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51 ハルカ参上
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領主の住むこのサルースの城は小高い丘の上にあり、内郭と外郭を隔てる城壁は高くそびえ、たとえ外郭へ敵の侵入を許したとしても、敵の放つ矢はよほど高く飛ばさない限りは中まで届くことはない。
城壁外側の地面は柔らかい砂地で足場もなく、兵士ですらこの塀に外から登ることは困難である。……にもかかわらず、その塀の上には今、少女がひとり立っていた。
夜の闇に溶け込むような漆黒のマントに、漆黒の髪。炬火に照らされたその顔は、まるで子どものような幼さで、無表情でこちらを見下ろしている。
「降りてきなさい」とひとりの兵士が手を伸ばす。しかし少女は表情筋をピクリとも動かすことなく、冷たい視線を送るだけだ。
――こんなに大勢の兵士が集まったというのに、この少女は怯えるどころか平然たる態度で、なんだか気味が悪い。
しばらく睨み合いが続き、降りてこなければ弓を射るぞと脅しをかけたとき、少女の表情が変わった。だがそれは脅しに対する恐怖の表情ではない。なぜならその視線は武器を構えた兵士にではなくそのずっと後ろにあり、その上その表情は、まるで諦めていた失せ物を見つけたときのような輝かんばかりの微笑みだったからだ。
少女は叫ぶ。
「ローレント様!」
兵士たちが一斉に振り向く。そこには兵士らの主である領主ガーディアスの妻ローレントが立っていた。
□
「ハルカ!!」
ローレントが名を叫ぶように呼ぶと、あの懐かしい、ハルカの愛くるしい声が聞こえた。
「ローレント様ぁ!」
「ハルカ!! やっぱり君だったか!」
「やっと見つけた~~~!! よかった~~~!!」
「危ない! ハルカ!」
ハルカが塀の上で、ぴょんと飛び跳ねるようなポーズをとった。纏ったマントがひらりと舞い、本当に危険な塀の上で飛び跳ねたかのように見えて、驚いたローレントが慌てて止めようと前へ出る。すると潮が引くように、兵士たちが道を空けた。
「全然大丈夫なんだから~~!」
ふふふとハルカがいたずらっぽく笑い、ローレントがほっと息を吐く。そして額に滲んだ汗を、手の甲で拭き取った。
「そこは危ないから、降りておいで」
いつでも抱きとめられるよう手を伸ばすが、ハルカが首を振る。
「なに言ってるのよぉ~! 危ないのはローレント様のほうでしょ! 私は迎えに来たの! 私と一緒にここを出ましょ!」
「え?」
ローレントはポカンと口を開けた。
「迎えに来たって……どういうことだい?」
「どうもこうもないわよぉ! まさかあの断罪で、ムキムキ獣オヤジルートに入るとは私も思ってもみなかったのよ。ほんと最悪の終わりじゃない! このルートはローレント様は監禁拷問の末、精神がおかしくなっちゃう破滅エンド。このままじゃ、あんた死んじゃうのよ!」
「は……? ルート……? 死ぬ……?」
ハルカの言っていることの意味がわからない。以前からハルカはよく意味のわからないことを言っていたのだが、今日はさらに意味がわからない。
「ハルカ、なにか誤解しているようだけど……」
「誤解もなにもないわよ! ……ローレント様のその格好! 髪はくしゃくしゃだし、ヨレヨレの服でそれに裸足って……。ああ~もう! 私のローレント様を粗末に扱うなんて信じらんない!」
