雪ン子の恋

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雪ン子の恋

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「ああもうくそっ! なんで吹雪いてくるんだ! もうコースも見えねーよ!」
 
 太一は痛む足を押さえ、大きな木の側に蹲った。地面はもう雪で埋まり、太一の体も雪が覆う。
 
 ——寒い。
 
 太一は寒さから少しでも身を守るように、両手を胸の前でぎゅっと折り畳み、雪を避けるようにその木の陰で小さく丸まった。
 
 
 
 
 太一は某県立大学の3年生で、昨日から同じ大学の友達5人と共に、大学からほど近いこのスキー場に泊りがけでスキーをするために訪れていた。ここは雪女伝説が有名なくらい、冬になると何メートルも積雪するほどかなり雪深い土地だ。
 
 元々スポーツの得意な太一は、冬スポーツの盛んなこの地に住むようになってから、スキーの楽しさに目覚め、冬シーズンともなれば、大学から一番近いこのスキー場に何度も足を運んでいた。
 
 たった3年間ではあるが、ここばかり何十回も訪れている太一にとっては、もう飽き飽きするほど慣れたコース。
 目を瞑っていても余裕ですべれるなど嘯くほど親しんだコースだ。
 
 だから、隣のコースに行くために林を跨いでショートカットすることも普段どおりよくあることで、別段難しいことではないはずだった。
 
 ——はずだったのに。
 
 いつもなら、木々の間を抜け、すいすいと隣のコースに辿り着くはずが、今日は運悪く途中雪に隠れた木の根に引っかかり、無様に転げ落ちたのだ。
 
(くっそ痛え)
 
 いつもなら後ろから付いて来ている友達が、すぐに追いかけてくるはずなのに、いつまでたっても来る気配がない。
 
 落ちてきた先を見上げても、人の姿どころか、太一の名を呼ぶ声も、近くのコースから聞こえるはずのスキーで滑る音も、何の音もしない。
 
 シーンと静まり返った山の中、太一はひどい孤独感に襲われた。
 
「おーーーい!! 良輔!! けんちゃん!! 俺はここだ!! 和人!! たつきーー!! 助けてくれーーーー!!」
 
 声はこだますらせず、雪に吸い込まれていく。
 
 コースとコースの間は10mもない。歩いて林を抜ければ良いのだが、スキーは脱げ、見るのも怖いくらいに右足首が変な方に向いている。
 
 痛くて痛くてこんな雪の降り積もった山の斜面で、立って歩けるはずもなかった。
 
 気がつくと先ほどまでは快晴だった山に、空から雪がハラハラと舞い落ち始め、太一の上に降り積もる。
 
(ヤベえな。このままだと雪に埋もれて凍死する。吹雪にさえならなきゃ、すぐに誰かが見つけてくれるとは思うけど……)
 
「っいてて————」
 
 太一は雪の上を、足をかばいながら這うようにして、近くの大きな木の下に移動する。
 
 大きな枝ぶりが、ある程度雪から太一を守ってくれるだろう。——雪が枝から落ちてこない限りは。
 
 やっとこさ木まで辿り着き、痛む足を両手で持って体の向きを変え、ドンと木に背をつけてふーっと一息ついたところで、辺りを見回すと、粉雪が舞うように真っ白く周囲を覆っている。
 
「嘘……マジかよ」
 
 先程まで快晴だったこの山も、太一が必死に足掻いていたたった数分の間に、助けなど呼べないくらい真っ白に吹雪いていた。
 
(さみぃ…………)
 
 小さく丸まった太一の上に、霏々と雪が降り積もる。
 先程まで静かだった林の中は、雪の吹雪く音で煩いほどだ。
 
(これじゃ、誰か助けに来ても分からねぇな……)
 
 手足や耳が痛くて痛くて堪らない。——だが温めたくても、冷え切った手はもう動かせない。
 太一は、雪に半分埋もれたまま、意識が遠のくのを感じた。
 
 
 
