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第6章
重ねる
しおりを挟む「お前、簡単なものしか作れないって言ってなかったか?」
顔と髪を洗ってリビングに戻ると、ダイニングテーブル上には高級ホテルのような朝食が並んでいた。
シナモンが添えられたふんわりと甘い香りを燻らせるシュガートースト。
イングリッシュマフィンの上にハムやベーコン、ポーチドエッグが溢れんばかりに盛り付けられ、まるでアートの様に、淡いクリーム色のオランデーズソースが散らされているエッグベネディクト。
仄かに香ばしい香りが漂う色鮮やかなベリーとナッツ、青々とした瑞々しいリーフレタスが見事なコントラストを描いているローストベリーとブルーベリーのサラダ。
そしてプレーンヨーグルトに添えられた、黄金色に艶めくリンゴのコンポート。
『この短時間でこれだけ作ったのか…。』
相変わらず手際がいい奴だと、佐助は感心を通り越して呆れ果てる。
「?簡単なものだろ。作り置きしていたものもあるし。ほら、早く席に着け。」
「…ああ。」
政宗は首を傾げながら、野菜ジュースを注いで佐助に手渡す。どうやら政宗にとって、この程度のものは簡単の範囲内らしい。
佐助はとりあえず突っ込むのを止めて席に着く。
やった事などないナイフとフォークをぎこちなく使い、一口かぶりつけば、一気に食欲を刺激された。
「やっぱ美味いな、お前の料理。いつもこんなの作ってんのかよ。」
「時間がない時は殆どコンビニ頼りだけどな。」
食に興味がない佐助でさえ、政宗の料理の腕は一流だとわかる。医者よりも料理人の方が向いているんじゃないかと思うくらいだ。
「なあ、政宗が料理するようになったのは記憶を取り戻してからか?」
「いや元からだ。やっぱり前世のことは、切っても切り離せないのかもな。」
一瞬、政宗が寂しげな表情を浮かべたように見えた時、佐助のポケットから携帯の着信を知らせる音が鳴り響いた。
「…悪い、出ていいか?」
「ああ、構わねえぞ。」
佐助は政宗に断りを入れて席を立つ。
着信の相手は、小太郎からだった。何だか嫌な予感がしたが、とりあえず通話ボタンをタップして耳に当てると、
「佐助!佐助か!?なあ、病院に運ばれて入院したってほんとかっ!!?」
劈くような小太郎の声が頭の中を突き抜け、佐助は咄嗟に電話を離す。
「耳元で大声出すんじゃねえ!聞こえてるよ!」
佐助は頭を押さえながら諌めるも、小太郎は意にも介さずさらに続ける。
「真田先生が朝のHRで言ってたんだよ!身体は大丈夫なのか!?」
「…真田が?」
真田は、佐助が政宗の所で世話になるのは知っている。恐らく、入院せずに済んだ事も。
それなのに、事実と異なる事を真田が伝えたという事は、何か意図があるのだろうか。
『…なら、余計な事は言わないほうがいいな。』
佐助が思考を巡らせていると、
「見舞いに行くよ!何処の病院!?食欲はあるのか?フルーツとかいっぱい持ってくぞ!」
小太郎の矢継ぎ早な質問に辟易しながら、佐助はため息を吐く。
「悪いが、面会謝絶だから会えねえよ。来週のテストまでには学校行くから、ちゃんと勉強してろよ小太郎。じゃあもう切るからな。」
「え!?ちょ、さす……」
強引に会話を終わらせて電話を切り、ソファに携帯を放り投げて再び食事の席に着く。
「小太郎って、学校の友達か?」
「まあな。学校で唯一、俺の前世の事を知ってる奴だよ。」
政宗は驚いて顔を上げる。
「前世の事を話す相手がいたのか?」
意外だなと政宗は笑った。
「小太郎は裏表のない奴でな。だからあいつの事は信頼してんだ。」
「ふーん、まるでどっかの誰かに似てるな。」
「…え…。」
手に持ったナイフとフォークがするりとすり抜け、乾いた金属音が嫌な音を立てた。
「おい、大丈夫か?怪我してねえよな。」
「っ!…ああ。…ごめん。」
佐助は我に返って床に落ちたナイフとフォークを拾い上げようとした時、小刻みに指先が震えているのがわかった。
『なに、動揺してんだよ俺…!これじゃあ…』
図星を指されたも同じじゃないか。
爪が掌に食い込み、ズキリと微かな痛みが走る。それでも拭いきれない自身への嫌悪感は、より一層濃度を増して佐助を侵食していく。
政宗に言われて、佐助は初めて小太郎を幸村と重ねていた事に気付かされた。
「最低だな、俺…。」
蚊の鳴くような声で呟いた言葉は、誰の耳にも届く事はなく、空気に溶けて消えていった。
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