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プロローグ
ガチャーン!バリン!
街の一角にある小さな一軒家。一軒家と言っても、面積も大きいとは言えず、見ようによっては物置小屋の様な佇まいの家だ。
この家では時折、物が壊れる音が外に漏れている。
「不味い!作り直せ!」
「………っ!」
「あ?何だよ!お前が不味い飯作るからだろう!」
「も、もう………作れる材料は無いの………ごめんなさい……」
「………ちっ!」
ガシャーン!ガシャン!
男が女の作った食事を気に入らず、床に投げ捨てた音だった。
皿も割れ、食事も床に落ち、もう食べれないだろう。
あまり裕福そうな家では無さそうな身なりの若夫婦だ。稼ぎの少ない夫なのかもしれない。
夫の名はデイビッド。妻はロゼッタ。
デイビッドは、更に不機嫌になり、床に落ちた食事を踏み付けて、チェストからなけなしの金を取った。
「…………デイビッド!来週迄それで生活しなきゃならないの!それを如何するつもり?」
「は?飯食いに行くに決まってんだろ!」
「の、飲みに行かれちゃったら、数日如何やって生活するのよ!」
「知るか!お前のやり繰りが下手なのが悪いんだろ!」
確かに、ロゼッタもやり繰りがもっと上手く出来て、デイビッドが気に入った食事を作れれば良いのだが、硬いパンや野菜の切れ端、赤身がほぼ無い脂身の多い肉の細切れ部分を焼いた物しか用意が出来なかったのだ。それでも1人分にしては非常に少なくて、それをデイビッドにだけ出していた。
毎日そんな食事しか用意が出来ない程貧しい。
それは、デイビッドの稼ぎだけでは無理な生活で、ロゼッタも農作業の手伝いに行っては、捨てる部分を分けて貰ったり、廃棄直前のパンを安く売って貰ったり、と工夫してやり繰りしている。
ロゼッタは学も無く、孤児として今の住む街ではない隣の街で育ち、競売に掛けられ、デイビッドに買われた女だった。
見目が良く、デイビッドに気に入られはしたが、デイビッドもそれ程裕福とは言えない。
至る所に孤児が居り、孤児院には引き取られて育てられても、一定の年齢になれば、男は追い出され、女は競売に掛けられる事が一般的だった。
デイビッドも孤児院育ちの若者で、親も居ない事から、学も無く、良い職に就いてはいない。
それなのに、競売でロゼッタを買ってしまった事で、貧乏に拍車を掛けてしまい、自ら首を絞めている様なものだった。
競売で買われた女は、結婚する事になってしまう法律があり、幾ら買われた先の男が何と言おうとも、女からは離縁が出来ない、非常識な男尊女卑のある国だった。
その代わり、娼館も無く、愛人等は持てず、厳しい罰則がある為、競売という形で、女を売り買いし、結婚で縛り付ける、という法律が出来上がっている。
「わ、私だって働いてるの!その中にだってその分は入ってるわ!」
「は?だから何だ!それでも俺の方が稼いでんだ!労わなきゃならない俺にお前が貢ぐのは当たり前だろ!こんな不味い飯しか作れないなんてな!とんだ詐欺だぜ!」
「…………なら離縁すればいいじゃないの……」
ロゼッタは小声でボヤく。
国の風習で女が男に盾突く事は、許されない傾向があるからだ。
それをデイビッドに言えば、殴られる可能性もあったので、本心で思っていても大きな声では言えない。
「あ?何か言ったか?」
「何でもないわ……」
「フン!………片付けとけよ!」
「…………せめて、持って行くお金は少しにして!」
「知るか!」
デイビッドは有り金全てを持って家を出て行く。
ロゼッタはデイビッドが好きな訳でなない。
買われたから結婚させられただけなのだ。
簡単に女から離縁は出来ず、逃げれば良いのかもしれないが、ロゼッタには行く宛も無い。
「…………勿体無い………お皿だって少ないのに……」
割れた皿と料理を分け、落ちた料理を汚れてないのを確認しながら、ロゼッタは口に入れる。
もし、デイビッドが食べたなら、ロゼッタは硬いパンをひと齧りするぐらい程度の生活しか出来ない最低限の量だったのだ。
「貧乏なのに、何で私を買ったのよ………私の人生、むちゃくちゃよ………」
ロゼッタが何故孤児になったのかは覚えていない。頭を何処か打ったのか、幼いながらに恐怖な事があり忘れようとしたのかも定かではなかった。
拾われた時、裕福そうな服を着て、泣きながら両親を探して街をフラついていた、とだけは知っている。
その時は3歳ぐらいだったらしく、名前は言えたので、探しては貰えたそうだが、親は見つからなかった。
身に付けていた物は、今でもロゼッタは持ってはいるが、価値は無く、開かなくなっていたロケットペンダントと小さな服と靴だけだ。
掃除を終えると、ロゼッタはレースを編む。
孤児院で教わった唯一の嗜みであり、レースを売って生計を立てていたロゼッタだが、女なら皆レースを編むのと、国の産業として纏めて売られてしまうからか、ロゼッタが上手くても下手でも関係なく、出来上がった枚数での収入しか得られなかった。
正当な対価だとは思えない。
纏めて売られると、誰が編んだレースさえも分からず、渡したらそれで金が入る仕組みでしかないのだ。
「世の中、なんて不公平なのかしらね………」
ロゼッタは遠くを見つめる。
夜空に輝く星々の数程に人も居る筈で、ロゼッタの様に、男や国の法律で虐げられる人は、星より少ないだろう、と思いたかった。
そう思えば、いつかロゼッタはそういう地に行き、幸せを掴む事が出来るのに、と希望が持てるからだった。
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