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しおりを挟む数日前。
出版社の職場は絶えず戦場である。校了を待つ者、取材計画を立てる者、打合せ中の者、様々な仕事に没頭し、他者へは我感せずという雰囲気が漂っている。
それでも、割と穏やかな部署というのが、広告部だ。
美香は雑誌内の広告の媒体を探し、デザインやキャッチコピー等を作る部署に属し、他部のコンテが出来ない限り、その仕事を進め、雑誌に載せる頁を埋める事は出来ない。
いつ何時、余白が変わっても良い様に、猶予あるパターンも考えて、広告を載せたい業者とは打合せし備えている。
そして、美香はいつもの様に、業者との打合せを終え、自分の部署へ戻ろうとしていた。
「…………では、この様に載せさせますので」
「お願いします、纐纈さん………本当、御社は広告代理店を頼まず、個々で請け負って頂けるんで、仕事が難しい限りですわ………その代わり、費用も幾分優しくしてくれているので、文句付けようがないんですけどね」
「その代わり、他者の広告代理店とは違う独創性を売りにしてるつもりなので」
「間違いないですな………では、頼みます」
「はい、お任せ下さい」
広告には広告代理店が請け負うのだろうが、美香が勤める会社は、冊子1冊全て自社で作る、という事がモットーだった。
取引業者を見送り、美香が部署へと戻ろうとすると、背中をポンポン、と叩かれ声を掛けられた。
「美香」
「…………天音、お疲れ」
「今、ちょっと話せる?」
「私は良いけど、天音は忙しいんじゃないの?」
「忙しいのは変わらないけど、親友と話す時間ぐらい都合付けるわよ」
出先からの帰社だろうか、天音はコートを羽織り、頬を赤らめ凍えそうだ。
エレベーターに上階に上がろうとした美香の背後で、長時間寒空の下に居たのだろう天音を見ると、ビル内で暖房の効く部屋で仕事が出来る有り難みを感じる。
「外、寒かったでしょ………今夜、雪振りそう、って天気予報で見たわ」
「寒いってもんじゃないわよ!凍死するって!それで張り込みさせる、ってマジブラック企業!」
「天音!誰かに聞かれる!」
「エレベーターに乗ってんだから聞こえないって………あぁ……寒っ!美香、抱き締めさせて!」
「いや、それも防犯カメラが見てるって……」
冷えた天音に抱き締められても、嫌な顔もせずに、防犯カメラに見られようとも、天音の背中を擦る美香は優しい人柄の性格だった。
「暖まるぅ………美香、体温高いから私の湯たんぽよ」
「湯たんぽ扱いすんな」
「じゃ、カイロ」
「それも嫌」
「…………ふぅ……ちょっと回復……これで、部署に戻らず、自販機前で熱っつい珈琲なんて飲めたら最高よ」
「荷物ぐらい置いて来たら?」
「戻ったら最後、直ぐにデスクに根付くわ………だから、ね?お願い!ちょっと時間を作って!」
「…………10分ぐらいなら、今大丈夫かな」
「ありがと!」
天音の話が何なのかは分からない。だが、親友の寒そうな姿と、せめて暖を取って、身体を温めて欲しい、と思った美香は断らなかった。
それでも10分しか取れないのは、美香にも仕事があるからだ。勤務時間後なら時間は取れるが、天音の仕事は日中深夜、不規則な記者。勤務時間後に2人で食事をしていても、呼び出される事もある。
休憩所へと向かい、自販機へ温かい珈琲を2つ買うと、直ぐに天音は美香に封筒を見せた。
「悪いんだけど、10日後に私と一緒に此処に付き合ってくれない?」
「…………何?この封筒」
「とある店の招待状なんだ………場所は招待状に記載あるけど、連絡先は未記入………招待状を私に渡した人は訳あって、美香にも話せないんだけど、とある事情で私、その人にこの店に招待されたの………この店は完全予約制で、変更は出来ても今の私には連絡手段が無いし、招待してくれた人へその変更は難しい」
「あ、怪しい…………」
「店はね………でも、この店の会員は全て、政界や芸能、あらゆる界隈の著名人ばかりで、個人情報の漏洩には厳しいの」
「秘密厳守、て事?」
「そう…………詮索不可」
明らかに怪しい店の招待状に、美香は中の招待状を見つめながら、天音に問う。
「何で、天音がコレを手に入れれた訳?」
「……………その人のスキャンダルを私が手に入れているからよ………その記事を書かせない為に、別の著名人のスキャンダルを探せとでも言いたげで、招待状を贈ってくれた、という訳」
「………【秘密の花園】………そのまま怪しい店、て感じね………自分の記事を揉み消す代わりに、別の人のスキャンダル、てそれこそ漏れたら危ないんじゃないの?その人」
「…………私が漏らさない、記事にしない、って事は記事に出来ない、て事迄追い詰められるから、て事なんだと思う…………会社も潰され兼ねない様な事を、手に入れたと思ってもおかしくないでしょ?」
「怪しいよ!行かなくても良いじゃない!天音が危険な目に遭わない保障は無いでしょ?」
美香がこれだけしか聞いていなくても、危険を感じるこの招待状だ。天音も躊躇して受け取ったに違いない。
「それでも、それを公にしないだけ、他のスキャンダルで手を売ってくれるのだとしたら、私の身は安全なんじゃない?でも、1人で行くのは怖いからさ、美香に一緒に行ってくれないかな、と………」
「同じ部署の人に頼むとか…………あぁぁぁぁっ!分かった!分かったから!………そんな懇願する目で私を見つめないで!」
私を巻き込むな、と美香は天音に言いたかったが、もし一緒に行かなったら、もし天音が危険な目に遭ったなら、と思うと後悔しそうで、美香は断りきれなかった。
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