降嫁した断罪王子は屈強獣辺境伯に溺愛される

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52 ハルカに会いたい

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 とっくに日を跨ぎ、真夜中というよりは明け方近い頃、ローレントはガーディアスの部屋で、ひとり彼の帰りを待っていた。もちろん一人寝が淋しいから待っていたわけではない。
 
 現在ガーディアスはハルカの尋問に立ち会っていて、その帰りを待っているのだ。

 ローレントは彼女ひとりだけの尋問には反対だった。
 尋問は軍部の者が行う。尋問には暴力がつきものだ。それに軍部の中には、あの厄災で被害を被った者もいると聞く。紳士的な対応を望めないのは明らかだ。

 だから自分も立ち会わせろと訴えたのだが、すべてにおいて却下されたのだ。

 ガーディアスは自分が立ち会うのだから心配するなと言っていたが、彼らは暴力に慣れている。たとえ力による暴力ではないとしても、言葉による暴力は当然のごとく行うはずだ。そしてその程度のことなら、ガーディアスも容認するだろう。

 ローレントはいても立ってもいられず、座っていた長椅子から立ち上がると、そわそわと部屋の中を歩き回っては、開け放たれた窓から外の様子を眺めた。

 そしてもうすぐ日が昇ろうかという頃、廊下にガーディアスの靴音が響いた。
 
 彼の戻りを今か今かと待ち構えていたローレントは、ドアが開かれると同時に駆け寄った。
 
「ガーディアス! ハルカは大丈夫か!?」
「なんだ、待っていたのか。寝ていればよかったのに」
「寝ていられるもんか。彼女は無事なのか? 暴力を振るったりしていないだろうな!」

 すがりつくようにしてそう畳みかけると、ガーディアスは片眉を上げ、それから不満げにふんと鼻を鳴らした。

「帰った早々それか。あの娘のせいでこんな時間まで仕事だ。俺を労る気持ちはないのか」
「あ、ああ。すまなかった。ごめん……。お疲れ様」
「ふん。まあ、いい」
 
 ガーディアスは不満顔のままにこりともせず、それでも仲直りのつもりか、ローレントに戻ったのキスをした。

「まったくあの小娘。ギャンギャンうるさくてかなわん」

 ガーディアスは長椅子にふんぞり返るようにして座ると、そううんざりとした声でぼやいた。

「そ、そんなにかい?」
「ああ。ずっと喚いていたな。俺がお前を監禁していると思いこんでいて、俺に対しての暴言が酷かった」
「ああー…………ごめん」

 世間的にはこの結婚は、王子のサルースへの流刑にすぎないと言われていた。ガーディアスも表向きは夫ではあるが、本来の役目は監視であり、夫婦というのはただの名目なのだと。さらにはローレントはこのサルースで牢獄に繋がれていて、ひどい拷問を受けたせいで見た目も醜く変貌していると、王都では噂されているらしい。

 ハルカはそういった噂を信じているのだろう。

 しかしいつもニコニコして大人しかったハルカが、暴言を吐くなど正直信じられないが、あの戦闘を見たあとでは信じるしかない。久々に会ったハルカは、人が変わったように苛烈な女性に変貌していた。

「お前が謝るようなことじゃない。しかしあとは妙なことばかり言って、挙げ句ここから出してローレントに会わせろの一点張りだ。いい加減手が出そうになって、引き上げてきたところだ」

 ガーディアスは腕を組んで、見下ろすように横目で隣に座るローレントを見た。

「……あの娘はおかしい。お前は可憐でおとなしい少女だと言ったが、あの戦い方はどうだ。あれが普通の女か? 少なくとも、お前の言うとおりとは思えない。それにだ。尋問であれほど軍部の者に囲まれても怯むどころか、余裕すらあるように見えた。まるで、いつでもここから逃げ出せるとでもいったようにな」
「ま、まさか、そんな」
「俺だって、簡単に抜け出せるとは思っちゃいない。今だってあの娘を監禁している塔の部屋周辺には、二重三重と厳重に警備態勢を敷いている。部屋にある窓も小さな明り取り程度での穴で、その穴さえ子供の頭よりも小さい。床から天井まで周囲は石造りで、そこから逃げることなど不可能だ。一応身体検査をしたが、持ち物はあの妙なゴテゴテした飾りのついた棒だけだ。なにかできるとは思えん」

 だがなとガーディアスは続ける。

「あの棒を取り上げてもなお、あの娘は強気な姿勢を崩さなかった。あの棒の他にも、たぶんなにかある。聖女の力以外にも、お前に隠しているがあるんじゃないのか」
「…………」
「あの女は、本当にお前の探していたハルカという娘なのか」

