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空を満たす何か

帰宅直後の訪問はお控え下さい

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ライさんがご機嫌なうちに、帰る約束を取り付けたくて私は畳み掛けた。朝までなんて御免被る。

「ライさん。私達はお暇しようと思います。」
妖精の国を観光するのはとてつもない魅力だが、今観光しては今回の訪問の目的であるラヴァルさん達の裏をかくことができなくなってしまう。

「ん?あぁ……。そうだな。」
上の空だがよしとしよう。

「星降りの丘までお願いします。」
ライさんの手を引き、アノーリオン達の回収に向かう。ツニートとカーミラさんは何故か私を慄いたような目で見てくるが気にしない。

「さ、帰りますよ。そこの精霊さん、星降りの丘までお願いしても?」
私の堂々とした態度に、うっかり頷いてしまった嘘の精霊達をタクシー代わりにようやっと国を出た。

星降りの丘が遠くに見えてきた。遠くから見ると大量の流星群が見えてとても美しい。この異世界に来て、一番美しい風景だと思う。だが近づくに連れて轟音が響く。

「ありが……『ドガーーーーン』

「ま……『ドガーーン』『ドゴーーン』

ああぁ!!もう!!隕石が降ってきているので当然なのだが、轟音で何も聞こえない。とりあえずここまで送ってくれたライさんや他の精霊達に別れを告げ、今後の動きについて話し合うつもりだった。しかし会話に困るので、皆を手招きして会話が出来る所まで離れた。

「ふぅ。星降りはとても綺麗だけどあの轟音は頂けないわね。」
カーミラさんもうんざりしたようだ。

「でもララちゃんのお陰でラヴァル達から嘘の精霊達を引き離す事が出来たわ。夜通し遊びに付き合う必要もなくなったし、お手柄よ!」
カーミラさんはやや疲労の滲む声音だが、喜びを露わにした。

「あとは本陣を叩くだけだね」
私の言葉に皆が緊張した面持ちで頷く。ここからは慎重に進めたい。今までのように行き当たりばったりではラヴァルさんに適当に丸め込まれて終わりだろう。

そう考えていたら、後ろから声を掛けられた。
「ララ。お久しぶりですね?星降りの丘を観に来たんですか?」

声を掛けて来たのはよりにもよってラヴァルさんだった。しかもその後ろにはギルミアさんもいる。

「カーミラの言っていた外せない用事とはララとの観光だったんですね?」
ラヴァルさんの目が怪しくキラリと光った。

「……えぇ、そんなところよ。観光地に行ったことがないって聞いたから、どうかしらと思ってねぇ。」
カーミラさんは動揺を隠しきれていないようで、話し方が混ざってしまっている。ツニートとアノーリオンに至っては殺気を隠せていない。皆、咄嗟の事で感情が全くコントロール出来ていない。

「まさかとは思うけど僕達の邪魔をしていたって事はないよね?」
ギルミアさんの言葉に、アノーリオンとツニートは更に殺気を上乗せさせていく。

「お主らが一つ目族と交流があるとは思わなんだ。身勝手にもお主らが壊滅寸前まで追い込んだと思っておったが。儂の記憶違いかの?」
アノーリオンが挑発するように言った。

「あんな脳みそのない輩が森の民の賢者たる僕と交流なんて、冗談でも口にすべきじゃないよ。ただ用があって来ただけ。」
ギルミアさんが馬鹿にしたような口調で言った。

最悪だ。最悪のタイミングで出くわし、更にこちらは準備や打ち合わせをする時間すらなかった。こちらが使える手札は無いに等しい。
「星が降る丘なんて、とても素敵だと思いませんか?物凄い轟音ですけど。あの丘の近くで一つ目族はよく生活できているなと感心してしまいました。あの轟音でも眠れるなんて信じられません!」
私は時間稼ぎをしようと、茶化すように明るく話した。しかしそれは無駄だった。

「いつ私達が一つ目族に会いに来たと言いました?やはり目的は私達の邪魔でしたか。なぜ今更邪魔をするのです。」
ラヴァルさんがかなり警戒した様子で言い放った。
やはり無策は厳しかったようだ。アノーリオンがついボロを出してしまった。

惜しい。貴方達ではなく、貴方達が利用していた嘘の精霊を引き離すことが目的だ。目的は既に達成されている。後は適当にここから退散するだけだ。今後の対策はこれからじっくり話し合えば良い。そう考えた矢先だった。

