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第4部.リムウル~エンドルーア 第1章
9.リムウル王の憂い
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リムウルの首都、フェンリルの中心に立つリムウル城には、朝から大勢の人々が詰めかけていた。
2週間ほど前に出発した第一陣に続く、応援部隊の第二陣が今日、出発するのだ。
勇ましいラッパの音が響き渡ると、ざわめいていた民衆がサッと城を見上げた。
塔のバルコニーに立つリムウル王が、手に持った剣を高く掲げる。
ワッという歓声とともに、広場に整列していた騎馬隊の先頭の将軍が、胸に手を当てて王に向かって忠誠を示すポーズをとり、そして進軍が始まった。
美しいそろいの甲冑に身を固めた王宮軍の騎馬兵に、地方色豊かな遠方の貴族の私兵たちが続く。
そして庶民の間から募った、志願者による傭兵部隊。
勝利を祈る声を口々に上げる民衆の前を、兵士たちは粛々と通り過ぎていく。
リムウル王グラディールは沈んだ気分で、眼下のその様子を眺めていた。
頭に浮かぶのは、黒髪とトパーズ色の目をした、あの男の顔。
その眼差しは、長きに渡って大国に君臨してきた自分でさえ、気押されてしまうほどの力を持っていた。
そして、彼のあの言葉……。
「その気になれば敵はリムウルの先攻軍を一気に叩き潰せる。それをしないのは何故だと思う。
次々に応援部隊を送り込ませ、国全体の兵力を弱めてから手薄になった首都に攻め込んで来る気だろう。
向こうにしてみれば、自軍に物資を補給しやすい国境付近で、思うがままにリムウル兵の数を減らせるのだ。
エンドルーア軍はほとんど数を減らしていないのに、リムウルの先攻軍が半分になったのがその証だ」
考えれば考えるほど、その言葉の真実味と危機感が、グラディールの胸にヒシヒシと迫って来る。
「王よ、お疲れなのでは? 中に入って休まれてはいかがです?」
顔色の悪さを気遣って、宰相が声をかけてきた。
「いや……最後まで見送ろう。せめてもの、私の務めだ」
バルコニーの手すりにつかまり、強い夏の日差しに目を細めつつ、グラディールは城門を出て行く兵士たちを見守った。
自分はなぜあの時、あの男の言うことを信じようとしなかったのか……。
今となっては、それが悔やまれてならない。
あの男の申し出を受け入れていれば今頃は、エンドルーアに対抗し得る貴重な戦力を得て、希望に満ちた出陣を見送ることができただろうに……。
軍の最後尾を飾るリムウルの旗が見えなくなるまで、グラディールはそこにたたずんでいた。
そして痛む膝をかばいながら、踵を返した。
「少し居室で休んでから、政務室に入る」
周りの者にそう言い残し、居室へ向かう。
ゆっくりと歩を進めながら、彼は考え続けた。
認めたくはないが、あのとき自分は、恐怖のために平常心を失っていた……。
毎日顔をつきあわす側近や執務官たち、そして妻たちや息子、娘たちに至るまで、誰にもそのことは打ち明けられない。王としての威厳に関わる。
……だが、自分自身にまで嘘はつけない。
あの夜。
警備の者に気づかれることもなく寝室に入って来た男を、最初はどこぞの国の刺客かと思った。
大声を上げて斬りつけると、剣は男の体を素通りしたように見えた。
衛兵たちが部屋に飛び込んで来た時には男の姿はどこにもなく……やがて騒ぎがおさまり、再び眠りにつこうとした時、男はまた現れて驚かせたことを詫びたのだ。
そして自分の身の上を語り、偽のエンドルーア王とその息子に対抗するために協力し合うことを申し入れた。
あの時は……神秘の力を目の当たりにした恐怖が胸の中にくすぶって……話の内容も、あまりに突飛すぎると感じてしまい、とても信じられなかった。
しかし、ユリシウスが率いる応援部隊の第一陣から放たれた、早馬が着いたのは5日前のこと。
ユリシウスの手紙には、夜襲を受けて全滅するところだった軍を救ったのは、不思議な術を使う黒髪の男だと書いてあった。
グラディールは、その男が彼であると確信した。そして……後悔した。
無数に傷は受けているものの、どれも致命傷には至っていないはずなのに、男は目を覚まさないという。