 ローレントは俯いて黙り込んだ。

「……身体検査をしたと言ったよな。彼女の腕に腕輪はあったかい?」
「腕輪か。――そういえば前に、腕輪を渡したと言っていたな」

 ガーディアスが記憶を探るように視線を上に向けた。だがすぐに思い出し、視線をローレントへ戻した。

「……ああ、あったな。細い、金色の腕輪が。ただのアクセサリーだと思ったが、……まさかあれにもなにかあるのか?」
「いや。――腕輪に、黒い花模様の細工が施されていなかったかい? ……あの花模様に使われた素材は宝石ではなく貝の殻で、黒いものはとても珍しいんだ。僕が黒い瞳を持つハルカのために他国から取り寄せて注文した、一点ものだ」

 ガーディアスは怪訝そうに片眉を上げた。そして不機嫌そうな声を出した。

「お前とあの娘は、そういう間柄じゃなかったんだろうが。なんでそんなものを贈る」

 男性が女性に高額なアクセサリーを贈るということは、それが家族でないのであれば、恋人や婚約者といった男女の間柄を示している。ローレントのように婚約者のいる男性が、婚約者以外の女性にアクセサリーを贈る行為は不貞行為として、社交界では不興を買う。

「……あれは別に恋人へ贈るためのものじゃない。たったひとりでこの世界に降り立ったハルカのための、身元保証書代わりとして贈ったんだ。君からは外側しか見えなかったと思うが、内側にはハルカの名前と僕個人の紋章が刻まれている。もし事件かなにかに巻き込まれたときに、あれを警備兵に見せれば、僕のところへ連絡が来るようになっていた」

 追放時に取り上げられてしまったかとも思ったが、腕輪は無事だったらしい。考えたくはないが、もしかするとどこかでハルカが死んだときの目印にするため、わざと取り上げなかったのかもしれない。

「……ハルカが持っていた、あのロッドは? あれは、どうしたんだい?」
「ロッド? ああ、あの棒のことか。あれは軍部で厳重に保管しているが」
「ハルカが使った魔法のことだけど、あのロッドに秘密があるんじゃないかと思っている」

 ハルカがあのロッドから衝撃波を出すところを、この目で見た。
 彼女は不思議な少女だ。だからもともと魔法が使えた可能性はある。だが本来は攻撃に使えるほどではなく、あのロッドが魔法の威力を増幅させるのではないだろうか。
 
「どういうことだ? あれがあるから魔法が使えるということか?」
「おそらく」
「あれに近いようなものが、どこかにあるのか」
「いや、これまでそんなものは見たことがない。だけどそうとしか考えられないんだ」

 貴重な治癒や浄化魔法を、無防備にも会ったばかりのローレントたちにやって見せたハルカのことだ。あれだけ強力な魔法が使えるなら、最初のうちに披露してみせたはずだ。

「だが軍部の者にあれを振らせてみたが、誰も魔法なんか使えなかったぞ」
「たぶん呪文かなにかいるんだと思う。ハルカもなにか口の中で唱えていた気がする」
 
 魔法というものはかなり特殊なもので、魔力があるからと誰でも使えるものではない。魔力の使い方を学ばなければ、使うことはできないのだ。
 そして発動には呪文が必要だ。だがその呪文も、唱えたからといって簡単に発動するわけではなく、各々が訓練の中で見いだして術式を理解し、体得していく。魔法とは努力と研さんの賜物なのだ。

 ちなみにだが、呪文は心の中で唱えてもいい。そのやり方も人それぞれだ。
 
 ガーディアスが唸るように息を吐き、顎に手をやる。

「呪文か……。なるほどな」
「……ガーディアス。ハルカと会わせてくれないか」

 ガーディアスが眉をひそめる。わかりやすく拒絶の表情だ。だけど諦めるわけにはいかない。

「ハルカは君たちに何も話してくれないんだろ? きっと僕なら話をしてくれると思うんだ」
「だめだ」
「どうしてだよ! 僕が会って直接話をするほうが効率的だ。そうだろ?」
「許可できん」
「……僕が君になにも告げずハルカの元に行ってしまったから、怒っているのか」

 ガーディアスが呆れたような目でローレントを見た。
 
「お前な。俺がそこまで狭量な男だと思うのか」
「だってさっきは、そう言って拗ねていたじゃないか」
「あれは冗談だ。……さ、もう寝るぞ。朝がくる」
「ガーディアス!」

 話は終わったとばかりに立ち上がろうとするガーディアスを、ローレントが服の裾を掴んで引き止めた。ガーディアスが反射的にローレントを振り返った。ローレントが懇願するようにじっと目で訴え続けると、ガーディアスは片眉を上げ、仕方がないといったように元の位置に腰を下ろした。
 そうしてやれやれといったように、深く息をついた。
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