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第4部.リムウル~エンドルーア 第1章
10.交信
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“ポル……ポル!! お願い、聞こえたら返事して!”
「ん……あ?……アイリーン……?」
ポルはベッドの中で、薄く目を開いた。
“良かった……!! 心話が届くのね?”
「何言って……? 当たり前じゃん……」
まさか彼女が一夜で遠く村を離れてしまったとは思いもしないポルは、眠そうにふわ~っと大きなアクビをしながら起き上がった。
「どうしたの? こんな早くから……」
“ごめんね、まだ寝てた? でも、大変なことになってしまったの。
たぶん心話が届くのは今日だけだから、今日一日、カーラや長老たちを呼んで、いつでも私と話せるように待ってて欲しいの”
ポルもようやく、心話が妙に聞こえにくいことから、アイリーンとの距離を感じた。
“アイリーン?! どこにいるの?!”
“リムウルとエンドルーアの国境よ……ギメリックもここにいるわ”
“ええっ……!! なっ、なんでそんな……”
“詳しいことは、皆を呼んでからよ。さあ早く、お願い”
“う、うん、わかった……待ってて!!”
心話に集中するため閉じていた目を開き、アイリーンは大きく息をついた。
「良かった……!! 女神よ……感謝します!」
天に向かって再び目を閉じ、胸の前で手を組みあわす。世界中の全てのものに感謝したい気分だった。
正にこの大事な一日が、ちょうど新月の日に当たるとは、目覚めてみるまでアイリーン自身気づいていなかった。
しかし夜明けとともに自分の中に満ちて来る力を感じ、思い出したのだ。
「ギメリック、これであなたの望み通り……きっと村も守れるわ。私、頑張るから……」
眠り続ける彼の顔に目を落とし、そうつぶやいたとき、近づいて来る人の気配を感じた。
“始まる……長い一日が”
アイリーンはそう思い、彼らを迎えるために立ち上がった。
“これは……”
デクテオンはテントから出て来た少女から、目が離せなくなるのを感じた。
どうりでユリシウスがムキになるはずだ、と苦笑する。
……まぁ、奥手な彼のこと、無意識かも知れないが。
ユリシウスの方も、改めて少女を間近に見、その美しさに息をのんだ。
眩しい朝の光のもと、彼女の瞳は吸い込まれそうに青く、長いまつげが落とす影はほのかに紫がかっている。
昨夜は濡れていた髪もすっかり乾き、黄金の絹糸のように艶やかに輝いて、フワフワと柔らかそうに風に揺れていた。
ほっそりと小柄な体に男物の衣類はやはり大き過ぎたようだが、華奢な肩が極端にあらわになることを、マントをうまく着付けて隠していた。
少女は居並ぶ兵士たちを目の前にして、動揺するそぶり一つ見せない。
まるで謁見を許す女王のように、胸を反らせて彼らを見渡した。
ユリシウスがテントに近寄って声をかけようとしたとき、足音で察したのか少女は自から出て来たので、まだお互いに一言も発していない。
ユリシウスにニッコリ笑いかけ、先に口を開いたのは少女の方だった。
「おはようございます、ユリシウス様。昨夜は突然のことで失礼いたしました。
お世話いただきありがとうございます」
物怖じする様子もなくデクテオンに目を移し、彼女は続けた。
「そちらはリムウル国の第一王子、デクテオン様ですね? はじめまして」
優雅な一礼はやはり女王然として慇懃だった。
「……ほう、なぜ私の名を?」
「わかりますわ。お父様にそっくりですもの」
「?……父をご存知か」
「お会いしたことはありません。でもお顔は拝見しました……彼の、記憶の中で」
テントの方に一瞬、目をやり、少女は再び頭を上げてデクテオンを真っすぐに見つめた。
「彼、エンドルーア王ギメリックの名代として、わたくしはリムウル国に交渉を申し入れます」
厳かにそう告げた後、彼女は微笑んで、少し首を傾げた。
「込み入った話になりますわ。ここでとおっしゃるならそういたしますが……場所を移した方が良いとお考えなら、どこへなりと、お連れください」
立ち並ぶテントの合間に、起き出した人々の姿がちらほらと見え始めていた。
