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なけなしザッハトルテ7
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「とはいえ、現状をお伝えするなら、実はまだ妻を説得している最中なんです。私はずっと離婚一択で話をしているのですが、なかなか頷いて貰えなくて。泣かれれば泣かれるほど、愛していると言われれば言われるほど……なにか、離婚以外の方法があるんじゃないかと、私も考えさせられたりもして」
すごく、リアルな話だった。
情けないけど、「そうなんですね」の一言さえ相槌を打てない。離婚以外の方法? それこそ、別居とかそういうこと? 例えば子供が成人するまでとか? いやでもそんなの、正直、俺が待てないじゃんか。
無言の俺に、木崎さんは電話の向こうで困ったように笑った。
「まだ何も決まってはいませんが、きちんと話し合って、どうにか終わりを見つけます。幸いなのは、私に明智さんという存在はいることを妻がまだ知らないことです。ネット友達だった高校生の子の事ばかりで。だから、その……」
そこまで言うと、木崎さんは少し申し訳なさそうに頼りない声で言った。
「離婚が確実に成立するまでは……、しばらく二人きりで会うことは控えようかと思っていまして」
冷静に考えたら、それが正解だろう。
下手に密会を繰り返して不貞事実が露呈すれば、離婚時の慰謝料は跳ね上がるだろうし、俺にだって慰謝料を求められることだって有り得る。だから、普通に考えればその選択が絶対に安パイってやつだ。
「そう……ですか」
でも、ショックはショックだ。それを隠しきれない。
「すみません。なので、離婚まではLINEも、電話の発着信も、逐一削除させてもらうことになります。許してください」
見えないけど、電話の向こうで木崎さんが頭を下げているような気がして、俺も見えていないのにふるふると首を振った。
「だい……丈夫です。確かに、今は控えた方がいいですよね。俺もそう思います!」
そう思うのは確かだ。ただ……少し寂しい。
ホワイトデーに告白しようって決めたけど、難しいかもしれないな。
「すみません、本当に。だけど、そのっ、明智さん!」
謝罪もそこそこに、木崎さんは必至な様子で俺の名を呼んだ。
「あの、可能ならば……っ、笑い飛ばして、ください……ませんか?」
勢いよく喋り出した木崎さんは、尻すぼみにそう頼んできた。
笑い……飛ばす。
苦笑が漏れた。俺はまだそれを求められる存在なのか、と。「上手くやれよバカ」と、俺はまだそれを言わなきゃいけないのか。
けど、それで木崎さんが頑張れるのなら……と、俺は息を吸い込む。でも、「上手くやれよバカ」とは、言えなかった。
代わりに漏れたのは震えた息で。
木崎さんは、「ぁ」と小さく声を漏らすと、優しい声でもう一度俺の名を呼んだ。
「ごめんなさい、明智さん。聞きたいんです、どうしても。明智さんの声で “大丈夫だ” と、 “大したことない” と、そう笑って……励まして欲しいんです」
そんな風に言われて、思い出した。
あぁ、そうだ。木崎さんは、俺の想像の斜め上に居るんだった。
求められる言葉が変わっていることに、俺は涙が込み上がった。
俺は……そう言って、誰かを救ってみたかった。大丈夫、大丈夫と励まして、寄り添って、誰かの傍で、誰かの力になって、誰かの味方に……ううん、大切な人の味方になりたかった。
木崎さん……、あなたは俺にその言葉を……求めてくれるのか?
すごく、リアルな話だった。
情けないけど、「そうなんですね」の一言さえ相槌を打てない。離婚以外の方法? それこそ、別居とかそういうこと? 例えば子供が成人するまでとか? いやでもそんなの、正直、俺が待てないじゃんか。
無言の俺に、木崎さんは電話の向こうで困ったように笑った。
「まだ何も決まってはいませんが、きちんと話し合って、どうにか終わりを見つけます。幸いなのは、私に明智さんという存在はいることを妻がまだ知らないことです。ネット友達だった高校生の子の事ばかりで。だから、その……」
そこまで言うと、木崎さんは少し申し訳なさそうに頼りない声で言った。
「離婚が確実に成立するまでは……、しばらく二人きりで会うことは控えようかと思っていまして」
冷静に考えたら、それが正解だろう。
下手に密会を繰り返して不貞事実が露呈すれば、離婚時の慰謝料は跳ね上がるだろうし、俺にだって慰謝料を求められることだって有り得る。だから、普通に考えればその選択が絶対に安パイってやつだ。
「そう……ですか」
でも、ショックはショックだ。それを隠しきれない。
「すみません。なので、離婚まではLINEも、電話の発着信も、逐一削除させてもらうことになります。許してください」
見えないけど、電話の向こうで木崎さんが頭を下げているような気がして、俺も見えていないのにふるふると首を振った。
「だい……丈夫です。確かに、今は控えた方がいいですよね。俺もそう思います!」
そう思うのは確かだ。ただ……少し寂しい。
ホワイトデーに告白しようって決めたけど、難しいかもしれないな。
「すみません、本当に。だけど、そのっ、明智さん!」
謝罪もそこそこに、木崎さんは必至な様子で俺の名を呼んだ。
「あの、可能ならば……っ、笑い飛ばして、ください……ませんか?」
勢いよく喋り出した木崎さんは、尻すぼみにそう頼んできた。
笑い……飛ばす。
苦笑が漏れた。俺はまだそれを求められる存在なのか、と。「上手くやれよバカ」と、俺はまだそれを言わなきゃいけないのか。
けど、それで木崎さんが頑張れるのなら……と、俺は息を吸い込む。でも、「上手くやれよバカ」とは、言えなかった。
代わりに漏れたのは震えた息で。
木崎さんは、「ぁ」と小さく声を漏らすと、優しい声でもう一度俺の名を呼んだ。
「ごめんなさい、明智さん。聞きたいんです、どうしても。明智さんの声で “大丈夫だ” と、 “大したことない” と、そう笑って……励まして欲しいんです」
そんな風に言われて、思い出した。
あぁ、そうだ。木崎さんは、俺の想像の斜め上に居るんだった。
求められる言葉が変わっていることに、俺は涙が込み上がった。
俺は……そう言って、誰かを救ってみたかった。大丈夫、大丈夫と励まして、寄り添って、誰かの傍で、誰かの力になって、誰かの味方に……ううん、大切な人の味方になりたかった。
木崎さん……、あなたは俺にその言葉を……求めてくれるのか?
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