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しおりを挟む史人の話はこうだった。
父親、東條実の愛人だった史人の母は、随分前に史人を捨てた。それは認知を東條にせがんでも、認知をしてくれない事で、史人に八つ当たりをする様になり、史人が素行が悪くなった事がきっかけだった。ネグレクトになった母に何も未練は無かった史人だが、中学生時代から施設で育ったのだという。
成長するにつれ、この生活に不満を持つ様になった史人は、全く興味の無かったテレビで流れていたニュースで、父親がテレビに出ている有名人だと知った。母は何処に居るかは分からないが、母が話していた父親の記憶も、幼い頃に会った記憶も史人にはあり、母ではなく父親に育てられていたら、裕福で貧乏臭い施設での生活を送る事なく、好きな事が出来る、と思い、東條に会いに行ったのだが、門前払いされ続けていたのだと、美香と拓真に話した。
「自分の素行の悪さを、世の中の所為にするんじゃない………母親に捨てられたって、捻くれさえしなきゃ、真面目に生きる人間も居るんだよ」
「お前は如何なんだよ」
「…………俺か?母親は健在。女手1つで大学迄進学させてくれて、今は母親は祖父母の面倒見ながら、看護師やってる………ほらな?捻くれてないから俺は常識人なんだ」
「…………何だよ………捻くれろよ!グレりゃ良いだろ!」
「知るか…………育ててくれた母親の力量の差だろ?」
美香も知らなかった、拓真の母の話。
父親の事の話を聞いてから、美香は母親の事も聞けなかったので、史人に素直に話す姿に驚いていた。
「それで?不幸だから、子供の俺を認知しろって?ガキかよ、お前………とっくに成人してるんだぞ?小中学生なら分かるが、俺達はもう27だ…………歳を考えりゃ、子供だって居る年齢だぞ?」
「そんな事知ってるよ!だが、今迄掛かった金の養育費ぐらい貰ったぐらい痛くも痒くもねぇだろうが!」
養育費の支払いも東條はしていなかったのだろうか。認知もしない辺り、その可能性も有り得そうで、美香は拓真の顔を見つめた。
「養育費なんて、俺も払われてない筈だ………俺のお袋は、俺を産んでから資格を取って看護師になってる…………祖父母に俺を預けながら深夜日中問わず出勤して、俺を育ててくれた………祖父母から俺は煙たがられて、俺の事で親子喧嘩は絶えなかったが、俺を国立大学に入れた頃にはお互い丸くなって、今は穏やかに生活してる………お袋の苦労を見てきた分、祖父母の世間からの目が刺さりながら、ずっと同じ家に住んでいて、そりゃ肩身は狭いだろう、と俺は感じて大人になったんだ…………小学生の頃、お袋と親父に会ったが、正直あの親父の息子とは名乗りたくない、と思ったな………正妻が居て、まだ産まれたばっかの実子を……証明された弟を見て、お袋と正妻の差を見た………幾ら認知されようとも、コイツは………いや、あいつ等は俺を認めないとな」
拓真の話からイメージが出来てしまう。
父親の居なかった寂しい幼少時代。やっと会えた父親は、母親ではなく知らない女を妻と呼び、その女が抱いている赤ん坊を可愛がっていた様子を。賢かったであろう、幼い拓真はそれで悟り、父親の存在を消した、と。
もう、怒りを言葉から感じない淡々と語る拓真が、僅か小学生の少年が、悟った程のショックを受けたのだ、と美香は知った。だから、名前が天音から出て動揺しはしたが、父親とも思えない、スクープのターゲットとしか見なかったのだろう。
「だ、だからって、このまま親父の思い通りにさせる、てのか!奪えるもん奪って何が悪い!息子だろうが!てめぇも!」
「……………認めたくないが、息子だな………俺もお前も……だが、動くならお前とは動かない………お前1人でやれよ」
「何かやるのか?」
「……………さぁな……手の内を見せる訳ないだろ」
「何でだよ!兄弟だろ!」
「単純明快なお前に話せば、俺は人生詰むから、話せる訳ないだろ………勝手にやれよ」
どうやら、拓真の切り札は、出すタイミングを見計らっているのだと思われ、美香から見ても、史人の案より打撃を撃てる物だろう。
頭の回転が、史人より拓真が上だと、街中のやり取りでも分かったからだ。
「金になるなら、俺にも加わら………」
「金にならないし、なったとしてもお前には渡らない………そして、お前を加える事も無い。はっきり言うが、お前は邪魔」
「…………くっ……」
「そ、そんなにはっきりと言ったら…………史人さんだって、必死…………あ、いえ………何でもありません……」
美香は拓真に睨まれた。
史人の必死さに、ちょっとは優しい言葉でも、とフォローしたが、史人はもっと言ってやれ、と目を輝かせていたのだ。それを見た美香は、サッと口を噤む。
「何でだよ!もっと言ってくれよ!何……名前ぇ!」
「教えません」
「教えてたまるか」
揃って、お互いの名前を史人に教えたくない美香と拓真は、タイミングがバッチリ。
「絶対に、聞いてやるからな!そんでもって、俺に乗り換えさ………」
「させるか!」
「しません!」
再びタイミングが合う美香と拓真に、史人はドリンクバーで取りに行ったコーラをがぶ飲みし、氷をガリガリと齧って不貞腐れてたのだった。
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