とにかく、手厚く看護をするようにと返事を書いて送ったが、今頃はもう最前線の先攻軍に合流しているであろうユリシウスの元にそれが届くのは、早くても明日、あるいは明後日になるだろう。
居室に入ったグラディールは、重く息を吐きながら、ソファに沈み込んだ。
あの夜、ここで話したあの男……今は亡きエンドルーア王の嫡男ギメリックが、万一このまま目を覚まさなければ。
いや、そればかりではない。
最前線での戦いにデクテオンが大敗し、もしあの男の身柄が敵の手に落ちるようなことがあれば……我が国は、恐るべき未知の力を持った敵を相手に、戦う術を永遠に失うのだ……。
居室に置かれた豪華な調度品の数々の上を目は素通りし、ひたすら、グラディールは自らの心の内へと意識を向けていた。
彼がしばらく、異変に気づかなかったのはそのためだ。
調度品の中に、辺境の少数民族から献上された美しい衝立があった。
磨き抜かれてつやつやと黒光りする木枠の中に、色とりどりの絹糸で緻密な模様の織り込まれた、布が張ってある。
座っているグラディールの正面には低いテーブルと、その向こうにソファがあり、そのソファからも、グラディールの側からも、よく見える位置に衝立ては置かれていた。
妙にその表面で動くものがある、と気づいたとき、王は大きく息をのんで目を見張った。
そこに、あるはずのない光景を見たからだった。
“さて……どうしたものだろう……”
ユリシウスは自分のテントの中で、朝の身支度をしながら考えた。
目覚めて真っ先に思い浮かんだのは、昨夜の少女の姿だった。
ひとまず兄には知らせずにおこうと決めたが、いつまでも隠し通せるものではないことは、わかっていた。
しかし彼女にしろ、あの男にしろ、ユリシウスには敵とは思えない。
むしろ彼女が言った通り、彼らの力は、エンドルーアを撃退するための貴重な助けとなるだろう。
彼らをかくまう必要があるのはきっと、そのことを兄に理解してもらうまでの、しばらくの間だ。
この内陣一帯には、軍の中枢を担う要人たちのテントが集まっていた。
イスカのテントに気安く足を運ぶ者もいることは知っている。
朝の軍議が始まる前に、とにかく彼女には護衛を付けて、どこか別のテントに移ってもらおう。
そう思ったユリシウスは、護衛には事情を知るイスカが適任だろうと、彼を呼ぶためテントの外に出た。
いつもなら、ユリシウスが目覚める頃にはテントの外で待機している、従者の姿が見えない。
そのことに、不穏なものを感じてふと眉をひそめたとき。
ザッザッ……と規則正しい足音が聞こえ、テントの合間から、こちらへ向かって来る20人ばかりの兵士たちの集団が見えた。
先頭に立つのは、兄デクテオンと彼の従者、そしてユリシウスの従者レモールだった。
「これは、いったい……」
愕然とし見守る間に、彼らはユリシウスのいる場所に近づいて来た。
デクテオンに一礼して一足先にやって来たレモールに、ユリシウスは詰め寄った。
「お前、これはどういうことだ?!」
「あなた様のためです。兄君には、あなた様からの指示でご報告申し上げたと、お伝えしておきました」
「……!!」
思わず殴りつけてしまいそうになる手をかろうじて抑え、ユリシウスは怒りをこらえた。
レモールが誰より自分を大切に思い、行動していることは、充分すぎるほどわかっている。
生まれた時からそばにいるこの男は、きっと自分がまだハイハイ歩きの赤ん坊だと勘違いしているのだ……。
「ユリシウス。さぁ、案内してもらおう」
「兄上、その兵士たちは何ですか? いったいどうするおつもりです」
振り向いたユリシウスは一団の前に立ちふさがるようにして、兄を問いただした。
「当然の防御だ。例の男を、現れた娘はギメリックと呼んだそうではないか」
「だからと言って、彼らが敵と決まったわけではないでしょう?」
「もちろんそうだ。だが用心に超したことはない。とにかくその娘に会って、話を聞いてみないことには」
「そのような者たちを引き連れて威圧的な態度で望むなど、話し合いとは言えません。お願いです兄上、まずは私に彼女と二人きりで、話をさせてください」
すかさずレモールが声を上げる。
「いけません若君……」
「お前は下がっていろ!!」
いつになく激しい口調のユリシウスに、デクテオンは驚いたようだった。
「どうしたのだ。何をムキになっている」
