降嫁した断罪王子は屈強獣辺境伯に溺愛される

Bee

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4 ふたりきりの宴

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 石造りの城の中は思ったよりも涼しく、強い日差しさえ避ければここでの生活は快適なのかもしれない。そんなことをぼんやりと思いながら、ローレントはサルース辺境伯の後ろを歩いていた。

 石の回廊に大勢の靴音が響き渡る。なかでも一際高い靴音を響かせるのは、ローレントの靴だ。この靴は、馬車の中でラミネットが磨いてくれたものだ。

 とうとうひとりになってしまった。なんだか心細い。
 知らない人々に囲まれ、ふとそんな気持ちが心に芽生える。
 さっきまで、そんな気持ちは一切なかったというのに。

 旅は辛くともラミネットたち侍従がいたから、王都を離れることについて、不安はそこまで大きくなかった。でも今はまるで処刑場にでも連れて行かれるような、そんな気分だ。

「殿下、こちらが居館でございます。1階は専用のキッチンやホールなど、2階は執務室や事務官が勤める事務室などがあり、3階が領主様のお住まいとなります。この左手より奥にお進みくだされば、中庭、広間、厨房、使用人の住居スペースなどがございます」
「……あれは?」

 外廊の端にある細い円塔。この城でも一際目立つ高い塔だ。王城にも塔がいくつかあるが、あのように独立したものはない。

「あれは主塔だ。敵が攻めてきたときに籠城するために作られた塔だ。あれが気に入ったなら、塔の中の部屋を一部屋使うといい。ここは狭い城だからな。城内については、生活していればなにがどこにあるかすぐに分かるようになる」

 ローレントの問いに辺境伯自ら答えるなど、一応気遣いを見せるそぶりはあったが、最後の突き放したような物言いに、ローレントはそれ以上なにも訊けなくなった。

 木製の重厚な扉を開けると、そこは外の回廊と同じく飾り気ない質素な石造りのホールが広がっていた。ホール脇にある石の階段から3階へと上がっていく。ところどころ開いた窓から、気持ちのよい風が吹き抜ける。

「ではこちら側が殿下のお部屋でございます。中央が寝室。挟むようにあちら側が領主様の部屋となります。お荷物などは、後ほどお運びいたしますので、ご安心を。ではひとまずご入浴をしていただき、旅の疲れを癒やしてくださいませ。その間、お食事をご用意させていただきます。湯の用意ができるまで、お部屋でおくつろぎくださいませ」
「あ、あの!」

 敬礼をして下がろうとする使用人を、ローレントは呼び止めた。

「なんでしょう」
「私が連れてきた侍従らにも食事をいただけないだろうか。その……帰す前に。長い旅を一緒にしてきたのです。できれば彼らにも、温かい食事を食べさせてあげたい」

 使用人らは辺境伯の顔をチラと見ると、無言のままローレントに会釈をしてその場を去った。
 これで彼らにも食事が提供されるかどうかは分からない。でも辺境伯の不興を買わずに、今の自分ができるのはこれくらいだ。

「我が国の王子はなんと慈悲深い」

 先ほどから使用人とのやりとりを眺めていた辺境伯が、クククと喉の奥で笑った。

「……勝手なことを申し付けてしまい、申し訳ありません」
「いい。気にするな。自分勝手なわがまま王子が来たらどうしてやろうかと思っていたところだ。侍従らにも慕われているようだし、問題を起こしてこんなところに追いやられた王子とは思えないな」
「……ラミネットは、——先ほど辺境伯に進言した侍従は、私の幼少の頃からの教育係も兼ねておりまして、長い付き合いのある者です。私を心配するあまりあのようなことを。申し訳ありません」
「ふむ、そうか。では今後はその者にかけるはずだった慈悲を、ここの者に分け与えるといい。みな感激するだろう。……では後ほど会おう」

 そんな皮肉げな言葉を残し、サルース辺境伯が自室へと姿を消した後、ローレントも用意された部屋に入った。

 3階の半分側がローレントのための部屋となっていて、メインの部屋に小部屋がいくつも連なった構造だ。
 メインとなる部屋は、広いは広いがなんとも殺風景で、飾り気のない最低限の家具がおいてあるだけ。部屋の内部も石造りなだけあり、よくいえば重厚、悪く言えば独房のようだ。

