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第4部.リムウル~エンドルーア 第1章
12.憎しみを超えて
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“泣いている……。誰だろう?”
ギメリックは心に響いてくるその泣き声に、意識を集中させた。
エンドルーアの宮中にいる人間は、その半数以上が魔力保持者だ。
それぞれ身の周りに軽く結界を張り、思考や感情がお互いに筒抜けになるのを防いでいる。
しかし、ある程度強い魔力の持ち主でないと、ギメリックにはその防壁が役に立たない。
彼が敬遠されるのはそんなところにも理由があった。
ギメリックもそのことに気づいていたし、その意志がなくても聞こえて来る周りからの雑音が鬱陶しくもあったので、普段は心を半分閉ざすようにして、特に注意を向けることもなかった。
けれど、今聞こえている泣き声には、どこか助けを求める響きがある……。
王宮の奥まった場所は表側の公的な目的で使われる部屋とは仕切られ、王とその家族が暮らす居室となっている。
その中でギメリックがあまり立ち入らない部屋……母の私室から、泣き声は聞こえて来る。
もう魔力だけでなく耳にも、その声は届いていた。
そっと踏み込んでいくと、床にひざまずいている小さな姿が目に入った。美しい銀の髪に見覚えがある。
「ティレル……?」
振り向いた彼の顔を見てギメリックはギョッとした。
「何……その血……?!」
どこか怪我でもしたのかと駆け寄ってみて、今度こそ本当に息をのむ。
ティレルのそばに血まみれで転がっている、無惨な小鳥の死骸。
繊細な細工を施した美しい鳥かごを見るまでもなく、それは母が可愛がっていたカナリアだった。
「うっ……」
泣きじゃくっているティレルの両手もまた血に染まっている。
「ティレル、どうして……?」
「わ、わかんない……気がついたら、こうなってて……ぼく、怖くて……」
「……」
あまりにもショッキングな光景だった。
とっさに、母には見せたくないという意識が働いて、ギメリックはそっと小鳥を拾い上げ、片手でティレルの手を取った。
「……おいで」
誰にも見られないよう、魔力で二人の姿を隠して庭に移動し、小鳥を埋めてやった。
あの時は母の大切なペットが死んでしまったことに動揺し、そのことに気を取られすぎて……ティレルの行動がどこかおかしいことを、深く考えてみなかった。
しかし、その約半年後、偶然、目撃してしまったのだ。
ティレルが楽しそうに蝶の羽を引きちぎっているところを……。
確かに小さな子供には、ある種の残虐性がある。
5歳のティレルには生命の重みなどまだわからないのだろうと思い、ただ彼に、そんなことをしてはいけない、と言い聞かせただけで済ませた。
ところがその後、注意していると、彼がたびたびその性癖を発揮して、様々な生き物を手にかけていることに気づいた。
心底楽しそうな彼に薄ら寒いものを覚え、誰か大人に相談しようかと考えた。
「ギメリック……もうしないから!! 約束するよ!! だからお願い、誰にも言わないで!!」
猫を水につけて溺れさせようとしていた彼を捕まえ、大人たちのところへ連れて行こうとしたギメリックに、ティレルは涙を浮かべて懇願した。
「父様に知れたら……ぼ、ぼく……」
ひどく怯えた様子を見て、それほどに、叔父は彼に厳しいのだろうか、と思った……。
今思うと、ティレルが恐れていたのはその性癖そのものを父親に知られることではなかったのだろう。
クレイヴはとっくに知っていたはずだ、彼をそういう風に育てたのは他ならぬクレイヴ自身なのだから。
ただクレイヴは己の目的のために彼をそう育てたことを、他人に知られることを嫌ったのだ。
……自分が望んでも持ち得なかった、明るい髪と目の色に生まれついたティレルを、ねたましく思ったこともある。
けれどそんな暗い思いさえ吹き飛ばしてくれるほど、自分を慕う小さな従兄弟の笑顔は……可愛かった。
守りたかった。彼の笑顔を。
でも、本当の意味で彼を救うには、その性癖を隠すのではなく公にして、治療を施すことが必要だったのだ。
そうと気づいたのは、さらにその半年後。切り刻まれた犬の死骸を、庭で見つけた時だった……。
“……ティレル? また、泣いているのか……”
エンドルーアを脱出してからも、ずっと気にかかっていた。
出来れば助けてやりたいと思っていた。
……あの夜、ヴァイオレットが彼に殺されたと知るまでは……。
“……泣くな。そんなに悲しげに……”
胸が痛む。
3年前のあの夜以来、彼と、そして叔父を憎むことで自分を支えてきた。
しかしもう、自分を生かすために憎しみは必要ない。
もっと暖かく、安らげるものを見つけたから……。
だから。
もう一度、手を差し伸べよう、お前に……
出来ることなら、共に、苦しみを乗り越えて生きる道を歩むために。
……彼女も、それを望んでいる……。
彼女……アイリーン。
“……?”
