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空を満たす何か

一番嫌いなものは理想論を押し付けてくる現実が見えていない奴

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「中世の文化すらない野蛮人が現代人の私を理解出来ると思ってんのか!ふざけんな!!」

「理解したいと思うその考えすら傲慢だと何故気付かない!!

私を勝手な憶測で決めつけて憐れまないで!」

ちょっと口汚かったね、ごめんなさい…。

それにしても私を利用した張本人からの同情ほど腹が立つものはない。自分が圧倒的有利な立場にいるから、無意識下でも憐れんで同情心を抱くのだ。それが透けて見えるから余計に腹が立つ。

ギルミアさんは傷ついたような顔をしてこちらを見返していた。

多少目の前で怒鳴られたからって何だと言うのだ。温室育ちか、といいたくなるくらいの鈍さに余計苛々が募る。

「……傲慢。そうだね。僕は君よりうんと長く生きてきたのに、何も分かっていなかった。いや、自分の見たいものしか見なかったんだ。君やアノーリオンの言う通りだ…。」

その時、部屋の中で風が吹いた気がした。部屋の窓は閉めきっていて風が吹く筈もないのに、吹いた風はどこか青々とした草原を思わせた。

何故かは分からないが、部屋に閉じこもりカビを生やしそうな姉を天日干ししようと、ベランダにハンモックとビーチパラソルを設置して姉とゆったりと過ごした事を思い出した。

私は被っていたシーツを脱ぎ、目の前の青年と正面から向き合った。

「私の姉は…………」

懐かしさからか。手始めに、私はギルミアさんに話すつもりも無かった家族の話を話し始めていた。学校や会社と言っても理解できないだろうが構わず話し続けた。

私が奴隷として売られた時は、記憶の追体験をさせた。

ギルミアさんは、あまりの凄惨さに蒼白な顔をして震えて吐きそうになっていた。

「ナニコレナニコレ…。マゾクニンゲンマゾク……コワイコワイコワイ……。」

このくらいの仕返しをしたっていいでしょ?

最後にドラゴンの里で過ごした日々を語った。ギルミアさんは蒼白な顔で時折急いでどこかに席を外しては暫くして戻ってくるのを繰り返していたけれど、それ以外はただ静かに聞いていた。

「おえっぷ…。古代種族を牽制するために、僕達が一番最初に行ったのはドラゴンの里を奇襲する事だった。森の民も加担していたからよく覚えているよ…。僕達ばかりが犠牲になっている、その苦しみを思い知れとそう憤って……。お門違いもいいところだったけど。産まれたばかりの卵まで犠牲に、そして産んだ母竜が狂って自死したなんて知らなかった…。僕はなんて事をしでかしたんだ…。僕はただ一族を守りたかっただけだったのに…。」

「私は、もう二度と異世界人が召喚される事がない世界にしたい。」

これを言葉にして誰かに伝える事は初めてだ。

「そうしよう。必ず。僕が途中で力尽きても次代が引き継いで、どれだけ時間が掛かっても成し遂げてみせよう。原初の母神に誓ってもいい。」

「いえ、今すぐ。早急に。今すぐ全力でやって。貴方が死ぬまでにやって。さぁ早く。」

これだから長命な種族は…。今すぐ取り掛からないと被害が増えるだけでしょうに。

「ねぇ。なぜ森の民はラヴァルさんの計画に乗ったの?同族を失う痛みを知ってるんでしょ?なら他の種族の人達を襲撃したら同じ思いをする人が増えるだけじゃん。協力してくれなかった腹いせ?」

「……そうかもしれないね。家族が害されるその苦しみは他でもない僕達が一番知っているのに。
提案を持ちかけられたのは、救出した同族達数十人が全員、自害したすぐ後だよ…。同族を救出したいと他の種族に協力を求めたけれど、協力してくれたのはラヴァルしかいなかったんだ。あの時はこれ以上傷付く仲間を増やしたくない一心で、深く聞きもせず彼の『中級魔族の力を世に知らしめ、犠牲のない世界にしよう』という提案に飛び付いてしまった…。」

え、今の話のどこにラヴァルさんを信用する要素があった?誰も助けてくれず、犠牲が出続けていた事には同情するけれど。あのラヴァルさんを手放しで信用するとかないわー。甘言に一族皆で騙されてるとかエルフ族どうなってんの。

「……ただの世間知らず?あぁ、疑う事を知らないのか。」

私の放った独り言に似た不用意な一言は、ギルミアさんにとどめになったらしい。

もう僕のHPはゼロです、って顔をしている。

「じゃあ、カーミラさんは?何で協力してるの?」

言い出しにくそうにギルミアさんは言った。
「……脅されたのさ。脅されて協力しているのはアラクネ族だけじゃないんだ。反物で有名なアラクネ族は『魔族の赤ん坊はアラクネ製のオムツを履いて育つ』と言われるほどで、影響力だけなら古代種族にも劣らない。それに糸は日常でも戦闘でも何かと使い勝手がいい。そこに目を付けられたのさ。この館に一緒にいるのもカーミラの監視も兼ねているんだろうね…。」

異世界への扉を開いて貰った時も、カーミラさんの糸は扉と道標を支え、更に手紙を押し込む事までやってのけた。味方にしたらこれほど心強いものはないだろう。

カーミラさん、脅されてたんだ。だから頻りに申し訳なさそうな顔をしていたのか…。


私にはラヴァルさんに勝てるだけの情報が足りない。あれほど頭の切れる人を相手にするんだから、小娘ごときに惑わされてくれる人ではないし、揺さぶりにも脅迫にも簡単には屈しない。むしろ揚げ足とるか矛盾点を指摘して余裕を見せつけてくるはず。

何とか決定打になる情報を見出ださないと…!!





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