 もしここにラミネットがいたら、王子にふさわしいを部屋にせねばと、即刻飾り付けをはじめるだろう。ラミネットがキレ気味に部屋を飾り付ける姿を想像したら、ふふっと笑いが込み上げた。

 ——だが、もうここにはわがままを言える相手はいない。身の回りのことも自分でやらねばならないのだ。
 こんなことになるなら、ラミネットにもっといろいろ聞いておくんだった。
 ローレントは、もうここにはいないかもしれない侍従らを探すように、部屋から窓の外を見た。





「今日は俺の部屋で食事をしよう。ここで用意できる最高のものを準備させた。2人きりの宴だ」

 湯浴みを終え用意された服に着替えると、すぐに辺境伯の部屋に呼ばれた。緊張しながら部屋へと入ると、ローレントの部屋同様、たいした家具もない簡素な部屋に、ドンと置かれた大きなテーブルが目に入った。その上には所狭しとさまざまな料理が並んでいる。
 そして部屋に焚かれた香は、王都では嗅いだことのない、やや重く鼻につく甘さと樹木が入り混じったような野生味ある深い香りで、異種族めいた辺境伯のイメージそのものだった。

「殿下は酒はいけるほうか? 酒でも飲みながら、互いのことを話そうではないか」

 さきほどまでの辛辣な態度が一変、辺境伯の穏やかな物言いにローレントは驚いた。
 
 もしかすると使用人の手前、厳しい態度を見せる必要があったのかもしれない。ローレントだって、信頼できる侍従以外に素の表情を見せることはないのだし。

 テーブルの前に置かれた長椅子に辺境伯がまず座り、「さあ、遠慮せず俺の横に座れ」と、ローレントに手を差し伸べた。横に座ると、彼の体の大きさに圧倒される。体の厚みなど、ローレントの倍はありそうだ。

「ああ、豪華なブロケードのスーツもいいが、ここサルースの服もよく似合う。襟の刺繍を金色のものにしておいてよかった。風呂はどうだったか? ここの風呂は広いだろう。かつてこの城の大浴場だったところをきれいに修繕して使っているんだ」

 この城はかつてこのサルースが国であったときに建てられたもので、ほぼ遺跡と化していたのを改修し、辺境伯の居館として使っているのだという。

「ええ、大変立派な浴場で驚きました。とても広くて……でも中心部分がかなり深くて、危うく溺れるかと思いました」
 
 浴槽の中は段になっていて、降りていくと急に深くなっている。構造を知らなかったローレントは、途中で段を踏み外し、危うく溺れるところだった。

「ははっ、俺ですら真ん中に立つと顎まで湯がくる。でもいい湯だったろう。ここは王都に比べ暑いからな、砂を落とすのにも風呂は欠かせない。さあ、杯を持て。酒をついでやろう」

 渡された金属製の杯にワインがなみなみと注がれる。濃い赤紫の酒が、今にも溢れそうだ。

「ここでは産業としてワインの醸造を行っている。これもここで造ったものだ。うまいワインが安定して造れるようになったら、増産させて販路を広げる予定だ。さ、飲んでみてくれ」

 普段お酒は、食前と食事中に少しだけ飲む。嗜む程度でたくさんは飲まない。それがマナーだからだ。だから、こんなになみなみと注がれた酒など飲んだことがない。

(断るのも失礼だ。これまで酒にひどく酔ったこともないし、これくらい飲んでもきっと大丈夫だろう)

「ありがとうございます。いただきます」

 こんな部屋着でマナーもなにもなく、豪快に酒を飲むのははじめてだ。ローレントは大きな杯を両手で持ち上げると、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。風呂の後だからか、まるで水のように一気に飲み干せてしまう。とても飲みやすい酒だ。

「……美味しい」
「なかなかいけるようだな。殿下が美味いと褒めていたと知れば、領民も喜ぶ。さ、もっと飲め。食事も楽しもう」

 ローレントの空になった杯に、辺境伯はまたなみなみと酒を注いだ。酒を飲み、用意された食事を食べ、王都での暮らしなど他愛もない会話をした。
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