですね……。たしかにご友人らと彼女を挟んでのご交流は、あまりにも親密で、傍目から見ていて少し異常ではありました」
「ローレントは〝愛しているが恋人ではない〟と言っていた。結局はどういう意味だ」

 そう、ローレントはハルカを愛しているが、そんな関係ではないと言い切っていた。
 
「ああ、親密とは言いましても体の関係が、とかそういう話ではございません。なんというか、愛や恋というよりも盲目的に心酔しているというべきか……」
「心酔?」
「ええ。まるで女神の如き、とでも言いましょうか。まあ偽とはいえ聖女ではありましたから、あながち間違いではなく。彼女のためにお茶会を催し支援者を募ったり彼女の慈善事業に投資をしたりと、殿下はできる限りの支援をし、ハルカ嬢をそれはそれは大事に慈しんでおられました」
「……なるほどな」

 ローレントの話は、愛しているが恋人ではないとか、あまりに意味不明すぎて要領を得なかった。だがラミネットの話でようやく合点がいった。

 恋ではなく心酔。
 得体の知れない聖女への理解不能な陶酔だ。
 だがそれは一体どこから生まれた? 聖女の力なら、婚約者だったマリアーナも持っているというのに。

「そのハルカという娘が、そのローレントや取り巻きたちに、媚薬を盛ったか未知の力を使った可能性はあるのか?」
「それはわかりません。可能性としては否定できませんが……。支持者は殿下たちだけではございませんでしたから、もしそうだとすればかなり大掛かりなものです。その……媚薬だとすればあまりにも大胆すぎてすぐバレてしまうでしょうし、未知の力となりますと正直判断はつきかねます。そもそもそのような魔法は、聞いたこともございませんし」
「ふーむ」

 ガーディアスは腕を組んで顎髭を触りながら、背もたれに深く凭れかかった。

「なぜあの娘に惚れたのか、いや心酔し始めたのかは、お前でも分からないのか」
「彼女と出会った経緯は存じております。しかし殿下はこれまで幾多の美しく教養あるご令嬢と出会っても、眉ひとつ動かさなかった方でございます。それなのに、なぜハルカ嬢にだけあのような感情を向けられたのか。私も不思議で仕方がございません」

 ローレントの一番近くにいたラミネットであっても、なぜそうなったのか分からないということだ。
 
「これまで長く殿下のお側におりましたが、ハルカ嬢のことだけは理解が及ばず、そればかり後悔しております」

 ラミネットはふうと小さくため息をついて、諦めたような顔で笑った。

「……お前は恨んでいないのか」
「どなたをです? ハルカ嬢をですか?」
「いや、ローレントだ」

 そう言うと、ラミネットは驚くほど大げさな素振りで首を振り、「とんでもない!」とはっきりと否定した。

「まさか、私が殿下を恨むなんて! ありえませんよ!」
「しかしあいつがあんなことをしでかさなければ、お前は次期王の筆頭侍従として将来が約束されていただろう?」
「王宮という所がそもそもそういう所なのですよ。大勢いる継承候補者の誰に付くかとか、その選択をするところからすでに戦いは始まっております。その後どうなるかは、選んだ自分の責任なのです。もちろん私には家門の役目がございますので、自由に選ぶ権利はありませんでしたが……。しかしこの私を選んでくださったのはローレント王子殿下ご自身。感謝しかございません」
「選ぶ?」
「はい。殿下は5歳の時に王位継承者として認められました。その際に身の回りの世話をする専用侍従がつくことになるのですが、そのとき居並ぶ侍従候補の中から私を指さされたのです。その時の光景は、今でも私の胸にございます。あの愛らしい輝くような笑顔で私を見て「君にする」と。もうなにものにも形容しがたいほど美しく聡明な声で……。もちろん我が家門以外にも有力な家門の者らもおりました。ですからあの時私はいたく感動し、必ず殿下を王にしてみせると、この胸に誓ったものです」

 当時のことを思い出してか、仕事の手を完全に止めてうっとりと思い出に浸るラミネットに、ガーディアスは自分で聞いておきながら「そうか」と呆れたような目を向けた。

「……ローレントが5歳の時なら、もう16年ほど一緒ということか。長いな」
「ええ、ももうそれは。朝起きるところから就寝なさるまで、片時も離れたことはございません。こんなに長くお側を離れたのは、サルースに来てからが初めてでございます」

