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しおりを挟む美香が天音に誘われた日から3日後の事。
天音が車に跳ねられ、救急車で運ばれたと会社に連絡が入った。
横断歩道を渡ろうとした児童が、信号を無視した暴走車に跳ねられそうになったのを天音が見つけ、児童を守る為に、飛び出したのだという。
幸い、児童は軽傷で、天音は足を骨折、打撲や擦り傷という有様だった。
「無事で良かったよ、天音~!一報聞いた時、気が気じゃなかったんだから!」
「会社に連絡してから、直ぐに美香に連絡入れたじゃん………あ、これ美味しそう………食べていい?」
美香は仕事終わりにお見舞いに来て、天音が好きなケーキ屋に立ち寄って、限られた面会時間の中に時間を割いて安心した表情を見せた。命に関わる事でもなかった怪我であっても、重傷に変わりない。天音の屈託ない笑顔で、ケーキを選ぶ顔は、美香に安堵を齎した。
「良いけど、病院食もあるんだから、程々にね」
「全部好きな物ばっかじゃん。美香も食べよ」
「うん、モンブランは私が食べるからね」
「うん、分かってるって………私は抹茶食べよっと」
紙の皿だが、途中で美香は紙の皿とカラトリーも買って用意してきている。
その皿に美香は2つのケーキを乗せ、残りは天音に食べて貰おうと、冷蔵庫へしまった。
「この冷蔵庫使えるんでしょ?」
「うん、使えるよ………もう1つの苺のタルト、分けて食べれば良いじゃん」
「これは、天音が食べる為に買ってきたから良いんだよ」
「もう、私の嫁に来い、美香」
「嫌」
勿論、これは2人のいつもの掛け合いで、冗談である。
「天音、この事故の事なんだけど、例の件に関わってんじゃないでしょうね?」
「例の件?…………あぁ、あの招待状の?無い無い!多分ね。加害者は脇見運転して、信号確認怠った近所に住む主婦だったし、私が庇った子もその主婦とは無関係だったし、私も全く接点無い人達よ………心配したの?」
「そりゃ、心配するわよ」
「ありがとうね、美香………一応、今回の事故の件は知らせておいたから大丈夫。あの招待状の日、行く予定だったけど怪我で私は行けなくなったから、招待状を無駄にしてしまいました、て連絡入れておいたわ」
「じゃあ、私も行かなくて済んだ、て事よね?」
「…………そ、それなんだけど………ごめん!美香!」
天音は痛いだろうに、打撲した痛々しい包帯姿で手を合わせた。
嫌な予感が美香を襲う。
「え…………ごめん、て何?」
「代わりに行ってくれない?」
「何で!」
病院内で大声は厳禁だ。それなのに、声を張り上げてしまう。
「病院内はお静かにお願いします」
「す、すいません………」
「気をつけます」
病室は個室ではないので、カーテンに仕切られた隙間から覗く目線も、うざがられる2人。
「招待状を発行するのにもお金掛かってんだって言うのよ。賄賂とでも言うのかな………受け取ったが最後、だった………という……」
「ふざけてんの?その人………脅迫してると言っている様なものじゃないの。もう暴露しちゃいなよ」
「…………したいのは山々なんだけど、上司にも相談したら、俺のクビも飛ばす気か?………って………」
「…………そんなに大事なの?」
「ネタとして取っておいて、イザという時に出せって」
「今がイザ、じゃない訳?」
「もっと、その人が大物になったら、て事じゃないかな………まだ時期じゃない、と言われたし、今は懇意にしつつ、手なづけて泳がせておけ、と………警察介入しかねないネタなんだよね」
一体何を天音は持っているのだろうか、と心配でならない。
「警察介入、て刑事事件になる、て事?」
「公安がらみ」
「……………また大層なネタ持っているのね」
「相手は政治家だしね」
「納得…………でも、私1人では無理だよ?部署も違うし、記者として潜入出来ないからね?」
「それなんだけど、今回はその取材はしなくて良いや。行くだけ楽しんでおいでよ。普通じゃないらしいお酒とツマミが出る倶楽部だっていう話だから」
「だから、その普通じゃない倶楽部が怪しいんじゃないの」
普通じゃない飲み屋が美香には分からない。
「私が聞いた所だと、一夜限りの社交場だって聞いた。既婚者が素性隠して、堂々と浮気出来るとか、未婚でも性癖の相性探しに来てる、とか………まぁ、そんな感じ?」
「在り来りそうだけど………倶楽部なんて付く飲み屋は大抵、相手探しって言うじゃない」
「美香は真面目だから、そんな遊び方した事無いでしょ?今迄合コン誘っても来ないし、彼氏居た事ないんだから」
「…………彼氏は作る気無いよ………私は……家族問題が……」
「今、例の人居ないんじゃなかったっけ?長期出張だって言ってたじゃん。確か半年?」
「っ!…………う、うん……居ない……けど、バレた時が怖くて………」
美香にもなかなか闇がある様で、天音と何処迄話をしているかは分からない。
「ブラコン兄貴なんて放っておけば良いんだよ。お兄ちゃんと結婚も恋愛も出来る訳無いんだから」
「…………そうなんだけど……」
「鬼の居ぬ間に、羽目外して彼氏出来りゃ、お兄ちゃんも諦めてくれるよ。ほら、美香が憧れる笹島課長にプッシュしちゃえ」
「えっ…………わ、私、課長をいつ憧れてる、て天音に言った?言ってないわよね?」
「見てりゃ分かるっての………上司と怪しい店でデートしておいでよ、美香。こんな機会滅多に無いよ」
「…………ど、如何やって誘えって言うのよ」
「私の取材協力に付き合う予定だったのに出来なくなったから、取材無しで招待状無駄にしたくないから、て言えば良いんだよ………まんまじゃん」
「…………」
美香は恋愛を諦めていた節があった。
それを語るには、まだ先の話。
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