まだあどけなさの残る、自分の子供と言ってもおかしくない年齢の少女に、すっかり主導権を握られている……デクテオンはそう感じながら、うなずいた。
「では私のテントへ来ていただこう。こちらへ……」
今日が新月であると気づいたとき、アイリーンが真っ先に考えたのはギメリックの記憶を読むことだった。
普段の彼女の魔力では無理な話だが、今日だけは、日が沈むまでの間、彼女の魔力は2倍になっている。
彼の魔力が弱っていたことも助けになり、アイリーンは知りたかった情報を手に入れることができた。
彼がリムウル王に交渉を持ちかけた時の記憶から、アイリーンはギメリックの素性を明かすこと、そして現在エンドルーア王を名乗っている男とその息子が偽物であると明かすことを、公表して良いと判断できたのだ。
アイリーンの話に、デクテオンのテントに集まったごく少数の人々はじっと聞き入っていた。
「リムウル王は、『そんな話は信じられぬ、証拠を見せろ』とおっしゃって、ギメリックの申し出をお断りになりました。だから彼はリムウルとの協定を一旦あきらめ、村を守るために、敵が送り込んで来る部隊を迎え撃とうとしたのです」
「たった一人で……? 無茶な」
驚いて声を上げるユリシウスに、アイリーンはゆっくりと首を振った。
「計画通りに行きさえすれば、勝算はありました。けれど……不測の事態が起こってしまった。
ユリシウス様、あなたの軍を救うため、彼は計画を放棄せざるを得ませんでした。
このような事態になってしまったことは残念ですが、図らずも、彼は身を以て『証拠』を示したと言えると思います。
ですから、私は改めてあなた方にお願いしたいのです。どうか村を救うために兵をお貸しください。
そうすれば我々は、あなた方に協力し、ともに狂王の脅威からこの国を守るとお約束しましょう」
淀みなく語られるアイリーンの声が止んでも、しばらくは誰も声を発しなかった。
やがて、デクテオンが身じろぎし、一つ咳払いしたと思うと立ち上がった。
「お話はよくわかった。だが申し出を受けるかどうかは、私の一存では決められぬ。
父と連絡が取れるまで待っていただかないとな。その間は、お客人として陣に留まられよ」
アイリーンも立ち上がった。
「ユリシウス様の軍を襲った敵の残党がもし村へ向かっているのなら、一刻を争います。
今ここで、お父様のご意向を確認させてください」
「今、ここで?」
意外なことを言い出した少女に、デクテオンの眉が上がる。皆の視線がアイリーンに集中した。
アイリーンはその場で振り向き、自分の背後のテントの壁に向かってひざまづいた。
「王よ、初めてお目にかかります……」
見る見るうちにテントの壁が薄く透明になっていくかに見えた。
ぽっかり空いた穴の向こうに、リムウル王の姿があった。
ギメリックがリムウル王と会見した際に、彼が残して来た結界があると、アイリーンは気づいていた。
おそらく彼も、リムウル王と連絡を取る必要が起こることを考えていたのだろう。
魔力保持者となら、ある程度離れていても心話をつかって連絡が取れるが、常人とコンタクトするにはこのようなしかけと魔術が必要だった。
彼女はテントに入った時、その壁をリムウル王の居室の結界とつなげておいたのだ。
アイリーンにとって、リムウル王にこの会見を見せることは一つの賭けだった。
しかし村に護衛の兵を送ることは急務に思えた。あの夢のことが気にかかるのだ。
リムウル王が浮かべている表情を見て、アイリーンは交渉の成功を確信した。
「わたくしの話を、聞いていただいたようですね?
あの時ギメリックが申し出た条件を、覚えておいでですか?」
未だ目の前の光景に対する驚愕の思いが抜け切らぬという様子で、しかしリムウル王は重々しくうなずいた。
「ソルグの村の住人をフェンリルに迎え入れ、軍の保護下に置くこと。
そして彼らがエンドルーアに帰る日まで、その生活を保障し、援助すること」
アイリーンはニッコリ微笑んだ。
「結構です。では急ぎ、100名規模の小隊を、ラザールまで送ってください。
そこから先は、村の者がご案内しますわ」
「ん……あ?……アイリーン……?」
ポルはベッドの中で、薄く目を開いた。
“良かった……!! 心話が届くのね?”