 要は、5歳から四六時中一緒だったということだ。
 通常王族は、ある年齢以降は母からは遠ざけられ、侍従がすべての世話をするという。その年齢というのが王位継承者として認定された年齢であり、ローレントの場合は5歳だったのだろう。
 
 きっと幼いローレントは、多大なる侍従たちの期待に応えようと頑張ったに違いない。誰よりも美しく、誰よりもこの国の王に相応しい気高い王子。そう望まれ頑張った結果が、この国一番の〝宝石王子〟だということだ。
 
「なるほどな。アレがああいう性格なのもお前たちのせいというわけか」

 ガーディアスが含んだような笑いをすると、ラミネットは「ええ。気高く美しく、その上真面目で誠実。賢くもあり王族としての気概も持ち合わた、非の打ち所のない完璧な王子にお育ちです」と、さらりと得意げに言いのけた。
 
 それを聞いたガーディスが肩を揺らしてクックと笑う。まあそれは嘘ではない。ガーディアスとしては、頑固で融通のきかない、というほうがしっくりくるが。

「だが、まあたしかに真面目で誠実だ。閨教育も完璧だったしな」
「……領主様。それが嫌味だってことくらい、私にもわかりますよ。ですから初夜の前に我々侍従総掛かりで、ローレント様に男同士の営みについてお教えする予定だったんです。お相手が純真無垢な貴族令嬢ならまだしも、手練手管に長けた年上男性となると、あの教本がなんの役にも立たないのはわかりきっておりましたから」

 ラミネットが、分かりやすく気分を害した顔をする。

「あれじゃあ、相手が純真無垢な乙女だろうと、初夜の失敗は目に見えてるぞ」
「はいはい、存じておりますとも。あの内容を素直に信じるのも実直な我が殿下らしく、元侍従としては大変満足でございます」
 
 その冗談なのか本気なのか曖昧な答えを聞いてガーディアスは我慢できず、ははっと大きく声を上げて笑った。
 
「なるほどな。まあ、おかげで愉しくやっている」
「それはようございました」

 そんな会話をしていると、ドアからノックが聞こえた。
 立ち上がろうとするラミネットと同時に、ガーディアスが「誰だ」と返す。だがラミネットがドアへと辿り着く前に、ドアが開いた。
 ドアからは軍事報告書を持ったランドスが顔を出し、「何か楽しい話でもしてんすか? 外まで笑い声聞こえてたんすけどー」と目を丸くして、躊躇なく入って来た。

「何のことだ」

 ガーディアスがそっけない態度で返すと、「えーなにひとりで仲良くなってんすか。この人事務官に推挙したの、俺なのにー」とブツクサ文句を言いながら、持っていた書類を目の前にいるラミネットへ手渡す。

 そしてその書類は、ラミネットからガーディアスへと渡された。

「いいっすよねー領主サマは。おキレイなお嫁さんが来てさー。俺だってそろそろー……」と言いながら、ランドスはラミネットのほうに視線を向けている。その視線に気付いたラミネットがビクリとし、ランドスの視界から逃れるように、作業していた棚のほうへ早足で戻っていく。

 そんなラミネットをジロジロ無遠慮に眺めながら、ランドスがガーディアスの机の前に歩いてくる。

「なんだ。お前まさか、ラミネットを狙っているのか? 最近街の女と付き合い始めたばかりじゃなかったのか」
「えーだってー。領主サマと殿下サマ見てたら、上品でキレーな人とセックスできんのうらやましーなって。そういうタイプ、ここにはいないじゃないすか」
「……お前、女好きだろうが。ラミネットは男だぞ」
「え? それは領主サマも同じでしょ。でも領主サマ男で満足してるじゃないすか。それなら俺も……」

 不穏な笑みを浮かべ自分を見るランドスに、ラミネットは顔を青くして首を振った。

「わ、私は別に美しくもありませんし、年下は相手にしない主義でして……!」
「えー? そんな年上? 俺今29歳なんだけどー。秘書官サマは?」
「私は38です! 領主様、ちょっと事務官長殿にお伺いしたいことができましたので……! し、失礼します!」

 ラミネットはこれまでにないくらいの早足で部屋を出ていった。

「……38か~。俺イケるっすね」

 そうニヤニヤしながらラミネットの去っていたドアを見ながら呟くランドスに、ガーディアスは呆れた目を向けていた。
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