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第十四章 逆三角
逆三角 第七節
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神殿を中心に三角形を成すように囲む、三つの巨大な岩塔。或いは柱、トーテム。円錐状に天高く聳え立つそれはまるで天を貫かんとする牙か爪のようで、それを見るだけでマティに強い不快感を与えてくる、不気味極まりないものだった。
黒に近い岩の塔身には禍々しい呪文や模様がびっしりと掘られており、三柱それぞれ異なる色のオーラを発している。その根元には柱を囲むよう無数の魔法陣が描かれており、教団の信者がそこで何かの作業を行っていた。
(あれは…っ)
魔法陣の一つを確認すると、陣の中には血塗られた彫刻や絵画など、無数の芸術品らしきものが積み上がっていた。
(まさか、ソラ町でミーナ様が言っていたもの?)
教団の信者達が祈りを捧げるかのような動きをし、聞くにもおぞましい呪文を唱えた。
ドクンと、柱が鳴動したかのように感じた。積み上げられた呪われし芸術品からオーラらしき緑の光が柱へと移り、一段と怪しい緑色の脈動が柱に刻まれた呪文を走った。怨嗟とも歓喜ともつかない声が柱から発すると、光が消えた芸術品はチリと化して消えていった。
似た作業は他の柱でも行われていた。一つは芸術品の代わりに子供らしき死体から赤の光が、もう一つは様々な人種の屍から紫色の光が流れ出て、柱に吸われるとみな灰となって消えていく。そしてその作業とは別に、三つの柱どれもがバケツから大量の血を浴びせられ、その度に柱の光が脈動し、戦慄の音がコダマする。
(うっぐ…っ!あれが何なのか分からないですが、非常にまずいものであるのに間違いありませんね…っ)
強くなっていく不快感を押さえるよう、マティは呪文で護符の力を高めた。赤の柱を見れば憎悪が芽生え、緑色の柱を注目すると活気が抜かれ、紫色の柱を見ると物言えぬ恐怖が沸きあがる。これ以上ここに留まるのは得策ではないと、マティは周りの地形と情報を素早く頭の中に叩き込んだ。
(よし、あとはここから離れて――)
元の道に戻るよう振り返ると、マティが固まった。
「グルルルル…」
この地の溶岩のような赤い模様が漆黒の身体に走る魔犬。禍々しい二つの角が鈍く光り、赤い目でマティを睨みつけては、鋭い牙をむき出しては彼めがけて飛びかかった。
「ギャウッ!」「くぅっ!」
一瞬の差でマティと魔犬が交差し、引き抜かれた剣がその黒い身体を両断する。
「ギャワァウァッ!」
「! 誰かいるのかっ!?」
(しまったっ!)
マティは迷わずに走り出した。岩の陰から様子を見に来た教団兵二人を切り払っては、さきほどの通路目がけて走り出した。
「ぐぁっ!」
「くっ…!侵入者だっ!角笛を鳴らせっ!ブルゲストを放つんだ!」
(あの岩柱に気取られて周りに気付かなかったなんてっ、これではレクス様に笑われますねっ)
次々と集まる教団兵から逃れるよう、マティは懸命に走る。角笛の耳を刺す音と魔犬ブルゲストたちの吠え声、教団兵の叫びがその地全体に響き渡った。
******
暗黒の神殿の奥、邪神教団の聖なる祭壇の前。ザナエルは両手を大きく掲げては、彼と同じように祈りを捧げる信者とともに、不気味なオーラを放ちながら浮かぶ邪神の短剣に冒涜の呪文を唱え続けていた。祈祷の言葉に満ちたその空間に、段々と外の喧騒が伝わってくる。
「……外が騒がしいな…」
祈祷を中断するザナエルに、出口で立っている警備兵が畏まるように会釈する。
「はっ、報告によれば、どうやら鼠一匹が紛れ込んだ模様で…。すぐに片付けられると思われます」