「何言って……? 当たり前じゃん……」
まさか彼女が一夜で遠く村を離れてしまったとは思いもしないポルは、眠そうにふわ~っと大きなアクビをしながら起き上がった。
「どうしたの? こんな早くから……」
“ごめんね、まだ寝てた? でも、大変なことになってしまったの。
たぶん心話が届くのは今日だけだから、今日一日、カーラや長老たちを呼んで、いつでも私と話せるように待ってて欲しいの”
ポルもようやく、心話が妙に聞こえにくいことから、アイリーンとの距離を感じた。
“アイリーン?! どこにいるの?!”
“リムウルとエンドルーアの国境よ……ギメリックもここにいるわ”
“ええっ……!! なっ、なんでそんな……”
“詳しいことは、皆を呼んでからよ。さあ早く、お願い”
“う、うん、わかった……待ってて!!”
心話に集中するため閉じていた目を開き、アイリーンは大きく息をついた。
「良かった……!! 女神よ……感謝します!」
天に向かって再び目を閉じ、胸の前で手を組みあわす。世界中の全てのものに感謝したい気分だった。
正にこの大事な一日が、ちょうど新月の日に当たるとは、目覚めてみるまでアイリーン自身気づいていなかった。
しかし夜明けとともに自分の中に満ちて来る力を感じ、思い出したのだ。
「ギメリック、これであなたの望み通り……きっと村も守れるわ。私、頑張るから……」
眠り続ける彼の顔に目を落とし、そうつぶやいたとき、近づいて来る人の気配を感じた。
“始まる……長い一日が”
アイリーンはそう思い、彼らを迎えるために立ち上がった。
“これは……”
デクテオンはテントから出て来た少女から、目が離せなくなるのを感じた。
どうりでユリシウスがムキになるはずだ、と苦笑する。
……まぁ、奥手な彼のこと、無意識かも知れないが。
ユリシウスの方も、改めて少女を間近に見、その美しさに息をのんだ。
眩しい朝の光のもと、彼女の瞳は吸い込まれそうに青く、長いまつげが落とす影はほのかに紫がかっている。
昨夜は濡れていた髪もすっかり乾き、黄金の絹糸のように艶やかに輝いて、フワフワと柔らかそうに風に揺れていた。
ほっそりと小柄な体に男物の衣類はやはり大き過ぎたようだが、華奢な肩が極端にあらわになることを、マントをうまく着付けて隠していた。
少女は居並ぶ兵士たちを目の前にして、動揺するそぶり一つ見せない。
まるで謁見を許す女王のように、胸を反らせて彼らを見渡した。
ユリシウスがテントに近寄って声をかけようとしたとき、足音で察したのか少女は自から出て来たので、まだお互いに一言も発していない。
ユリシウスにニッコリ笑いかけ、先に口を開いたのは少女の方だった。
「おはようございます、ユリシウス様。昨夜は突然のことで失礼いたしました。
お世話いただきありがとうございます」
物怖じする様子もなくデクテオンに目を移し、彼女は続けた。
「そちらはリムウル国の第一王子、デクテオン様ですね? はじめまして」
優雅な一礼はやはり女王然として慇懃だった。
「……ほう、なぜ私の名を?」
「わかりますわ。お父様にそっくりですもの」
「?……父をご存知か」
「お会いしたことはありません。でもお顔は拝見しました……彼の、記憶の中で」
テントの方に一瞬、目をやり、少女は再び頭を上げてデクテオンを真っすぐに見つめた。
「彼、エンドルーア王ギメリックの名代として、わたくしはリムウル国に交渉を申し入れます」
厳かにそう告げた後、彼女は微笑んで、少し首を傾げた。
「込み入った話になりますわ。ここでとおっしゃるならそういたしますが……場所を移した方が良いとお考えなら、どこへなりと、お連れください」
立ち並ぶテントの合間に、起き出した人々の姿がちらほらと見え始めていた。
まだあどけなさの残る、自分の子供と言ってもおかしくない年齢の少女に、すっかり主導権を握られている……デクテオンはそう感じながら、うなずいた。
「では私のテントへ来ていただこう。こちらへ……」
