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番外編
ウリやってた元ヤンキーは奥手彼氏に抱かれたい1
「なー木嶋ぁ。俺とエッチなことしたくねーの?」
長かった遠距離恋愛がようやく終わって、こうして一緒に住めるようになったってのに、なーんで手ぇ出してこねぇんだよ。
キスひとつで寝てしまった恋人に、鏑木春壱は、不貞腐れた声を出し、寝ている相手めがけて枕を投げつけた。
恋人である木嶋玄とは、高校からの付き合いだった。
2人が親密になるきっかけは、春壱が高校時代、密かにやっていた売春行為が関連している。
もちろん、木嶋が客だったとか、そういうことではない。
春壱の家はいろいろと訳ありで、中学高校と父親の勤めるスナックの2階で暮らしていた。
その父親がクソみたいな奴で、多方面から借金を繰り返し、挙げ句息子をヤクザに差し出して、売春行為をさせて借金を返済していたのだ。
春壱は母親似なのか、父親には似ず整った美しい顔立ちで、幼い頃から変な男を寄せ付けた。それに目をつけたのが、この父親と金貸しだった。
売春は中学生のころから始まり、春壱はスナックを手伝いながらウリをするという普通ではあり得ない生活を続けていたのだが、春壱が高校2年のとき、諸々あって父親は逮捕された。そのおかげで、春壱は最低最悪の生活から解放されることになったのだが、その諸々に関係しているのが、木嶋だ。
高校時代の春壱は、派手な金髪で規格外制服に身を包み、喧嘩上等のヤンキーぶっていて、当時は仲の良いクラスメイトなどひとりもおらず学校では孤立していた。
木嶋ともただのクラスメイトという以外、接点などまるでなかったはずなのだが、なぜだか急に木嶋が未来からタイムリープしただの、未来では春壱が死ぬだの不穏なことを言い始め、つきまとい始めたのがそもそものきっかけだった。
当時、東京からこの地方の高校に来たっていう木嶋は、やけに寡黙で、こんな田舎の奴らとつるむ気はないという感じで、結構クラスでも浮いていた。それは同じくクラスで孤立していた春壱い対してもそうだったし、春壱からしてみればいけすかねー奴という印象だった。
それなのに、あの日、急にタイムリープだとか言い出して、人が変わったようにオカルトチックな妄想で自分につきまといはじめたのだ。
春壱からしてみれば、当然気味が悪いし、今更厨二病爆発かとドン引きしてもおかしくない。
最初は、最近ヤローに目覚めて、女にも負けない美貌の春壱の気を引きたいのかと思ったが、それにしてはやけに熱心で。成り行き上、仕方なく話を聞けば、なぜだか春壱の家庭の事情や誰にも言っていなかったウリの話も知っていた。
春壱の気を引きたいがため、影で誰から聞いたか調べたのかと最初は腹がたったが、人から聞いたにしてはやけに詳しかったこともあって、そのタイムリープって話に真実味が出てちょっと興味がわいた。
それで少しばかり話を聞いてやったら、案の定妙につきまとってきて、最初はストーカーみたいに鬱陶しくて距離をおいていたが、実際に木嶋の言ったとおりヤバい目に遭いかけて話は変わった。
それ以降も似たようなことが続き、まるで予言書のような木嶋の話を信じるようになって、それからはお互いの距離がぐっと縮んだのだ。
その後、それこそ死ぬ運命にある俺を助けにきたと言い張った木嶋の言う通り、死にそうな目に遭い、父親が児童虐待、売春斡旋、薬物等々で逮捕されたりといろいろあったが、木嶋が必死で春壱を守ろうとしてくれたから、春壱は今元気でいられる。
父親の逮捕後、春壱は父親の両親——春壱からすれば祖父母にあたる人たち——へ引き取られることになったのだが、かつて友達だった2人は離れ離れになる前、お互いの気持ちを確認し、遠距離ながらも着実に愛を育んでいた。
——のだが。
