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感情と執務

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「リズ!」
「…………お……父様………お母様が……お兄様が……」

 報告により、駆け付けたエヴァティーン帝国国王、アルフレッド。
 同じ部屋に王妃と王子が運び込まれ、治療開始がされている所であった。アルフレッドにとって、たった1人の妻、そして次期国王になる王子である。青褪めた表情で、王妃と王子の顔を覗き込むアルフレッドだが、それでも愛妻家として温厚な国王は、無事でいたエリザベスが元気であった事に安堵し抱き締めて所在を確認した。

「な………何故……犯人は!」
「陛下と殿下に毒を飲ませた侍女は投獄しております」
「…………そうか………毒の成分は分かっているのか?」
「只今分析中でございます」

 エリザベスを抱き上げ、なんとか理性を保っていたいのだろう。国王としての責務を果たそうとしている。

「殿下!………お気をしっかり!」
「リチャード!」

 王子、リチャードの体力が続かなかったのか、脈が止まってしまった。毒の成分が分からない事には、治療法も見つからず、ただ体内に入り込んでしまった毒を吐き出させようと、医者達は処置をしていたのだ。それがリチャードには叶わなかった様だ。

「……………リチャードは……」
「…………申し訳ありません……陛下……殿下の心臓が……止まりました……」
「くっ!…………リチャード!」

 国王は2人の子をとても可愛いがっていた。そして、世話係の侍女達も、リチャードの死は受け入れ難いものとなった。

「お父様………お兄様死んでしまったのですか?」
「…………リズ……そうだ………天に旅立って………なんとしても妃は助けるのだ!リチャードの様にしてはならん!リズには母親が必要なんだ!」
「は、はい!」

 しかし、王妃の胃の中ある毒は抽出はされたのだが、治療法がまだ見つかってはいない。こく一刻と迫る生命の灯火に、焦りだけが募っていた。

「陛下………毒の成分の事ですが」
「見付かったか!解毒薬は!」
「……………この国には無い毒性の強い植物が検出されました」
「解毒薬は作れるのだろう?」
「………それが………その植物が無い限り出来ぬ様で……」
「何処の国の物だ!国中の薬師から取寄せよ!」
「陛下!その前に王妃陛下の身が持つかどうか分かりかねます!」
「それでも、無駄な事ではない!今後、エリザベスや私にその毒が盛られたら如何する!臣下や民達に盛られたら如何する!1度手に入れた物は、再び手に入れる流通ルートがあるのだぞ!しかも、王妃用の食糧庫から持ち出された茶葉であろう!犯人が侍女だと言うが、その侍女は王妃が信頼し長く置いていた者だ!黒幕が居るか侍女の単独かも分からぬ内は、城の中枢に入り込める者に違いないのだ!同じ事を起こしてはならん!間に合わずとも、この毒薬の解毒薬は作るのだ!」
「は、はっ!」

 アルフレッドの腕に力が篭もる。エリザベスを腕に抱きながら、何とか理性を保っていたいアルフレッドには、エリザベスが唯一の支えだ。もし、エリザベスも毒に侵されたなら、臣下達に指示も出せなかったかもしれない。

「お、お父様………痛いっ!」
「っ!………あ……リズ……すまない……大丈夫か?」
「はい………」

 エリザベスの目には必死に涙を堪え、母だけでも助かって欲しい、と我慢している様にも見える。片割れである、リチャードを亡くし泣きたい筈なのだ。

「リズ………お母様の無事を祈っていてくれ」

 アルフレッドは王妃の傍にエリザベスを下ろし、羽織るマントを翻す。

「直ちに、私の腹心達を呼べ!緊急会議を行う!」

 止まっては居られないのだ、と己を鼓舞したアルフレッド。

「リズ!お母様を頼んだ……お父様は、犯人探しをしてくるよ」
「はい!絶対に捕まえて下さい!お父様!リズは絶対に許しません!お兄様を………ヒック……」
「リズ、泣くのは早い………お母様はまだ戦っている………其方も戦うのだ」
「は、はい!」

 アルフレッドはエリザベスに王妃とリチャードを祈る事を任せ、治療を医者達に任せ、会議室に腹心の部下達だけを集めた。

「陛下!」
「集まってくれたか………すまない、執務中だったろうが、緊急事態だ」
「何があったのですか?」
「庭園が騒がしい様でしたが」
「…………」

 アルフレッドが徴集したのは、宰相であるモルディアーニ公爵、外務大臣のヘイヴン公爵、財務大臣のピレウス侯爵、軍師であるリントン将軍の4人だけだ。

「…………王妃と王子と王女が狙われた」
「な、何ですと!ご無事なのですか!」

 アルフレッドは、窓から騒がしい庭園の様子を覗いて、臣下達に背を向けて怒りを現している。

「陛下………」
「…………リチャードは先程、息を引き取った……」
「「「「なっ!」」」」

 アルフレッドは椅子に座り、テーブルの上に手を組み、怒りが消えない何処にぶつけていいか分からないからか震えていた。

「庭園で王妃達はお茶を飲もうと寛いでいた筈なのだ………その憩いの場で、茶葉を毒薬に変えられ、王妃と王子は飲んでしまった」
「…………エリザベス殿下は飲まれては……」
「………エリザベスは無事だ……今は王妃とリチャードに寄り添っている」
「エリザベス殿下がご無事で良かった……」
「私は…………許せそうにない!リチャードを……」
「私達もです!陛下!」
「あんなに利発なリチャード殿下を手に掛けるとは………」

 腹心の臣下達もリチャードの事をよく見ていたのであろう。腕を目頭にあて涙を拭うリントン将軍は、リチャードに剣術を教えていて、頭を垂れるモルディアーニ公爵はリチャードとエリザベスに勉強を教えていた立場だ。ヘイヴン公爵やピレウス侯爵はリチャードやエリザベスの傍には控えていた訳では無いが、外務や財務に関して王妃との接点も多くリチャードやエリザベスを可愛がっていた。

「それでだ……其方達に犯人探しを頼みたい……他の者達にも頼むが、其方達はを与えたいのだ………?私は其方達しか信用していない、と……」

 その一言で、涙を溢す臣下達はアルフレッドを見据えた。

「陛下、私達はすれば良いのですか?」
「ご命令とあらば、今すぐ犯人を連れてまいります」
「毒薬が持ち込まれたなら、直ちに持ち込んだ者を探し出しましょう」
「私も、陛下の命であれば如何様にも、手を汚します」
「…………ヘイヴン公爵は、毒薬に使われた茶葉の入手経路を………ピレウス侯爵は、この近年収支報告を偽っている者を……リントン将軍は城の警護だけでなく、国内の警護を厳重に………モルディアーニ公爵は、私に対する反派閥を全て洗い出せ」
「「「「御意」」」」
『いけません!殿下!只今陛下は会議中でございます!』
『お父様!お父様!』
「………リズ?」
「開けてきましょうか?」

 会議室の扉をドンドン、と叩いているのであろうエリザベスを静止させようと、騎士達は宥めている様子だった。

「リントン将軍、開けてきてくれ」
「はっ」
「お父様!」

 リントン将軍が開けた途端、エリザベスがよろめきながら、アルフレッドに抱き着いた。

「リズ……如何した?お母様が目を覚ましたか?」
「……………お父様~……」
「っ!」

 泣きじゃくるエリザベスを見て察するアルフレッド。

「…………そうか………皆、移動して良いか?」
「「「「………勿論です」」」」

 アルフレッドはエリザベスを抱き抱え、腹心の臣下達を連れ、王妃とリチャードが居る部屋へと急ぐのだった。
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