忍の恋は死んでから。

朝凪

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第11章 -過去罪業篇-

すれ違い

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「佐助ー!悪いが境内の裏手にある井戸から水を汲んで来てくれないか!」

行燈の飾り付けをしていた佐助へ向かって幸村が声高に叫ぶ。

佐助が少し嫌そうに顔を顰めたのが見えた。

『まあ無理もないか。朝から佐助には色々手伝ってもらってるし…』

命綱や梯子も要らない佐助にとって高台の作業は造作も無いと思うが、こうも引っ切り無しに袖を引かれると辟易してしまうのだろう。

『そうだ。少し一緒に茶でも飲んで一休みするか』

佐助以上に、朝から豊盛祭ほうじょうさいのために町を駆けずり回っていた幸村の着流しは、汗と泥でぐっしょりと濡れていた。

休憩するにはいい口実である。

そう思って佐助に声を掛けようとした刹那、

「幸村様、先刻は屋台骨の組み立てに手を貸して下さってありがとう存じます!これ、ほんの御気持ちですが…」

「私たちのとこも米の収穫を手伝って下さってありがとうございます!男手が足りなくて大変だったんですよ!」

頃合いを見計らったかのように、幸村はあっという間に大勢の人垣に呑まれてしまった。

『む?猟師の八兵衛に、岩之介の女房の松じゃないか』

「なに、大した事はしておらぬよ。また何かあれば遠慮なく言ってくれ!」

幸村は今日の前夜祭の手伝いは勿論、今まで度々城下町にふらりと現れては、困ってる人の手助けをしたり、子供達の遊び相手をしたりして交友の輪を広めていた。

〝国とは民である〟

『この愛すべき郷を作り上げてきたのは、武士も百姓も皆が居てこそ。女子供も関係ない。彼等が誰一人欠ける事なくいて、初めてこの地は国と呼ばれるのだ』

幸村は昌幸にそう教えられ、この地で育って来た。

なればこの豊盛祭ほうじょうさいを催すことは、幸村にとっては至極当然の事であったのだ。

みなが平等であるようにーーー。

階級社会の根底を揺るがしかねないこの思想は、時代錯誤かもしれない。

だがそんな幸村の思いや人当たりの良さは、多くの人々の心を掴むには十分だった。

「なーなー幸村様!今日の花火一緒に見ようよ!おいら達、良い穴場知ってるんだぜ!」

幸村の袖口を引っ張りながら、男児二人が歯の抜けた顔でくしゃりと笑う。

『む、正吉のやつ。ついに歯が抜けたんだな。フッ、しかもいつきと同じ箇所じゃないか』

「そうか!是非あとで教えてくれ!」

ぐしゃぐしゃと小さな頭を撫でながら、幸村も屈託無く笑った。

『あ、そういえば佐助は…』

本来の目的を思い出した幸村は顔を上げるも、既に木の上に佐助の姿は無く、吊るされた行燈の灯りがゆらゆらと揺れているばかりであった。

『また機会を逃してしまったか…』

幸村は音もなくため息を吐く。

ここ数日、佐助の様子がどうも気になるのだ。

しかし〝何が〟と問われると、幸村は明確な答えは持ち合わせていない。

『将棋の勝負で俺に勝って出掛けた後、夜遅くに帰って来た佐助は、どこかいつもと違っていた…。』

どうかしたのかと幸村はやんわりと佐助に問い質した。

だが、佐助は幸村に嘘をついた。

〝何もない〟とーーー。

しかし唯一、佐助自身も気付いていない癖があることを幸村は知っていた。

『嘘をつくほんの一瞬、佐助は唇を舐めるんだ』

それ以外は流石と言うべきか、口調も態度もいつもと寸分の狂いもない。

だがあの時、佐助は間違いなく何かを隠そうとしていたのだ。

『最近、城下町を彷徨いている斯波裡とかいう連中の噂もあるし、あまり無茶してないといいんだが…』

靄がかかった心とは裏腹に、雲一つない紅紫に染まりつつある空を見上げ、幸村は無意識に呟いた。

「嗚呼、絶好の打ち上げ日和だな」
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