3年の遠距離恋愛を経て、こうして一緒に住めるようなったのに。なぜだか木嶋は手を出してこない。
「なあ、おい! 起きろってば! 木嶋!」
「……——なんだよ。俺明日、早いんだからさー」
木嶋は高校卒業後、進学せず就職し、小さな会社で営業をやっている。明日は営業会議だそうで、朝早くに行って書類を整理しなくてはいけないんだと。それなら自分だって、明日も普通に学校だ。
春壱は夢だった自動車関係の仕事に就くため、自動車整備士の訓練校に通っている。学校は隣の市にあるため、いつも電車の時間に合わせて朝8時過ぎには家を出る。
「はぁ? 俺だっていっつもはえーじゃん! な~起きろって、木嶋ぁ~!」
脱色したばっかりのキンキラな金髪が揺れるほどの勢いで布団を叩くと、木嶋が「わかった、わかったから!」と起き上がった。
「もう、夜中に騒ぐなよ。ここ壁が薄いの知ってるだろ。下とか横の人にすげー迷惑だぞ」
「じゃあさ、もっかいチューして。んでエッチなことしよーぜ」
「……チューはいいけど、エッチなことはちょっと」
「なんでだよ~~!!」
「興奮すると寝られねーだろ。お前だって早いんだから、さっさと寝ろ」
木嶋は、迷惑そうにそれだけ言うと、チュッと頬にキスだけして「おやすみ」と布団をかぶってしまった。
「~~~~!! 木嶋のクソバカ童貞インポ野郎!」
「早く寝ろ!」
春壱は腹いせに木嶋の布団に目一杯蹴りを入れると、隣に敷いてある布団に潜りこみ、頭から布団をかぶった。
そもそもこの布団だって、昔は一組しかなくて、2人で一緒に抱き合うようにして寝ていたというのに、いつの間にか一組増えてて、同棲を始めたときには別々で寝るようになっていた。
(高校の頃は、チューひとつで慌てふためいて、真っ赤になっていたのによー)
今じゃチューすらもそっけないもので、手のひとつも触れやしない。せっかくイチャイチャできると思って、楽しみにここに越してきたのに。これじゃただ物理的に近いだけで、遠距離の頃となんにも変わらない。
(ふーーんだ! エッチしたいって言いだしても、相手してやんないんだからな)
怒りのおさまらない春壱は最後にもう一発、布団から足を出して隣の布団に蹴りをいれ、不貞腐れたまま目を瞑った。
——そして翌日。
昼休憩になり、春壱は教室で、弁当を広げた。だが中身を見るなり、弁当の真ん中にガツンとスプーンを思い切り突き刺した。
突然不機嫌になった春壱を見て、横に座っていた北村が、ギョッとした顔で春壱を見た。
北村は春壱のクラスメイトで、ちょっとモッサリしたメガネくんだ。
さすが訓練校なだけあり、ここはやる気のある真面目な人間が多い。高校では遠巻きにされていた春壱でも、ここでは同志として自然と受け入れてもらえた。
北村なんかとくに、高校だったら絶対に目すら合わせないタイプなはず。それでもここなら、すぐに仲良くなれたから不思議だ。
「え、なに? どしたよ急に」
「なーんか、腹がたってよー」
弁当の中身はチャーハンだった。
チャーハンは春壱の好物で、この弁当は木嶋の手製だ。
料理の得意な木嶋は、いつも自分の分を作るついでに春壱にも弁当をもたせてくれる。昨日あれだけ朝早いと言いながらも、今日もしっかり弁当を作ってくれていた。
しかも春壱の好きなチャーハンと、餃子。冷凍だけど、そんなの気にならないくらい美味しいやつ。色みとか栄養とかガン無視のガッツリ系男子弁当。昨日のあれのあとで、春壱の好きなものを入れてくるのが、無償に腹がたつ。
春壱はムスッとした顔のまま、チャーハンを食べるでもなく、スプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「なんで? 今日の授業でなんかあった?」
北村は購買で買ったパンをムシャムシャ食べながら、春壱の話を聞く体勢に入った。真面目な北村は、春壱が授業の内容で、なにか腑に落ちないことがあったと思ったようだ。
