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第6章
400年来
しおりを挟む佐助は必要最低限の物をボストンバッグに詰め込んで、鍵のかからなくなった部屋を後にした。
『ま、盗られて困るようなものなんてないし。』
通帳と携帯さえあれば問題ない。
忍だった頃の生活が身に染みているためか、佐助の家にはゲームや漫画、もといテレビさえ置いていないのだ。
唯一ある娯楽といえば、ディオンに譲り受けた(…というか、殆ど押し付けられた)無名作家の小説くらいしかない。
もうその本が何処に在るのかさえわからないが。
車のドアを開けると、伊達が新たに吸っていた煙草を揉み消していた所だった。
「早かったな。荷物それだけでいいのか?」
「ああ。消耗品はお前と共有させてもらおうと思ってな。もちろん、その分はきちんと払う。」
別に要らないと伊達はにべもなく返す。
「んな訳に行くか。素直に受け取れ。」
義理堅い訳じゃないが、これ以上伊達に借りを作るのには気が引ける。
「…じゃあ交換条件にしようぜ。」
再び車を走らせながら、伊達は愉しげな声を上げた。
「…交換条件?」
何やら碌でもない事を突き付けられそうで、佐助は訝しげに伊達を見やる。
「その、‘伊達’っていう呼び方を止めろ。それだけでいい。」
「は?じゃあなんて呼べばいいんだよ。」
この呼び方は400年来、そうしてきたものだ。これ以外の名で呼ぶなど、どうもしっくりこない。
「政宗でいい。いいからそう呼べ。」
「…あのな…。」
強引に話を押して来る伊達に辟易するも、この男は一度言い出したことは絶対に曲げない奴だ。
それも、400年前から知っている。
「…わかった。」
佐助は反論するのも億劫になり、渋々首を縦に振るのだった。
…
……
………
絢爛豪華な最上階を政宗が悠々と闊歩する。
佐助はその半歩後ろを歩きながら、一抹の不安が過るも、今更グダグダ考えても仕方ないかと開き直る。
一番奥の扉にカードキーを押し込んで部屋に入れば、相変わらず部屋も無駄に広いなと佐助は嘆息を漏らす。
「荷物、適当に整理して来い。その間に朝食作っといてやるから。」
政宗はいつの間にか、嫌味なくらい似合う紺のタイトなサロンエプロンを纏い、手を濯いでいた。
「…お前、いつもその格好で料理してんのか。」
「昔からこんな感じだっただろ?」
政宗はそう言いながら、冷蔵庫の中を漁って食材をシンクの上に並べていく。
言われてみれば、伊達政宗の頃からあいつは割烹着を着ていたなと朧げに思い出す。
一国一城の主ともあろう者が、お玉や食材片手に鮮やかな手つきで調理していくなんとも滑稽な姿を、佐助は感心して目を輝かせていた幸村の隣で見ていた。
「変わらねえのな…。」
自分も政宗も。
唯一違うのは、隣にあいつがいない事だけだ。
「…洗面所とタオル、借りるぞ。」
「おう。場所はもう知ってるよな。」
佐助はボストンバッグをリビングの隅に放り投げ、俯きながら洗面所へと向かうのだった。
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