今日が新月であると気づいたとき、アイリーンが真っ先に考えたのはギメリックの記憶を読むことだった。
普段の彼女の魔力では無理な話だが、今日だけは、日が沈むまでの間、彼女の魔力は2倍になっている。
彼の魔力が弱っていたことも助けになり、アイリーンは知りたかった情報を手に入れることができた。
彼がリムウル王に交渉を持ちかけた時の記憶から、アイリーンはギメリックの素性を明かすこと、そして現在エンドルーア王を名乗っている男とその息子が偽物であると明かすことを、公表して良いと判断できたのだ。
アイリーンの話に、デクテオンのテントに集まったごく少数の人々はじっと聞き入っていた。
「リムウル王は、『そんな話は信じられぬ、証拠を見せろ』とおっしゃって、ギメリックの申し出をお断りになりました。だから彼はリムウルとの協定を一旦あきらめ、村を守るために、敵が送り込んで来る部隊を迎え撃とうとしたのです」
「たった一人で……? 無茶な」
驚いて声を上げるユリシウスに、アイリーンはゆっくりと首を振った。
「計画通りに行きさえすれば、勝算はありました。けれど……不測の事態が起こってしまった。
ユリシウス様、あなたの軍を救うため、彼は計画を放棄せざるを得ませんでした。
このような事態になってしまったことは残念ですが、図らずも、彼は身を以て『証拠』を示したと言えると思います。
ですから、私は改めてあなた方にお願いしたいのです。どうか村を救うために兵をお貸しください。
そうすれば我々は、あなた方に協力し、ともに狂王の脅威からこの国を守るとお約束しましょう」
淀みなく語られるアイリーンの声が止んでも、しばらくは誰も声を発しなかった。
やがて、デクテオンが身じろぎし、一つ咳払いしたと思うと立ち上がった。
「お話はよくわかった。だが申し出を受けるかどうかは、私の一存では決められぬ。
父と連絡が取れるまで待っていただかないとな。その間は、お客人として陣に留まられよ」
アイリーンも立ち上がった。
「ユリシウス様の軍を襲った敵の残党がもし村へ向かっているのなら、一刻を争います。
今ここで、お父様のご意向を確認させてください」
「今、ここで?」
意外なことを言い出した少女に、デクテオンの眉が上がる。皆の視線がアイリーンに集中した。
アイリーンはその場で振り向き、自分の背後のテントの壁に向かってひざまづいた。
「王よ、初めてお目にかかります……」
見る見るうちにテントの壁が薄く透明になっていくかに見えた。
ぽっかり空いた穴の向こうに、リムウル王の姿があった。
ギメリックがリムウル王と会見した際に、彼が残して来た結界があると、アイリーンは気づいていた。
おそらく彼も、リムウル王と連絡を取る必要が起こることを考えていたのだろう。
魔力保持者となら、ある程度離れていても心話をつかって連絡が取れるが、常人とコンタクトするにはこのようなしかけと魔術が必要だった。
彼女はテントに入った時、その壁をリムウル王の居室の結界とつなげておいたのだ。
アイリーンにとって、リムウル王にこの会見を見せることは一つの賭けだった。
しかし村に護衛の兵を送ることは急務に思えた。あの夢のことが気にかかるのだ。
リムウル王が浮かべている表情を見て、アイリーンは交渉の成功を確信した。
「わたくしの話を、聞いていただいたようですね?
あの時ギメリックが申し出た条件を、覚えておいでですか?」
未だ目の前の光景に対する驚愕の思いが抜け切らぬという様子で、しかしリムウル王は重々しくうなずいた。
「ソルグの村の住人をフェンリルに迎え入れ、軍の保護下に置くこと。
そして彼らがエンドルーアに帰る日まで、その生活を保障し、援助すること」
アイリーンはニッコリ微笑んだ。
「結構です。では急ぎ、100名規模の小隊を、ラザールまで送ってください。
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