「あー、違う違う。授業のことじゃねーよ。ちょっとプライベートのことでさー」
春壱はいかにも気に入らないといったように、弁当箱の縁をスプーンの背でコンコン叩いた。
「プライベート? 彼女となんかあったん?」
春壱は、ここでは〝彼女持ち〟ということになっている。
入学した当初、他の学科の女生徒たちからのもの凄いアピールにウンザリしていた。だがその後、春壱が弁当持ちだというこが広がり、手作り弁当=同棲彼女がいると周囲が勝手に思い込んでくれたことで、アピール合戦は終息し、春壱はそれを否定しないまま今に至る。
まああながち嘘ではない。家で待っているのが家庭的なかわいいスイーツ女子ではなく、家庭的なガッチリ系スーツ男子なだけで。
「なーんかさぁ。最近、相手と距離があるっつーかさー。俺の相手すんの面倒くせーのかなって感じなのに、律儀に弁当とか作ってて、なんだよそれかーちゃんかよって思ったら、なんかイラッときてさー」
しかもわざわざ春壱の好物をいれるところなんかがまた『これいれときゃ機嫌直るだろ』と見透かされているようで、それがまた春壱を苛つかせる。
「……鏑木くん。彼女さんに感謝が足りないねぇ」
北村がやれやれといったふうに首を振る。
「はぁ!?」
「感謝してる? 鏑木くんが学生やってるってことは、彼女さん仕事して生活支えてくれてんでしょ? それなのに、家事とか全部やらせてる。違う?」
北村はメガネを片手でくいっと持ち上げると、早口でまくし立てた。
「ち、違わない……」
確かに。あそこは木嶋の借りてる家で、同棲という言葉は聞こえがいいが、いわば居候。学生の春壱の生活費は現在祖父母が援助をしてくれていて、それを木嶋に渡してはいるものの、金銭面ではみ出してしまった部分は木嶋が補填してくれている可能性は十分ある。
それだけじゃなく、木嶋は家事全般もこなす。
もちろん春壱も、ゴミ出しやら風呂掃除やら簡単なことはできる。けど、長年父親とゴミ屋敷のような家で暮らしてきたせいかどうにも無頓着で、結果それこそ母親かの如く木嶋が春壱の面倒を見ている状態だ。
「鏑木くんは、顔はいいけど、ちょっと性格がアレだよねぇ! 顔だけで惚れられてるなら、そのうち捨てられちゃうんじゃない? いや~茶色系弁当とはいえ、こうしてお弁当まで作ってくれる彼女さんに感謝はすれど、文句はお門違い! 距離をとられてるって、そりゃもうアレでしょ。感謝しない男に愛想を尽かす感じでしょ。絶対コレ。間違いない」
「す、捨てられんの、俺」
北村は、核心をついたとばかりに腕を組んで、大げさに頷いた。
まさか。あの木嶋に限ってそんなことはないだろう。訓練校の入学が決まり、一緒に住もうって話になったとき、木嶋はものすごく喜んでくれた。キスだっていっぱいした。
——そう、キスはいっぱいした。でも肝心のその先がない。しかも一緒に住み始めてから、その頻度すらも減っている気がしていた。
「え、ナニソレ。まさか、俺に幻滅したってことか?」
「今どきですぞ。家事育児は平等の時代。しかも鏑木くんは言葉遣いも態度もちょっと乱暴だし、配慮もない。そりゃ他で優しくていい人が見つかれば、そっちに気持ちが向くのは当然なのでは? 顔だけ男は飽きられるのも早いと聞きますし」
ここでまさかの浮気疑惑に、春壱は愕然とした。
いやいやいやまさか。あの木嶋が? シャイで人付き合いも苦手なあいつが、浮気とか考えられない。
——いや、ちょっと待て。木嶋はもともと女のほうが好きなノンケだ。
たまたまいろいろあって、自分のほうに好意が向いただけで、時間が経ってその気持が薄れてきたとしたら?
今は営業職で、苦手だった人付き合いも克服している可能性もある。それに会社にはたくさん女性がいるはず……。
これまでそんなこと考えたことなかった。もしそうならこの弁当は? もはや惰性ってやつなのか?
