降嫁した断罪王子は屈強獣辺境伯に溺愛される

Bee

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50 ローレントの望遠鏡

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 「あ! そうだ!」

 ローレントが勢いよく起き上がった。
 隣に寝転ぼうとしていたガーディアスが、驚いて動きを止めた。

「どうした」
「望遠鏡! あれで見ればきっと、もっと星がよく見えるはずだ。取ってくる!」
「は? なんだいきなり。……おい!」

 ガーディアスが怪訝な表情をしたが、ローレントは無視して立ち上がり、走って部屋まで取りに行った。

 ローレントのいう望遠鏡とは、キャラバンの市でガーディアスに買ってもらったものだ。
 金属製で表面に植物の文様が彫られ、見た目も美しい。その上、たくさんある中で一番性能がいいと売り込まれ、それを信じて選んだのだ。

 実際遠くを見るには優秀な代物で、庭の木々を訪れる鳥たちも、これがあればはっきりと見える。かなり遠くまで見えるので、城のいろいろなところを眺めてはいるが、たまに内郭の外にある軍部の訓練場を覗き見て、ガーディアスたちが訓練する様子を観察していることは内緒だ。

「ほら! やっぱり!」

 ガーディアスが肘をついて横向きに寝転んでいる隣で、ローレントは仰向けになり、望遠鏡を目に当てて夜空を見上げている。

「すごいな。星の光がはっきりと見える。これまで見えなかった小さい星の光まで見えるぞ」

 ガーディアスのことなどそっちのけで、夜空を眺めるのに夢中になっていると、隣から呆れたような声が聞こえる。

「まだ見るのか。そんなもの使わず、普通に眺めても同じだろうが」
「目で見るのとは全然違うんだ。君も見たらいいよ。きっと感動する」

 ローレントはガーディアスのほうなどチラリとも見ずに、望遠鏡を目に当てたまま答えると、うんざりしたような声が返ってきた。
 
「いいや、いい。俺は興味がない」
「それは残念だな。暇なら君も酒でもなんでも好きなものを持ってきて、自由に過ごせばいいじゃないか」

 ローレントはせっかく買った望遠鏡を堪能したかったし、こう返せばガーディアスも諦めて酒を持ってくるか、寝るかするだろうと思っていた。
 だがそんな読みは甘かった。
 
「ああ。わかった。そうさせてもらう」

 意外にもあっさりとした返事があったかと思ったら、ローレントの腹にガーディアスの大きな手が置かれた。ローレントが相手にしないでいると、勝手に帯が解かれ、夜風が腹を撫でた。そしてガーディアスのややカサついた指が、素肌の上をゆっくりと撫で上げる。

「あ、ちょっと、おい、ガーディアス!」

 急に胸にヌメッとしたものが這う。ちゅっという音とともに胸の先を吸い上げられ、ビクンと体が反応する。

「ガ、ガーディアス……!」

 ガーディアスが顔を動かすとごわついた髭が素肌を撫で、ぞわぞわとしたものが体を走る。それがまた妙な気分で落ち着かない。
 
 止めようと思っても、望遠鏡を持ったままでは、ガーディアスの頭が邪魔で腕を下げることができないのだ。
 望遠鏡を放り出せばいいのだが、マットレスの外は石床だ。ここで投げてしまうと、買ったばかりの望遠鏡に傷がいってしまうばかりか、下手をすると壊れてしまう。

 ローレントは体をくねらせながら、なんとかやめさせようとするが、ガーディアスは執拗に胸にしゃぶりつきながらもしっかりと体を押さえつけ、ローレントははねのけることができない。
 
 「まさかここでやろうって思ってないだろうな! ここは外だぞ!   」
 
 そんなローレントに反発するかのように、ガーディアスは無言のまま、胸の先を甘噛みしながら、もう片方の胸の先を指で摘まむ。ローレントの腰に甘い痺れが走り、喜悦の吐息がこぼれそうになる。だがここは外だ。ローレントの理性が、湧き上がる情欲を必死で抑え込む。

「ガ、ガーディアス! いい加減にしろ! 外ではやらないって約束しただろ!」

 片手で望遠鏡を持ち直し、胸を弄るガーディアスの頭を空いた手で押しのけようとするが、びくともしない。それどころか、その手を容易くガーディアスに抑え込まれてしまう。

「好きにしたらいいと言ったのは、お前だ。ローレント」
 
 そう上目遣いでニッと笑われ、ローレントはドキッとする。普段上から見下ろしてくる男がする上目遣いは、ひどく官能的に見えて、ローレントをドギマギさせる。
 
「俺がやりたいことをしているまでだ」
「そ、そういう意味じゃない! それにベッド以外ではやらないって、僕は何度も……!」
「マットレスがあるんだ。ここもベッドだろ」
「言葉遊びをしているんじゃないぞ!」

 ああ言えばこう言う。
 ローレントが諦めずになんとかガーディアスを押しのけようと頑張っていると、ふと遠くで甲高い笛の音が聞こえた。
 
 ――その瞬間、2人は勢いよく起き上がり、周囲を見回す。

「……どこだ」

 指笛は衛兵による緊急の報せだ。その回数や長さで、どの場所からの報せか分かるようになっている。
 2人は押し黙り周囲を警戒する。再度遠くで甲高い笛の音が響く。ピーピーと長く2回。

「北の回廊だ!」

 ガーディアスがそう叫ぶと鋸壁へと走りだし、ローレントもその後を続く。もう先程までの甘い雰囲気は、どこかに吹っ飛んでしまった。
 鋸壁の狭間から顔を出すと、闇夜の北の回廊が、兵士の炬火によって赤く輝いている。

「……塀の上に誰かがいるな。小さい人影だ。子ども? ――いや、女か?」

 ガーディアスが睨むように遠くを見つめ、呟く。

「すごいな。見えるのか?」
「ああ。俺は目がいいからな。だが火が影を作ってよく見えないな。……肩までのおかっぱ頭か?」

 ローレントは手に持った望遠鏡を目に当てると、ガーディアスの見つめる先にピントを合わせた。

「……あ、あれか。塀の上って、どうやって…………」

 ガーディアスの言う通り、炬火の影になり顔が見えない。子どもが遊んでいて塀の上によじ登ったのだろうか。
 それならば緊急事態の笛が鳴るとは思えないが……。

 一瞬衛兵の持つ炬火が、塀の上に立つ人物の顔を照らした。

「……まさか」

 本当にまさかと思った。一瞬のことだ、見間違いかもしれない。よくある髪型だし、この暗がりだ。他人の空似かもしれない。しかし、あらためて見ると、あのシルエットはそうとしか思えない。

 望遠鏡を持つ手が震える。
 ――あれはハルカだ。
 
「……ローレント? なにか見えたのか?」
 
 ガーディアスがローレントの異変に気づき、声をかける。
 だがローレントはその問いかけに答えない。そしてガーディアスのほうを見ることなくいきなり立ち上がると、望遠鏡を投げ捨て、なりふり構わず走り出した。
 
 「ローレント!!」

 背後からガーディアスの叫ぶような声が響く。だがローレントは、裸足のまま、無我夢中であの細い階段を駆け下りる。
 3階へ出て、そのまま廊下も突っ走り、1階への階段を駆け下りると、炬火の集まる方角に向かって全速力で走っていった。
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