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【番外編】ヴァルム元伯爵
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しおりを挟む翌日。ヴァルム元伯爵家に、領主の部下や近隣の村人、同じ村人達が殴り込みにやって来た。
「な、何なんだ!一体!」
「ゲイツ!!お前に間者疑惑が持ち上がっている!よって領主様宅で取り調べを行う!」
「何だと!!誰がそんな話をしていた!!一農民の私が、毎日村に居るのに誰に情報を流すと言う!!」
「来客があったそうだな?それは誰だ!!」
「来客?………あぁ、ガーソンの事か……そいつは私の元住んでいた屋敷の家令だ!」
ゲイツ、とはヴァルム元伯爵のファーストネームだ。
「嘘を付くな!!」
「嘘じゃない!!それに何故間者だと思う!!誰に情報を漏らしたというその情報は何だ!!その証拠を見せろ!!」
機転が回るヴァルム元伯爵の方が、村人達が多くても、負けない程の言い分だ。
「嘘だ!昨日来た男は誰だ!グレイシャーランドからの男じゃないのか!」
「…………レイン?………君か………」
「ほら見ろ!!」
「あぁ、確かに昨日の来客はグレイシャーランドの者だ!娘から頼まれた手紙を持って来てくれたからな!!娘は領主の部下伝では、手紙も金も送られない、と知っている!!国王の部下から、娘の近況の知らせと金を送って来た!!………今迄出稼ぎに行った娘達が、私達残った家族に金が送られてきた事はあったか!!」
「…………な、無い!無いぞ!!」
「家もだ!!」
「おい!!アンタは領主の部下だよな!!如何なってる!!」
「な!な!何を言っている!!ヴァルムが嘘をついているんだ!!」
水掛論だった。だが、ヴァルム元伯爵への一方的講義では無くなる。
「ゲイツを捕まえろ!!」
「そうだ!ゲイツを捕まえろ!!」
「違う!領主を問い詰めるのが先だ!!」
「領主に聞きに行くぞ!」
だが、その騒ぎの中に馬車が1台止まる。
「ガーソン?」
「失礼…………ヴァルム氏と話をしたいのですが………」
「誰だ、アンタは」
この人混みの中で一際上等の服を纏い、ヴァルム元伯爵の前に来ると、ガーソンが質問に答えた。
「私ですか?………ライオネル国王陛下の使いですが?」
「こ、国王!!」
領主でさえも縁遠い存在の国王ライオネル。その名を聞いた者達は、一目散に引いた。
「返事を伺いに………何です?アレは」
「ガーソンが来た事で私を間者扱いにされていただけだ…………」
「それはそれは………返答によってはその扱いにしても良いかもしれませんね」
「冗談じゃない…………返答ならその前に質問させてもらおう」
「何ですか?」
「………娘、ミレーユは今この国には居ない。グレイシャーランド国に出稼ぎに行っている………連絡先は知らん、まだ行ってから数日で落ち着いていないらしいが、娘が世話になっている方からの手紙は貰ったばかりだ……それで質問だ………この状況下でライオネル陛下はどう答えを出す?………ライオネル陛下は娘を妃に、と申し出だが………それに、私を政権に戻した所で血祭りに挙げられては困る……娘を人質に取られる様なものだ」
ヴァルム元伯爵は、村人達に聞こえる様に言った。何故なら公衆の面前で国王の事で嘘を付けさせる気は無いからだ。
「政権?」
「ミレーユが国王妃?」
「ほら、去年国王妃が病気で亡くなったから………」
「あぁ、それで?…………え、でも何故ミレーユが?」
ヴァルム元伯爵は元貴族だとは知らない村人達。領主や領主の部下も同様だ。その声を聞いたヴァルム元伯爵は続ける。
「私を政に戻したいのなら、娘の事は無かった事にして戴きたい、娘が望みなら私は政には戻らぬ…………だが、娘の意図しない場で決める事ではない………グレイシャーランドから帰国する術を持ってきてくれ………話はそれからだ」
「…………分かりました………陛下にはその様に……」
ガーソンはそう言うしかない。無理矢理言う事を効かせる術はあった筈。だが、苛ついているのか、ガーソンはヴァルム元伯爵に背を向けた途端、剣をヴァルム元伯爵に振りかざす。
ガシッ!!
「…………ガーソン……やはりな……」
「………何方も取れないなら殺せ、と仰るので………」
「この場で分が悪いのはお前の方だと思うが?」
「構いませんよ………この領主が率いる領地全て無かった事にすればいいだけ………そうなる事も陛下は望んでおりますから………」
背に剣を隠し持っていたのか、ヴァルム元伯爵は剣で防御する。
「長い干ばつで利用価値が無いから………か………あの男が考えそうな事だ………だが、今私がお前を消せば、何も変わらない……」
「くっ!!」
力負けしたガーソンの喉に剣を翳す。
「ライオネルに伝えよ!!底辺の民1000人は貴族1人の力に匹敵する、と!!民を大事にしない者は民に殺されるとな!!私利私欲に目が行き過ぎ、貧困の民の声を聞かぬ者は君主にあらず!!」
村人達はざわつく。領主にも言いたかった言葉、領主にも聞いて欲しかった言葉を代弁したヴァルム元伯爵に対し、賛辞を贈り、領主の部下達や、ガーソン達を村から追い出した。
村人達の中に呆然と立ち尽くすレインを見つけたヴァルム元伯爵。
「レイン」
「…………!!お、おじさん……あ、いや……その………」
「君のお陰で空気が変わったよ……助かった………私はこの地を去る事になりそうだが、君が先導し、村人達を救ってくれ………無駄な血は流してはならない」
「………おじさんは何処へ……」
「それは、君なら分かるだろ?」
「グレイシャーランド………?」
「昨日の男に伝言を頼む。昨日の時間から3時間後に村の外れ北東の居酒屋で会うことになっている………砦の方では領主からの手が回ってしまうから隣の領主側からの国境砦を目指すと………そこで待つと伝えてくれないか」
「…………分かった」
ヴァルム元伯爵はそれをレインに伝えると、その後家族と共に消えた。
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