「私の軍が彼に救われたのは疑いようのない事実です。彼らに危害を加えるというなら、私にも覚悟がございます」
「……」
デクテオンは面白そうな顔をして少し黙った。
「……珍しいな。お前がこれほどはっきりものを言うとは」
「もういい歳をした大人なのだと自分が自覚しなければ、周りの者もそう見てはくれないとわかったのです」
レモールに厳しい目を向けて、彼は言った。
「とにかく、お願いですから、しばらくここで待っていていただけませんか?」
「……ユリシウス……」
デクテオンは自分のそれより少し低い位置にあるユリシウスの肩に手を置き、彼の青い瞳をじっと見つめた。
「お前がそれほど言うなら、兵士の数を半分にしよう。
かの者たちが危険なそぶりを見せない限り、危害を加えるようなまねはしないと約束もする。
だが、お前一人を、彼らの元にやることはもうできない。
お前の身を案じるのはこの兄とて、そこにいる男と同じだ」
「兄上……」
ユリシウスの目が少し意外そうに見開かれ、デクテオンの茶色い瞳を見返した。
時には人には言えないような策略をもってライバルたちを蹴落とし、世継ぎの王子の座を手に入れたと……リムウル王家にあっては珍しくもない、そんな噂を持つ兄だった。
事実、歳の離れたデクテオンとユリシウスの間にいる大勢の兄弟たちの中で、デクテオンより王位継承権の高かった王子が3人、不慮の事故や病で命を落としていた。
リムウルでは、年齢に関係なく、母親の身分によって王位継承権が決まるのだ。
その噂を耳にしてから、兄に対してどうしても無邪気になれなかったし、兄の方にも、親しげな態度は見られなかった。
しかし子供の頃は、なぜか自分はこの兄に一番なついていたらしく、兄もよく遊び相手になってくれたと聞いていた。
「お前には、今後も私の片腕として働いてもらわなくてはならん。
今は身内でもめている時ではないはずだ。
かの者たちが本当にお前の信じる通り敵ではないなら、お前が心配するようなことは何も起こらぬ。
だが、人の上に立つ者は、常に最悪の事態も想定に入れて行動しなければな」
「……」
ユリシウスはうつむき、唇を噛んだ。ここまで言われてはどうしようもない。
せめて彼女に自分が第一声をかけるため、ユリシウスは先に立って歩き出した。
どうか彼女が、兄を納得させる説明をしてくれるようにと願いながら……。
2週間ほど前に出発した第一陣に続く、応援部隊の第二陣が今日、出発するのだ。
勇ましいラッパの音が響き渡ると、ざわめいていた民衆がサッと城を見上げた。
塔のバルコニーに立つリムウル王が、手に持った剣を高く掲げる。
ワッという歓声とともに、広場に整列していた騎馬隊の先頭の将軍が、胸に手を当てて王に向かって忠誠を示すポーズをとり、そして進軍が始まった。
美しいそろいの甲冑に身を固めた王宮軍の騎馬兵に、地方色豊かな遠方の貴族の私兵たちが続く。
そして庶民の間から募った、志願者による傭兵部隊。
勝利を祈る声を口々に上げる民衆の前を、兵士たちは粛々と通り過ぎていく。
リムウル王グラディールは沈んだ気分で、眼下のその様子を眺めていた。
頭に浮かぶのは、黒髪とトパーズ色の目をした、あの男の顔。
その眼差しは、長きに渡って大国に君臨してきた自分でさえ、気押されてしまうほどの力を持っていた。
そして、彼のあの言葉……。
「その気になれば敵はリムウルの先攻軍を一気に叩き潰せる。それをしないのは何故だと思う。
次々に応援部隊を送り込ませ、国全体の兵力を弱めてから手薄になった首都に攻め込んで来る気だろう。
向こうにしてみれば、自軍に物資を補給しやすい国境付近で、思うがままにリムウル兵の数を減らせるのだ。
エンドルーア軍はほとんど数を減らしていないのに、リムウルの先攻軍が半分になったのがその証だ」
考えれば考えるほど、その言葉の真実味と危機感が、グラディールの胸にヒシヒシと迫って来る。
「王よ、お疲れなのでは? 中に入って休まれてはいかがです?」
顔色の悪さを気遣って、宰相が声をかけてきた。
「いや……最後まで見送ろう。せめてもの、私の務めだ」
バルコニーの手すりにつかまり、強い夏の日差しに目を細めつつ、グラディールは城門を出て行く兵士たちを見守った。
自分はなぜあの時、あの男の言うことを信じようとしなかったのか……。
今となっては、それが悔やまれてならない。