「ふむ…」
仮面の表情を推し量れないザナエルが考え込む時、後ろの祭壇に異変が起きた。
「むっ?」
振り返ると、いまこの世に満ちる混沌を吸い続けた異形の短剣が、大きな鳴動の呻りをあげ、神殿が震撼したのだ。
「「「おおお…っ!」」」
信者達が声をあげる中、短剣が心臓の如き鼓動と共に深紅のオーラを発し、宝珠から流れる電光とともに短剣が成長していく。噴出される暗黒の瘴気がまるで手のように周りへと伸びると、邪神の加護を受けた信者達でさえそれに耐えられず後ずさっていく。
「んクク、んハハハハハハァっ!ついに…ついに覚醒したか…っ!」
狂喜の笑い声をあげ、ザナエルは禍々しい瘴気を意にも介せずに成長した短剣の柄を掴んだ。まるでザナエルに呼応するかのように短剣は震える。いや、剣先が伸び、柄が奇怪に変形したそれはもはや短剣ではなく、邪神剣と呼ぶに相応しい風貌へと変わっていった。
剣が発する光や瘴気が収まると、ザナエルはじっくりとその剣を眺めた。
(…いや、まだ片目を開いたぐらいか…。それだけでもこれほどの魔素を発するとは…)
軽くそれを一振りする。赤い軌跡が闇の中で描かれ、空気が切り裂かれて悲鳴のような音を発した。
(これならば眷属の封印を一つや二つぐらい破れるか?いや、ゾルド様の封印に及ばなくとも、それぞれの封印の力は強大だ。無駄に剣の力を消費することになる。完全覚醒するまでに待つべきか…?)
ザナエルは邪神剣を手に持ったまま祭壇を後にした。
様々な錬金器具や実験体の動物、素材が置かれた部屋に、錬金術師達が部屋の中央の机にある小さな皿の中の液状物に対して様々な作業を行っている。その様子を部屋の隅でエリクとギルバートが見守っていた。
ガチャリとその部屋のドアが開けられ、ザナエルが入ってくる。
「ザナエル様」「よう、ザナエルの旦那」
エリクはすぐにその手に持っている邪神剣に気付いた。
「ザナエル様…っ、短剣がようやく覚醒したのですか?」
「うむ、だがまだ完全に覚醒しきってはおらぬ」
ザナエルは皿の方に注目する。
「実験の首尾はどうだ?進展はあったか?」
「一応、魔法をかけたり、魔晶石の粉末をかけるなど色々と試してはいますが…」
「う、うわあっ!」
錬金術師の一人が悲鳴をあげる。皿の中の液状物、アニマ・ナノマシンに霊薬をかけた彼の腕にナノマシン液が飛びかかっては侵食していく。強烈な激痛が錬金術師を襲う。
「ぎゃあああああっ!」「リック!」
「あ~あ」
ギルバートが槍を生成すると、目にも留まらない速さでその腕を切り落とす。ビクビクと跳ねる侵食された腕に手をかざしては赤いアスティルエネルギーが走ると、腕は泡を吹いて消えていった。
「うあああああっ!」
「早く手当てしな。これぐらいなら命の危険はないだろうさ」
他の信者達が急いでその錬金術師に応急処置を施していく。
エリクが報告する。
「ご覧のように、なにぶん我々では見たこともない物質なゆえ、色々と試行錯誤を繰り返してはいますが、何か成果を得るにはまだまだ時間がかかると」
ザナエルは特に不満の素振りは見せなかった。
「致し方なしか。このアニマ・ナノマシンとやらで戦力増強を図りたかったのだが、まあどうにでもなろう。そろそろ次の段階に入るとするか」
エリクの表情が変化する。
「ザナエル様、それでは…っ」
「クク…、完全ではないとはいえ、剣もこうして半覚醒状態になった。ラナ殿達はすでにエステラ王国に入った報告もある。十六年前に確保し損ねた星の巫女の所在を燻りだすためにも、雌伏を解く頃合なのだ」
その言葉に周りの錬金術士たちがどよめき、ザナエルは剣を持ったまま剣を広げて大らかに宣言した。