 
 ザクッザクッザクッ
 
 
 遠くから雪を踏む音が聞こえる。
 
 ビョウビョウとこんなに吹雪いているのに、なぜか大勢が雪を踏んで歩く音が、朦朧とした意識の中、鮮明に耳に流れ込んでくる。
 
 太一は、雪が睫毛に乗り、かじかんで開かない瞼を懸命に持ち上げ、ようやく薄っすらとだけ目を開けた。
 
 
 ザクッザクッザクッ
 
 
 吹雪のせいで見えないはずの景色が、なぜかはっきりと見える。
 
 助けかと一瞬喜びが込み上げたが、よく見ると彼ら・・の服装は、太一には馴染みのない、奇妙な出で立ちであることに気がついた。
 
(……なんだ、あれ…………)
 
 何とか彼らのことを観察しようと、開かない瞼を懸命に開く。
 だが、ぼんやりと目に映るその姿は……
 
(蓑……?  なんだ、あれ……)
 
 藁か何かを編んだような、三角の形の外套——民族風習に興味のない太一は知らなかったが、あれは雪を避けるための“すげぼうし”という全身を覆う帽子で、集団はみなそれを身に着けていた。
 
 だがこのすげぼうし、この地方ではあまり一般的ではない。だから、雪を避けるためとはいえ、そんな珍しいものを着て吹雪の中を歩く集団など、太一でなくとも異様に感じることだろう。
 
 
 ザクッザクッザクッと雪を踏み鳴らし、彼らは列を乱すことなく歩く。
 木の陰にいる太一のことなど一切気にかける様子もなく、まっすぐに林の奥を目指していた。
 
「う…………あ…………」
 
 助けを呼びたい。何とか声を上げたいが、もう口は凍りついて開かない。
 
 口だけではない。傷めた足はもうすっかり寒さに痺れ、痛みどころか感覚すらない。
 ずべてが凍りつき、まるで自分が人形にでもなったかのようだ。
 
 ——もう、目も開けておくこともできない。
 
 ゆっくりと瞼が閉じかけたとき、太一の前に藁靴を履いた足が見えた気がした。
 
(……なんだ…………藁、ぐつ…………?)
 
 
 太一の意識は、ここで途絶えた。
 
 
 
 
 ーーー
 
 
 
 
 パチパチと火の跳ねる音がする。
 
 ——暖かい
 
 薄っすらと目を開けると、目の前には薄暗い室内を煌々と照らす、火を熾した囲炉裏が見えた。
 時折、パチッパチッと何か燃やされたものが跳ね、火が揺らぎ、影が踊る。
 
 ——ここはなんだか懐かしい…… 
 
 しばらく火を見ながらぼんやりとしていると、懐で何か暖かいものがもぞもぞと動いた。
 
 ——何だ?
 
「たいちろう! 気がついた?」
 
 懐から少年がひょっこりと顔を出し、太一朗・・・の口にチュッと口づけた。
 
「太一朗? いや、俺の名前は……」
 
 頭の片隅に何かがかすめたが、すぐに引っ込んでしまった。
 
「ん? どしたの」
 
 不思議そうな顔で、太一朗を見上げる。
 彼の名は——そう、名前は“ユキ”だ。
 
「……いや、ユキ。なんでもない」
 
 太一朗はずっとユキを行火あんか代わりに抱きしめて寝ていたことに、ようやく気がついた。
 
 
 
「もう! 太一朗、今までどこに行ってたの? なんであんなところで雪に埋まってたんだよ~!」
 
 懐から這い出てくると、愛らしくプクッと頬を膨らませて太一朗の頬をつねる。
 
「いてっ。そういうお前だって、いつも雪の頃にしか姿を現さないだろう」
 
 太一朗もお返しとばかりに、ユキの小さくかわいらしい鼻を、指で摘んだ。
 
「ぶふっ。そりゃそうだけど……。あ! 分かった! 太一朗、ボクのこと探しに来たんでしょ! 去年も一昨年もずっと会えなかったし。だからあんなところで雪に埋まってたんだ! ふふっ馬鹿だなあ太一朗。吹雪の日に出歩いて! ここにいてくれれば、ボクから来るのに」
 
 キャッキャッとはしゃぐユキを見て、先程まで孤独感でガチガチに凍りついていた太一朗の心が、雪が溶けるように癒やされていく。
 
(ああ。ユキだ。かわいいユキ。なんで俺は今まで忘れていたんだろう)
 
 太一朗はそれまで忘れていたユキとのことを思い出していた。
 
 
 
