降嫁した断罪王子は屈強獣辺境伯に溺愛される

Bee

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49 暑い日の夜

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 町での営業を終えたキャラバンが去ってからしばらくして、この地には、照りつけるような日差しの続く暖候期が訪れた。
 
 寒候期のサルースは、日中の暑さに比べ、建物内は涼しく、夜は冷えることすらあった。しかし暖候期の今は、建物内でも暑く、夜も寝苦しい。快適に過ごすことが難しい季節だ。

 そしてそれは石造りの城内でも同じことで、とくに特殊な造りのガーディアスとローレントの寝室は余計にそうだった。
 
「暑い!」

 ベッドに寝転んだローレントが、上掛けを足で跳ねのけた。

「仕方がないだろう。この部屋は窓がないんだ」

 そう、この寝室には空気孔はあるが、窓がない。
 どうやらここは本来部屋として使うべき空間ではないらしい。ガーディアスはローレントの降嫁が急に決まり、慌てて部屋を整えたようで、続き部屋となるこの部屋をただ都合がいいからと寝室にしたのだ。
 
 涼しい時期はとくに気にならなかったが、他の部屋のように空気が通らないため、空気がこもって余計に暑く感じる。

「君が隣にいると余計に暑い!」

 体の大きなガーディアスは、意外と熱を放つ。
 これまではなにも思わなかったが、意識し始めるとだめだ。ただ隣にいるだけなのに、ガーディアスの体温が熱気として感じられて苛々してしまう。

「ひどい言い方だな。カッカすると、余計に暑くなるぞ」
 
 いつもどおり悠然と寝転がるガーディアスに、ローレントは眉を顰めた。

「なぜ君はこの暑さでも平気なんだ。暑くないのか」
「俺は体温を調整できるんだ」

 ガーディアスがニヤッと笑う。

「……嘘だろ。本当に?」

 ローレントは首だけ横を向けて、隣のガーディアスをまじまじと見た。
 こんなに熱気を放っているというのに、本人は暑くないというのか。この気候に体が慣れたのか、それとも獣人の血によるものなのか。ローレントは感心した。

「すごいな。そんなに体毛が濃いのに、暑くないなんて」

 素直にそう返したら、ガーディアスがククッとおかしそうに笑う。

「嘘だ。冗談に決まっている。俺だって暑い。我慢強いだけだ」
「もう! なんだって君はいつもいつも……! ああ、もう話すだけで暑いな! 僕は自分の部屋で寝ることにする!」

 苛々としながら起き上がり、枕を1つ抱えそう宣言すると、ガーディアスも起き上がった。

「わがままな奴だ。お前の部屋にはベッドどころか長椅子もないだろう。どこで寝る気だ」
「ラミネットの敷いてくれたラグの上で寝るさ。寝心地が悪くても、暑くて寝られないよりマシだ」

 暑いのを我慢して寝られないよりかはまだマシだろうと、ローレントはガーディアスを置いてベッドを降りる。

「それなら俺の部屋に来い。こっちなら長椅子がある」
「君の寝る場所がなくなるだろ? それとも君は、暑いこの部屋で寝るのかい」
「一緒に寝ればいいだろう。抱きあえば、なんとか寝られる」

 ローレントは、ガーディアスの部屋にある大きな長椅子を思い浮かべた。確かにあれは座面が広く大きいが、ガーディアスと一緒にとなると、べったりくっつかないと落ちてしまう。

「ただでさえ暑いのに、君と抱き合って寝たら汗だくだ!」

 ローレントがツンとそう言うと、ガーディアスは顎髭をボリボリと掻いた。

「分かった分かった。じゃあこうしよう。ちょっと待っていろ」

 ガーディアスはベッドから降りて自室へと行くと、しばらくして戻ってきた。その手にはなにか大きなものを抱えている。

「なんだよそれ」
「マットレスとケットだ。お前が来る以前に、俺が寝床として使っていたものだ。さ、行くぞ。俺の枕も持ってきてくれ」
「え、ちょっとガーディアス! どこに行くんだよ」
「まあいいからついてこい」

 ローレントについてこいと顎で示すと、ガーディアスは先ほど出てきた自室へと戻っていく。

「君の部屋じゃ寝ないぞ」
「いいから、ついてこい」

 ローレントは渋々、枕を2個抱え持ち、のしのしと歩くガーディアスの後ろをついていく。
 てっきりガーディアスの部屋のどこかで寝るのかと思っていたが、なんと部屋から廊下へと出た。そしてガーディアスはそのまま、廊下の奥へと進みだした。

 この3階は、階段を正面に左右にスペースが分かれている。階段から上がって左がガーディアスで、右がローレントのプライベートスペースだ。そのためローレントは、これまでガーディアス側の廊下の奥までは、入ったことがなかった。
 廊下に境界線はないのだから自由に歩いて良いのだが、なんとなく行きづらく、今回はじめて入ることになる。

 廊下の右側にはガーディアスの部屋の扉が並び、左側には物置や使用人が使う部屋の扉が並ぶ。これはローレント側と同じレイアウトだ。
 そしてその廊下の一番突き当りは大きな窓がある。これも同じだと思ったら、こちら側にはなんと窓の横に、上へと続く細い階段があった。

「足元気をつけろ」

 一段上がるごとに空いた小さな壁の穴からは、月の光が差し込み、前を歩くガーディアスの大きな背中を照らす。
 
 こんなに狭い階段なのに、ガーディアスはうまいことマットレスを担ぎ、幅のある肩をぶつけることも、その大きな足を踏み外すこともなく、急な階段を上がっていく。

 ローレントも枕を抱えて、段を踏み外さないよう慎重にその後をついていく。
 途中木製のドアがあり、ガーディアスによってそこが開けられると、夜風の涼しい風がローレントの顔をふわっと撫でた。

「この先だ」
 
 外には出たが、階段はまだ続くようだ。緩やかに弧を描く細い階段を上がっていくと、開けた場所に出た。
 外壁と同じ石でできた床と周囲を囲む鋸壁。どうやらここは屋上のようだ。

「屋上?」
「まあ、本来は櫓として使われる場所だな。今は使っていないが。夜風が気持ち良いだろう」

 ガーディアスが持っていたマットレスを、石の床の上へ放り投げるようにして広げ、「貸せ」とローレントの腕から枕を取った。
 
 鋸壁で周囲は見えないが、見上げるとぽっかりと切り取られたような星空が、額縁の中の絵画のようにきらめいている。
 
「まさかこんな場所があるとはね。知らなかったな。――ああ、風もいいし、なんてきれいなんだ」

 これまであまりゆっくりと星を眺めたことなどなかったなと、ローレントはうっとりと満天の星を見上げる。
 こうしていると輝く星たちが降り注いでくるようだ。

「ここで寝るんだろ? 星空の下で眠るなんて、最高じゃないか」
「気に入ってもらえてなによりだ。さ、寝転んでみろ」

 ガーディアスが、マットレスの上に枕を投げるように並べ、その上にケットを無造作に広げてみせた。

 「マットは俺が使っていたものだから若干へたってはいるが、石床の上でも痛くはないはずだ」

 あまり厚みのないマットレスだったが、座ると弾力があり、石床の硬さはまったく感じられない。靴を脱いで横になると、さすがおそらく長いことガーディアスの体を支えてこれていただけあり、思ったよりも寝心地がいい。
 
 幾千幾万の星の明かりに包まれ、その上夜風は涼しく、なんとも気持ちがいい。寝具は質素ではあるが、極上の寝室だ。
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