「ゾルド様に真摯に祈りを捧げてきた同胞たちよ、喜ぶが良い。苦汁を啜ってこの地で潜み続けた日々はようやく終わりを告げるっ。この世に我らの存在を明かす時は近いぞ!」
部屋の中で歓声が轟く。解き放たれた熱狂とともに。エリクは彼らを見て、また一目ザナエルを見た。明かりに照らされた仮面の影が嗤うかのように揺らめいた。
ザナエルとエリクの間に、ギルバートが寄ってきた。
「おう旦那、すまねえな、俺には研究者じゃねえからこういうの手伝えなくてよ。ミハイルもここに来たらなんとかしてくれたかも知れないがな」
「勿体無いお言葉を。ギルバート殿のお陰で塚の素材集めが捗り、予定よりも早く完成に近づいたのだ。寧ろ感謝してもしきれんよ」
「はっ、話が分かるな。んで、旦那達ってようは手下達を強くする手段を探してるってことだよな?」
「そうなのだが、何か妙案があるのかな?」
「いや、すまねえがなにも。変異体ナノマシンはもう見つからねぇし、ライフルとか、身体ブースター系の薬とかもあればいいのだが、前に見つかったアレ以外に他に使えそうな武器はなかったからなあ」
興味深い単語にエリクが尋ねる。
「身体ブースター、ですか?」
「ああ、アドレナリンとか、特殊な薬液を体に注射して筋力とかの戦闘能力を高める奴でよ。この世界にはねえのか?そういうみたいな奴」
「魔法の狂乱みたいなものでしょうか。もっともあれは敵味方が区別できなくなるのですから、破壊活動ならともかく戦には向いてないですからね…」
「うむ。霊薬の中で似たような効果を持つものもあるが、それには限界がある。可能であればギルバート殿がくれた変異体のように劇的に力を向上できるものが望ましいのだが…」
ザナエル達の会話に、今度は二人の教団信者が割り込んだ。
「ザ、ザ、ザナエル様ぁ~っ、うへへ」
背が曲がって、どこかイカレた感じの男が引きつった笑いをして一礼する。
「なにごとだ」
ザナエルの冷たい声に、もう一人のいかにも臆病そうな男が怯えながらさっきの男の裾を引張る。
「ウ、ウォルテ~~、やっぱやめようよぅ~殺されるよぅ~」
「だ、大丈夫だってビクター」
ウォルテと呼ばれる男はしかし意に介さずに続けた。
「ハハァ~~、その、ザ、ザナエル様に実験についてほ、報告したいことがありましてぇ…」
「ほう?何か発見があったのかな?」
えへえへと男は猛烈に頭を上下する。
「は、はいはいっ、実験、失敗はしましたけど、一つ良いアイデアが浮びましたぁっ」
「どのようなものだ?」
「こ、このアニマ・ナノマシン…別の生き物のと、特性を入れて、また別のい、生き物に侵食させて変異体にしてるって、魔人殿はい、言ってましたよね」
「ああ。残念ながら特性の仕組み方までは分からねぇけどな」
「そ、そこでピンときたんですよぉ…。他の生き物の特性をべ、別の生き物に移すことを僕達の方法で真似れば、すぅ、すぅごい奴を生み出せるんじゃないかって」
「…続けよ」
「そ、そこでですね…例えばロックゴーレムとタウラーとか、違う魔獣を合体させれば、力強くて硬~い奴を作り出せると思うんですよ~。な、名づけて合成獣!どうでしょうかぁ…?」
「なるほど…そのような発想は確かになかったな」
ウォルテはえへえへと猛烈に頷き、ビクターはまだおずおずと彼の後ろに隠れてた。だがそれを肯定するザナエルの声に感慨さはなく、傍のエリクも特に何も言わなかった。
「それで?それを作るには具体的にどうやるのだ?どれぐらい時間がかかる?」
ウォルテが両手をさすって卑しく笑いながら答える。
「ふ、ふへ…そ、それがぁ…残念ながらいま僕達の知る魔法やアイテムで、このナ、ナノマシンみたいな便利なアイテムはないですしぃ…そ、その目的の魔法開発も、た、多分数年はかかるかも…」
「…なるほど、つまり」