 
 ——ユキとの出会いは、雪の舞い散る日の深い山の中だった。
 
 その日も太一朗は狩りをしていた。
 食料を得るためには狩りは必須で、雪が降ろうが風が吹こうが、太一朗は構わず毎日山に入っていた。
 
 この日はなかなか獲物が見つからず、目ぼしい食料もなく困っていたところで、ようやく小さな兎を見つけた。
 
 ぴょんぴょんと雪上を跳ねる兎の後を追い、太一朗は普段はあまり踏み込まない、奥の方にまで入ってきていた。
 
 太一朗は距離を保ち、兎の様子を窺う。
 兎がふいに立ち止まり、キョロキョロと立ち上がったところで、ドンッと猟銃を打ち込むと、兎は呆気なくパタリと倒れた。
 
 太一朗はやっと家に戻れるとホッとし、兎の耳を掴み拾い上げたところで、兎が先程までキョロキョロと視線を寄越していた先、そこに何故か目がいった。
 
 
 しんしんと降り続く雪の中、ひとりぽつんと佇むすげぼうし姿の子供。
 
 それがユキだった。
 
 すげぼうしなど、最近では珍しい。この辺りでかぶる者など滅多にいない。
 
 少し怪しんだが、近づくとくりくりとした大きな目の、かわいらしい少年だった。
 
 どうしたのかと聞くと、旅の途中で仲間とはぐれたのだと、そう、ぼんやりとした口調で答えた。
 
 ここに居れば誰か迎えに来るのかと聞くと、彼は黙って首を振った。
 
 それでは仕方がない、雪が止むまでは面倒を見ようと、手を引いて家まで連れ帰ったのが、ユキとの生活のはじまりだった。
 
 
 連れ帰った後しばらくは、ユキは太一朗の家で大人しくしていた。寒かろうと火の前を勧めたが、なぜか火に当たるのを嫌がり、ずっと部屋の隅に座ったまま、太一朗のことを見ていた。
 
 藁で草履を編んだり、箕を繕ったりしているうち、ユキも興味をもったのかやってみたいと教えを乞うようになった。そんな風に一緒に生活をし、だんだんと距離が近づくにつれ、ユキも心を許すようになり次第に笑顔をみせはじめた。
 
 冬になれば誰とも会えず、いつも寂しい冬を過ごす独り身の太一朗にとって、はじめて誰かと過ごすこの冬は、少し暖かいものになった。
 
 だがそのユキも、雪が溶け始めた頃、姿を消した。
 
 なんだひとりで帰れたのかと半ば呆れ、寂しくもあったが、いきなり現れいきなり消えたユキを太一朗は探さなかった。
 
 しかし何故かその次の年も、雪が降る頃に彼は現れた。そして翌年、その翌年も——。
 
 当然のように毎年姿を現すユキとの冬ごもりは、次第に太一朗にとって特別なものになっていた。
 
 
 ——それなのに、なぜここ数年はユキのことを忘れていたのだろう。
 
 
 
 
「ね、太一朗! 久々にアレしてよ」
 
「あれ?」
 
 ユキが太一朗の股間のものをキュッと掴み、えへへと笑った。
 そういえば、太一朗もユキも着物を着ていない。お互い素っ裸で抱き合っていることに、今更ながら気がついた。
 
「……もしかして、ユキ、凍えた俺を体で温めてくれていたのか」
 
「そうだよ! 太一朗ってば、今にも死にそうだったんだもん」
 
 ユキが褒めて褒めてと、頬を寄せる。柔らかくスベスベとした肌が太一朗の頬に擦りつけられ、愛しさがこみ上げてくる。
 
 
 ——かわいい、かわいい俺のユキ。
 
 
 ユキの顔を両手で包み、太一朗は唇を重ねた。
 抵抗することもなく、ユキは嬉しそうに太一朗の唇に吸い付き、何度もチュッチュと口を鳴らす。
 
「ね、ね、太一朗、もっと」
 
 小さく柔らかい舌を太一朗の口にねじ込んで、口づけをねだるユキに、太一朗も自身の舌を絡ませて応える。
 
「太一朗、下も触って」
 
 少し硬くなったユキのものが腹に当たっている。接吻しただけで興奮したのかと、敏感なユキが愛らしく微笑ましい。
 
 ユキは、太一朗の手を取り、自身の陰茎に導いた。
 少し皮を被ったユキのものは、まだ子供のように小さい。
 出会ってから何年も経っているから、すでに子供ではないはずなのだが、ユキはずっと変わらず出会った頃のユキのままだった。
 