北村から密かにディスられたことに気がつく余裕もないほどにショックを受けた春壱は、ぐちゃぐちゃにかき混ぜたチャーハンを、スプーンを握りしめたまま呆然と見つめていた。
長かった遠距離恋愛がようやく終わって、こうして一緒に住めるようになったってのに、なーんで手ぇ出してこねぇんだよ。
キスひとつで寝てしまった恋人に、鏑木春壱は、不貞腐れた声を出し、寝ている相手めがけて枕を投げつけた。
恋人である木嶋玄とは、高校からの付き合いだった。
2人が親密になるきっかけは、春壱が高校時代、密かにやっていた売春行為が関連している。
もちろん、木嶋が客だったとか、そういうことではない。
春壱の家はいろいろと訳ありで、中学高校と父親の勤めるスナックの2階で暮らしていた。
その父親がクソみたいな奴で、多方面から借金を繰り返し、挙げ句息子をヤクザに差し出して、売春行為をさせて借金を返済していたのだ。
春壱は母親似なのか、父親には似ず整った美しい顔立ちで、幼い頃から変な男を寄せ付けた。それに目をつけたのが、この父親と金貸しだった。
売春は中学生のころから始まり、春壱はスナックを手伝いながらウリをするという普通ではあり得ない生活を続けていたのだが、春壱が高校2年のとき、諸々あって父親は逮捕された。そのおかげで、春壱は最低最悪の生活から解放されることになったのだが、その諸々に関係しているのが、木嶋だ。
高校時代の春壱は、派手な金髪で規格外制服に身を包み、喧嘩上等のヤンキーぶっていて、当時は仲の良いクラスメイトなどひとりもおらず学校では孤立していた。
木嶋ともただのクラスメイトという以外、接点などまるでなかったはずなのだが、なぜだか急に木嶋が未来からタイムリープしただの、未来では春壱が死ぬだの不穏なことを言い始め、つきまとい始めたのがそもそものきっかけだった。
当時、東京からこの地方の高校に来たっていう木嶋は、やけに寡黙で、こんな田舎の奴らとつるむ気はないという感じで、結構クラスでも浮いていた。それは同じくクラスで孤立していた春壱い対してもそうだったし、春壱からしてみればいけすかねー奴という印象だった。
それなのに、あの日、急にタイムリープだとか言い出して、人が変わったようにオカルトチックな妄想で自分につきまといはじめたのだ。
春壱からしてみれば、当然気味が悪いし、今更厨二病爆発かとドン引きしてもおかしくない。
最初は、最近ヤローに目覚めて、女にも負けない美貌の春壱の気を引きたいのかと思ったが、それにしてはやけに熱心で。成り行き上、仕方なく話を聞けば、なぜだか春壱の家庭の事情や誰にも言っていなかったウリの話も知っていた。
春壱の気を引きたいがため、影で誰から聞いたか調べたのかと最初は腹がたったが、人から聞いたにしてはやけに詳しかったこともあって、そのタイムリープって話に真実味が出てちょっと興味がわいた。
それで少しばかり話を聞いてやったら、案の定妙につきまとってきて、最初はストーカーみたいに鬱陶しくて距離をおいていたが、実際に木嶋の言ったとおりヤバい目に遭いかけて話は変わった。
それ以降も似たようなことが続き、まるで予言書のような木嶋の話を信じるようになって、それからはお互いの距離がぐっと縮んだのだ。
その後、それこそ死ぬ運命にある俺を助けにきたと言い張った木嶋の言う通り、死にそうな目に遭い、父親が児童虐待、売春斡旋、薬物等々で逮捕されたりといろいろあったが、木嶋が必死で春壱を守ろうとしてくれたから、春壱は今元気でいられる。
父親の逮捕後、春壱は父親の両親——春壱からすれば祖父母にあたる人たち——へ引き取られることになったのだが、かつて友達だった2人は離れ離れになる前、お互いの気持ちを確認し、遠距離ながらも着実に愛を育んでいた。
——のだが。
3年の遠距離恋愛を経て、こうして一緒に住めるようなったのに。なぜだか木嶋は手を出してこない。
