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なけなしザッハトルテ5

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 三人で試食をしている間に俺は注文の入っていたパフェを二つ作り終えると、それを彼らの前に出した。

「はい。十番テーブル。お願いします」
「あ、私が行きます」

 そう言ってすぐにシルバーを置いたのは案の定木崎さんだった。

 トレイの上にパフェと専用スプーンを乗せ、オーダースリップを手に取ったところを見計らい、俺はそっと彼の腕に触れた。とんと叩くような、そんな軽いスキンシップ。
 ぱっとこちらを見た木崎さんと目が合い、わずか沈黙。だけど、彼はすぐに恥ずかしそうにはにかんだ。
 だから俺も微笑み返して、「お願いします」とただそれだけを伝えた。

 こくりと頷いた木崎さんは、スキップでもし出しそうなくらいニヤニヤ微笑みながら厨房を出ていく。

 ……かっちゃんが言った通りだ。

『何も言わなくていいから、ただそっと背中を押してあげなさい』

 それが、かっちゃんからのアドバイスだった。厨房の作業台を挟んでいるから、どうしても背中に触れることは叶わなかったけど、ちゃんと……伝わってる。木崎さんは、俺のエールをちゃんと受け取ってくれる。喜んでくれる。
 ちゃんと……嬉しそうに笑ってくれた。

 木崎さんがどんな決断を下すのかは分からないけど、かっちゃんは言うんだ。「必ず士浪の印象が残る」って。「自分がどんな道を選ぼうと、士浪は味方なんだって、必ずそう思って安心する」って。

 安心……か。さっき見せた恥ずかしそうな笑みは、……確かに、そんな顔だったかもしれない。

 この歳になって初めて知る感覚だ。

 仕事以外で、誰かの安心材料になれるなんて。頼られるとか、信頼してもらえるとか、俺そういうの今までろくに──……。

 木崎さんに触れた右手を握り込む。
 掌が照れてる気がした。

 独身貴族のゲイに離婚の相談なんかするなよって、本気でそう思ったけど、「知らないから」とか「分からないから」とか、「縁遠いから」とか「関係ないから」とか……そういうんじゃないんだな。「上手くアドバイス出来ない」とか、「自信ない」とか、「俺じゃ役に立たない」とか、そういうのでも……ないんだな。

 握り込んだ手を開いて見つめると、なんだかすごく泣きたい気持ちになった。

 三十過ぎて、初めて知ったよ。
 いや、違う。三十過ぎる今の今まで……、俺はただ、勇気を持てなかっただけだ。こういうことから逃げ回ってきた。軽薄で安っぽい人間を演じて、傷つくことを恐れて、人との距離をちゃんと詰めようとしてこなかった。

 こんな……こんな俺でも、木崎さんは俺を……頼ってくれるのか。

 それが嬉しくて、笑顔でホールに向かった彼の顔がずっと離れなかった。


 その日、木崎さんはもう厨房に顔を出すことはなく、二十時、俺の勤務が終わった。コック服を脱ぎ、ロッカーの鏡に映る『チャラい俺』を見つめる。

「……武装」

 鏡に映る己に触れる。
 これはきっと武装なんだ。傷つかないための最強の武装。

 耳の奥に響くのは、嘘くさい「好きだよ」の言葉。あいつは俺の事なんて少しも好きじゃなかっただろ。あいつは女が好きで、姿をくらました笹森の事が心残りで、俺と手を繋ぐことも、デートすることも、キスすることも、エッチすることだってもちろん……苦痛以外の何物でもなかっただろう。

「今……何してるのかな」

 高校を卒業して以来会っていない。
 今更未練があるとかそういうわけじゃないけど、俺が今まで本気で好きになった男は和泉しか居なくて。あれ以来、真面目に人を愛すことから逃げて来たんだ。だから俺、木崎さんから寄せられる信頼が、今、子供の様に……嬉しい。
 高校生のあの時、俺は和泉の気持ちを救ってやることが出来なかったけど、今度こそ……俺は今度こそ好きになった男性ひとの心を……救ってみせるって、自分に誓うよ。

「バイバイ、チャラい俺。うまくやれよ……、失敗すんなよ、俺!」
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