ザナエルの邪神剣がウォルテの胸元に突き出され、ウォルテとビクターが悲鳴をあげる。
「ひいぃっ!」
「単に我の時間を無駄にするために無駄話をしたのか?暗黒魔法を長年研究してきた我がそれに思いつかないと?そう簡単にそれができれば我がとうにやっておる」
「ほ、ほらほらやっぱり殺されちゃうよぉウォルテぇ~~…っ」
「ふぃ、ふぃへへっ、どうか怒りをお治めくださぃ、ザナエル様っ。さ、さささっきは今知る魔法素材の中で魔人様がもってきたナノマシンみたいなものは一つもないって言っていましたけど、ひ、一つだけ今まであまり試したことのないものがあります…」
「なんだそれは?」
ウォルテがちょんちょんと、それを指差した。エリクが意外そうに目を見開いた。それは、今まさにウォルテの胸を貫こうとする邪神剣だった。ザナエルの視線も剣に移る。
「…ゾルド様の短剣、だと?」
「せ、正確に言うとぉ…ゾルド様関連のもの、ですぅ…。ほら、ゾルド様関連のアイテムとかは、千年前の戦争後でほ、殆ど封印とか破壊されましたよね…?わ、我らが偉大なゾルド様なら、ちょー強い力を授けるとか、ナ、ナノマシンみたいに便利な効果のあるものとか、も、もってるのではないでしょうかぁ…?」
自分の状況を理解していないかのようにウォルテはニタニタと笑って手を擦り、後ろのビクターはおろおろと震えていた。
(だっ、だめだぁ~~~っ、こ、ここ殺されちゃうよぉ~~~死んじゃうよぉ~~~っ)
何か思うところのあるエリクはザナエルを見た。表情の計り知れないザナエルの仮面の下で、さっきまでの話の内容が何か一つの結論を導き出そうとしていた。
身体ブースター…合成獣…代わりの素材…変異体…邪神…
「……クク、ンははははははぁっ!」
突如大きく笑い出すザナエルにエリクやウォルテ達は困惑する。
「ザナエル様?」
「なるほど確かに面白いアイデアだな。ゾルド様の忠実なる信者ウォルテよ、よくやった」
「え?ふ、ふへへ、ありがたき幸せぇ~」
「あ、あれぇ…?」
剣を収めるザナエルに、ウォルテはただ引き笑いをし、ビクターは訳も分からず首を傾げる。
「なにか良い考えが浮かんだのかい?ザナエルの旦那」
「うむ。これにはギルバート殿にも礼を言わねばなるまいな」
「そうか?別に助けになるようなことなんてしてない気がするが…」
「クク、新しい発想とは常に思いがけないところから生まれるものよ。それよりもギルバート殿、さっきほどの身体ブースターの件、もう少し詳しく説明していただけますかな?」
「あん?別に構わないが…」
「それは重畳。エリク、後でギルバート殿から詳細を聞くように。我は少し入用ができた」
「かしこまりました。…何かなさるのかをお聞きになってもよろしいのでしょうか」
「素材を調達しにいくのだ。せっかく覚醒したばかりの剣の力を消費することになるが…、先行投資だと考えることにしよう。幸い、素材場はすぐそこにあるのだからなあ、クククッ」
ザナエルがウォルテ達の方を見た。
「ゾルド様に貢献した褒美はまた後で取らせてやろう。今はエリクとともに引き続き研究に励むがよい」
「へへぇ~~~っ!…ほ、ほら、全部うまく行ったでしょビクター」
「う、うん、そうだよねウォルテ…っ」
互いに頷く二人やエリク達を後にし、不気味な薄笑いを響かせてはザナエルは研究室を出た。
******
先ほど通ったばかりの洞窟内を、マティは懸命に走った。後ろから教団兵達の罵声と、恐ろしい魔犬ブルゲストたちの吠え声が反響して伝わってくる。
「たぁっ!」
マティの投げる携帯爆薬が通路の天井を崩し、教団兵は行く手を阻まれる。だがやはりここは敵のホームグラウンド、彼らはすぐさま別ルートを辿り、教団兵は追撃の手を緩めない。
(! しめた!)
