秘密の花園で会いましょう【完結】

Lynx🐈‍⬛

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「なぁ、なぁ………協力しろよ」
「追ってくるな!」

 美香は拓真に肩を抱かれて、歩く事が精一杯だった。2人の後ろには、史人が付いてくる上、協力を持ち掛けていて、路上を歩く人々は、煩い史人と史人を拒否続ける拓真を何事かと見て立ち止まっている。

「腹も減ったんだ!飯食おうぜ」
「1人で行けよ」
「お前達も一緒に決まってんじゃん、俺金ねぇから」
「集るな!阿呆!」

 馬鹿から阿呆へ昇格した史人は、本当に遠慮が無い。

「ねぇ、何ちゃんさ………こんな頑固な弟じゃ疲れんじゃない?ねぇ?」
「……………私に話し掛けないで下さい」

 無視すれば、美香の視界に入って来て、その都度拓真が史人から隠してくれるが、ずっとこの行動を10分は続けている。

「タクシー!」
「お?タクシーで移動すんのか?良い店知ってんだ、乗ろうぜ」
「……………先に乗れ」

 こうなったら、文明の力を使うしかない、と拓真がタクシーを拾ったが、史人を乗ったのを確認すると、美香は拓真に腕を引っ張られ、走り出して逃げる事にした。

「あ!てめぇ!」
「逃げるぞ!」
「はい!」

 繁華街をダッシュして、人混みを掻き分けて走るにしても、真っ直ぐに走るは無理だ。しかも、史人はタクシーを降りてしまい、また追い掛けて来る。

「ふ、ふざけんなよ………アイツ!」
「執拗い!」
「待てって!この野郎!」

 タクシーも傍迷惑な話で、史人は数mの料金も払ったかも疑わしい。
 だが、それを拓真が払う事もアホらしく、史人の責任に丸投げするだろう。

「きゃっ!」
「捕まえた!」
「み…………離せよ!」

 史人に美香の名前を教えたくない拓真。
 美香も、史人に名前を呼ばれたくもなかったので、お互いに名前は呼び合わないという、阿吽の呼吸が出来ていた。

「痛いっ!離して下さい!」
「一緒に来るなら離してやるよ?痛いよなぁ?如何する?」
「っ!…………話をするだけだ………お前の意図はもう大体分かってるし、それについては俺は協力しないからな」
「協力しろって………稼がせてやるからよ」
「いい加減離せよ!」
「っくっ………い、痛っ!」

 史人が掴む美香の腕を、拓真が絞め上げたのは、美香をなかなか離さなかったからだ。一般的な握力ぐらいだろう拓真でも、嫉妬に狂った時、思わぬ力が出たのかもしれない。

「離す!離すから………お前も離せ!」
「先にお前がその手を離せ」
「…………ちっ………兄貴に何しやがる……おぉ……痛ぇ……痣になっちまっただろ!」
「お前が先に、手を出したんだから正当防衛だ…………そこのファミレスにするぞ、良いな?」
「は?もっと良い店にしろよ!連れてってやるからよ」

 美香もファミレスで充分だと思える。
 折角のデートを邪魔された事も、謝らない無礼な史人に時間を割くつもりは、美香も拓真も無いのだ。

「冗談は止めてくれ………誰がお前の息の掛かる場所に、俺達が行かなきゃならない………お前の性格や行動パターンは知らないが、今のお前の言動だけで、お前の望む場所には行かない事の方が、身を守れる」
「別に取って食やしねぇよ!」
「信用出来ない」

 交差点の角に、ファミレスがあったのだ。騒がしい史人を店内で騒がしくさせたくもないが、お洒落な店に一緒に行くのも違う気がする。

「ちっ…………分かったよ……あぁあ、美味い店知ってんのに」
「お前と仲良く飯食う気分で俺達が付き合うと思ったら大間違いだ」

 店内は空席はあるものの、多少忙しそうにスタッフが動き、騒がしい。案内された3人。拓真のエスコートで先に美香を座ると、その横に座ろうとした史人の襟刳りを掴み、向かいに押し込んで、拓真が美香の横に座った。

「良いじゃん、ケチ」
「は?…………誰が横に座らせるか」
「……………喧嘩越しは止めた方が………」
「そうだよねぇ?…………で、名前そろそろ教え………うっぷっ!」
「メニュー!」
「…………ガードしてんじゃねぇよ………」

 テーブルを挟み、美香の真正面に史人は座って、身体を乗り出して来られ、拓真が直ぐ様メニューを引っ張り出すと、史人に押し付けてくれた。

「飲み物だけ、俺は頼む」
「私もそれで」
「じゃあ、ドリンクバー2つか………お前は?」
「まだ見てるよ!…………たらこパスタとBLTサンドのトマト抜き………ビール、と………」
「却下…………ドリンクバー3つ」
「あ!食わせろよ!腹減ってんだぞ、俺は!」
「お子ちゃまか?お前………トマト食えないのか?」
「くっ…………う、煩い!良いだろ!」

 料理名にある様に、トマトが入った料理だと分かるからウリなのに、わざわざそれを頼むのも如何かと思われる。サンドイッチが食べたいなら、ベーコンレタスサンドもあったからだ。

「しかも、ビールだと?金無いなら、水で充分じゃないか………自分で払うんだろうな」
「奢れって」
「それが人に頼む態度かよ………ドリンクバー2つだけに変更だな………お前は水……」
「ドリンクバーで良いよ!クソッ…………食いもんは注文宜しく」
「だから、奢らないぞ………無いなら、無銭飲食で捕まるんだな」

 拓真は恐らく、ドリンクバー代も払わない気だろうと、美香は思えた。ワンコイン以下の料金ぐらいの小銭ならば、史人も持っているだろう。

「…………ケチ……」
「こんな時間もお前に使いたくない、さっさと話せ」

 何度、このやり取りが繰り返され、話が終わるのだろうか、と美香は窓の外に向かって、そっと溜息を吐いたのだった。
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