『なぜ?』
ツニートがラヴァルさん達にただ一言問い掛けた。皆が何のことか理解できず、ツニートの続きの言葉を怪訝そうに静かに待った。

「ツニート…?どうしたの?」
どうやらこのまま静かに退散は出来ないようだ。

『嘘の、精霊達。なぜ、?仲間見兼ねて、諌めようとした奴ら、ちゃんといた。なのに、なぜ、ミカエル、止められなかった?強いのに。』

「嘘は残虐で有名な精霊の一つでしょう。久方ぶりに自分より強者を相手取れると思って興奮でもしたのでは?興奮した大勢の精霊を落ち着かせるのは流石のミカエルでも大変でしょうから。」
ラヴァルさんが静かにそう返した。私は何となく、ここまでギルミアさんが黙ったままなのが気になった。だがギルミアさんは事の成り行きを静かに見守っている。疑いすぎただけか。

『おれ、いっぱい考えた。苦しいこと、思い出したくないこと、全部。そしたら、分かったこと、ある。』

「なんです?今更王はいらないとでも言うつもりですか?」

『ギルミア。お前、正気じゃないな?いつだ?』

ツニートの言葉に、その場にいた私以外の全員が警戒を露わにギルミアさんを見た。

「え……。正気じゃないって…どういうこと?だって、普通に話通じるよ…?」
私の質問に誰も答えようとはしなかった。いや、答えられる人がいなかったのかもしれない。皆がギルミアさんの言葉を待っていた。

「僕が正気じゃないって?」
当の本人は心底愉快そうに言った。

「ははっ!当たり前じゃないか。」
ギルミアさんは、笑いながら涙を流していた。

「どうして正気でいられる?」
私はその言葉になぜか背筋が寒くなった。言葉は通じているはずなのに、言葉の通じない化物と話しているように錯覚した。

「正気?そんなものがなんの役に立つ?狂ったからなんだっていうんだ。長老共は口を揃えて言ったよ。『私達のはいつでも力になると言ってお隠れになった。だから、共に祈ろう。王に祈りが届くまで』って。勿論心の底から何日も祈ったさ。古代種族の奴らに土下座だってした。皆を助けるためなら形振りなんか構わなかった。だけど、その結果はどうだった?」
ギルミアさんの瞳は暗い穴を覗き込んでいるようで、見ていると不安になり落ち着かなくなる。だから、この人には何を言ってもどんな言葉も響かなかったのか。

「あぁ、そうだ…。血反吐を吐く思いで助け出した妹は、僕の目の前で自殺した。愛していたのに。生きてさえいてくれたら、それだけで良かったのに。守だって……。
あぁ、そうだった。ララちゃんに言った言葉も本心ではあったんだ。」
ギルミアさんは自分の顔を引っ掻くように手で覆った。相手が見えなくなったように、段々と話す調子も独り言を話しているようだった。
彼は以前私に「自分の傲慢さと醜さに反吐が出る」と言ったことがあった。「異世界人を理解したい」とも。きっとそのことを指しているのだろう。異世界人を理解したいと協力を申し出たと思ったら、今度は計画の邪魔をするなと言い放っている。

確かに言われてみると言動が矛盾している。

森の賢者ミイラ取り愚か者ミイラに成り下がっていたとは…。なんと……。」
アノーリオンが呟いた。

『きっと、正気の時と、そうじゃない時、入り混じってる。だから言うこと、一貫しない。』
ツニートが冷静に告げた。

「なんてこと…。そんな…。」
カーミラさんが驚いた表情で口元を手で覆う。

「ですが」
ラヴァルさんは、貼り付けた笑みで言った。
「それがどうしたというのです?契約さえ果たしてくれたら狂おうがどうしようが私はどちらでも構いません。」
私達は凍りついた。互いの思惑はあれど、長く行動を共にしていた仲間ではなかったのか?

「……なぜ?仲間でしょう…?」
カーミラさんがどうかそうであってくれと願うように言った。

「仲間?いいえ、私達はただの協力関係ですよ?一族を人間から助け出すのを手伝う代わりに、私の計画に協力する。元からそのように契約を交わしております。」

ラヴァルさんは淡々と告げた。






    
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