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第11章 -過去罪業篇-
嘆けとて月やはものを思はする
しおりを挟む前夜祭を祝う祭囃子が、宵闇の中を谺する。
屋台が立ち並ぶ路は人混みで溢れ、その中でも一際目立つ長身の男二人が、窮屈そうに並んで歩いていた。
「チッ、だから俺は祭なんざ御免なんだ」
「そう言うな佐助。年に一度の祭なのだ。何も考えずに愉しめば良い」
佐助はわざと聞こえるように舌打ちして不満を漏らすも、幸村は意にも介さずカラカラと笑う。
前夜祭が始まる直前、幸村は佐助を無理に引き留め、一緒に屋台巡りに連れ出したのだ。
主人の命だと些か姑息な誘い文句で強引に連れられている佐助は、終始顔を顰めたままである。
『それにしても、いつにも増して渋っていたな佐助の奴…。何か事情があるのか?』
町民や農民からの差し入れを大量に抱えながら、幸村はどこか心ここにあらずといった様子の佐助を一瞥する。
ぱちりと佐助と目が合った。
「…おい、何故俺を誘った。お前と祭を回りたい奴はごまんといるだろう」
「む?」
佐助は初めて幸村に問い掛けた。
『俺はただ佐助と純粋に、祭を楽しみたかっただけだなんて言えば、お前はどんな顔をするんだろうな』
陳腐な答えだと笑うだろうかーーー?
そして暗に自分と祭を回る気はないと佐助に言われたようで、幸村はちくりと胸が痛んだ。
『あ、もしや先刻のあの態度は…。』
幸村は一つの可能性を鑑みる。
「すまん佐助、もしやすでに別の者と祭を回る予定であったか?」
「はあ?」
先約がいたのかもしれないと幸村は一抹の不安に駆られたが、見当違いだったのか佐助は肩を落とす。
「んな奴いねえよ。俺はただ、あんたを慕ってくれている連中といた方が良いと思って…」
「………?」
質問の意図を汲み取ることが出来ず、幸村は小首を傾げる。佐助は幸村からゆっくりと視線を外し、虚空を見つめた。
「それに俺は、何かを愉しむ方法なんて知らねえんだよ」
「ーーー!」
それはぽつりと漏れた、佐助の偽りのない本音のようだった。
幸村は不意に佐太夫の言葉を思い返す。
〝佐助をあのままにしておけば、理屈の無い只の獣になりかねん〟
幸村とそう年の変わらない佐助は、教えられていないのだ。
己が殺戮兵器であるということ以外の存在意義をーーー。
生への悦びも死への恐怖も捨て、ただの傀儡と成り果てつつある彼は、最早獣とも形容し難かった。
『どうすればいい?俺は一体、佐助に何をしてやれる?』
幸村は堪らなかった。
どれだけ側にいても、佐助の抱える闇一つ拭えない自分の不甲斐なさに。
ふと、幸村は歩みを止めた。
佐助は数歩先を歩いた所で訝しげに振り返る。
「幸村?どうした…」
「すまん。急用を思い出した。先に行っててくれ」
「え?あ、おい!」
佐助の制止も振り切って、幸村は俯いたまま踵を返し、人混みを裂くように走り出す。
途中、幸村と親しい者が幾人も声を掛けようとするも、いつもと雰囲気が違う幸村にたじろぎ、誰も声を掛けることが出来なかった。
ーーーどれくらい走っただろうか。
ジクジクと胸が痛い。
〝彼奴がヒトに成る為には、若が必要なんじゃ〟
また、彼の言葉が反芻する。
『理解してやりたい。独りで抱え込まないで欲しい。佐助をヒトに還したい…』
ーーーなんて。
神や仏にでもなったつもりか?