「なあ、おい! 起きろってば! 木嶋!」
「……——なんだよ。俺明日、早いんだからさー」
木嶋は高校卒業後、進学せず就職し、小さな会社で営業をやっている。明日は営業会議だそうで、朝早くに行って書類を整理しなくてはいけないんだと。それなら自分だって、明日も普通に学校だ。
春壱は夢だった自動車関係の仕事に就くため、自動車整備士の訓練校に通っている。学校は隣の市にあるため、いつも電車の時間に合わせて朝8時過ぎには家を出る。
「はぁ? 俺だっていっつもはえーじゃん! な~起きろって、木嶋ぁ~!」
脱色したばっかりのキンキラな金髪が揺れるほどの勢いで布団を叩くと、木嶋が「わかった、わかったから!」と起き上がった。
「もう、夜中に騒ぐなよ。ここ壁が薄いの知ってるだろ。下とか横の人にすげー迷惑だぞ」
「じゃあさ、もっかいチューして。んでエッチなことしよーぜ」
「……チューはいいけど、エッチなことはちょっと」
「なんでだよ~~!!」
「興奮すると寝られねーだろ。お前だって早いんだから、さっさと寝ろ」
木嶋は、迷惑そうにそれだけ言うと、チュッと頬にキスだけして「おやすみ」と布団をかぶってしまった。
「~~~~!! 木嶋のクソバカ童貞インポ野郎!」
「早く寝ろ!」
春壱は腹いせに木嶋の布団に目一杯蹴りを入れると、隣に敷いてある布団に潜りこみ、頭から布団をかぶった。
そもそもこの布団だって、昔は一組しかなくて、2人で一緒に抱き合うようにして寝ていたというのに、いつの間にか一組増えてて、同棲を始めたときには別々で寝るようになっていた。
(高校の頃は、チューひとつで慌てふためいて、真っ赤になっていたのによー)
今じゃチューすらもそっけないもので、手のひとつも触れやしない。せっかくイチャイチャできると思って、楽しみにここに越してきたのに。これじゃただ物理的に近いだけで、遠距離の頃となんにも変わらない。
(ふーーんだ! エッチしたいって言いだしても、相手してやんないんだからな)
怒りのおさまらない春壱は最後にもう一発、布団から足を出して隣の布団に蹴りをいれ、不貞腐れたまま目を瞑った。
——そして翌日。
昼休憩になり、春壱は教室で、弁当を広げた。だが中身を見るなり、弁当の真ん中にガツンとスプーンを思い切り突き刺した。
突然不機嫌になった春壱を見て、横に座っていた北村が、ギョッとした顔で春壱を見た。
北村は春壱のクラスメイトで、ちょっとモッサリしたメガネくんだ。
さすが訓練校なだけあり、ここはやる気のある真面目な人間が多い。高校では遠巻きにされていた春壱でも、ここでは同志として自然と受け入れてもらえた。
北村なんかとくに、高校だったら絶対に目すら合わせないタイプなはず。それでもここなら、すぐに仲良くなれたから不思議だ。
「え、なに? どしたよ急に」
「なーんか、腹がたってよー」
弁当の中身はチャーハンだった。
チャーハンは春壱の好物で、この弁当は木嶋の手製だ。
料理の得意な木嶋は、いつも自分の分を作るついでに春壱にも弁当をもたせてくれる。昨日あれだけ朝早いと言いながらも、今日もしっかり弁当を作ってくれていた。
しかも春壱の好きなチャーハンと、餃子。冷凍だけど、そんなの気にならないくらい美味しいやつ。色みとか栄養とかガン無視のガッツリ系男子弁当。昨日のあれのあとで、春壱の好きなものを入れてくるのが、無償に腹がたつ。
春壱はムスッとした顔のまま、チャーハンを食べるでもなく、スプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「なんで? 今日の授業でなんかあった?」
北村は購買で買ったパンをムシャムシャ食べながら、春壱の話を聞く体勢に入った。真面目な北村は、春壱が授業の内容で、なにか腑に落ちないことがあったと思ったようだ。
「あー、違う違う。授業のことじゃねーよ。ちょっとプライベートのことでさー」