 皮を指で優しく剥いてやり、先端を露出してやると、ユキがふるっと身震いする。
 
「痛かったか?」
 
「ううん、だいじょぶ。もっとして」
 
 接吻しながら優しく扱くと、ユキの口からかすかな喘ぎと、気持ちいい気持ちいいとうっとりとした声が漏れ出てくる。
 
「ユキはいつまでたってもかわいいままだな」
 
 太一朗はユキの胸に舌を這わせ、小さく控えめな頂きを転がす。そのたびにユキのこれまた小さく華奢な手が、太一朗の髪をクシャッと掻くようにしてしがみつくのだ。
 
 そのまま胸から腹を辿り、ヘソを嬲り、薄い茂みに囲まれたユキの陰茎を口に含むと、ユキは待ってましたとばかりに喜悦の声を上げた。
 
「あっ……太一朗! 気持ちいい……あ、あ、あ……太一朗……もっと、もっとして」
 
 口をすぼめ吸い上げるようにしてジュブジュブと上下すると、それにあわせてユキの腰も揺れ動く。
 
「あん、あっ……太一朗! 太一朗! やんっ、でちゃうっ」
 
 小さな陰茎がパンパンに膨らみ、ビクンビクンと波打ったかと思うと、太一朗の口内にビュッと射精した。
 
 ゴクンとユキの放ったものを飲み込むと、太一朗はハァハァと荒い息を吐きながら、そのまま自身の陰茎をユキの後ろにあてがった。
 
 解してもしていないのにすんなり入るとは思わなかったが、何故か太一朗に躊躇いはなかった。
 
「はあ……、大丈夫だよ。早く挿れて太一朗」
 
 太一朗はグッと先端を押し込むと、なんの抵抗もなくヌルッと先が飲み込まれていく。
 
「あああ————!!」
 
「ぐっ……くぅ」
 
 一度引き抜き、勢いよく突き上げると、ユキの小さな菊門に、太一朗の剛直が飲み込まれていく。
 
 ぬめぬめと蠢き絡みつく肉癖を陰茎に感じながら、太一朗は恍惚とした表情で自身を受け入れるユキを眺めた。
 
 
 ユキと一緒にいたい。このまま何も考えず、ユキと共にここにいたい。
 自分にはユキさえいればいいのだ。
 
 
 ユキの丸く小さな尻を犯しながら、太一朗はそればかりを考えていた。
 
 
「太一朗! 太一朗! もっと! もっと奥まで来てぇ!!」
 
 太一朗に手を伸ばし、子供のような顔に淫靡な表情を浮かべ、太一朗を煽る。
 
 
 ——自慰すら知らなかったユキに、コレを教え込んだのは自分だ。
 
 毎年、毎年、ユキが体を擦り寄せる度に体を弄び、吹雪いて外に出られない日は、一日中体を重ね、まぐわい続けた。
 
 冬の間の寂しさを、ユキに縋ったのだ。
 
「ユキ! ユキ!」
 
 何度も何度も腰を打ち付け、ユキの体が絶頂に打ち震えた時、太一朗もまたユキの中に白濁を放った。
 
 
 
 
「ふふっ、太一朗、太一朗~!」
 
 お互い気が済むまで何度も体を重ね、ようやく一息ついた時、ユキが戯れるようにして太一朗の体にしがみついてきた。
 
「ボク、やっぱり太一朗が好きだ~!」
 
 グリグリと頭を肩に押し付けてくるユキを手で撫でてやると、嬉しそうに笑う。
 
「ほんと、何年ぶりかなぁ。ずっと会いたかったのに。会えないんだもん。何度来ても、ここ、ずっと誰もいなかったし」
 
「……そうなのか」
 
「覚えてないの? 太一朗はどこにいたの?」
 
 太一朗はこれまで一体どこにいたのか、はっきりと思い出せなかった。
 ただここ・・にいなかったことは確かだ。
 
 思い出そうとすると、何かが頭を掠めるのだが、モヤに包まれて思い出すことはできない。
 
 
 そうやって考えていると、久々のユキとの情交に疲れたのか、だんだんと眠気が襲ってくる。
 思い出そうとすると、余計に眠い。
 
 ユキが何かを喋っているが、返事をするのも億劫になり、太一朗は眠気に負けた。 
 
 
 