あの男の申し出を受け入れていれば今頃は、エンドルーアに対抗し得る貴重な戦力を得て、希望に満ちた出陣を見送ることができただろうに……。
軍の最後尾を飾るリムウルの旗が見えなくなるまで、グラディールはそこにたたずんでいた。
そして痛む膝をかばいながら、踵を返した。
「少し居室で休んでから、政務室に入る」
周りの者にそう言い残し、居室へ向かう。
ゆっくりと歩を進めながら、彼は考え続けた。
認めたくはないが、あのとき自分は、恐怖のために平常心を失っていた……。
毎日顔をつきあわす側近や執務官たち、そして妻たちや息子、娘たちに至るまで、誰にもそのことは打ち明けられない。王としての威厳に関わる。
……だが、自分自身にまで嘘はつけない。
あの夜。
警備の者に気づかれることもなく寝室に入って来た男を、最初はどこぞの国の刺客かと思った。
大声を上げて斬りつけると、剣は男の体を素通りしたように見えた。
衛兵たちが部屋に飛び込んで来た時には男の姿はどこにもなく……やがて騒ぎがおさまり、再び眠りにつこうとした時、男はまた現れて驚かせたことを詫びたのだ。
そして自分の身の上を語り、偽のエンドルーア王とその息子に対抗するために協力し合うことを申し入れた。
あの時は……神秘の力を目の当たりにした恐怖が胸の中にくすぶって……話の内容も、あまりに突飛すぎると感じてしまい、とても信じられなかった。
しかし、ユリシウスが率いる応援部隊の第一陣から放たれた、早馬が着いたのは5日前のこと。
ユリシウスの手紙には、夜襲を受けて全滅するところだった軍を救ったのは、不思議な術を使う黒髪の男だと書いてあった。
グラディールは、その男が彼であると確信した。そして……後悔した。
無数に傷は受けているものの、どれも致命傷には至っていないはずなのに、男は目を覚まさないという。
とにかく、手厚く看護をするようにと返事を書いて送ったが、今頃はもう最前線の先攻軍に合流しているであろうユリシウスの元にそれが届くのは、早くても明日、あるいは明後日になるだろう。
居室に入ったグラディールは、重く息を吐きながら、ソファに沈み込んだ。
あの夜、ここで話したあの男……今は亡きエンドルーア王の嫡男ギメリックが、万一このまま目を覚まさなければ。
いや、そればかりではない。
最前線での戦いにデクテオンが大敗し、もしあの男の身柄が敵の手に落ちるようなことがあれば……我が国は、恐るべき未知の力を持った敵を相手に、戦う術を永遠に失うのだ……。
居室に置かれた豪華な調度品の数々の上を目は素通りし、ひたすら、グラディールは自らの心の内へと意識を向けていた。
彼がしばらく、異変に気づかなかったのはそのためだ。
調度品の中に、辺境の少数民族から献上された美しい衝立があった。
磨き抜かれてつやつやと黒光りする木枠の中に、色とりどりの絹糸で緻密な模様の織り込まれた、布が張ってある。
座っているグラディールの正面には低いテーブルと、その向こうにソファがあり、そのソファからも、グラディールの側からも、よく見える位置に衝立ては置かれていた。
妙にその表面で動くものがある、と気づいたとき、王は大きく息をのんで目を見張った。
そこに、あるはずのない光景を見たからだった。
“さて……どうしたものだろう……”
ユリシウスは自分のテントの中で、朝の身支度をしながら考えた。
目覚めて真っ先に思い浮かんだのは、昨夜の少女の姿だった。
ひとまず兄には知らせずにおこうと決めたが、いつまでも隠し通せるものではないことは、わかっていた。
しかし彼女にしろ、あの男にしろ、ユリシウスには敵とは思えない。
むしろ彼女が言った通り、彼らの力は、エンドルーアを撃退するための貴重な助けとなるだろう。
彼らをかくまう必要があるのはきっと、そのことを兄に理解してもらうまでの、しばらくの間だ。
この内陣一帯には、軍の中枢を担う要人たちのテントが集まっていた。
イスカのテントに気安く足を運ぶ者もいることは知っている。
朝の軍議が始まる前に、とにかく彼女には護衛を付けて、どこか別のテントに移ってもらおう。
そう思ったユリシウスは、護衛には事情を知るイスカが適任だろうと、彼を呼ぶためテントの外に出た。
いつもなら、ユリシウスが目覚める頃にはテントの外で待機している、従者の姿が見えない。
