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【起】 再会

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「どうしてお兄ちゃんはお菓子が作れるの?」

 子供心に不思議だった。俺の家じゃキッチンには母か祖母しか入らなくて、男がそこに立ち入ることなど無かったから。
 けどそんな素っ頓狂な質問にも兄ちゃんは優しく笑って、「好きだから」って答えてくれた。

「嵐も虫が好きなら、将来は昆虫博士かな?」
「それがいい!!」

 縁側で話した兄ちゃんとの思い出。
 俺は生憎昆虫博士にはなれそうにない。兄ちゃんはちゃんとパティシエ……してんだろうな。

 補習を終え、自宅を目前。兄ちゃんちの前で立ち止まった。高島と書かれた表札をちらりと見て、そっと庭を覗き見る。

 兄ちゃんとスイカやゼリーを食べたあの縁側。今も変わらずそこにある。
 ちりん…と一度だけ風鈴が涼しげに鳴ったけど、暑苦しい蝉の鳴き声には到底敵わず、俺は流れてくる汗を拭った。

 進路に迷っている。目標もない。なりたいものも、やりたいこともない。だけど兄ちゃんは俺の年齢できちんと進路を決めて、パティシエになる夢を叶えるためにこの田舎を飛び出した。

 東京の専門学校に行くんだってと近所で話題になって、それは幼稚園児だった俺の耳にも届いた。

「兄ちゃん、東京に行くの?」

 あの庭で兄ちゃんと雪だるまを作りながら尋ねると、「そうだよ」と楽しそうな声で返事をされた。

 俺はこんなに寂しいのに兄ちゃんは嬉しそうで、それがちょっとだけ悲しかったんだ。

 でも兄ちゃんは「俺がお菓子屋さんになったら、嵐にもっと美味いゼリー作ってやる!」って約束してくれて……。
 もう十三年。兄ちゃんは一度も俺に会いに来てはくれず、一度もゼリーを作ってくれなかった。

「じゃあな! でっかくなれよ! 嵐!」

 まだ肌寒い春。兄ちゃんは RUN ! と書かれたキャップを俺の頭に被せ上京してしまった。
 もう俺は十八歳で、兄ちゃんは三十一……歳か。兄ちゃんってか……おっさんだな。

 暑い、暑い、夏の日差し。
 懐かしい水色のゼリーを思い出しながら、俺は空を見上げて目を瞑った。

「今夜、カブトムシでも捕まえに行こうかな……」
「いいね」

 突然背後から声がして、俺は飛び上がって振り向いた。

 そこには色黒のカッコイイ髭の兄さんが立っていて、その傍らには大きなキャリーバッグがあった。

「ぁ……え? ……へっ!?」

 俺より少し低い背。
 幼稚園の頃は、兄ちゃんの背がいくつだったのかなんて知ろうともしなかったけど、俺は……いつの間にか兄ちゃんよりデカくなってしまっていたんだ。

「嵐だろ? でっかくなったなぁ!」

 なんで……ここに?
 なんで、俺って分か……。

「そのキャップ。まだ使ってくれてんだな。びっくり」

 夏の眩しさに負けないくらい顔いっぱい笑う兄ちゃんに俺は泣きそうになって、捨てずに……大事に取っておいて良かったと帽子のツバをぎゅっと握った。

「おかえり、なさい……兄ちゃん」

 絞り出した声に、あの時と変わらない優しい声が返答した。


「うん、ただいま」


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