「いや、違うんだ! さっきまでちょっとくつろいでいて、慌てて出てきたから……」
ローレントは慌てて、はだけていた服の前をかきあわせる。
無我夢中だったせいで、さっきまでガーディアスとじゃれていたままの姿でここに来てしまったのだ。
「あ、やだ足! その足先の黒い汚れ、もしかして血が出てる!?」
ハルカが大げさに口元に両手を当てた。
「え? あ、本当だ……」
言われて確認すると、足の指に血がついている。
急いでいたから裸足のまま畳の上を走り、爪を割ったか、皮膚を切ったかしたようだ。
血にまみれた足では、たしかに勘違いされても仕方がない。……のかもしれない。
「きゃー!! もう許せない!!! 私のローレント様に~~~!!」
そう言うと、ギロッとローレントを睨んだ。いやローレントをではない。その目はローレントを通り越し、その背後に立つ者に向けられている。
ローレントが振り向くと、そこにはガーディアスが険しい顔をして立っていた。
「……ガーディアス…………」
「出たわね。元凶獣オヤジ」
ハルカがサッと手をマントから出した。その手には何か――ロッドのようなものが握られている。
ローレントは初めて見るものだ。丸みを帯びた形状で可愛らしい見た目をしているが、なんだか異様だ。嫌な予感がした。
「ハルカ……!?」
ハルカがロッドを振り上げ、何かを叫ぶ。その瞬間、ガーディアスに向かってハルカのロッドから、勢いよくなにかが噴出するのが見えた。
ローレントは反射的に、ガーディアスの前に飛び出した。
バンという破裂音のようなけたたましい音とともに、ローレントの体が、いやその周囲に張った膜のようなものがその何かを弾き返した。これはローレントができる唯一の魔法。防御魔法だ。
ハルカの放ったそれは衝撃波のようなものだったらしく、弾かれた先で木の枝を粉砕し、霧散した。
それを周囲の兵士たちは、何が起こったのか理解できず呆然と眺めている。
久々に使った魔法のせいか少しめまいがして、ローレントはその場で片膝をついた。
「ローレント!」
「ローレント様!!」
背後からガーディアスの怒号のような声が聞こえる。そして自分を呼ぶハルカの悲痛な声も。
「ローレント様! ローレント様ぁ!!」
今にも泣きそうなハルカの声に、ローレントはなんとか頭を持ち上げ、彼女のほうを見た。ハルカはローレントの名を叫びながら、ゆうに5mはあるだろう塀の上から飛び降り、こちらに駆け寄ってくる。
「何をぼさっとしている! あの女を捕まえろ!」
ガーディアスの命令に、ハルカに向かって兵士たちがどっと押し寄せた。しかしハルカはそれを器用にかわし、マントを翻し兵士たちの間をすり抜けては、文字通り飛ぶように駆け抜ける。
苛立ったガーディアスが近くにいた兵士の腰から剣を引き抜くと、ローレントを庇うようにして前へと出た。
「ガーディアス! だめだ!」
ローレントが立ち上がりながら、ガーディアスを制止する。だが、ガーディアスは聞く耳をもたない。そしてハルカもまた、勢いよくガーディアスに向かって突進する。ローレントは2人をなんとか止めようと、「ハルカ!」と叫んだ。
ガーディアスの目の前でハルカが跳躍する。それはとても少女とは思えないほどの跳躍力で、ゆうに2mはあるガーディアスの頭上の遥か上へと舞い上がり、そして持っていたロッドを振り上げた。
またあの衝撃波がくる! あれを生身で受けるのは無理だ。ローレントは咄嗟にガーディアスの前へ出ようとした。しかし慌てたせいで、足がもつれて地面に膝をつく。
間に合わない!
