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第2章~怠惰な召喚術師と夢見る少女~

第17話:召喚術師は冒険しない

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『ぜひうちに来てくれ』

『言うことを聞かなければ両親を殺す』

――少年は有用な能力《スキル》を持っていた

――加えて並ぶ者がいないほど強大な魔力を有していた

――彼は求められた

――彼は脅されていた

――しかし愚かな大人たちは彼の危険性を知らなかった

――彼は怪物を飼っている



「空亡《からな》くん!」

 にぎやかな昼休みの教室に、少女の声が響く。

「……なに?」

 先ほどまで友人と楽しそうに談笑していた少年は、素っ気ない口調で睨みつけた。

「私と冒険に行こう!」

 少女はまるで少年のように瞳を輝かせて言った。

 冒険というのは何かの比喩ではなく、そのままの意味を指している。
 この世界にダンジョンが現れて数十年、ダンジョンでモンスターと戦うことを生業にする者を人々は冒険者と呼んだ。 そして今となっては有用なスキルと運さえあれば一獲千金、インフルエンサーも夢ではない職業として非常に人気となっている。

 子供がヒーローに憧れるように、一度は誰もが冒険者となることを夢を見て、そして諦める。

「もう高校生になってそんなこと言ってるの? 恥ずかしくないの?」

 彼らは高校生。
 バカげた夢から覚めて、現実を、将来を見据え、落ち着いてもいい年ごろだ。

「恥ずかしくないよ! だって私は本気で叶えられると思ってる。 空亡くんと一緒なら冒険者として成功できるって」

 彼女は未だ夢から覚めていないらしい。

 彼女は容姿端麗、勉学優秀、性格も明るく学校の人気者だ。
 しかし冒険者バカであることがたまに傷である。

「何度も、何度も何度も何度も言ってるけど」

 冒険者になることに及び腰になることは一般的で、堅実な思考と言える。

 しかし誘ってきたのが鳥羽《とば》玉藻《たまも》となれば、どんな男子でも首を縦に振らざる負えないはずだ。

 しかし――

「絶対に僕は冒険者にはならない」

 少年、山本《やまもと》空亡《からな》は苛立った様子で、そう吐き捨て席を立つのであった。





「あーあ、俺はソラが羨ましいよ」

 放課後の教室。
 空亡の友人である木霊《こだま》が窓の外を双眼鏡で覗きながら呟いた。

「あの鳥羽玉藻に認知されているだけでなく! あんなに求められるなんて!」
「いや鬱陶しいだけだろ。 僕からしたらたちの悪いセールスマンみたいなもんだよ」
「なんでそんなに嫌なんだよ? まあ冒険者なんて成功するのは一握りだし、危ないけど……相手は鳥羽玉藻だぞ?」
「いや、いくら美少女とお近づきになれるとしても命を賭けるには値しないだろ。 それに何よりメンドイ」
「はーあ、枯れてるねえ」
「平和が一番だよ」
「そんなの退屈じゃん」

「ほれ」と木霊が放ってきた双眼鏡をおもむろに覗いてみる。

 校庭では鳥羽玉藻が所属する冒険者部が戦闘訓練をしていた。

「本当に値しないか?」
「……値しねーよ」
「はは、お前もちゃんと思春期してるみたいで安心したわ」

 鳥羽玉藻がめげることなく元気に跳ねて、揺れている。

「誰目線なんだよ……」空亡が拗ねたように口を尖らせる様子に、木霊はしてやったりと笑うのであった。




 住宅街にある綺麗なマンション、そこの一室に空亡は入って行った。

 彼は両親とは一緒に暮らしていない。
 しかし一人というわけでもない。

「おかえり、山本君」
「ただいま、獅々田さん」

 スーツの上からエプロンを着て、料理するいかにも真面目で、仕事のできそうな大人の女性――獅々田《ししだ》日和《ひより》――は眉を顰めた。

「帰りが早いね。 ちゃんと青春してきた?」
「あ、お気遣いなく」
「また直帰でしょ? 友達がいない……もしやいじめられて「ないですないです」」

 獅々田は空亡にとって姉のような存在であるが、血は繋がっていない。 彼女は冒険者ギルドの職員である。

 知人の紹介で空亡が自宅に居候させてもらっている状態だ。 

 獅々田はその時の色々で空亡に対して罪悪感を抱えていることもあって、空亡の生活が充実しているかどうかをことさら気にしている。

「僕は僕で好きにやってますから、心配しなくて大丈夫です」
「いや、でも」
「何かあれば獅々田さんに相談しますから! その時は聞いてくれますか?」
「う、うん! もちろん! 楽しみにしてるね!」
「楽しみにされるのは複雑ですね……」
「あ、いやそれは変な意味じゃなく!」
「分かってます。 獅々田さんって意外と天然ですよね」
「……普段はもう少しましなんだけど、君といると調子が狂っちゃうのよね。 なんだか気が抜けるというか」
「それはそれは光栄です?」

 悪気がないことは分かっているが、会うたびに青春チェックをされることに空亡は辟易としていた。

 打ち込める部活、勉強、彼女がいて、いつまでも会話の尽きない友人がいるならまだしも空亡の生活はそんな若いキラメキとは程遠い。

 本人がその状況を憂うことはなく、むしろ納得していることだが、獅々田がそれをどう感じるかは明白である。

 余計な心配はかけたくない。
 しかし毎度取り繕うのも面倒だった。

「ただいまー」

 そして空亡は自室へ向かうと二回目の挨拶をした。

 この家で暮らすは獅々田と空亡の二人だ。

「おかえり、俺」
「うん、ただいま僕――


――――シェイプスター」
「そりゃ名前じゃなくて種族名だって言ってるだろ?」

 空亡のベッドの上で寝そべって漫画本を読んでいる『空亡と瓜二つの容姿』をしたナニカは呆れたようにため息を吐くのだった。




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