前方、間歇的に開く溶岩の隠し通路は丁度開いており、マティはすかさずそれを通って外へと飛び出た。
「逃がすな!追え!」
教団兵とブルゲスト達も次々とそれを通っていく。
グオォッ
「ぎゃあぁっ!」
「ギャワァッ!」
いきなり、隠し通路に再び溶岩が降りかぶった。一人の教団兵とブルゲストがそれに巻き込まれてしまい、後続もそれに阻まれてしまう。
「ちぃっ!こっちはだめだ!別の哨戒点に連絡を入れろ!」
「ハァ…ハァ…!」
奇岩の林を走り抜けるマティがかすかに息を上げる。エルフであるが為に常人よりも素早く走れるマティだが、毒ガスと高熱に充満したこの魔の地を、護身用のマスクをつけながら全力で走るにはやはり辛いものがあった。
後ろから依然として追手の声が響く。先ほど通路を通り抜けた奴らだ。マティは歯を食い縛る。
(このままでは追いつかれるっ。せめて…せめてエルの森まで逃げ込めば…っ)
それでも懸命に走るマティはようやく高熱地帯を抜け、山脈群と荒地の境界まで辿りついた。
「ギャワァァッ!」
「なっ!」
いきなりだった。すぐ後ろの岩陰から飛び出たブルゲストが、マティへと噛み付こうと大きくその口を開いては跳びかかる。
「――光矢!」
「キャウッ!」
マティをかすめて飛翔する魔法の光矢がブルゲストを打ち落とした。無事に難を逃れた彼は光矢が飛来した前方を見て驚愕する。
「クラリス殿っ!?」
馬に乗っているクラリスが手を伸ばす。
「マティ殿!早くこっちに!」
「ここだ!逃がすな!」
後方から、そして別の方向から教団兵たちの怒声が聞こえた。迷う暇はない。マティはクラリスの元へ駆けつけ、手を取って後ろに座るとクラリスは馬を走らせる。
「はぁっ!」
魔山から離れるように馬は全力疾走し、後方の教団らの声が遠さがる。
「クラリス殿!どうしてまだここにっ?先に行ってくださいと言ったのではないですかっ!?」
「自分がすべきことをする…っ、それだけですっ!」
少しあきれたようにマティが何かを言おうとするが、再び後方から声と影が迫る。先ほどよりも一際大きいブルゲストが数匹、教団兵を乗せては自分達という獲物を見定めて迫ってくる。その周りにさきほどのブルゲストを従えたエルフの教団兵が口笛を吹くと、ブルゲストはさらに赤い目をぎらつかせては加速する。マティも使っていた簡易精霊術の類だ。
「…っ、クラリス殿!森に逃げ込んでください!森にさえ入れれば、エル族の人達が――」
「ああっ!」
クラリスが声をあげる原因をマティも見た。前方の枯れ木の林に、黒馬に乗った黒装束の教団兵達が待ち構えていたのだ。そのうち一人を見てクラリスに悪寒が走る。それは自分を捕まえていたザレ本人だ。彼はクラリスが背負っている包みを見て、静かに殺意を立ち上らせる。
彼女は咄嗟に方向転換して横へと走り、ザレ達もそれに合わせて追撃を始めた。
「マティ殿、気を付けてくださいっ!あの人…私を捕らえてここまで運んできた教団の精鋭です!」
「なんですって…」
マティは振り返てザレ達を見る。確かにその服装はさきほど自分達が戦った奴らのものだ。つられて森の方を見て、そこから遠ざかってしまったことに歯を噛み締める。
「くっ、エルの森はすぐそこだというのに…っ」