ローレントがそう思った瞬間。ガーディアスは、持っていた剣をハルカ目掛けて投げつけた。それはハルカがロッドを振り下ろそうとする仕草を見せた瞬間の出来事で、振り下ろされるよりも早く剣の柄がロッドへとぶつかった。
「きゃっ! 嘘ぉ!」
ハルカの手からロッドが落ち、バランスを崩したハルカが、無防備な姿勢のまま地面へと落下する。
危ない! とローレントが叫ぶよりも早く、ガーディアスが片手でハルカをキャッチした。
ハルカは片腕を掴まれた状態で、ぶらんと宙吊りになった。その顔は、なにが起こったのか理解できないようで、ポカンとしている。
「危険人物を捕まえたぞ。捕縛しろ。おい、さっさとしろ」
まるで物でも扱うようにポイッとハルカを兵士に投げると、ガーディアスが忌々しそうにそう命令した。
城壁外側の地面は柔らかい砂地で足場もなく、兵士ですらこの塀に外から登ることは困難である。……にもかかわらず、その塀の上には今、少女がひとり立っていた。
夜の闇に溶け込むような漆黒のマントに、漆黒の髪。炬火に照らされたその顔は、まるで子どものような幼さで、無表情でこちらを見下ろしている。
「降りてきなさい」とひとりの兵士が手を伸ばす。しかし少女は表情筋をピクリとも動かすことなく、冷たい視線を送るだけだ。
――こんなに大勢の兵士が集まったというのに、この少女は怯えるどころか平然たる態度で、なんだか気味が悪い。
しばらく睨み合いが続き、降りてこなければ弓を射るぞと脅しをかけたとき、少女の表情が変わった。だがそれは脅しに対する恐怖の表情ではない。なぜならその視線は武器を構えた兵士にではなくそのずっと後ろにあり、その上その表情は、まるで諦めていた失せ物を見つけたときのような輝かんばかりの微笑みだったからだ。
少女は叫ぶ。
「ローレント様!」
兵士たちが一斉に振り向く。そこには兵士らの主である領主ガーディアスの妻ローレントが立っていた。
□
「ハルカ!!」
ローレントが名を叫ぶように呼ぶと、あの懐かしい、ハルカの愛くるしい声が聞こえた。
「ローレント様ぁ!」
「ハルカ!! やっぱり君だったか!」
「やっと見つけた~~~!! よかった~~~!!」
「危ない! ハルカ!」
ハルカが塀の上で、ぴょんと飛び跳ねるようなポーズをとった。纏ったマントがひらりと舞い、本当に危険な塀の上で飛び跳ねたかのように見えて、驚いたローレントが慌てて止めようと前へ出る。すると潮が引くように、兵士たちが道を空けた。
「全然大丈夫なんだから~~!」
ふふふとハルカがいたずらっぽく笑い、ローレントがほっと息を吐く。そして額に滲んだ汗を、手の甲で拭き取った。
「そこは危ないから、降りておいで」
いつでも抱きとめられるよう手を伸ばすが、ハルカが首を振る。
「なに言ってるのよぉ~! 危ないのはローレント様のほうでしょ! 私は迎えに来たの! 私と一緒にここを出ましょ!」
「え?」
ローレントはポカンと口を開けた。
「迎えに来たって……どういうことだい?」
「どうもこうもないわよぉ! まさかあの断罪で、ムキムキ獣オヤジルートに入るとは私も思ってもみなかったのよ。ほんと最悪の終わりじゃない! このルートはローレント様は監禁拷問の末、精神がおかしくなっちゃう破滅エンド。このままじゃ、あんた死んじゃうのよ!」
「は……? ルート……? 死ぬ……?」
ハルカの言っていることの意味がわからない。以前からハルカはよく意味のわからないことを言っていたのだが、今日はさらに意味がわからない。
「ハルカ、なにか誤解しているようだけど……」
「誤解もなにもないわよ! ……ローレント様のその格好! 髪はくしゃくしゃだし、ヨレヨレの服でそれに裸足って……。ああ~もう! 私のローレント様を粗末に扱うなんて信じらんない!」
「いや、違うんだ! さっきまでちょっとくつろいでいて、慌てて出てきたから……」
ローレントは慌てて、はだけていた服の前をかきあわせる。
無我夢中だったせいで、さっきまでガーディアスとじゃれていたままの姿でここに来てしまったのだ。