幸村は自嘲気味に笑う。
『俺はただ…』
刹那、ヒュルルルと乾いた音が夜空に響き、流れた小さな灯りが弾けて散らばり、パラパラと星屑のように降り注いだ。
周りの者は一斉に空を見上げ、辺りは歓声と拍手に包まれる。
しかし、幸村だけは空を仰がなかった。
ーーー否、仰げなかった。
ポタポタと頬を伝って落ちる大粒の涙の所為で。
「幸村様…?」
びくりと肩を震わせ、幸村は視線を僅かに上げる。
「しょ、正吉…樹…」
幼な子たちが見上げた先に見たものは、大人の背に隠れた小さな夜空と、一人だけ俯いていた幸村の泣き顔だった。
「どうしたの?お腹痛いの?摩れば治る?」
二人は心配そうな面持ちで、幸村の頬や腹を小さな手で優しく撫ぜる。
「い、いや大丈夫だ。目に塵が入ってしまっただけだ。案ずることはない!」
幸村は慌てて目尻を擦り、なんともないと無理矢理口角を上げて笑った。
「ほんとに?それならいいんだけど…。あ、そうだ幸村様!さっきおいら達が花火見物するのにいい穴場があるって言ってただろ?」
「あ、ああ…。そう言えばそうだったな。じゃあ早くそこへ行かないと、花火が終わってしまうぞ」
「それがさ…」
急に言葉尻を窄めた正吉と樹は、互いに顔を見合わせる。
「何かあったのか?」
「う、うん…。その穴場ってのは、潰れた古寺の事だったんだけどさ」
「その古寺に行くための石階段を、なんか怖いおじさん達がさっき昇って行くのが見えたんだ。この辺じゃ見かけない顔だったよ。」
「怖いおじさん達?」
基本的にこの前夜祭や豊盛祭は、所謂この小国に住まう村人や町人、そして身内のみで行うささやかな催し物である。
そのほとんどは、子ども達でも勝手知ったる顔触れなのだ。正吉や樹が知らない大人というだけで、幸村は大体の合点がいった。
『…斯波裡の連中か』
噂では、真田家に並々ならぬ私怨を抱いた者が頭領と聞き及んでいる。
しかも根無し草で各地を転々としている筈の彼等は、何故か前夜祭よりもひと月前からここに留まっているらしい。
そのせいで治安が悪くなっていると町の人々が漏らしていたのも知っていた。
何かが起ころうとしていると幸村は直感した。
「あいわかった。お前たちには悪いが、しばらく其処には近付くな。何かあったら大変だからな」
「…わかったよ。幸村様がそう言うなら…」
「今回はそこに行くのは諦めるよ」
肩を落としながらも素直に従ってくれた子どもたちの頭を、幸村はポンポンと優しく触れた。
「いい子だ。穴場と比べたら見劣りするかもしれんが、この先にある畦道なら周りに邪魔する木々もないから中々綺麗に花火が見えると思うぞ」
「ほんと!?じゃあそっちに行こうぜ正吉!」
「おう!ありがとう幸村様!」
二人は器用に大人たちの足元を駆け抜け、人混みの中に消えて行った。
「…狙いは誰だ?真田家の中の誰かか…?」
確信があるわけじゃ無い。
だが、真田家に恨みを持つという斯波裡の頭領や佐助がついた幸村への嘘ーーー。
「まさか…俺…か?」
嫌な汗が背中を伝う。
幸村はかぶりを振って、必死に〝ある〟可能性を打ち消そうとした。
佐助が自分を殺しにくるとーーー。
しかしそう考えると、今日までの佐助の言動の端々に見え隠れしていた微かな疑念が無残にも晴れていく。
『…とにかく、ここに俺がいたら周りにいる人達が巻き込まれるやもしれん。人気の無いところにいた方が得策だな』
幸村はまだ大衆が花火に視線を奪われている間に、するりと屋台の間を縫って裏手にある雑木林へとやって来た。
一気に暗闇に包まれた空間に、幸村は足取りが重くなる。
その時、一筋の光が反射しているのが見えた。
「…小川か」
細く穏やかに流れる水音に吸い寄せられるように、幸村は小川の近くにあった岩場に腰を下ろす。
月明かりと花火の閃光が混じり合い、透明な水を色鮮やかに染めて行く。
幸村は覚悟を決めたように、大きく深呼吸をする。
「此処なら、誰にも見られないだろう?」
誰ともなく、幸村は問い掛けた。
「どんな結末になろうと、文句を言うなよ佐太」
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