ブルゲストの群を操る教団兵と合流したザレが目配りすると、数名のエルフの教団兵が前へと出て再び口笛を吹いては、魔犬の群が速度をあげて先行してクラリスたちと併走する。マティは剣を抜いた。
「クラリス殿!もっと早く!」
「ダメッ、もうこれが限界です!」
「ギャギャウッ!」
血を求めるような口で吠えては飛びかかるブルゲスト。
「はぁっ!」「キャウゥッ!」
マティの剣の一閃が切り払い、溶岩のような真っ赤な血が飛散る。
「ギャウァッ!」
もう一匹がやや右前方へと駆け出ては馬の喉を狙う。
「――光矢!」「ギャアァンッ!」
クラリスの魔法がそれを撃ち落し、馬が思わずブルルと震える。
(だめ、このままじゃ馬の方がもたないわ…っ)
いつの間にか薄い霧が立ち込める。残りのブルゲストの赤い目が霧の中で朦朧とした鬼火のような軌跡を残す。
「ガウァッ!」「クラリス殿!」
クラリスを狙ったブルゲストの一噛みを、マティは咄嗟に手を差し出して食い止めた。
「ぐああっ!」「マティ殿!」
「グゥゥゥッ!」
そのまま噛み千切る勢いでブルゲストは牙を深々とマティの腕に突き刺し、獰猛な唸り声を挙げる。
「うああぁっ!」
クラリスは懐から短剣を抜いてブルゲストの心臓へと突き刺した。
「ウギャウッ!」
魔犬の血が飛散り、ブルゲストは悲鳴をあげては転げ落ちる。マティは赤く染められた腕を押さえて悶える。
「う、ぐぅ…!」
「マティ殿!無事ですか!」
「だ、大丈夫です…っ、これぐらい――」
痛みに耐えるマティはようやく前方の危険を察知した。
「いけないっ!クラリス殿っ!」
「え――」
マティが手綱を掴む暇もなかった。薄い霧の向こう側には大きな大地の裂け目、断崖が行く道を遮っていた。全速力で疾走する馬は足を止める動きをすることもできずに、併走していたブルゲスト数匹とクラリス、マティ諸共飛び出してしまった。
「きゃあああああっ!」
「うああああぁっ!」
二人は馬とともに深い霧が立ち込める断崖の下へと落下して行った。
「どうどうっ!」
急停止した教団兵達は崖の縁から、マティ達が落下した谷の下を見た。ザレもまた黒馬の上から冷たい目で見下ろす。
「…この高さならまず助からないでしょうな。ザレ様」
ザレは眉一つ動かずに下を見ながら、さきほどクラリスが背負っていた包みを思い出す。
「ザレ様、その、ご報告致します。…溶岩路の前に、ザレ様の部下の亡骸がありまして…」
「そうだろうな。森の中で他の部下達の死体もあった。さっきの女、聖剣の包みを持っていたからそういう事だろう」
「ザレ様!」
また一人後方から駆けつける。
「ザレ様の部隊を今すぐ森の前に集めよとザナエル様からのご命令が…っ」
「…分かった」
他の黒装束に指示を出し、黒馬を来た道へと向かせると、ブルゲストに乗った教団へいたちにザレは命令した。
「さっきの二人の追撃を続けろ。死体を確認し、聖剣を確実に奪い返せ」
「はっ!」
ザレは取り巻きと共に森の入り口へと向かい、ブルゲストに乗る教団兵達も谷の下へと降りる道を探し始めた。
断崖の底を覆う深い霧の奥で、かすかに青い鳥の形の光が輝いた。
【続く】
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