そのことに、不穏なものを感じてふと眉をひそめたとき。
ザッザッ……と規則正しい足音が聞こえ、テントの合間から、こちらへ向かって来る20人ばかりの兵士たちの集団が見えた。
先頭に立つのは、兄デクテオンと彼の従者、そしてユリシウスの従者レモールだった。
「これは、いったい……」
愕然とし見守る間に、彼らはユリシウスのいる場所に近づいて来た。
デクテオンに一礼して一足先にやって来たレモールに、ユリシウスは詰め寄った。
「お前、これはどういうことだ?!」
「あなた様のためです。兄君には、あなた様からの指示でご報告申し上げたと、お伝えしておきました」
「……!!」
思わず殴りつけてしまいそうになる手をかろうじて抑え、ユリシウスは怒りをこらえた。
レモールが誰より自分を大切に思い、行動していることは、充分すぎるほどわかっている。
生まれた時からそばにいるこの男は、きっと自分がまだハイハイ歩きの赤ん坊だと勘違いしているのだ……。
「ユリシウス。さぁ、案内してもらおう」
「兄上、その兵士たちは何ですか? いったいどうするおつもりです」
振り向いたユリシウスは一団の前に立ちふさがるようにして、兄を問いただした。
「当然の防御だ。例の男を、現れた娘はギメリックと呼んだそうではないか」
「だからと言って、彼らが敵と決まったわけではないでしょう?」
「もちろんそうだ。だが用心に超したことはない。とにかくその娘に会って、話を聞いてみないことには」
「そのような者たちを引き連れて威圧的な態度で望むなど、話し合いとは言えません。お願いです兄上、まずは私に彼女と二人きりで、話をさせてください」
すかさずレモールが声を上げる。
「いけません若君……」
「お前は下がっていろ!!」
いつになく激しい口調のユリシウスに、デクテオンは驚いたようだった。
「どうしたのだ。何をムキになっている」
「私の軍が彼に救われたのは疑いようのない事実です。彼らに危害を加えるというなら、私にも覚悟がございます」
「……」
デクテオンは面白そうな顔をして少し黙った。
「……珍しいな。お前がこれほどはっきりものを言うとは」
「もういい歳をした大人なのだと自分が自覚しなければ、周りの者もそう見てはくれないとわかったのです」
レモールに厳しい目を向けて、彼は言った。
「とにかく、お願いですから、しばらくここで待っていていただけませんか?」
「……ユリシウス……」
デクテオンは自分のそれより少し低い位置にあるユリシウスの肩に手を置き、彼の青い瞳をじっと見つめた。
「お前がそれほど言うなら、兵士の数を半分にしよう。
かの者たちが危険なそぶりを見せない限り、危害を加えるようなまねはしないと約束もする。
だが、お前一人を、彼らの元にやることはもうできない。
お前の身を案じるのはこの兄とて、そこにいる男と同じだ」
「兄上……」
ユリシウスの目が少し意外そうに見開かれ、デクテオンの茶色い瞳を見返した。
時には人には言えないような策略をもってライバルたちを蹴落とし、世継ぎの王子の座を手に入れたと……リムウル王家にあっては珍しくもない、そんな噂を持つ兄だった。
事実、歳の離れたデクテオンとユリシウスの間にいる大勢の兄弟たちの中で、デクテオンより王位継承権の高かった王子が3人、不慮の事故や病で命を落としていた。
リムウルでは、年齢に関係なく、母親の身分によって王位継承権が決まるのだ。
その噂を耳にしてから、兄に対してどうしても無邪気になれなかったし、兄の方にも、親しげな態度は見られなかった。
しかし子供の頃は、なぜか自分はこの兄に一番なついていたらしく、兄もよく遊び相手になってくれたと聞いていた。
「お前には、今後も私の片腕として働いてもらわなくてはならん。
今は身内でもめている時ではないはずだ。
かの者たちが本当にお前の信じる通り敵ではないなら、お前が心配するようなことは何も起こらぬ。
だが、人の上に立つ者は、常に最悪の事態も想定に入れて行動しなければな」
「……」
ユリシウスはうつむき、唇を噛んだ。ここまで言われてはどうしようもない。
せめて彼女に自分が第一声をかけるため、ユリシウスは先に立って歩き出した。
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