春壱はいかにも気に入らないといったように、弁当箱の縁をスプーンの背でコンコン叩いた。
「プライベート? 彼女となんかあったん?」
春壱は、ここでは〝彼女持ち〟ということになっている。
入学した当初、他の学科の女生徒たちからのもの凄いアピールにウンザリしていた。だがその後、春壱が弁当持ちだというこが広がり、手作り弁当=同棲彼女がいると周囲が勝手に思い込んでくれたことで、アピール合戦は終息し、春壱はそれを否定しないまま今に至る。
まああながち嘘ではない。家で待っているのが家庭的なかわいいスイーツ女子ではなく、家庭的なガッチリ系スーツ男子なだけで。
「なーんかさぁ。最近、相手と距離があるっつーかさー。俺の相手すんの面倒くせーのかなって感じなのに、律儀に弁当とか作ってて、なんだよそれかーちゃんかよって思ったら、なんかイラッときてさー」
しかもわざわざ春壱の好物をいれるところなんかがまた『これいれときゃ機嫌直るだろ』と見透かされているようで、それがまた春壱を苛つかせる。
「……鏑木くん。彼女さんに感謝が足りないねぇ」
北村がやれやれといったふうに首を振る。
「はぁ!?」
「感謝してる? 鏑木くんが学生やってるってことは、彼女さん仕事して生活支えてくれてんでしょ? それなのに、家事とか全部やらせてる。違う?」
北村はメガネを片手でくいっと持ち上げると、早口でまくし立てた。
「ち、違わない……」
確かに。あそこは木嶋の借りてる家で、同棲という言葉は聞こえがいいが、いわば居候。学生の春壱の生活費は現在祖父母が援助をしてくれていて、それを木嶋に渡してはいるものの、金銭面ではみ出してしまった部分は木嶋が補填してくれている可能性は十分ある。
それだけじゃなく、木嶋は家事全般もこなす。
もちろん春壱も、ゴミ出しやら風呂掃除やら簡単なことはできる。けど、長年父親とゴミ屋敷のような家で暮らしてきたせいかどうにも無頓着で、結果それこそ母親かの如く木嶋が春壱の面倒を見ている状態だ。
「鏑木くんは、顔はいいけど、ちょっと性格がアレだよねぇ! 顔だけで惚れられてるなら、そのうち捨てられちゃうんじゃない? いや~茶色系弁当とはいえ、こうしてお弁当まで作ってくれる彼女さんに感謝はすれど、文句はお門違い! 距離をとられてるって、そりゃもうアレでしょ。感謝しない男に愛想を尽かす感じでしょ。絶対コレ。間違いない」
「す、捨てられんの、俺」
北村は、核心をついたとばかりに腕を組んで、大げさに頷いた。
まさか。あの木嶋に限ってそんなことはないだろう。訓練校の入学が決まり、一緒に住もうって話になったとき、木嶋はものすごく喜んでくれた。キスだっていっぱいした。
——そう、キスはいっぱいした。でも肝心のその先がない。しかも一緒に住み始めてから、その頻度すらも減っている気がしていた。
「え、ナニソレ。まさか、俺に幻滅したってことか?」
「今どきですぞ。家事育児は平等の時代。しかも鏑木くんは言葉遣いも態度もちょっと乱暴だし、配慮もない。そりゃ他で優しくていい人が見つかれば、そっちに気持ちが向くのは当然なのでは? 顔だけ男は飽きられるのも早いと聞きますし」
ここでまさかの浮気疑惑に、春壱は愕然とした。
いやいやいやまさか。あの木嶋が? シャイで人付き合いも苦手なあいつが、浮気とか考えられない。
——いや、ちょっと待て。木嶋はもともと女のほうが好きなノンケだ。
たまたまいろいろあって、自分のほうに好意が向いただけで、時間が経ってその気持が薄れてきたとしたら?
今は営業職で、苦手だった人付き合いも克服している可能性もある。それに会社にはたくさん女性がいるはず……。
これまでそんなこと考えたことなかった。もしそうならこの弁当は? もはや惰性ってやつなのか?
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