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第4章
懐疑と安堵
しおりを挟むその男の口から紡がれる名は、‘今の佐助’へ向けてのものではなかった。
だが妙に馴染むその名は、佐助の中の奥底に沈む業と咎を呼び覚ますような、不快な感情をふつふつと蘇らせる。
気持ち悪いーーー。
不規則に鳴る鼓動を感じながら、佐助はゆっくりと振り向いた。
「あんた、伊達政宗か。」
立場も敬語もかなぐり捨てて、佐助は伊達と向かい合う。
「その名で呼ばれるのは久方ぶりだ。まさかお前もこの世に転生してたとはな。前世の事、覚えているんだろう?」
壁に寄りかかり、伊達は煙草に火を点ける。
長い指で紫煙を燻らせるその姿は、奥州の独眼竜と恐れられ、飄々と煙管を吹かしていた頃と少しも変わっていない。
「…その口ぶりからすると、あんたも前世の記憶があるのか。」
先程、伊達が佐助の名を呼んだ時に感じた違和感の正体はこれだったのだ。
「ああ。まあ正確に言うと、記憶が蘇ったんだがな。」
「…蘇っただと?」
佐助は、物心ついた時から‘佐助’として生きていた記憶がある。
初めは夢かと思った。
だが、何処にも幸村の姿はなく、それどころか時間は途方も無く流れていて、佐助は新たな命として、この時代に生を受けたのだ。
死ぬよりもずっと辛く、苦しかった。
大切な人を失い、護れなかった罪過を忘れる事もできず、自身の存在価値を奪われたまま、この先生きていかなければならない事が。
『蘇ったという事は、生まれた時にはまだ前世の記憶はなかったということか?』
「詳しい話は、お互い店を出てからにしようぜ。こんないい店でしけた話はしたくねぇ」
伊達は短くなった煙草を携帯灰皿に放り込み、佐助の脇を通り過ぎて行く。
「…おい。俺、バイト終わるの明け方になるぞ。」
「仕事が終わったらそこに書いてある番号にかけろ。迎えに行く。」
佐助の胸元のポケットには、いつの間にか伊達の名刺が差し込まれていた。
相変わらず抜け目ない奴だと佐助は呆れながら名刺を裏返すと、そこには携帯番号の数字が並んでいた。
「じゃ、仕事頑張ってな。“遊馬佐助”君。」
営業スマイルなのか、伊達は女受けしそうなニヒルな笑みを浮かべて、悠々と戻って行くも、伊達の本性を知っている自分にとってはただの胡散臭い笑顔にしか見えなかった。
「…伊達理人…か。」
いまも昔も、腹の底が知れない男には違いない。
だが懐疑心と同時に、どこか安堵にも似た感情が渦巻いたのも事実だった。
まさか自分と同じように前世の記憶を持っている者がいるとは、喫驚すべき事実だ。
『伊達なら、もしかしたら知っているのかもしれないな。…幸村の最期を…』
己の諦めの悪さに溜息が漏れる。
今更、遠い昔の事に想いを馳せても、何も意味は無いと言うのに。
「ほんと、馬鹿だな俺。」
自嘲気味に笑みをこぼして、佐助はグッと唇を噛み締めた。
『切り替えろ。今は深く考えても仕方ねぇ。』
どんな理由があろうと、ディオンの顔を潰すような接客はしたくない。
それに少しでも、今は仕事に集中して他の事は考えたくなかった。
全てはこの後だーーー。
佐助は深呼吸を一つして、再びカウンターへと踵を返した。
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