 ——太一朗は夢を見ていた。
 
 それは女だ。女の夢。
 
 いつものようにユキとまぐわい、今のように微睡んでいた時、いきなり目の前に現れた女。
 
 女は恐ろしい形相で太一朗を睨み、ふうっと息を吐きかけてきたところで、太一朗の目が覚めた。
 
 
 
「太一朗? ちょっと寝てたね。夢を見たの? ……怖い顔」
 
 ユキが少し怯えたような、心配した声で尋ねた。
 
「ユキ……。俺と最後に会った日のことは覚えているか」
 
「んーと、……」
 
 ユキは太一朗にしがみついたまま、目線を上に向け思い出そうとしている。
 
 
 
 先程の夢。
 太一朗は何か引っかかっていた。
 
 あの夢の意味を知るべきだ。あの女は何者か。ただの夢なのか、それとも現実のことなのか。
 
 所詮夢の中の出来事だ。
 ただ女に息を吹きかけられただけなのに。
 なのになぜこんなに自分は怯えているのか。
 
 ユキと最後に会った日。思い出すことのできないその日の出来事が、全てを知ることのできる鍵だという気がしていた。
 
 
 
「うーんとねぇ。ボクと太一朗が最後に会った日のことは、実はボクもおぼろげなんだー」
 
「そうなのか?」
 
「なんだか思い出しちゃいけない気がして」
 
 それは太一朗も思っていた。
 思い出そうとすると記憶にモヤがかかる。頭が自制するのだ。
 
「思い出せるか?」
 
「うん。確か、今みたいに太一朗と裸で抱き合ってたのはよく覚えてる。そのときもとても気持ちがよくて、太一朗のことが好きで、太一朗も好きだって言ってくれて、それはすごく覚えてる」
 
「……そうか」
 
「うん! それで、ボクはそろそろ帰らなくちゃいけなくて、でも離れたくなくてグズグズしてて……。あ、そうだ! 姉様あねさまがここに来たんだ!」
 
 姉様……!
 
 ユキが話した『姉様』という言葉に、太一朗の動悸が激しくなる。
 
(そうだ、夢の中でもユキが姉様と呼んでいた……!)
 
「そう、そうだ。……姉様が来て、早く戻れって。…………そして、太一朗を指さして、まだその男の精気を奪っていないのかって………………」
 
 ユキの表情が暗くなり、話し方も次第に棒読みのように抑揚のない喋り方になる。
 
「……そうだ。あの時……。姉様が……。ボクが太一朗を好きになっちゃったせいで、姉様が……姉様が……!!!」
 
 ユキの体がどんどん冷たくなる。
 ユキの体があたっている左半身が、異様に冷えて寒い。
 
「ユ、ユキ…………!? どうした!?」
 
 ユキはゆっくりと起き上がり、天を仰いだ。そして頭を掻きむしりながら、大声で泣き喚いた。
 
「太一朗!! ごめんなさい!! 姉様が、姉様が太一朗を!! 止められなかった!! 姉様がたった一度の吐息で、太一朗を殺すなんて、そんなこと思いもしなかったんだ!!」
 
 気がつくと囲炉裏の火は消え、屋内にもかかわらず、周囲を雪が舞う。
 
 ユキがごめんなさいごめんなさいと泣くたびに、雪は吹雪へと変わり、裸の太一朗を凍えさせた。
 
「ユキ!! ユキ!! 落ち着け!! 俺はここだ! ここにいるぞ!!」
 
「太一朗!! 太一朗!!」
 
 ——ユキにはもう、太一朗の姿は見えなかった。
 
 猛吹雪に襲われ、泣き叫ぶユキの声も姿も次第に消されていく。
 
 太一朗は凍えながらも何度も何度もユキの名を叫んだ。
 しかし返ってくるのは吹雪いた風の音だけだった。
 
 
 そして必死にユキを探す太一朗もまた雪に埋もれ、姿すら見えなくなった。
 
 
 
 
 ——————
 
 ————
 
 
 