「あ、やだ足! その足先の黒い汚れ、もしかして血が出てる!?」
ハルカが大げさに口元に両手を当てた。
「え? あ、本当だ……」
言われて確認すると、足の指に血がついている。
急いでいたから裸足のまま畳の上を走り、爪を割ったか、皮膚を切ったかしたようだ。
血にまみれた足では、たしかに勘違いされても仕方がない。……のかもしれない。
「きゃー!! もう許せない!!! 私のローレント様に~~~!!」
そう言うと、ギロッとローレントを睨んだ。いやローレントをではない。その目はローレントを通り越し、その背後に立つ者に向けられている。
ローレントが振り向くと、そこにはガーディアスが険しい顔をして立っていた。
「……ガーディアス…………」
「出たわね。元凶獣オヤジ」
ハルカがサッと手をマントから出した。その手には何か――ロッドのようなものが握られている。
ローレントは初めて見るものだ。丸みを帯びた形状で可愛らしい見た目をしているが、なんだか異様だ。嫌な予感がした。
「ハルカ……!?」
ハルカがロッドを振り上げ、何かを叫ぶ。その瞬間、ガーディアスに向かってハルカのロッドから、勢いよくなにかが噴出するのが見えた。
ローレントは反射的に、ガーディアスの前に飛び出した。
バンという破裂音のようなけたたましい音とともに、ローレントの体が、いやその周囲に張った膜のようなものがその何かを弾き返した。これはローレントができる唯一の魔法。防御魔法だ。
ハルカの放ったそれは衝撃波のようなものだったらしく、弾かれた先で木の枝を粉砕し、霧散した。
それを周囲の兵士たちは、何が起こったのか理解できず呆然と眺めている。
久々に使った魔法のせいか少しめまいがして、ローレントはその場で片膝をついた。
「ローレント!」
「ローレント様!!」
背後からガーディアスの怒号のような声が聞こえる。そして自分を呼ぶハルカの悲痛な声も。
「ローレント様! ローレント様ぁ!!」
今にも泣きそうなハルカの声に、ローレントはなんとか頭を持ち上げ、彼女のほうを見た。ハルカはローレントの名を叫びながら、ゆうに5mはあるだろう塀の上から飛び降り、こちらに駆け寄ってくる。
「何をぼさっとしている! あの女を捕まえろ!」
ガーディアスの命令に、ハルカに向かって兵士たちがどっと押し寄せた。しかしハルカはそれを器用にかわし、マントを翻し兵士たちの間をすり抜けては、文字通り飛ぶように駆け抜ける。
苛立ったガーディアスが近くにいた兵士の腰から剣を引き抜くと、ローレントを庇うようにして前へと出た。
「ガーディアス! だめだ!」
ローレントが立ち上がりながら、ガーディアスを制止する。だが、ガーディアスは聞く耳をもたない。そしてハルカもまた、勢いよくガーディアスに向かって突進する。ローレントは2人をなんとか止めようと、「ハルカ!」と叫んだ。
ガーディアスの目の前でハルカが跳躍する。それはとても少女とは思えないほどの跳躍力で、ゆうに2mはあるガーディアスの頭上の遥か上へと舞い上がり、そして持っていたロッドを振り上げた。
またあの衝撃波がくる! あれを生身で受けるのは無理だ。ローレントは咄嗟にガーディアスの前へ出ようとした。しかし慌てたせいで、足がもつれて地面に膝をつく。
間に合わない!
ローレントがそう思った瞬間。ガーディアスは、持っていた剣をハルカ目掛けて投げつけた。それはハルカがロッドを振り下ろそうとする仕草を見せた瞬間の出来事で、振り下ろされるよりも早く剣の柄がロッドへとぶつかった。
「きゃっ! 嘘ぉ!」
ハルカの手からロッドが落ち、バランスを崩したハルカが、無防備な姿勢のまま地面へと落下する。
危ない! とローレントが叫ぶよりも早く、ガーディアスが片手でハルカをキャッチした。
ハルカは片腕を掴まれた状態で、ぶらんと宙吊りになった。その顔は、なにが起こったのか理解できないようで、ポカンとしている。
「危険人物を捕まえたぞ。捕縛しろ。おい、さっさとしろ」
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