泣いているのは、ティレルではないと気づいて、ギメリックは目を開けた。
「アイリーン……?」
ピクリと体を震わせ、顔を覆っていた両手を、彼女がゆっくりと降ろした。
驚いたように見開かれた大きな瞳からは、幾筋もの涙が伝い落ちていた。
「……ギメリック……!!」
震える唇が彼の名を呼ぶ。
「……お前だったのか……どうした? 何を泣いている……」
ギメリックは心に響いてくるその泣き声に、意識を集中させた。
エンドルーアの宮中にいる人間は、その半数以上が魔力保持者だ。
それぞれ身の周りに軽く結界を張り、思考や感情がお互いに筒抜けになるのを防いでいる。
しかし、ある程度強い魔力の持ち主でないと、ギメリックにはその防壁が役に立たない。
彼が敬遠されるのはそんなところにも理由があった。
ギメリックもそのことに気づいていたし、その意志がなくても聞こえて来る周りからの雑音が鬱陶しくもあったので、普段は心を半分閉ざすようにして、特に注意を向けることもなかった。
けれど、今聞こえている泣き声には、どこか助けを求める響きがある……。
王宮の奥まった場所は表側の公的な目的で使われる部屋とは仕切られ、王とその家族が暮らす居室となっている。
その中でギメリックがあまり立ち入らない部屋……母の私室から、泣き声は聞こえて来る。
もう魔力だけでなく耳にも、その声は届いていた。
そっと踏み込んでいくと、床にひざまずいている小さな姿が目に入った。美しい銀の髪に見覚えがある。
「ティレル……?」
振り向いた彼の顔を見てギメリックはギョッとした。
「何……その血……?!」
どこか怪我でもしたのかと駆け寄ってみて、今度こそ本当に息をのむ。
ティレルのそばに血まみれで転がっている、無惨な小鳥の死骸。
繊細な細工を施した美しい鳥かごを見るまでもなく、それは母が可愛がっていたカナリアだった。
「うっ……」
泣きじゃくっているティレルの両手もまた血に染まっている。
「ティレル、どうして……?」
「わ、わかんない……気がついたら、こうなってて……ぼく、怖くて……」
「……」
あまりにもショッキングな光景だった。
とっさに、母には見せたくないという意識が働いて、ギメリックはそっと小鳥を拾い上げ、片手でティレルの手を取った。
「……おいで」
誰にも見られないよう、魔力で二人の姿を隠して庭に移動し、小鳥を埋めてやった。
あの時は母の大切なペットが死んでしまったことに動揺し、そのことに気を取られすぎて……ティレルの行動がどこかおかしいことを、深く考えてみなかった。
しかし、その約半年後、偶然、目撃してしまったのだ。
ティレルが楽しそうに蝶の羽を引きちぎっているところを……。
確かに小さな子供には、ある種の残虐性がある。
5歳のティレルには生命の重みなどまだわからないのだろうと思い、ただ彼に、そんなことをしてはいけない、と言い聞かせただけで済ませた。
ところがその後、注意していると、彼がたびたびその性癖を発揮して、様々な生き物を手にかけていることに気づいた。
心底楽しそうな彼に薄ら寒いものを覚え、誰か大人に相談しようかと考えた。
「ギメリック……もうしないから!! 約束するよ!! だからお願い、誰にも言わないで!!」
猫を水につけて溺れさせようとしていた彼を捕まえ、大人たちのところへ連れて行こうとしたギメリックに、ティレルは涙を浮かべて懇願した。
「父様に知れたら……ぼ、ぼく……」
ひどく怯えた様子を見て、それほどに、叔父は彼に厳しいのだろうか、と思った……。
今思うと、ティレルが恐れていたのはその性癖そのものを父親に知られることではなかったのだろう。
クレイヴはとっくに知っていたはずだ、彼をそういう風に育てたのは他ならぬクレイヴ自身なのだから。
ただクレイヴは己の目的のために彼をそう育てたことを、他人に知られることを嫌ったのだ。
……自分が望んでも持ち得なかった、明るい髪と目の色に生まれついたティレルを、ねたましく思ったこともある。
けれどそんな暗い思いさえ吹き飛ばしてくれるほど、自分を慕う小さな従兄弟の笑顔は……可愛かった。
守りたかった。彼の笑顔を。
でも、本当の意味で彼を救うには、その性癖を隠すのではなく公にして、治療を施すことが必要だったのだ。
そうと気づいたのは、さらにその半年後。切り刻まれた犬の死骸を、庭で見つけた時だった……。
“……ティレル? また、泣いているのか……”
エンドルーアを脱出してからも、ずっと気にかかっていた。
出来れば助けてやりたいと思っていた。
……あの夜、ヴァイオレットが彼に殺されたと知るまでは……。
“……泣くな。そんなに悲しげに……”
胸が痛む。
3年前のあの夜以来、彼と、そして叔父を憎むことで自分を支えてきた。
しかしもう、自分を生かすために憎しみは必要ない。
もっと暖かく、安らげるものを見つけたから……。
だから。
もう一度、手を差し伸べよう、お前に……
出来ることなら、共に、苦しみを乗り越えて生きる道を歩むために。
……彼女も、それを望んでいる……。
彼女……アイリーン。
“……?”
泣いているのは、ティレルではないと気づいて、ギメリックは目を開けた。
「アイリーン……?」
ピクリと体を震わせ、顔を覆っていた両手を、彼女がゆっくりと降ろした。
驚いたように見開かれた大きな瞳からは、幾筋もの涙が伝い落ちていた。
「……ギメリック……!!」
震える唇が彼の名を呼ぶ。
「……お前だったのか……どうした? 何を泣いている……」
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