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第2章~怠惰な召喚術師と夢見る少女~

第19話:召喚術師は歌えない

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 ある日の放課後。

「カラオケ行かね?」

 木霊に誘われて、たまにはいいかと軽い気持ちで行ったら、予定外のメンツが参加していて僕は確認を怠ったことを後悔した。

「点数勝ったら私と冒険に!」
「はいはい、点数負けた二人がドリンク取りね!」

 合コンのような雰囲気に口元が引きつる。

 カラオケにいるのは僕と木霊、そして予定外の女子が三人いた。

「へー! 木霊くん意外と渋い声しててウケる」

 陽キャというよりは、陽気という言葉が似合う化合まみ、

「良き」

 陰キャというよりは、ただ無口でマイペース、独特な雰囲気の化合こみ、

 そして

「はーい、玉藻と空亡ドリンクよろしく!」

 容姿端麗、勉学優秀、性格も明るくて、冒険者狂いで、音痴な少女――鳥羽玉藻。

「……ぅ」

 ちらちらと送られる視線を僕は無視して、淡々とドリンクを注いでいく。

 炭酸の泡が盛り上がり、沈んでを繰り返す。

「……今日は邪魔してごめんね?」

 恐る恐るといった声色に、僕は足を揺らした。

「何が」
「いや、木霊くんと空亡くんっ二人の約束だったのに……許可もなくついてきて」
「どうせ木霊が安請け合いしたんだろ」
「うん、でも」

――なんだよ、まるで俺が意地悪してるみたいじゃんか

 僕が気に障っていることは彼女の執拗な勧誘であって、彼女事態は嫌いでも好きでもない。 故にこの状況は不本意だった。

「別に謝る必要ないよ。 確かに嫌悪感丸出しだけど、それは鳥羽さんに対してじゃなくて『冒険者パーティーの勧誘』に対してであるからして」
「うん」
「だからそんなに怯えなくていい。 勧誘をやめてくれればこっちも普通に接せられるから。 分かった?」
「あ、はい」

 鳥羽は面食らったようで何度も頷いた。
 会話は弾まないものの、先ほどまでの気まずさはなくなったことに僕は小さく息を吐いて、最後に自分のコップに飲み物を注ぐ。

「え」

 すると横から手が伸びてきて、

「えい」

 空亡が注いでいた飲み物とは、別のボタンが押されドリンクが混ざった。

「おい、こら」
「へへ」

 鳥羽はへらりと笑って、逃げるようにドリンクを半分お盆に乗せて部屋へと戻って行った。

「えぇ……どゆこと?」

 悪戯されたことは分かるものの唐突過ぎる。
 取り残された空亡はどう受け止めればいいのか分からず、しばしそこに立ち尽くしたのであった。


***


昼休み、木霊はおもむろに廊下の窓を開けた。

「おっけーもらえたよ」
「そっか、良かった……ありがとう」

 外から鳥羽玉藻の嬉しそうな声が聞えてくる。

「もう諦めた方がいいんじゃないか?」
「約束したから」
「……その約束だって忘れてる。 いい加減前を向くべきだと思うけどね……ソラのためにも……玉藻ちゃんのためにも、ね」

 木霊と鳥羽玉藻は同郷の幼馴染であり、空亡の欠けた記憶を知っている者たちである。

 記憶を無理やり掘り起こそうとすれば、空亡を苦しめるだけだ。

 鳥羽玉藻は異常なくらい空亡に執着してる。
 彼女の勧誘は延々と続くだろう。 せっかくというのに、このままじゃが一切出てこなくなることもあり得る。

 それは誰にとっても嬉しい結果ではないだろう。
 
「分かったよ……でもラインは弁えてくれよ」
「うん、分かってる。 私も彼を傷つけたいわけじゃないから……ただ――」

 木霊は彼女の言葉を聞き終えることなく教室へ戻った。

(シェイプスターも嫌いじゃないけど、やっぱ俺の友達はお前なんだよソラ)


***


「で? 言い訳は?」

 トイレに立った木霊を追いかけて、僕は横に並んだ。

「女の子と遊びたかったっす」
「それで僕をダシにして鳥羽さんを引っ張ってきたの? 事前に言ってよ」
「言ったら来ないじゃん?」
「確信犯かよ……はあ」

 初めは心底帰りたかった。
 しかし割とこの状況を自分が楽しんでいることに驚きている。

 それに今日の出来事は胸を張って獅々田さんに報告できそうだ。

「ソラだって女子は嫌いじゃないだろ? 彼女欲しいよな?」
「まあ欲しいよ。 でも今はいいかな(ほぼ引きこもりだし)」
「思春期の男子がそんな弱気でどうするんだよ! 青春しようぜ、青春っ!」
「どっかの誰かさんと同じことを……」

 獅々田さんといい、木霊といい、思考がアグレシッブでついていけなくなる時がある。 僕は僕で楽しいし、自分のペースでやっていくからそんなに世話を焼いてくれなくてもいいと、余計なお世話だと思ってしまう。

 けれど同時に想ってくれることが嬉しくもある。

「鳥羽さんはやっぱ王道美少女って感じでいいよな。 でもでも化合姉妹と両手に華って言うのも捨てがたい……っ」

 世話を焼いてくれていると思っていたが、それは僕の考えすぎだったのかもしれないとため息を吐くのだった。







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