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しおりを挟むヴェルゴが領主として治める地にやって来たロゼッタ。
ヴェルゴの領地は内陸地ではあるが、隣は王都という立地的には行き来しやすい土地だった。
「此方の地も素敵な所ですね」
「ありがとうございます、ロゼッタ様」
「リードさんの領地も凄いんでしょうね」
「私の領地は大した事はありません」
「そうなんですか?ヴェルゴさん」
「………閣下が満足していないならそうなのでしょう」
謙遜しているのか誤魔化しているのか、ロゼッタに言葉を返せる語彙力は見つからなかった。
「行けるといいなぁ………私に時間があるなら」
車窓から見える街並みに、興味があるロゼッタは指をゴソゴソと動かしていた。
「ロゼッタ様、如何されました?」
「…………あ……今、無性にレースが編みたくて……景色見てると柄の参考に出来る物があったりするので、指に覚えさせてるんです」
「何か、参考になりそうな物が?」
そう言うロゼッタが覗く車窓に、身体を向けたリードと急接近した。
「…………っ!」
「あ、申し訳ございません、ロゼッタ様」
「びっくりしただけです」
ロゼッタの顔が車窓から離れ、指を空に向ける。
「雲の動きとか、木々の風でそよぐ動きとか、レースで表現出来たらな、て……色々」
「なる程………だから、ロゼッタ様のレースは斬新で、評判が良いのですね」
「あの………何故今迄、私は見つけてくれなかったんでしょう………孤児院に預けられている間、探してくれている、と院長も言ってくれていたんです」
「そんな捜索願等出ておりませんよ」
孤児院の院長は孤児達に優しかった訳でも、親身になる人でもなかった。
食事も質素で、料理を孤児達に作らせ、孤児院の建物も老朽も激しく、孤児達に修復させたりしていた。
それなのに院長はいつも身綺麗にしていて、肌艶も良かった気がする。
「…………え?……う、嘘なんですか?」
「…………孤児院の運営は、何処も逼迫しています。貧困層と富裕層の貧富の差が激しく、貧困層は子供を捨てたがる………そんな捨てられた可能性のある子供の親を、身内を探した所で、引取先はありません。なので最低限の事だけ教えて、男は働きに行かせて、女は【妻競売】なんて物が存在する。孤児になればなる程、奴隷にも出来て、人身売買の尻尾が掴みにくいのです。国は貧困層の人口や現状を把握しきれていない。それは貧困層に国の制度を受けられるという仕組みを教えられていないからとも言えます」
「…………そ、そんな事があるんですか!」
「…………前、王太子殿下がご健在の時、貧富の差を無くし、【妻競売】を無くそう、という案が出されてました」
「…………え……」
「しかし、心半ばで亡くなった後、現王太子殿下により、無くすどころか悪化する問題ばかり………妻を買い、飽きたら売り、その間に出来た子は運良くて夫が育てるが、新しい妻を迎えると捨てられたりします。それで孤児が増え続けている………奴隷もそうです。【妻競売】で売れなくなったら次の立場は奴隷になり、貴族社会へ押し込まれます。奴隷の内容は様々………性欲の捌け口、汚い物を扱う場での作業………平民としての扱いはもはやされません………」
「…………」
国は何を思ってそんな事をしているのか、とロゼッタは指を動かすのも止め、ドレスを握り締めていた。
「知りませんでした………孤児が多いのも、【妻競売】の実態も………私は……成人したら、結婚するのだ、と言われ続けました。相手は今から行く場所で夫が決まる、と言われ………従うしかなくて………あの店に行くと、舞台に立たされ、次々と男達が手を上げていくんです………お金の金額が釣り上がってって………そのまま夫だった男に連れ帰られました………知らない人なのに、もうその日から夫だと言われて………好きでもない人と子供も欲しくない、と思って妊娠には気を付けてました………」
「…………ロゼッタ様、そんな男は早く忘れるのです」
「…………はい……」
ロゼッタはデイビッドには無関心だった。
離縁も出来たのだし、自ら会いに行きたいとも思わない。
そう思ったら、ロゼッタはペンダントを擦っていたのに気が付いた。
「…………これ、開ける事出来ますか?」
「…………出来るかと」
結んでいたペンダントを解き、手のひらに乗せたロゼッタ。
銀製だったと思うペンダントのチェーンは切れてしまって、ロゼッタは紐で括っていたのだ。
もう汚れて錆びついて、蝶番が折れている年季が入ったペンダント。
「…………中にあるのは、初恋の人の似顔絵だったんです………名前は忘れてしまったんですけど、大好きでいつも傍に何故か居てくれて……私よりずっと歳も上だったのに……もし今も元気なら会いに行けますかね?………似顔絵で身元も分かったりします?何故このペンダントで私の事が分かったのかもまだ教えて貰えてませんが………」
「……………それは、ヴェルゴの邸に着いたら………」
「はい、それでも構いません」
ペンダントの中身のロゼッタの初恋の人。
顔ももう思い出せないし、ペンダントを開けても、色褪せて顔の判別も出来ないかもしれない。それでも中の絵をロゼッタは見たかった。
何故蝶番が壊れて開かなくなったのかも、ロゼッタには記憶が無い。
チェーンは孤児院に居る時に同じ孤児の子に引っ張られて切れてしまったのだ。
何が原因で馬車の事故が起き、それも思い出せない事から、その事故でペンダントが開かなくなったと、ロゼッタは思っている。
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