「太一!! 目が覚めたのか!?」
 
 気がつくと太一は、麓の病院にいた。
 
 目を開けると、一緒に滑っていた良輔やけんちゃんたちが、心配そうに太一を見下ろしていた。
 
 
 話を聞くと、確かに太一は木の根に足を取られ、そのまま下に落ちていったらしい。
 そこまでは後ろにいたけんちゃんがはっきりと見ていたから、確実だ。
 
 しかしその後、太一が忽然と行方不明になったというのだ。
 
「で、俺はどこにいたんだ」
 
「——それが」
 
 慌ててみんな、落ちた先まで降りて救助に向かったというのだが、いるはずの場所には太一はおらず、実際に見つかったのはこのスキー場から少し先にある薪小屋だったそうだ。
 
「薪小屋?」
 
「そうだ。太一、ひとりでそんなところまで行ったのか? しかもあんな短時間で」
 
 行くわけがない。事実、太一の右足首は骨折し、そんなところまで移動できるほどの元気も余裕もなかった。
 
 しかもこのスキー場の近くに薪小屋があるなんてことも知らなかったくらいだ
 
 なぜ太一がそんなところに居たのか、みな首を傾げるばかりで、それでも遭難しなくて済んで良かったと、見つけてくれた薪小屋の管理人に感謝しろよと、それで話は終わった。
 
 そして太一が落ちた後、吹雪になったはずなのだが、それもみんな知らないという。とにかく不思議な話だ。
 
 
 
 太一にとって、あの日の出来事はひどく鮮明に心に残っている。
 
 後になって調べたら、太一の見つかった薪小屋の周辺には、かなり昔に小さな集落があったということが分かった。
 
 その村はある日、集落の半数が凍死する大寒波が襲い、生き残った者はここを捨て、廃村となったという。
 後に登山客のために薪小屋が整備され、そこだけが今は使われているのだということだった。
 
 太一はこの集落に太一朗という者が住んでいたか調べてみたが、廃村になった後、記録全てが廃棄にでもなったのか何も見つからず、太一朗という者が実在したのかどうかもわからずじまいだった。
 
 ただ昔その村の近くに住んでいたことがあるという老人の話では、寒波に見舞われたのはその村だけで、近くの村はさほど雪は降らなかったのだという。まるでその村だけが雪女の襲来にでもあったかのようだったと、老人は語った。
 
 ——この地方に伝わる雪女伝説の中に、男の精を奪う雪女の話がある。
 美しい女の姿で家を訪れ、男の懐に入り、精を奪う。
 黙って大人しく精を取られるだけならまだしも、彼女らを怒らせると吹雪が襲い、村中が凍死させられるのだという。
 
(ユキは雪女だったのか?)
 
 ユキは男の子だったから雪ん子、ユキワラシと考えるべきか。
 
 『かわいい俺のユキ』
 
 太一の胸に、太一朗のユキへの想いが蘇る。
 孤独だった太一朗に心に、愛しさと暖かさを与えたユキ。
 
 太一朗の精を奪えず戻ってこないユキに、姉である雪女は痺れを切らしてしまったのだろうか。
 集落を廃村に追いやったのが、雪女なのか、それとも太一朗を失ったユキの暴走が原因なのか、それは分からない。
 
 だが太一朗を想うユキは、遭難した太一を助けてくれたのだ。
 
 
 ◇
 
  
 その後太一は大学を出て、バックカントリースキーのインストラクターの道へ進んだ。
 雪が積もる頃になると、ユキが来るのではないかと毎年この薪小屋に出かけていた。
 
 そして今年もまた、雪が積もり出す頃、薪小屋の囲炉裏に薪がくべられる。
 
 太一は今年もひとり、この薪小屋を訪れた。
 
 以前ここに太一を運んでくれた人の痕跡でも残っていないかと思い、薪小屋の管理人に聞いてみたことがあった。
 囲炉裏に薪がくべられていたがそれだけで、あとはドアの隙間から吹き込んできたと思われる溶けかかった雪と氷の塊が、太一の側にあっただけだという。
 
 太一は当時自分が座っていた場所に座り、囲炉裏を眺める。
 
 太一の心にあるのは、あの愛らしいユキの笑顔。
 まるで太一が太一朗にでもなってしまったかのように、ユキが太一の心から消えることは永遠になかった。
 
 恋人も作らず、魅入られたかのように毎年一人自身を凍てつかせた雪山に籠る太一。
 そんな太一を周囲は、雪に取り憑かれたのだと、そう噂した。
 
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